20051220()                                                          国際社会研究専攻

比較政策研究                                                                             mk050111  森 三奈

       

まちづくりにおける住民参加

 

1.はじめに

90年代、日本では地方分権について積極的な議論がなされた。19985月に地方分権推進計画が閣議決定され、翌997月には「地方分権の推進を図るための関連法律の整備等に関する法律」(以下「地方分権促進一括法」)が国会で可決成立し、一連の地方分権論議はいったん落ち着いたといえる。その議論の中で行政手続、情報公開とともに、住民投票などを含む住民参加に関心が向けられた。国は行政立法制定手続きにパブリック・コメント制度を93年制定し、自治体においてもパブリック・コメント制度の導入が進んできた。現在に至ってもパブリック・コメントについての議論が続けられており、住民参加に対する国の関心の高さを示しているといえよう。また、市町村合併に代表されるような国が推進している政策においては住民参加制度の整備が進んでいる。

 

都市計画においても国の関与を減らし、県や市町村への権限の委譲を進めていこうとする地域重視の動きが見られてきた。20002月から3月にかけて実施された日本経済新聞のアンケートによると、回答を寄せた45知事、566市長、22区長のうち39%の首長が「土地利用・都市計画・交通」に関する独自条例を考えており、この値は「環境・ごみ」の58%に次ぐ高さである[1]。実際、住民参加において先進的な自治体は地方分権一括法の制定を機に条例の検討など積極的な改革を進めてきた[2]。これまであった国の関与が弱くなり、地方自治体の決定に委ねられる範囲が拡大することになる。自治体には地方分権時代にふさわしい独自の仕組みを作りあげていくことが求められており、とりわけ都市計画は地域と密接な関係を有するため、住民の積極的な参加によって支えられていくべきである。

 

都市計画は適正な土地利用規制や、道路や公園、上下水道等の公共事業の計画という都市基盤の整備の面のみで捉えられがちであるが、都市計画の主体が住民であれば、住民に身近な生活環境を計画する面も考慮に入れる必要があろう。なぜならば都市計画は人間の生活・活動をより良い環境のもとで達成できるようにするための手段であり、その土地がもつ地勢や歴史、文化の考慮なしには進めることができないからである。近年、都市計画法などの法令に基づいただけではなく、福祉や教育、文化等のソフト面を考慮に入れた生活空間の構築という意味で広く「まちづくり」という言葉が使われる傾向にある。この意味のもとでは住民の参加なしにまちづくりは進められない。

 

まちづくりの分野では早期から行政と住民のあり方が主張され、その中でしばしば協働、あるいはパートナーシップという言葉が用いられてきた。住民参加の用語に関しては文献や用いる人や団体によって様々であるが、協働やパートナーシップは従来とは異なる、新たな住民参加における自治体と住民の関係を論じる際に用いられるキーワードである。そこで、以下は法令上の住民参加手続きから全体の傾向を論じるだけでなく、まちづくりに関わる自治体や住民の活動の具体的事例を通して、自治体と住民に代表されるようなアクターの関係とその中に内在する問題点を明確にし、今後のあるべき姿を模索する。

 

 

2.「住民参加の梯子」から見る住民参加の構図と問題

 まちづくりに限らず住民参加制度は多様に存在するが、参加制度の評価基準としてしばしば「A Ladder of Citizen Participation(=住民参加の梯子)[3]」が用いられる。「住民参加の梯子」は住民参加の度合いを8段階の梯子で示したもので、梯子の上位ほど高度の住民参加形式をとると評価する。

 

8.Citizen Control(住民によるコントロール)

Degrees of Citizen Power(住民の権利としての参加)

7.Delegated Power(権限委任)

6.Partnership(パートナーシップ)

5.Placation(懐柔策)

Degree of Tokenism(形式だけの参加)

4.Consultation(意見聴取)

3.Informing(情報提供)

2.Therapy(セラピー)

Nonparticipation(参加不在)

1.Manipulation(世論操作)

図「住民参加の梯子の8段階[4]

 

「住民参加の梯子」を用いると従来の住民参加制度が高度であるとは言えそうもない。国が行なうパブリック・コメント制度においても行政機関が最終的な意思決定をする手続きである点に着目すれば、同様の評価が与えられうる。

この「住民参加の梯子」をまちづくりにおける住民参加の展開に応用すると次のようになる。まちづくりにおける参加不在の段階では都市計画事業は行政が決定・運用し、住民は受身で、住民に参加の機会は与えられていない。参加が存在する段階において住民の関与が弱い順から、第一に住民は行政に対して情報を求め、意見を表明するが事業の決定に直接的には関与しない状況が考えられる。次の状況は住民が構想段階から事業の決定にいたるまで参加をするが行政と住民の関係は対等ではない。そして、住民と行政が対等の関係で協力し合い、まちづくりを進める。さらに、住民が主導権を持ってまちづくりを進め、それに行政が参加をし、支援していく形である。

 

このようにおおまかな住民参加のシステムが考えられ、その中でも行政と住民が協力し合えるシステムが望ましいと考えられるが、実際は地方自治体がそのようなプロセスの構築の際に問題を抱える場合が多い。住民向けの説明、ワークショップなどの住民参加手法の活用、議事録の公開といった技術的な知識の蓄積が乏しく、自治体における専門家の育成が進んでいない状況である。この問題については行政だけではなく、企業や住民、さらには近年関心を集めているNPO(Nonprofit Organization=民間非営利組織)や住民団体など多様な参加者が都市計画のプロセスに関わり、プロセスにおける規則や手続きの整備について見直すことが解決の糸口となろう。そして、このプロセスに基づいて計画を運用するには専門性の高い人材の育成が必要である。地方自治体の組織体制では容易ではないかもしれないが、場合によって適した人材を外部から登用することが考えられる。高度な技術を持ったコンサルタントに依頼するケースも考えられるだろう。

 

また、情報公開を制度化しても利用されない、審議会を公開しても意見が集まらない、傍聴者が少ないといった住民参加制度の活用度が低いことが挙げられる。これは住民の意識の低さが原因のひとつとして挙げられるが、制度そのものも問題であると考えられる。住民の参加意識が低下してしまうような情報提供のあり方や、進め方を見直し、改革することが重要である。さらに、時間面・費用面のコストも大きく関わる。住民参加はその問題によって自治体職員にも住民にも非常な労力を伴う場合が考えられる。例えば、情報公開を徹底する場合には自治体職員の研修が必要である。限られた財源の中で進められる住民参加が費用の面で自治体に負担を与えることも考えられる。

 

 

脚注以外の参考文献

 蓑原敬編『都市計画の挑戦』(学芸出版社)2002

室井力編『住民参加のシステム改革』(日本評論社)2005

人見剛 辻山幸宣『協働型の制度づくりと政策形成』(株式会社 ぎょうせい)2002

とちぎNPO研究会 菅ゆき江編『協働・人がつながる空間』2004

北川正恭・縣公一郎・総合研究開発機構編『政策研究のメソドロジー』

 

 



[1]日経20003.20「地方分権に関する首長アンケート」の結果より、回収率85.4%。

[2] ニセコ町などの自治体でまちづくり条例が制定されている。辻山幸宣「自治基本法の構想」松下圭一・西尾勝・新藤宗幸編『岩波講座自治体の構想4 機構』(岩波書店)2002 120頁。

[3] S.R.Arnstein,A Ladder of Citizen Participation(Journal of American Institute of Planners) 1969 , pp.216-224.

[4] 図はS.R.Arnstein p.217 同上書と日本語訳を参考に筆者作成。