05/11/08比較政策論
国際社会研究MK050108 津金麻希子
研究テーマ「コスタリカ共和国における義務教育の政策決定過程(現状と課題)」(仮)
1、
コスタリカ共和国概要
(1)国土と人口
コスタリカ共和国Republic of Costa Rica(以下コスタリカ)は、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を結ぶ細長い陸地に位置し、北はニカラグア、南はパナマと国境線を接している。国土の約3分の1が標高3000メートル級の高山とその山間に開かれた800〜1400メートルの高地盆地となっており、残りは熱帯低地と太平洋とカリブ海の海岸に沿った低地である。国土面積51,100平方キロメートル(日本の四国と九州を合わせたぐらい)、人口430万人(2004年国勢調査局)、461人の日本人が生活している(2004年10月現在)1。人口分布は、首都サンホセに45万人、エレディア8万人、アラフエラ15万人、カルタゴ10万人となっている2。
民族は、植民地時代に移民してきたスペイン系白人と先住民インディオ3との混血メスティソが90%以上を占め、次いで黒人との混血ムラートとなる。近年、ニカラグアからの合法・不法移民が多数流入しており、ニカラグア移民については、2000年に行われた人口調査によれば22.6万人(全人口の約5.9%)と発表されたが、実際にはより多くの住民が存在するといわれている4。
(2)経済と産業
主要産業は、農牧業でコーヒー、バナナ、牛肉、砂糖などを欧米中心に輸出している。90年代に入るとハイテク分野が急成長し、95年にアメリカのインテル社の工場移転によって工業製品の輸出が拡大、2002年には輸出総額の22.4%を占めるまでになっている。日本からは自動車や電気機器を輸入し、集積回路、機械、コーヒーなどがコスタリカから輸出されている5。
また、国立公園をはじめ、地球に生息する動植物の5%が生息するといわれる多くの自然に恵まれたコスタリカでは、エコツーリズムを提供する観光業が盛んである。観光客の数は90年45万人から95年には78万人、2001年に100万人を超えている。それに伴い、ホテル・レストラン・おみやげ店・旅行会社などサービス業がコスタリカの経済を占めるようになってきている。エコツーリズムでは単に自然に触れ、野生動物を観測できるというだけではなく自然保護を重点においている。保護区のガイドやレンジャーたちは専門的な教育を受けツアーを組むなど、環境保護国としての一面をうかがわせ、豊富な動植物の種類から多くの研究者が世界中から集まる国でもある6。
(3)政治体制
大統領を元首とする立憲共和制をとり、キリスト教社会連合党(PUSC)と国民解放党(PLN)の二大政党制である。現在はアベル・パチェコ・デ・ラ・エスプリエジャ大統領(PUSC)で、大統領・副大統領2名は国民の直接選挙によって選ばれる。大統領の任期は、連続再選を禁止したうえで2003年に4年から8年に改正されている。
立法権は、国会(立法議会)、司法権は最高裁以下の裁判所、行政権は大統領および内閣により行使される。これに加えて、最高選挙管理委員会、会計検査院、検察庁、住民擁護官(オンブズマン)があり、「7権分立」と呼ばれることもある7。議会は一院制、57名の議員により構成されている。全国7県8。のそれぞれが選挙区となり、選挙区ごとに有権者の数に従い選出議員を割り出す拘束名簿式比例代表制で選挙は行われる。
2、
コスタリカの教育
中米地域の教育は、スペイン・ポルトガルによる植民地時代のキリスト教の普及を目的とした宗教教育から始まっている。これは、組織立った学校教育の形態というよりも、教会や修道院の活動の一環として主に聖職者によって担われた事業であったが、先住民向けの大衆教育、初等教育の中心的課題とされた。こうした植民地時代の宗教教育は、中米地域に公用語であるスペイン語を定着させた9。共通の言語を使用するということが、その後の識字率に影響を与えているといえ、しいては教育の普及に大きく関係している点ではないかと考える。
80年代に入ると、2度のオイル・ショックやこれまでの先進国から無計画に与えられた大規模な投資による累積債務によって、途上国は深刻な経済危機に扮していた。これに対する先進国側からの構造調整融資は、教育政策の支出、対GNP比、政府予算の教育費の占める割合比率などの削減を行っていった。中米各国でもこの方針がとられ、教育の質を低下させる結果となった。また、経済的混乱で、教育機会をめぐる国内格差も拡大し、貧しい家庭の人間は、教育を受ける機会をまたしても失う状態に陥ってしまった。80年代は教育においても「失われた10年」であったといえる。
同時に行われた構造調整政策は、公営企業の民営化、政府補助金の削減、投資・金融の規制緩和、関税の引き下げ、貿易の自由化をもたらした。コスタリカでは、アメリカの援助と世界銀行などの指導を受け、公務員の大幅な削減や補助金のカットを含む緊縮財政と公営・国営企業の民営化を含む構造調整に取り組んでいる。同時に、国際価格の変動と天候に左右されるコーヒーとバナナに依存する経済構造の改革を行った。こうした経済の進展は、教育にも大きな影響を与え、世界競争に対応していくための質の高い労働力の育成が不可欠であるという認識が高まっていく。90年代に入り中米地域全体の教育への関心が高まり、経済危機以前の水準まで教育予算を回復するだけではなく、より積極的に教育改革を求める声が大きくなっていった10。
このように、中米地域の教育は80〜90年代にかけて大きな転換を経て現在に至っている。コスタリカでは1949年に現行憲法が制定され、第12条では常備軍としての軍隊廃止が明記された。この常備軍の廃止によって、それまで軍事費として使われていた費用を、教育・福祉政策に使用されるようになり、コスタリカの教育は広がりを見せ始めたのである。教育高等審議会を諮問機関として進められた教育基本法が承認され、コスタリカの教育行政は、教育省(Mnisterrio de Education Publica)が中心となっている。但し、高等教育については、直接的には国立大学学長審議会(Consejo Nacional de Rectores)が監督の任に当たっている。
コスタリカの義務教育は10年間(就学前1年間・初等教育6年間・前期中等教育3年間)となっており、公立学校での義務教育は無償である。
就学前教育1〜3年(教育機関により異なる):〜6歳
初等教育6年間:7〜12歳
スペイン語、社会、算数、理科、宗教が主たる科目で、音楽、図工、体育は時間数も少なく、教えていない学校もある。
中等教育 前期3年間・後期2年間:13〜17歳
中学校には、3つのタイプ(academical:5年間、technical:6年間、agriculture:6年間)がある。academicalが一般的な日本でいうところの普通科にあたり、technicalは大工や秘書、agricultureはツーリズムや動物学など専門的な知識を学ぶ。
前期3年間についてはacademicalと同様の教育を受けることになっており、ここまでが日本の中学校での教育になる。外国語は英語または仏語を勉強する。
義務教育とはいえ、卒業期には試験があり、基準に達していなければ落第させられる。小学校から公立の中・高等学校への入試はないが、私立中・高等学校は独自の入試を行う。また大学(予科1年を加えて5年間)は、入試制度をとっている。
高等教育4〜6年間(日本の大学とほぼ同じ):18歳〜
高等教育機関は全国で54の大学が現在ではあり、うちコスタリカ大学(1940年創設)、コスタリカ工科大学(1971年)、ナショナル大学(1973年)、遠隔教育大学(1977年)の4つが国立大学である。1970年代には情報科学、農業、自然科学、環境などの研究分野で米州開発銀行IDBから支援を受け、現在ではこの分野の高等研究機関はラテンアメリカでの中心となっている。
大学生の数に注目してみると、1941年740人だった学生が50年1539人、55年2247人、60年3828人、70年12913人、80年47880人と増加し、95年には61345人となっている。2000年には、コスタリカ総人口の2.1%を占める国民が高等教育機関に在籍している(日本は2.5%)。しかし、日本の大学生と同じように一日中、学生としていられる人は64%に過ぎず、3人に1人は働きながら学ぶ学生である。そのため夜間に講義が公開されるようになっている所が多い11。
教育に関して憲法では以下のように規定されている。
第7編 教育と文化
第76条 |
スペイン語は国の公用語である。 |
第77条 |
公教育は、就学前より大学までのそれぞれの段階で、関連し統一された過程として、組織される。 |
第78条 |
就学前教育と初等教育は義務である。就学前教育、初等教育、中等教育は無償であり、国が負担する。 高等教育を含む国の教育において、公費は、法律に基づき、この憲法の第84条・第85条の規定を損なうことなく、国内総生産の6%を下回らない。 (以下略) |
*コスタリカの人々と手をたずさえて平和をめざす会「平和に生きる・コスタリカ〜コスタリカ視察団感じたまま」2002年p159より抜粋
第78条によると国民総生産の6%以上を教育に当てることが明記されている。時には、国家予算の3分の1が教育費に充てられ、現在までこの体制が維持され続けている。こうした安定した教育支出が、識字率は男女全体の平均で、1950年79%、63年84%、73年88%、84年92%の上昇に現れ、97年には99%に達している。また、初等教育就学率は1960年代末に90%に達している12。
しかし一方で、落第したことによりやる気を失くし、授業に集中しなくなり、そのまま辞めてしまう生徒もいる。こうした生徒の中には、家庭が経済的に貧しく十分な学習時間が持てないといった貧困が原因になっている生徒が含まれている。貧困状態にある子どもたちの中には、家庭が崩壊し、家族内での暴力に苦しんでいる子どもたちも存在する。加えて、近年増加してきたニカラグアからの移民者に対する教育も課題となっている。文化や生活習慣が異なり、それまで受けてきた教育にも差があるニカラグア人に、コスタリカ人と平等の教育を受けさせる体制が求められている。
3、
今後の課題
コスタリカの平和と民主主義を支える教育方法だと評価も高く、日本からコスタリカの小学校の授業を見学しに行く人々もいる。小学校の段階から生徒たちは議論を通じて、自分たちに保障されている権利を学び、コスタリカの平和と民主主義が教育によって形成されていると言われる理由がここにある。しかし、この部分だけを取り上げ、コスタリカの教育が優れている、ということは出来ない。本当にコスタリカの教育が優れているのか、明らかにするのが本研究の目的である。その方法として、コスタリカの教育政策の決定過程がどのようになっているのか。教育省を中心に、どういった人たちが国内の教育制度、方針を作っているのか。憲法や教育基本法などの法律、制度面を調べ、決定過程において教師や国民の意見が反映されるシステムが存在するかどうかをみていく。それによって、コスタリカの教育を体系的に明らかにし、特徴的な部分や課題点などを見出していきたいと考えている。
注釈
1外務省HPhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/latinamerica.html
2国本伊代著『コスタリカ知るための55章』明石書店2004年(以下55章)p20
3コスタリカの先住民は全人口の約1%。チョロンガ、ウエルタ、ブルンカが主要民族で22ヵ所の保護区で生活している。
4参議院憲法調査会事務局『コスタリカ・カナダにおける憲法事業及び国連に関する実情調査:概要』2004年(以下憲法調査)p146
5外務省HPhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/latinamerica.html
655章p25
7憲法調査p147
8サンホセ・カルタゴ・エレディア・アラフエラ・グアナカステ・プンタレナス・リモンの7区域
9斉藤泰雄「ラテンアメリカ文化圏の教育研究」『比較教育学研究』第27号2001年p31
10同上論文p36
1155章p36〜37
1255章p35
参考文献・資料
・寿里順平著『中米の奇跡コスタリカ』東洋書店1984年
・寿里順平著『中米=干渉と分断と軌跡』東洋書店1991年
・清水良雄編『国際理解教育と教育実践第5巻オセアニア・中南米諸国の社会・教育・生活と文化』1994年
・石井貫太郎編著『国際関係論へのアプローチ 理論と実証』ミネルヴァ書房1999年
・竹村卓著『非武装平和憲法と国際政治―コスタリカの場合』三省堂2001年
・コスタリカ共和国政府観光局日本事務所著書編集『コスタリカを学ぶ』2003年
・千葉杲弘監『国際教育協力を志す人のために 平和・共生の構築へ』学文社2004年
・コスタリカの人々と手をたずさえて平和をめざす会『平和に生きる・コスタリカ〜コスタリカ視察団感じたまま』2002年
・竹村卓「国内内戦―1948年のコスタリカ―」『ィベロアメリカ研究』第]]T巻第1号1999年p29〜44
・斉藤泰雄「ラテンアメリカ教育史の原像」『国立教育研究所研究収録』28巻1994年p33〜46
・斉藤泰雄「ラテンアメリカ・カリブ海地域における基礎教育の開発20年間の成果と課題」
『国立教育政策研究所紀要』131巻2002年3月p99〜112
・寿里順平「コスタリカの今」『歴史地理教育』2000年8月号p82〜87
・小澤卓也「コスタリカにおける「国民」意識と「民主主義」について(1870〜1949年)」
『立命館文学』第547号1996年p319〜348