「比較政策研究」レポート
2009.10.20
国際社会研究専攻 中山 利之
(学籍番号:094107X)
「市民協働をどう捉えるか −下請けではなく取りに行くものとして− 」
1.はじめに
市民協働については、複雑化・多様化した市民のニーズに応えるための手法であり、市民満足度の向上に繋がるというような肯定的な評価のほかに、市民やNPO、自治会といった担い手を、自治体のコスト縮減のために下請けとして安上がりに使おうとするものであり、責任の放棄であるというような否定的な評価がある。
市民協働により、結果としてコスト縮減に繋がるケースがあることは想像できる。しかしそのことをもって下請けと捉えるのではなく、むしろこれまで実現できなかった様々な事業について、その事業を必要だと考える市民が一定の負担をすることにより実現するのだと捉えることはできないだろうか。本レポートでは、市民協働の拡大が市民自らの手により自治体が行う事業を選別することに繋がり、適正なサービスの提供により市民の満足度の向上にも繋がっていくのではないかという点について考察する。
2.協働事業の現状
市民協働により行われている事業には様々なものがあるが、どのようなものをその対象とするかについては自治体によって異なっている。現状での一般的な協働のかたちとしては、自治体が協働事業のメニューをつくり、市民は自身がかかわろうとするものについてそのメニューから選択することにより、事業が行われるというものが一般的である。このほかには、協働事業の提案制度を設けて公募を行い、市民の側からの事業提案を受けて内容を審査し、実際の協働事業として実施するというものもある。こうした提案制度の場合、特にテーマを定めずに広く提案を募集するものもあれば、具体的にテーマを絞ったうえで提案を募集するものもある。
具体的な事例としては、例えば横浜市では、全市的な取り組みと区ごとの取り組みをホームページ上で紹介しており、そこでは数多くの協働メニューが示されている。その内容も市民活動全般にかかわることをはじめとして、福祉保健や環境・緑化、まちづくり、経済その他多くのテーマが設定されるなど、幅広く協働事業が行われていることが伺えるものとなっている[1]。こうした自治体側からの協働事業の提示のほか、平成18年度から平成20年度まではテーマを絞らない提案制度が実施され、3ヵ年で207件の提案が出されたうち、40件が実際に事業化されている[2]。また、宇都宮市においては、「シニア世代の地域活動を促進するための取組について」というテーマを設定し、これを実現するための協働事業の提案を募集している[3]。
3.事業の市民協働化
これまで自治体が行う行政サービスは、年齢や性別、所得といった様々な環境などにより一定のカテゴリー分けはなされていたものの、公平性が強く求められてきた。例えば、ある地域で行われる事業は、別の地域においても行わなければ不公平であるというようなものである。このときの地域は、事業の実施を求める者として主張を行うものではあるが、あくまで自治体がそこで事業を行うことを求めるにとどまるものであり、自らが事業の担い手としてかかわろうという意識は薄かったのではないだろうか。また自治体の側も、行政単独の事業とするほうが調整なども容易であることなどから、積極的に地域の人々に役割を担ってもらおうということを求めることが少なかったのではないだろうか。
そこで筆者が提案したいのは、事業の「原則市民協働化」である。自治体が行う事業は様々なものがあるが、このうち、許認可などの事業については、市民協働の事業としては馴染まない。つまりそれ以外の事業については、協働の可能性があるということである。自治体は原則としてすべての事業について協働が可能かどうかを検証し、事業の選別を行う。この検証は、困難の度合いを計って協働しやすいものを選ぶのではなく、物理的に可能であるかどうかに重点を置くものとする。ここで選別された事業については、協働の枠組みや手法のひな型をつくったうえで公募を行う。公募である以上当然のことながら、事業のすべてが実現するものではなく、応募者がいなければ現実の事業は行われない。また、新規の協働事業についての提案制度も整備する必要があるだろう。つまり、行われる行政サービスそのものを市民が選択するのである。
課題は数多くある。自治体が策定した協働の枠組みが実情に合わずに使いにくいものである場合や、必要とする受益者が多いにもかかわらず担い手が現れない場合、手を挙げた者だけが利益を得るという問題であるとか、数え上げれば切りがないだろう。こうした問題については、解決のための継続的な取組みや事業の見直しを行う必要がある。事後の検証により改善を図ることは常に行う必要があるし、協働に耐えられない事業については直営に戻すことも必要であろう。しかし、自治体が行う事業の選択権を一度市民の手に預けてみるということは、これからの自治体の進むべき方向性の指針づくりのためには必要なことではないだろうか。
もちろん一度にすべての事業を市民協働化することは、現実的には無理であろう。自治体側も対応は困難であろうし、なにより担い手となり、また受益者である市民の側にも相当の準備と覚悟が必要である。広域的な市という枠組みで一律に行うことが困難であれば、もう少し小さな一定の地区に分割し、それぞれの地区に決定権を与えるなどの、大掛かりな制度改革も必要となるかもしれない。いずれにせよ、少なくとも一時的には市民サービスの低下をきたす可能性が高いだろう。
しかし、こうした取り組みを行わなければ、市民が本当に必要とする事業とその範囲を洗い出し、絞り込むことはできないのではないだろうか。定額給付金導入時の報道にも、「こんな無駄なことに使わず、もっと有意義なものに使うべきだ。」というような意見が多かったように思う。世論調査でも「ばらまき」と批判されている[4]。しかし実際に支給されるとなれば、無駄だからいりませんということにはならないのも現実であろう。「無駄だし別に欲しくないけれど、くれるなら貰っておくか。貰っても使わないかもしれないけど。」現在行われている事業に、そのような「無駄」はないだろうか。乱暴に言えば、「持ってきてくれるならいるけど、取りに行かなければくれないのならばいらない。」というものは、止めてしまおうということである。
この「原則市民協働化」の目的は、市民にとって真に必要な事業を洗い出し、また、真にそれを必要とする人を洗い出すことである。これまで受けてきたサービスが受けられなくなることに対する不満が出るかもしれない。しかし、現在受けているそのサービスは自分が本当に欲しいものなのか、必要なものなのか、受益者側が突き詰めて考えることは少ないのではないだろうか。筆者は様々な事業そのものについて、「無駄」なものはほとんどないと考えている。そこにあるのは、ある誰かにとってはその事業は必要なくとも、別の誰かにとっては必要であるという、立場の違いであるにすぎない。しかしすべての人が望むすべての事業を行い、すべての人に等しくそれを提供することは不可能である。サービスを受けることに協働という一つのハードルを設けることにより、惰性で行われてきた事業や受益者を選別し、本当に必要とする事業や受益者に資源を投下するように切り替える。そうすることにより資源の再配分が可能となり、これまではニーズが少ないことにより行うことができなかった事業などの実現にも繋がっていくのではないだろうか。
4.おわりに
本稿で述べた内容については、ずいぶん雑な論であることは承知している。実行に移すためには市民の合意が当然に必要であり、例えば財政再建団体にでもなってからでなければ、それを得ることは困難であろう。特に規模の大きな自治体では、より困難であることが予想できる。しかし、多様化する市民のニーズにきめ細かく対応していくためには、目の粗いユニバーサルサービスでは立ち行かないのも事実である。サービスを受けたい人が自らそれを取りに行くことを前提に、サービス自体を幅広く、細かく行うことができれば、必要な人に、必要なものを、必要なだけ提供するということが可能になるのではないか。これを完全に実施することは難しいが、少しでもその方向に近づいていこうとすることは、今後ますます行政需要の増大が予想されるなかでは必要なことではないだろうか。
[1] 横浜市HP 「協働事業一覧 テーマ別」
http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/tishin/kyoudou_link/001bunya.html(2009/11/14現在)
「協働事業一覧 区の取組み」
http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/tishin/kyoudou_link/002kubetu.html(2009/11/14現在)
[2] 横浜市HP 「協働事業提案制度モデル事業」
http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/tishin/teian/(2009/11/10現在)
[3] 宇都宮市HP 「平成21年度協働事業の企画提案を募集」
http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/community/shiminkyodo/9989/009986.html(2009/11/10現在)
[4] 産経ニュース 「FNN合同世論調査」
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/081201/stt0812012135002-n1.htm (2009/11/10現在)