自己啓発に発展させる地方自治体職員研修のありかた

 

国際学研究科国際社会専攻

084104Y 篠田一輝

1・はじめに

地方自治体職員研修における自己啓発の重要性について考えていきたいと思う。OJT(職場研修)やOFFJT(職場外研修)と自己啓発が職員研修の三本柱であるとされてきた。その中で、自己啓発のみが、強制力の伴わない個人の選択に委ねられるものとなっており、研修の中の位置づけも他の2つよりも低く曖昧なものとなっている。

人間ならば、誰しも楽なほうに、できれば負担の少ない方向に流れてしまう傾向をもつ。まして、仕事を持つ社会人ならば日常の業務を遂行するのみで精一杯になってしまう。残業や休日出勤に追われる日々の中で埋没し、年月が経過してしまう。

しかし、中にはそうした流れに逆行し、自己啓発を実践し、自分なりのキャリアを計画し、向上させていく人もいる。

 そこで、今回のレポートでは、自己啓発の重要性を確認する。そして、実際に筆者の勤務する小山市役所で、自己啓発を実践している数人の職員に聴き取りを行った。

 それを受けて、職員研修所に職員の自己啓発についての支援方法等を確認し、自己啓発に発展させる研修のありかたを提示したい。

 

2・自己啓発の重要性とキャリア開発

 自己啓発の重要性について、早稲田大学大学院公共経営研究科 稲継裕昭氏は、人材育成の重要なポイントは、自学(自ら学習する、自己啓発)をいかに促すのかという点であり、個々の職員がどれだけ新しい知識や考え方を学び、自らの能力を高めようとするのか、というモチベーションを引き出す仕組みが重要であるとしている[]

 地方公務員法においても、平成19年度に自己啓発等休業が追加され、任命権者は、職員が申請すれば3年を超えない範囲において、外国の国際貢献活動や大学等での履修などを承認できるとある[]

さらに最近では、職種的な意味合いが強いキャリア開発という理論がある[]。それには、次のような背景がある。企業において、従来のように右肩上がりに成長し続ける時代ではなくなった今、企業は、社員のやる気を昇進のみで維持することが難しくなり、個人の側でも、終身雇用を前提としてきた、企業の雇用関係がしだいに変化するなかで、自分のキャリアを企業に任せるのではなく、自分自身で考える必要が生じてきた。

 キャリア開発の考え方とは、個人が、仕事に対する自らの考え方や志向性を自覚し、それらに基づいて意欲的に仕事に取り組めるようにすることである。その主体は、企業側と個人双方が行うものであるとしている。個人が主として行うものは、キャリアデザインである。

 

3・自己啓発の事例

自己啓発を意識的に実践している数人の職員に聴き取りを行った[]。聴き取りの中心となるのは、その意識したきっかけや、現在の職務との関連、将来にむけた展望などである。

 

@T氏 男性30代 

市役所入庁10年目、教育委員会文化振興課に所属、現在の職場は5年目である。市の文化・芸術に関る業務を担当している。

 自己啓発について意識的に考えたのは、入庁して3年目頃であったという。当時は、福祉関係に在籍し、その多忙な業務をこなす毎日で、2年間はほとんど他のことを考える余裕もなかった。しかし3年目に入りやっと余裕も出てきて、職場の様子や、自分の仕事を客観的に見られるようになってきた。そうした中で、上司との意思疎通が上手くいっていないように感じ始めた。そこで、話しかたに関する興味を持ち、都内の話し方講座に通学するようになった。話し方に関する講座は、当初の目的であった上司との意思疎通のみならず、窓口での対応など、様々な業務に役立つことになったという。

 現在の職場に異動した頃、職員研修所から接遇研修講師養成講座への打診があり、県の自治研修所にて、3日間の研修を受講した。その翌年から、採用2年目の職員を対象に接遇研修を担当し、今年で3回目になる。さらに公民館で、市民向けの話し方講座を担当してくれないかという依頼があり、3ヶ月間、全6回担当した。その後、受講生の強い希望により、半年延長する講座となり、未だに受講生との交流は続いているという。

 趣味の海外旅行から、語学にも関心を持ち韓国語や、現在はフランス語の習得に励んでおり、週一回は都内の語学学校に通学している。また、接遇についても、ビジネスプロトコル検定という、さらにレベルの高い資格取得に前向きである。

 

AU氏 30代 女性 

市役所入庁9年目 農村整備課に所属。現在は土木技師として、市内下水処理施設の整備、建設の仕事に関わっている。

 伊東豊雄の建築に関心を持ち、公共施設の建築に携わる職に就くために、大学の工学部、建築学科、大学院建築学科に進学する。希望の地域に建築関係の公務員の募集がなかったため、土木技師として入庁する。最初に配属されたのは、建築指導課。一年目は、仕事を覚えるので精一杯だったが、二年目から、大学時代から考えていた一級建築士の資格獲得を目指す。受験1年目に独学に限界を感じ、2年目から大宮にある専門学校に通学する。その後学科試験、実技試験を隔年で合格した。

資格取得時には、建築関係の事務所への転職や、独立も考えたという。しかし、現在の職場に異動してから、公共施設の建築などに関わるようになり、大学時の当初の目的を果たすことができ、現在のところは満足している。ただ、多少は資格を生かした仕事もしてみたいという気持ちもあり、迷いもあるという。

 

BO氏 40代 男性 

 市役所入庁18年目 高齢生きがい課に所属。現在の職場は1年目、介護保険認定審査に関する相談業務等を行っている。生活保護係に通算10年在籍。

 平成12年に介護保険が導入され、その翌年に生活保護係に2度目の異動になった時、自身の担当地区の高齢世帯の多さもあったが、ケアマネージャーと一緒に仕事をする機会が増加した。制度を知っているだけではケースワークが円滑に進められない場合もあった。できれば対等の立場で仕事を進められないかと多少は考えていたという。しかし、業務の多忙さからその資格獲得までは考えられる余裕はなかった。

 しかし生活保護担当4年目に、様々なトラブルに見舞われ、将来に不安を持ち、いざというときに役立つ資格を考えていたという。翌年土木関係に異動となり、前々からの懸案だったケアマネージャーの資格取得を決意した。4月からの勉強で、10月の試験に無事合格する。しかし職場には黙っていたが、合格後の講習が1週間くらい続くため、話さざるをえなかったという。翌年に住環境コーディネーター3級の資格も取得した。

 現在の職場も事務職員ということもあり、直接ケアマネージャーの資格が生かされるものではないという。将来的には、再び生活保護係に異動し、ケアマネージャーの資格を生かしたケースワーク業務を行いたい希望がある。生活保護は、様々なトラブルもあり、大変な業務であるが、それ以上におもしろくやりがいのある仕事であるとのことだった。

 

聴き取り調査を終えて

 多忙であった三氏ともに、インタビューには非常に協力的であった。今回については、時間的な制約もあり、筆者と親しい関係(同期、職場の先輩等)しかサンプル調査ができなかったが、そこでの共通点や相違点、疑問点などを挙げてみる。

 共通点として、三氏ともに多少の差はあるが、前から自分なりの自己啓発について考えてきているということ。そして、何かきっかけや契機がありそれを実践していることが挙げられる。そして、取得した技術や資格を生かすよう試行錯誤していることも挙げられるであろう。

 相違点として、U氏は、結婚、出産、育児という家庭の事情もあり、その自己啓発とのバランスが、なかなか難しい部分があるように思えた。男女、もしくは既婚、独身など自身の生活スタイルと自己啓発には、関係してくるのではないだろうか。

 また、U氏とO氏は、今後は既に取得した資格をどう生かすのかに関心が移ってきているが、T氏は、新たな技術の取得や、趣味に意欲的である。T氏が強調していたのは、学校や講座への通学は、職場のみでは感じられない「刺激」というものを受けることができうるのが非常に大きいということであった。様々な人たちから受けるその「刺激」はさらに自身の学習意欲や新たな興味を高めてくれるものであるとのことであった。

4・小山市職員研修所での支援について

 それでは、小山市職員研修所においては自己啓発に対するどのような支援を行っているのであろうか。職員研修所宮川係長に聴き取り調査を行った[]

小山市でも他の自治体と同じように、OJT(職場研修)やOFFJT(職場外研修)と自己啓発が三本柱であるとしている。まず念頭にあるのが、住民の福祉を充実させるために、職員の能力を最大限活用できるよう支援していくとのことであった。

 支援については、大きく分けて4つある。一つ目は、来年度新たに、採用10年目〜15年目職員を対象としたキャリアデザイン研修である。1日のみの研修であるが、自身のキャリアから、その適正を見つめ直す研修にする予定である。来年度から試行段階として、そうした研修を増加させていくつもりであるとのことであった。

 二つ目が、職員による自主研修グループの支援である。職員による自主研修グループに助成を行い、毎年その発表会を企画している。

 三つ目が、職員の派遣研修である。例えば民間派遣研修といって毎年職員を民間企業(東京電力、ジャスコ、イトーヨーカ堂)に2週間派遣し、終了後報告会を開催している。

 最後に、資格取得助成金である。これは今年度から施行されたものであり、研修所の方で定められた資格検定(例えば、英検準1級や簿記2級等)に合格すれば、その受験料が助成されるというものである。

 こうした支援については、施行であるものや、試行しても職員の利用頻度が低いものも多く、今後も試行錯誤をしながら検討していくとのこと。また、自己啓発の意欲が高い職員については、そのモチベーションをいかに持続できうるのか、また低い職員については高められるのかを、支援のみでなく、人事制度と連携されると有効に活用されると思っているとのことであった。

 

5・自己啓発に発展させる研修のありかた

 最後に、三氏や職員研修所へのインタビューを通じて今後の研修のありかたについて述べることにする。

 

@キャリアデザイン研修について、職員の現状に応じて充実させる。

職員研修所においても、自己啓発の支援について職員それぞれの資質に負うところの大きいものなので、苦慮している様子が解った。そうした中で、来年度からキャリアデザイン研修を実施するのは評価できうるのではないか。

 なぜなら、三氏のインタビューにおいて、自己啓発については前から考えていたということもあり、研修においてでも、参加職員が自己のキャリアを見つめ直すことで、それが自己啓発に繋がっていく可能性もあるからである。

 このことからも分かるように、自己啓発に意欲的な場合は、自身のキャリアデザインを実践している。そこで、自分に足りないもの、また必要なものを自己啓発によって向上させようとしている。

 しかし、職員全員が意欲的ではない。それは各々の事情があり、したくてもできないという場合があるからだ。そこで、幸い試行段階にあるキャリアデザイン研修は、参加職員の状況を見ながら充実させていく必要があるのではないだろうか。

A職員の自己啓発の契機やきっかけとなるものを積極的に研修に取り入れる

 三氏が共通している、契機やきっかけづくりについて、研修や支援の中で組み込めないか。例えば外部との接触などは大きな契機となりえるかもしれない。白鴎大学との連携した研修や、自主研究での学生グループの参加等である[]

 ただし、各個人によって何が契機やきっかけづくりとなるかは当然千差万別あるためになかなか難しい。それだけに、研修担当職員は、職員が何を求め考えているのかを常に意識しなければならない。

 最後に多少気になった部分もある。それは、職員研修所の最終目的である、住民福祉のための職員の能力活用というものと、三氏の最終目標のズレである。これを修正させていくのか、それとも各個人に委ねていくのか問題である。

 以上のように、自己啓発に発展させる地方自治体職員研修のありかたについて考えてきたわけだが、インタビューについても、筆者が未熟なために焦点が定まっていない部分もあるし、またサンプル数も不足しているために、全てが反映されているとは、言いがたい部分もある。そうした課題を今後の研究に活かしていきたいと思う。

 

参考文献

ダイヤモンド社「企業内人材育成入門」中原淳他 2006

ぎょうせい 「行政人材革命」 上山信一他 2003

PHP研究所新書 「働く人のキャリア・デザイン」 金井壽宏 2002



[]稲継裕昭 JIAMメールマガジン「分権時代の自治体職員」(第8回 自治体職員の人材育成)https://www.jiam.jp/melmaga/newcontents/newcontents8.html200811月現在)

[] 地方公務員法第26条の5(平成19年追加)また同法第26条の2では、修学部分休業も認められている。(平成16年追加)

[] ダイヤモンド社「企業内人材育成入門」中原淳他 2006 pp256260

[] 平成20111314日昼休み、業務終了後に30分ほどのインタビューを行った

[] 平成2011171時間ほどインタビューを行った 

[] 下野新聞ホームページ  白鴎大学嶌信彦教授が指導するゼミの学生が小山市に提言書提http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/south/oyama/news/20081114/75477200811月現在)