比較政策研究
2009/10/20
高橋清人
「宇都宮市における新交通システム導入に向けた政策形成概要」
本論では、宇都宮市における新交通システム導入に向けた政策形成に着目し、その概観を行う。まず、新交通システムの現在までの経緯を説明し、次に今後の政策実施までの課題について、考察する。
宇都宮市において、東部地域における芳賀町工業団地と市街地を結ぶ道路が通勤時間帯に常に渋滞することから問題視され始めた。このことから平成5年に市街地と工業団地を結ぶ新都市交通システムが検討された。この時点ではモノレールやAGTなどの新交通システムが検討された。また平成8年に発表された「宇都宮都市圏の都市交通マスタープラン」では基幹バスが提案され、平成13年に発表された「栃木県総合交通体系整備基本方針」ではLRT導入が、提案された。平成13、14年の2カ年には「都市モノレール調査費補助」を受け、県と市は「新交通システム導入基本計画策定調査」を実施した。この時点で、交通渋滞の解消、少子高齢化・中心市街地衰退・環境問題に対処することを目的に、街づくりの観点から、LRTの導入が提案された。導入区間についても宇都宮駅の西側に位置する中心市街地から宇都宮駅を経て工業団地を結ぶ、約15kmの路線を2段階で整備する計画が示された。
しかし、当時の福田昭夫栃木県知事は、事業費の課題だと難色を示した。これにより、県と市との間に見解の相違が起き、平成15年度は具体的な導入課題についての検討を行え
なかった。
そこで、市は、市民向け説明会として「まちづくりと交通に関する懇談会」を設け、基本計画についての説明化を行うとともに、広報誌の発行などで情報提供と意見交換をおこなった。そして、LRT推進を主張する福田富一宇都宮市市長が市民に理解を求めた。平成16年には市は県に対して市と一体となってLRT計画に対して取り組んでいくことを要請した。また、市は「新交通システム導入方策調査検討委員会」を設置し、すでに述べた調査によって明らかとなった課題の対応策と検討および対応の方向性を明確にすることを目的とした。さらに、より住民を中心とした委員で構成する「交通まちづくり懇談会」を立ち上げ、積極的に意見を取り入れ、住民参加の検討をはじめた。
その後、LRT計画に反対していた福田昭夫知事が平成16年12月に行われた知事選で落選し、LRT推進派である前市長である福田富一が県知事となった。さらに同時に行われた宇都宮市長選にはLRT推進活動を行っていた佐藤栄一が当選した。
平成17年度には宇都宮大学教授の古池弘隆が委員長を委任された「新交通システム導入課題検討委員会」が県と市によって設置された。同委員会は4つの問題(@総合的な交通施策の展開:関連道路網や交通規制のあり方、公共交通網の充実策Aまちづくりの視点:まちづくり施策との連携策B事業・運営手法:公共関与の在り方、利用差置く新作や採算性の分析C市民との連携:市民・県民への情報提供策、市民・企業との連携策)について体系的に整理し、対応策や解決策の検討が行われた。「新交通システム導入検討課題対応策検討調査報告書」が発表され、ここではLRTを軸とした公共交通システムの在り方や採算性の見通しなどが示された。一日45000人の需要があれば、新たな国の補助制度適用を前提に初期投資に要する借入金返済も可能となる。
平成18年度は、宇都宮大学教授の藤本信義が委員長を務める「新交通システム導入課題検討委員会」の中で、継続してLRT導入の議論が行われた。平成19年度から20年度にかけは、LRT導入における実現性・成立性を検討する「新交通システム検討委員会」を設置し、検討を重ねた。
第2回 発表資料
平成21年3月18日、新交通システム検討委員会が検討結果を発表した。この委員会は、平成20年2月から平成21年3月までに計4回開催され、学識者、交通事業者、金融関係者、行政、市民が参加し、@宇都宮市におけるLRTの成立性及び実現性に関する事項、Aその他宇都宮市におけるLRT導入検討に関して必要な事項について協議することを目的とした。第一回会議ではLRT導入ありきではないことが行政の事務局から明言されている。しかし、委員会の目的であるLRTの成立性、実現性に関する議論は行政が作成したLRT導入に向けてのたたき台を検討するにとどまっており、市民が市民目線の意見を述べても、参考にすると受け止められるにとどまっていた。そのため、行政案がほとんどそのまま報告書の結果なって発表されることになった。
その後9月に、公募で参加した2人の市民が、「「LRTありきで会議が進められた」として、佐藤栄一市長あてにLRT計画中止などを求める異例の要望書を連名で提出した。同市関係者は「報告書作成後に公募委員が要望を出すのは聞いたことがない」と話している」という報道があった[i]。また、市のLRT導入推進室は「LRTの是非について議論はしていない。そこに認識の違いがあるのではないか」と発言している[ii]。
しかし、LRT導入ありきでないとしておきながら、LRTの是非は議論しないという不明確な状況がある。前回の新交通システム導入課題検討委員会の終了後は、参加者であった関東自動車の手塚基文社長がLRT導入ありきの議論であったと批判を行うなど[iii]、行政と参加者との意思疎通がうまく行われていないことが考えられる。
また、LRT導入に対する市民の立場は明確ではない。2008年の市長選挙の中で、LRTに反対した3人の候補者は敗れ、LRT推進派の佐藤氏が再選したものの。この選挙の中で佐藤市長は明確にLRT導入を推進すると明言したわけではなかった。また。2008年の11月の下野新聞の世論調査によれば、LRT導入に、反対45.3%、賛成17.4%、どちらともいえない36.2%という結果が出てる[iv]。
あくまで、現在のLRT推進は行政側の意識が強く、市民の後ろ盾があるわけではないことが分かる。
また、民主党への政権交代により、民主党の影響力は強まり、平成21年10月26日には、宇都宮市議会最大派閥の自民党議員会は市長に対して住民への説明会を凍結するよう要望書を提出した[v]。さらに民主党県連は平成21年11月4日に市と県に対して、LRT事業計画の中止を申し入れた。市はLRT導入を否定していないものの、今後のLRT導入にむけた動きは鈍化すると予測されている。
参考文献
加藤浩徳、城山英明、深山剛2009「地方中核都市へのLRT導入をめぐる都市交通分析問題の構造化―宇都宮氏を事例とした調査分析―」、『社会技術研究論文集』Vol.6、pp147-158。