2009年10月20日
国際社会研究専攻 舘野 治信
日本政府の地域コミュニティ政策(1)
−中央政府と栃木県内市町のコミュニティ政策概要−
1. はじめに
地域コミュニティ[1]は住民にとって、最も身近な社会的存在である。地域コミュニティの重要性や、その課題・問題等については種々論じられてきたし、現在でも様々な立場から検討されている。ここでは、地域コミュニティについて、日本の政府(中央、および地方)はどのような政策をとっているのかを報告する。
地域コミュニティは、住民にとって直接的に関係する重要な存在である。一方、地域コミュニティも多くの関連するアクターとの関係の中で存立するものであり、特に行政部門との関係は強いものがある。事実、政府の施策により、地域コミュニティの存在や機能等は大きな影響を受けてきた。また政府は、より良い社会の実現や、安定で持続可能な統治の実行のため、中央政府と地方政府は夫々に地域コミュニティを重視し、さらに育成・拡充を図る政策をとってきた。
本論では、地域コミュニティの視点で、地域コミュニティ政策を調査・検討する。
報告は以下の3回を予定している。
(1)
中央政府と栃木県内市町のコミュニティ政策概要 : 今回報告
(2) コミュニティ政策の現状と課題
(3) 政策担当者へのインタビュー調査
2. 中央政府の地域コミュニティ政策
かつて第二次世界大戦遂行の一助として、自治会等の隣保組織を国家体制に組み込んだこともあった[2]。これは、1947年に日本国占領軍総司令部(GHQ)の指示により、廃止・禁止されたが、1952年の講話条約発効とともに、任意団体として復活し、今日に至っている。かつて戦争遂行に協力したという事実が、自治会・町内会に対し負の評価を与える一因ともなっている。
日本が敗戦から復興、そして高度成長へと進むなかで、当時の経済企画庁は、国民生活審議会の議論の成果の一つとして、「コミュニティ −生活の場における人間性の回復−」を1969年に発表した[3]。ここでは、経済成長下での人間性や地域社会の歪みの是正が志向されていた。と同時に、1969年の広域市町村圏構想による自治体の広域化による狭域地域対応の視点もあった[4]。これは、今日の平成の大合併での課題とも共通するもと言える。
その後、自治省は「コミュニティ(近隣社会)対策要綱」を発表し、全国でコミュニティ推進協議会が設立され、同時に活動拠点としてコミュニティセンターが建設された。
自治省(現在は総務省に統合)は、その後も地方自治の一環として、地域コミュニティについて、関心を払い、研究会等を主催し、その成果を発表している。また、多くの省庁でも、地域コミュニティに関心を有しているようである。表1−1に中央政府1府12省の地域コミュニティとの関わり状況を示す。
8省庁が地域コミュニティに関わる政策を
公表し、推進している[5]。これらの中で、特に
府・省 地域コミュニティとの関わり 内閣府 − 国家公安委員会 地域の安全・防犯 防衛省 総務省 地域自治、活性化 法務省 − 外務省 − 財務省 − 文部科学省 地域の子供育成 厚生労働省 地域福祉、コミュニティビジネス 農林水産省 農山村・漁村活性化 経済産業省 コミュニティビジネス 国土交通省 地域開発 環境省 地域環境
地域社会にとって重要なのは、総務省と
厚生労働省である。総務省は、地方自治と
地域政策を所管する省であり、政策の影響
は大である。一方、厚生労働省は、福祉と
いう地域社会の重要課題を所管しており、
その政策の地域社会への影響も大である。
別途、この両省の地域コミュニティ政策に
ついて考察したい。
中央政府は地域コミュニティ政策に重大な
関心を示し、政策として実行を推進している。
しかし、地域コミュニテイ政策に直接的に関係
する法令は存在しない。近年、自由民主党
の地方自治部会が地域近隣団体の法制化
に意欲を示していた[6]が、今日の政治情勢の
中では、実現する可能性は少であろう。
直接的に地域コミュニティ政策とは言えないが、1998年の特定非営利活動法(NPO法)の成立は地域コミュニティにも大きな影響がある。すなわち、地域コミュニティの核といえる市民・住民の活動に関わり、また地域福祉、地域の活性化等の多くの課題を共有するからである。
3.地方政府の地域コミュニティ政策
ここでは栃木県内の30市町の、コミュニティ政策を概観する[7]。殆んどの市町で、地域コミュニティに関わる団体への期待を表明し、具体的政策を実施している。ここでは、多くの場合条例化が行われている。併せて、市民活動・ボランティア活動、およびNPO活動への助成も行っている。
地域コミュニティの代表的団体である町内会・自治会に関する政策の主なものは、@自治会長への発令行為、 A補助金の支給、B支援事業の推進等である。
先ず、自治会長への発令行為であるが、多くの市町で非常勤の公務員の発令を行っている。これは、自治会の行政末端機能を公然化したものとも言えよう。行政末端機能は、行政と市民との協働にも関わり、議論の余地があるが、別稿に譲る。
次に補助金であるが、役員への報酬、施設建設・管理への助成、事業支援等の名目で資金の提供が行われている。地域コミュニティへの直接的助成ではないが、宇都宮市では若年夫婦に対し、賃貸住宅の家賃補助を、自治会加入・他の条件の下で実施している[8]。行政の自治会の存在を尊重する姿勢の一つであろう。
自治会・町内会への支援事業として、宇都宮市では自治会加入の促進策(広報誌による啓発、窓口での紹介等)が行われているが、各市町の政策の具体的内容の把握と差異等検討を今後進める予定である。
近隣地縁団体の自治会への助成と並行して、多くの市町で市民活動(ボランティア、NPO等)に対する支援も行っている。近隣地縁団体と市民団体に対する市町の対応の考え方・差異については、今後検討を進めたい。
3. まとめ
政府は地域コミュニティを重視し、継続的に政策を展開している。中央政府と地方政府は夫々の立場を反映した政策に取り組んでいる。中央政府は、高度に成長した経済下での、地域格差、人心の健全化、社会秩序の維持・安定化を志向しているように考えられる(今後の検討事項)。一方、地方政府は、2つの課題を有していると思われる。1つは、集権集中の統治構造[9]の下、中央政府の政策実行機関として中央政府政策のコミュニティ実行、もう1つは地方分権拡大の流れのなかで、自主的地域コミュニティ政策の実行である。当然夫々は独立ではなく、相互に関係している。
本稿では、中央政府、地方政府共に、地域コミュニティ政策に深く関わっている一端に触れたが、今後、より具体的な実証を進めたい。さらには、地縁団体の中での、自治会とコミュニティ推進協議会等の団体間の関係も検討の余地がある。
以上
【参考文献】
1.
金井利之 『自治制度』 東京大学出版会 2007
2. 倉沢進、秋元律郎 『町内会と地域集団』 ミネルヴァ書房 1990
3. 中川剛 『町内会』 中央公論社 198
4. 日本都市センター編 『近隣自治とコミュティ』 日本都市センター 2001
5. Robert Pekkannen 『Japan’s Dual Civic Society』 Stanford University Press 2006
[1] 本論では、「地域コミュニティ」の対象は自然村(または自治会、町内会の地域)から、小学校区程度を地域社会を指す。
[2] 1940年発令の「内務省訓令17号」
[3] 国民生活審議会 「第三次国民生活審議会 答申書」 経済企画庁 1970
[4] 山崎丈夫 「自治省モデルコミュニティ施策の検証」 『コミュニティ政策5』 2007 東信社
[5] 各省庁のHPよりの情報(2009/10/20 時点)
[6] 日本経済新聞 「町内会などの活動支援へ議院立法へ」 2008/3/1
[7] 栃木県内市町のHPによる。
[8] 宇都宮市の「若年夫婦家賃補助制度」
[9] 集権集中モデルは金井利之の提示(参考文献1、他)であるが、天川晃の集権融合モデルと基本的には同一であろう。