2007/11/13 比較政策研究
日本におけるベトナム人労働者
〜ベトナム人労働者にとっての研究生制度の意味と問題点〜
I .問題関心:
ベトナムにとって労働力の輸出は重要な意味を持っている。労働力の輸出はベトナムの社会発展において重要な役割を演じている。それは雇用を創出すること、外貨を手に入れること、人的な資源を発展させることなどに寄与している。また、労働力の輸出はベトナム国内の労働市場の圧迫を軽減することも寄与してきた。2006年には79,000人のベトナム出稼ぎ目的で海外に移動した。約40万人に及ぶベトナムからの海外送金は毎年GDP の 3%を占めるほどに大きい。現在、ベトナム人の主な海外渡航先としては韓国、台湾、日本、ラオス、及びリビャとクウェートを含む中東地域がある。
ベトナム人労働者の日本への輸出は主に研修制度を通じて行われてきた。研修生として来日するベトナム人は近年増大してきた。国際研修協力機構(JICTO)支援研修生の統計によるとJICTO 支援ベトナム研修生は2001年1820人、2002年1953人、2003年1928人、2004年2112人、2005年2361人と推移し、2005年現在では、ベトナム研修生は中国、インドネシア、フィリピンについで、4番目である。ただし、ベトナム人研修生の増加率は中国についで高い。日本は賃金が高いこと、生活水準が高いこと、労働条件が安全なことの理由により、労働市場として魅力が大きい。しかし、ベトナム人労働者を日本に輸出しようとする政策はいくつかの困難に直面している。近年の大きな問題として、ベトナム人研修生の失踪問題がある。
研修生の失踪者の国別の状況では、いずれの年度も中国、インドネシア、ベトナムの3ヵ国が大半を占めるが、研修生と技能実習生の失踪者の割合では、ベトナムが圧倒的に高い。JICTO に届けのあったベトナム人技能実習生の失踪者は2001年247人、2002年542人、2003年674人、2004年372人、2005年329人である。このような状況はベトナム人労働者の評判に影響を与え、ベトナム人労働力の需要と雇用に否定的な影響を及ぼしている。この逃走問題はベトナム人労働者導入の一時停止や完全な停止といった事態を招くかもしれない。
II .研究目的:
ベトナム人研修生の失踪問題は同のような状況の中で起きてきたのか、この点を明らかにすることによって、日本でベトナム人労働者が働くことの意味や、これからの労働力の輸出政策のあり方ついて考える。
III .研究方法:
1.日本における研究課題:1.1ベトナム人研修生の労働条件と生活状況;1.2 新しい環境や異なった文化への適応過程;1.3 日本で働くことから得られるもの。
― 研究場所(予定):鹿沼市、小山市(栃木県)、名古屋、広島。
2.ベトナムにおける研究課題:日本から帰国したベトナムの仕事と生活状況、日本で働いたことをどうのように考えているか。
― 研究場所(予定):ホーチミン市の周辺
ゲンティータンハン(074104H)
提言書】 『百年後の“とちぎ”』
〜「百年後に残したいもの、百年間で創り上げたいもの」
残したいもの創り上げたいもの |
栃木県に住んでいる人々のイメージ |
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提案の理由 |
私が来日して、あっという間に2年近くも栃木県で経ちました。その間様々なことに出会い、自分の栃木県で日本人のイメージを持っている。、 日本人はとても勤勉だとベトナムにいた時からよく聞いていましたが、栃木県に来て、周りの県民やテレビなどを見て、自分が思っていた以上に日本人は勤勉に働いていると実感しました。夜遅い電車の中でもサラリーマンの忙しい姿が見受けられます。前日深夜まで残業で寝不足のためか立ちながら寝ていますが、座れると、すぐにノートパソコンを開いて仕事をする姿をよくみかけることがあります。このように日本人は時間をきちんと守り、時間に対する意識を強く持っていると感じます。閉まりかけているドアに挟まれる危険性にもかかわらず、電車に駆け込む人が多いように思います。遅刻することが許されない日本ではサラリーマンは絶対に乗らなくてはならない電車があるのでしょう。この前の福知山線脱線事故を思うと、やはり日本の社会が時間に厳しいと改めて実感しました。一般的に時間にルーズなベトナム人に時間に対する意識を高めるべきだと痛感させられます。 県民の性格から私に日本人のイメージを良く印象したので、百年後に残したいものは栃木県の人々の良いイメージである。 |
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ゲンティータンハン |
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