比較政策論                      20051220

国際社会専攻研究 MK050109 津田 安希子

 

 

『中国環境問題における日本企業の役割―大連市での取組みを例に―』

〜中国の環境政策の現状と日本企業の環境政策〜

 

中国における環境政策の展開とその特徴

 中国は環境保護を一人っ子政策に代表される人口抑制政策と並んで国策の1つとして掲げ、環境保全に取り組む姿勢を示している。環境保護が国策とされたのは、1983年に開催された第2回全国環境会議で、当時の李鵬副総理が「環境保護政策を国策の1つとする」と発言したことがきっかけとなった。中国は1979年以降、改革開放や市場経済の導入に伴って急速な高度経済成長を続け、現在、急成長のつけともいえる環境問題が無視できない状況になってきている。具体的には、急速な経済発展が水質汚染や大気汚染、廃棄物問題といった公害を深刻化させるとともに、過度の森林伐採のような自然破壊による自然災害が引き起こされ、環境問題の深刻化が経済成長の足を引っ張りかねない状況が生まれつつある。

 このため、これまで環境保護を国策に掲げつつも、経済発展を最重点としてきた中国政府も危機感を抱き、近年は環境対策を重点政策の1つとして推進し始めている。その中で、各種の環境対策関連法規の整備や、環境行政体制の充実といった公害規制の強化はもちろんだが、「クリーナープロダクション促進法[1]」や化学物質対策関連法規の制定、リサイクル関連法の導入計画など、環境問題が顕在化する前に手を打つ予防的な取組みにも力を入れ始めている[2]

 中国の環境対策は「3つの環境政策と9つの環境管理制度」を基本に実施されている[3]。まず、3つの環境政策とは、

     環境汚染の未然防止を中心とし、未然防止と汚染処理を両立させること。

     汚染者が汚染を処理し、開発者が環境を保護し、利用者が環境汚染を補償すること。

     環境管理を強化すること。

である。この3つの環境政策は、環境汚染の未然防止、汚染者負担の原則、法規制などによる直接的環境規制の強化という3本柱の環境対策の基本原則を明確に示したものである。    一方、これに基づく具体的な環境管理制度としては、

@環境影響評価制度 A「三同時」制度[4] B排汚費(汚染物質排出費)徴収制度[5] C環境保護目標責任制度 D都市環境総合整備に関する定量審査制度 E汚染物質集中処理制度 F汚染物質排出登記・許可証制度 G期限付き汚染防除制度 H企業環境保護審査制度

9つがある。

 また、環境法規制による環境対策と並んで、中国では企業に自主的な環境管理体制の構築を促す政策も推進されている。その代表格が、環境マネジメントの国際規格であるISO14000シリーズなどを活かした環境管理システムの導入である[6]。個々の企業に自ら積極的に環境問題に取り組む姿勢を持たせることで、産業環境対策のレベルアップを図ることが狙いである。さらに、市場経済の進展に伴い、企業に国際基準に基づいた経営が求められるようになってきたことも間接的な理由と言えよう。

 

中国の環境法体系と地方基準の優位性

 中国の環境法体系の基本となるのは、1979年に施行法として制定され、その後1989年に内容強化・改定がなされ再び制定された「環境保護法」である。この下に、産業環境対策に関連する単独法として、「大気汚染防止法」「水汚染防止法」「固体廃棄物環境汚染防止法」「海洋環境保護法」「環境影響評価法」「環境騒音汚染防止法」「クリーナープロダクション促進法」の7つが制定されている[7]

 また、中国において、国家レベルの環境法規とは別に、省や直轄市などの地方行政機関では、特定の環境問題や環境対策に地方の特異性を活かしながら、独自の環境関連法規が数多く定められており、その数は1000点以上にのぼるといわれている。さらに、排出基準に関しては、環境保護法の第9条によって国家レベルは国家環境保護総局[8]が、地方レベルについては省・自治区・直轄市の行政政府がそれぞれ定めることができる。また、同法10条によって、国家の汚染物質排出基準にない項目については、地方政府が独自の基準を制定でき(=横出し規制)、かつ、国家によって定められている項目については国よりも厳しい地方基準を定めることができる(=上乗せ基準)[9]。このため、排出基準は国家基準と地方基準が並行して存在する場合があり、その時は地方基準が優先されることになっている。

 よって日本企業が中国に進出した場合、各種の環境規制や排出基準などは進出した先の地方の政策に従うことになるため、進出する地域によって環境規制の厳しさには格差が見られる。というのも、経済発展を果した沿海部においては、地方政府が一定の財政能力と行政能力を持ち、国家の環境政策をベースに上乗せ基準の導入をはじめとする独自の政策実施が可能となり、実効性の高い環境規制が導入されている。しかし一方で、経済発展の遅れている内陸部においては、資金力や専門職員の不足などによって、国が定めた環境法令であっても実行されにくくなっており、企業に対する公害規制も十分に実施されているとはいえない現状となっている。

 

環境政策における中国の問題点

中国が環境政策に本腰を入れるようになるまでには、しばし時間はかかったものの中国政府が環境汚染の深刻さを認識し、環境問題に対して真摯に取り組もうとしている姿勢は評価できる。しかし、政府の行動とは裏腹に、中国の環境政策が全て順調に稼動しているとは言い難いのも事実である。よく中国の環境認識の問題点として、次の3つの言葉が使われる。「官多官少」、「官有民無」、「官高民低」である[10]。つまりこれは、「官(中央政府)は環境問題の深刻さと政府の責任を認識するとともに、環境対策や行政管理の強化など環境保護活動を行う意識を持ち、かつ実行に移しているのに対して、民(国民)は生活環境問題に関しては認識しているものの、生態環境問題に関してはそれほど認識しておらず、自身の責任も感じていない。また、自身の利益に影響を与える環境対策に対して消極的である。」という意味である。要するに、個人の環境問題に対する意識の低さが、中国の環境政策の阻害要因の1つとなっているのではないか。日本では水俣病や四日市ぜんそくなどの社会問題を機に、公害教育が盛んになり現在の環境教育へと発展した。しかし、環境を軽視した開発を推し進めてきた中国では、環境に関する知識の普及など基礎的な教育は後回しになってきた。

 

     日本企業の環境対策[11]

     排ガス、廃水、廃棄物のいわゆる三廃対策を中心に、中国の環境法規制を遵守するための公害対策を実施している。中には日本よりも厳しい排出規制[12]や日本にはない規制項目に対応するため、多額の投資を行って環境対策設備の設置や改造に取り組んでいる例も。

 

     単に環境規制をクリアするだけではなく、中国での排出基準を上回る企業独自の自主基準を設定して、より高いレベルの環境対策を実施したり、ISO14001に基づく行動計画に、汚染物質の段階的削減を盛り込んで計画的に汚染物質の排出削減に取り組んでいる例も。

 

     日本企業の多くは、「環境対策への取り組みは、日常の企業活動の1つである」とし、環境対策を特別に扱うのではなく、むしろ環境対策を実施することによる省エネによって生み出されるコストの削減に着目している。

 

 排ガス:二酸化硫黄削減のため、燃料に使用する石炭の低硫黄化を図るとともに、排ガス処理装置に排ガスの水洗浄設備を付加するなど、さらなる削減に取り組んでいる。

 

廃水:多額の建設コストと運転コストをかけて、排水処理装置を運転している。また、大連市や北京市などのように中国側から、工場内に排水のオンラインモニタリング装置の設置を義務付けられているところもある。(設備費用は全て工場側が負担。しかし設置を拒否すれば罰則が科せられるので、指示があった場合は対応せざるをえないのが現状。)

 

産業廃棄物:・ほとんどの日本企業は、金属スクラップ・廃材・ダンボールといった再利用が可能な廃棄物については、各行政市の環境保護局の許可証を持った業者に処理を依頼していた。

 

     (日本企業の)酒造メーカーでは、空き瓶をリターナブル瓶として再利用する仕組みを確立し、大口消費者である飲食店を対象に、酒瓶を回収して、洗浄後再び酒を入れて出荷している例もある。

 

     流通業の日本企業の中には、スーパーマーケットの店頭に廃乾電池や紙、プラスチックなどの回収箱を設置している例もある。

 

     有害産業廃棄物(廃油やアスベストなど)の処理は、2003年に天津市に中国で初めての総合処理施設(焼却処理・安定化処理・埋め立て処分)が建設されるまで、法規制に従えば、自社工場内に保管するしかなかった。

⇒許可証を持った廃棄物処理業者はいたが、以前の処理法は焼却処理に限られていた。また、費用を払えば、有害廃棄物を引き取っていく業者はあるが、結局は不法投棄されるだけ。そのため、それが判明した時に企業のイメージダウンを企業側は非常に恐れており、日本企業の中には、有害廃棄物の焼却処理を実際に自社で確認するなどの方法で、きっちり処理されているか追跡調査している例も。

 

 



[1] 企業に対して省資源や資源の有効利用などへの取組みを誘導するとともに、環境情報の公開などを求める法律。20031月施行。

[2] 橋本芳一他『中国の空 日本の森』慶応義塾大学出版会 2004年 p30

[3] 橋本芳一他同掲 pp35-pp41

[4] 新設・増設・改造に関する工事の際には、その計画・建設・操業の各段階において予期される環境汚染防止のための施設が、主体工事と同時に設計・建設・稼動されなければならないとする制度。

[5] 基本的に汚染物質(排気ガス・排水・廃棄物)を排出する企業などに対して排出費用を徴収する制度。20037月に改定され、大気汚染物質と水質汚濁物質に関しては、基準超過がなくとも、排出があれば排汚費を徴収するといった制度へと変更。

[6] 中国のISO14001の認証取得企業は200312月で5064社。(環境省 http://www.env.go.jp/ 2005/09/28

[7] 橋本芳一他同掲 p30、李志東『中国の環境保護システム』東洋経済新聞社 1999 pp69-75

[8] 国レベルの環境行政組織は、国務院に属する国家環境保護総局、地方組織は県レベル以上の地方行政組織におかれる地方環境保護局。

[9] 「環境保護法」日中友好環境保全センター http://www.zhb.gob.cn/japan 2005/09/28

[10] 橋本芳一同掲 pp170-pp171

[11] 外務省「H15年度日系企業の海外活動に係る環境配慮動向調査報告書」

[12]濃度基準値において、中国の基準値と日本の基準値はおおむね同レベルである。しかし、日本では施設の種類ごとに数値に幅をもって規定しているが、中国では施設の分類数が少ないので施設によっては日本よりも厳しい基準もある。(橋本芳一他『中国の空 日本の森』慶応義塾大学出版会 2004年、通商産業省環境立地局『公害防止の技術と法規』産業環境管理協会 1995年)