比較政策論 10月21日 大宅宏幸
地域自治組織の課題と展望〜合併市町村における地域自治〜
―住民代表組織委員選出とその代表性について―
はじめに
いわゆる「平成の大合併」によって自治体数は大幅に減少し、各自治体の規模が拡大した。特に、地方中核・大都市規模の合併市においては、その市域が非常に広域化する例が出てきており、各自治体ともに、いかにして自治体内の各地域(合併に組み込まれた旧市町村を単位とする)における住民の声を吸い上げ、全体としての行政に反映させていくのかが課題となっている。
そこで、例えば政令指定都市・地方中核規模の合併市であれば、自治体内における「域内分権」を進める試みがなされつつある。またそれと関連して、合併に組み込まれた旧市町村を単位地域とした参事会、すなわち「地域自治組織」を立ち上げる動きも相次いでいる。
この地域自治組織であるが、上記のような自治体内各地域の声を吸い上げ、細やかに自治体全体の行政に反映させるための権能が付与されており、その与えられた機能・役割を果たしていくことが期待されている。しかしながら、それと同時に、この地域自治組織は設置されてからの年数が浅く、各自治体共に試行錯誤をしながら運用を進めている状態にあるため、その機能・役割を十分に果たすことができていない現状があり、また自治体間での活用の度合いにも格差が生まれていると分析される。
そこで本授業では、地域自治組織を設置している自治体間での運用度合いを比較し、その課題点について考察を行ってみたい。今回は、「住民代表組織」における委員選出について着目し、その代表性について一考察を加えてみよう。
1.地域自治組織の概要
はじめに、ここで地域自治組織の概要についてまとめておこう。
地域自治組織とは、自治体内の一定の地域(例えば政令指定都市における区、合併前旧市町村を単位とした地域など)において、地域行政機関と住民代表組織が相互に連携し、当該地域における重要事項に関して協議を行い、また地域課題に対する建議・要望を提出するなどし、域内地域自治を担う組織である(大宅2008)。
地域行政機関とは、区役所・市役所・市所など自治体内当該地域における事務局であり、合併自治体においては、合併前旧市町村地区の事務局から機能を引き継いで当該地域の行政機関となっているものを指す。
もう一方の住民代表組織だが、これは当該地域に関係の深い住民[1]より選出された代表者・学識経験者からなる代表組織であり、市長及びその他重要機関より当該地域における重要事項に対して諮問がなされ、審議・協議の上でこれに対する答申を提出あるいは建議・要望を出す役割を与えられている。
地域自治組織には3つの種類があり、地方自治法と合併新法[2]に基づいて設置される、@地域審議会A地域自治区B合併特例区である。これらは、左から順にその権能が強くなる。また、この他に独自の組織を設置する自治体もある(例えば宇都宮市における「地域自治制度」は、条例に基づいて設置される地域自治組織であり、この一例である)[3]。
地域自治組織の設置状況についてだが、総務省の統計[4]によると、平成18年7月現在、地域審議会を設置する地方公共団体は216団体、地域自治区は53団体[5]、合併特例区は6団体である。
2.住民代表組織委員の選出とその代表性について
前節でも説明したように、住民代表組織においては、当該地域に関係の深い住民より選出された委員によって、当該地域における重要事項に関して諮問・答申等が行われるわけだが、この委員の選出の方法と、本当にそれら委員が当該地域を代表し審議を行いうるのかという代表性の点について、課題が残ると考えられる。そこで、本節ではまず各地域自治組織における住民代表組織委員の選出方法を確認した上で、そこにおける問題点について考察を行ってみたい。なお、合併特例区については、設置団体が6団体と少なく、また選出方法が他の2つの制度とやや異なっているため、今回は扱わないこととする。
始めに、住民代表組織委員の選出の方法についてだが、「当該地域に住所を有する者」という共通の前提はあるものの、それぞれの地域自治組織によって差異が見られ、委員がどのようにして選出されているのか、また構成委員はどのような顔ぶれであるのかが不透明である事例が多いと思われる。
地域審議会では、構成員の任免・任期・人数については「合併関係市町村の協議により定めるものとする」[6]となっており、設置自治体間でばらつきが見られる。任期・人数は概ね2年・18〜20人 という設定が共通しているものの、選出方法については、「学識経験者」、「公募による」、「新市首長が適任と認める者(主に当該地域における公共団体の長)」など、一定していない。例えば、平成16年から20年の間に広域合併した設置自治体として群馬県高崎市、新潟県佐渡市の地域審議会を例に取ると、高崎市の場合は選出方法として「@学識経験者」、「A公募による」を採用している[7]一方で、佐渡市は「@2名の学識経験者」、「A公共的団体の役職員」、「B(5名以内の)公募により選任されたもの」[8]と細かく規定を設けており、差異が見られる。
地域自治区の住民代表組織である地域協議会においては、「新市の長が区域内に住所を有する者のうちから選任」[9]するという規定がなされているが、これも実際には先ほどの地域審議会のように、合併協議と市長(自治体事務局)側により、任意に選出方法が定められていると考えてよいだろう。例えば平成16年から18年にかけて広域的合併を果たした設置市である静岡県浜松市では、各区域地域協議会の委員の選任方法を、当該区域内の「各種団体の代表者」[10]から選任するとしている。
以上より、概ね地域自治組織の住民代表組織委員選出方法は、当該区域内に住所を有する者及び学識経験者より、公募・市長による選任によって、特に当該区域における公共的団体の有識者から選出するものであると考えて良いであろう。ここで、「学識経験者」及び「公共的団体の有識者」とはどのような者であるかについてだが、これは各設置自治体が公表している住民代表組織の議事録[11]において調べることができる。例えば、前述の高崎市及び浜松市における委員選出後第1回目の議事録においては委員紹介の項目がある[12]。「学識経験者」とは、具体的には地元有力企業、NPO団体、自治会長、商工会議所の長、観光協会の長など、当該地域事情に明るいと市長(事務局)側が認める者であり、「公共的団体の有識者」とは前者と同様に、主に自治会・婦人団体・商工農団体、地域コミュニティ組織の代表者及びその構成員であると見られる。
ここで、いくつか指摘せねばならない点がある。第1に、前述のように住民代表組織構成委員を明確に公表している設置市もあるが、一方でそうでない自治体があり、構成員がどのようになっているのか不明確であると考えられる。特に、委員選出後の第一回会議においてのみ構成員を公表する形が多く、これではただでさえ構成員が分かりにくい。第2に、構成員が市長(事務局)側の一方的な意向により決定されているといえる点である。確かに、構成員は当該地域事情に詳しい「公共的団体」の役員を配し、地域の声をできるだけ吸い上げるよう配慮がなされているといえなくも無いが、しかし、これは自治体側にとって都合のよい人物のみを選出する事につながりかねないのではないか。以上の点からすると、このような委員の選出方法で、本当に住民代表組織が当該地域の声を代表しうるのかという点に大きな疑問が残ると思われる。
[1] 選出方法は制度の種類、自治体によって異なるが、概ね当該地域内に住所を有するものより首長が選出あるいは公募によって選出される(詳しくは後述する)。
[2] 地域審議会については「市町村の合併の特例等に関する法律(以下合併新法)」第22条、地域自治区(一般制度)については「地方自治法」第202条の4、地域自治区(合併新法)については「合併新法」第23条、合併特例区については同法第三章(第26〜第57条)を法的根拠とする。
[3] 地域自治組織の詳しい制度内容については、大宅宏幸(2008)「合併市における地域自治組織の動向と
課題〜住民代表組織に着目して〜」(宇都宮大学卒業論文)第2章を参照されたい。
(http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/2007soturonp/soturonoya.pdf)
[4] 総務省公表資料「地域審議会・地域自治区・合併特例区設置状況(平成18年7月1日現在)」(2006)による。
[5] 地域自治区には地方自治法に基づく一般制度としてのものと、合併新法に基づく合併特例制度としてのものがあるが、ここでは便宜上両者を同一計上している。
[6] 「合併新法」第22条の2より。
[7] 高崎市・合併協議会・協議第8号「地域審議会の取り扱いについて」(2006)参照。
[8] 佐渡市・地域審議会協議「地域審議会の設置に関する協議」(2004年)参照。
[9] 地方自治法第202条の5の4項より。
[10] 浜松市・自治振興課『都市内分権と地域自治区〜「共助と共生」による住みやすいまちづくりを目指して』p.13(2007)より。
[11] 各自治体ホームページ上から誰でも簡単に閲覧する事ができる。
[12] 高崎市については、高崎市HP「地域審議会」(2008年10月現在・http://www.city.takasaki.gunma.jp/soshiki/chiiki/tiikisingi/tiikisingi.htm)、浜松市については浜松市HP「地域協議会」(同・http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/participation/kaigi/chiikikyougikai/index.htm)より各議事録を閲覧可能である。