比較政策研究

2005118日(火)

国際社会研究専攻 MK050112山村祥代

 

国際人権保障における国内人権機関の意義

 

1.はじめに

国連が行う国際人権保障体制は、まず国際人権基準の設定から始まった。様々な文化的・宗教的・歴史的背景をもった主権国家が加盟する国連は、普遍的にどの地域にも適用できるよう国際人権文書を作成する。けれども、その実施をめぐっては、国際社会の主流派の意見や、国家の解釈といった様々な要因で様々な形態を採られる。もちろん、国際人権法は、文化的・宗教的・歴史的背景、国際・国内状況に考慮して作成されている。だが、こういった背景が、国内での人権の実施[1]の義務を滞らせる原因や、恣意的解釈に利用されてはならない。基準設定の時代から実施の時代へとシフトした国際人権保障体制は、現在、各国国内に国内人権機関を設置することを奨励・勧告している。国内人権機関とは、国際人権法を国内で実施する中心的機関となることが予定されている。そして、現在、それに応える形で諸国が立法を行っている状態である。

国内人権機関は、日本においても、人権擁護法案(以下、法案)をめぐって議論されたことが、記憶に新しいだろう。だが、国会提出を見送られた法案に予定されていた国内人権機関は、国際社会が要請しているのとはかけ離れたものであった。

国内人権機関は、国際人権基準の理念を、国内に反映することが期待されており、政府や公的な機関による人権侵害を迅速に救済することが第一の目的である。しかし、法案ではこれらの原則が無視されている感は否めない。国内での人権保障に関して、国際的な基準を受け入れることは、国際人権条約締約国の義務だ。しかし、この法案を見る限りでも、国際的な人権基準を受け入れることに消極的な日本政府の姿勢がよく表れているのではないだろうか。本文では、国際的に示されている国内人権機関がどのようなものであるかを提示し、国内人権機関の意義を確認する。

 

2.人権保障の実施措置

1)国際的実施措置

国際人権法は、実施メカニズムとして国際的な措置を充実させている。人権条約上の国家報告制度、テーマ別手続き、個人通報制度などがそれである。相互主義がほとんど期待できない国際人権法の分野で前述の国際的実施措置は、各主権国家に対して人権保障の履行を促す。国際人権実施措置は、国家の人権実施状況を国際的に監視し、人権侵害の是正に貢献してきた。他方で、この制度が現在、さまざまな問題を抱えているのも事実である。締約国の報告義務の不遵守や、国連加盟国の増加、提出される報告書数の増大で各委員会の対応が不十分であるといった義務の履行の上での問題と、条約の実態的な義務履行と報告制度がどれだけ実際的な義務履行につながっているかという問題とがある[2]

このような問題があるものの、国連人権委員会をはじめとする国際的実施措置の意義は大きく、人権侵害是正について強力な権限を持つことが望まれる。また、国連改革では人権理事会の創設が議論されており、今後の動きに注目したい。

 

2)国内的実施措置

一方で、締約国は国内において人権保障のための必要な措置をとらなければならない。国内的実施措置は、裁判を中心とする司法的解決が主流である。しかし、必ずしもすべての人権救済が、司法的救済に適してはいない。司法的機関による人権保障機能にも限界がある。また、国内的実施を確保・強化するためにも多層的な措置が存在することが望ましい。そして、かかる認識のもと国際社会において国内の人権保障実施機関設置への動きが活発化した。

1993年国連総会で国内人権機関のあるべき姿を示す「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」が採択された。また、同年ウィーンで開催された世界人権会議で「ウィーン宣言および行動計画」においても、あらためて国内人権機関の意義が確認されている。以下では、パリ原則で示されている国内人権機関を紹介する。

 

3)パリ原則で示される国内人権機関

パリ原則では、(@)国内人権機関の権限と責任、(A)構成と独立性・多元性の保障、(B)活動方法(C)準司法的権限、の4項目から以下のように国内人権機関のあるべき姿を提示している。

(@)権限と責任

 国内人権機関は人権の促進(伸長)と保護の権限が付与され、できる限り広範な職務を与えられるものとし、その構成と権限は憲法または法律で明確に定めるものとする。国内人権機関の権限としては、@政府、議会及び権限を有する他のすべての機関に対し、人権法制や人権状況などに関する提言および勧告を行う、A国際人権文書の国内での実行的な履行の促進および確保B人権条約の批准およびその履行の確保、C人権条約上の政府報告書への協力および意見表明、D国際的な人権関係機関との協力E人権教育・研究プログラムへを策定、実施への参加、F人権および差別撤廃に関する宣伝などを例示している。

(A)構成と独立性・多元性の保障

 次に、これらの権限を実施する際の国内人権機関の構成員に関する多元性の確保が指摘されている。例として、人権NGOや労働組合、弁護士、医師、ジャーナリスト、専門家などをあげている。加えて、活動の財源などにおける独立性の確保などへの留意を示している。

(B)活動方法

 国内人権機関のとして、@申出の検討、A意見の聴取および情報・文書の取得、B世論への働きかけ、C定期的な会合の開催、Dワーキンググループおよび地域事務所の設置、E人権の促進及び擁護の責務を有する組織との協議の継続、F人権に関連するNGOとの連携などをあげている。

(C)準司法的権限

最後に、国内人権機関に対して、@調停を通じての友好的解決、A救済手段に関する申立人への情報提供、B法律の制限内での申立の聴聞および他機関への付託、C法律、規制、業務実務の改正・修正を提案し、勧告を行うことといった原則を示している。

 

このように、パリ原則で提示された国内人権機関は、国際人権法の国内的実施を担う機関として重要な役割を果たすことを予定されていることが表されている。

 

3.おわりに

 国内人権機関の意義は、国際人権法を国内でできうる限り実行していくことにある。なぜなら、主権国家は、人権保障を確保する第一主体であると同時に、人権侵害の第一主体でもあるからだ。そのために、独立した機関が絶えず公権力を監視する制度が必要なのだ。公権力を監視し、人権侵害を救済するという認識から国内人権機関は設置される。日本では、まず、このことを念頭において国内人権機関の議論がされなければならない。

 

(参考文献)

申惠丰「第11章 人権条約の報告制度の意義と課題」横田洋三編『現代国際法と国連・人権・裁判―波多野里望先生古稀記念論文集』国際書院 2003

山崎公士編著 『国内人権期間の国際比較』現代人文社 2001

阿部浩己、今井直、藤本俊明『テキストブック国際人権法 第2版』日本評論社2002

パリ原則:Commission on Human Rights resolution 1992/54 of 3 March 1992,annex(Official Records of the Economic and Social Council, 1992,Supplement No. 2(E/1992/22), chap. II, sect. A); General Assembly resolution 48/134 of 20 December 1993, annex



[1]

[2]申惠丰「第11章 人権条約の報告制度の意義と課題」横田洋三編 『現代国際法と国連・人権・裁判―波多野里望先生古稀記念論文集』国際書院 2003年 p.267-p.271