20051025日                     国際社会研究専攻

比較政策研究                        mk050111 森三奈

 

ドイツ都市計画への住民参加条件の研究―日本との比較を通して―

 

1.はじめに

 地球環境保護、都市の拡張の抑制、グローバル化への対応、少子高齢化、エネルギーや資源の問題などを総合的に考慮した21世紀にふさわしい都市構築の理念と実践が先進諸国に共通する政策上の課題である。経済活動の場であると同時に居住・生活の場でもある都市において、過去・現在・未来にわたる都市計画が経済活動のためだけではなく、自然環境と共生できる人間の生活空間創造のためにも重要な鍵を握っていることは確かであろう。都市計画は都市における人間の生活・活動をよい環境のもとで合理的かつ機能的に達成できるように都市空間を整理し、都市施設を設けるための技術的・行政的な手段である。

また、都市にはグローバルな観点が考慮される一方でそれぞれの個性も求められてきている。このためには都市を構成する主体である住民の都市計画への参加とそれを可能にする法的措置が不可欠である。都市に求められる課題の一つは住民主体の都市計画を法律と行政が支援するシステムの構築といえるのではなかろうか。

日本においても環境を重視したまちづくりの必要性が広く認識され、各自治体での住民参加も活発になってきている。しかしながら日本では工場地帯と繁華街、住宅地などの用途地域の規制が緩いといわれる。日本の都市で用途地区がそれぞれ分離し、さらには自然環境にも配慮した整然とした秩序を保っているとは言いがたい。また、住民参加の制度の整備においても課題は少なくない。都市計画の作成は、事実上行政が中心的役割を果たしており、その原案作成プロセスは行政自身が、あるいは民間コンサルタントに委託して原案をほぼ固めてから説明会や公聴会を開催し、住民の意見を聴くという形が一般的である。公聴会や説明会の開催は義務化されておらず、住民参加は法律的には保証されていない。

一方、西欧諸国では、分権型社会における地域住民の参加をふまえつつ持続可能でよりコンパクトな都市づくりを目指す政策が日本以上に明確かつ具体的な形で展開されてきている。住民参加の点では、公聴会や住民請求・住民投票制度、議会の関与、徹底した情報公開などを通して民主的なシステムが確立されている国が大半である。

 この研究では住民の参加に基づいた都市計画、そして開発と環境の保全を同時に実現しうる技術的・行政的な手法を西欧諸国、特にドイツとの比較分析を踏まえて分析する。この研究は筆者の卒業研究『ドイツの都市計画と建設法典−首都ベルリンを中心に−』の延長上の研究である。研究対象をドイツとすること、また、都市政策や都市法の分析の際には1990年代後半から現在までの発展過程に中心を置くことはそのためである。ドイツの場合、1989年のベルリンの壁崩壊と90年の東西ドイツ統一により政策に大きな変化が出たが、今日に続く都市政策と都市法の発展の動向は他の西欧諸国と共通している。

ドイツの都市計画は「建設法典(Baugesetzbuch)」により都市政策や都市法が合理的かつ詳細に規定されており、その枠組みの中で連邦・州・市町村それぞれが有機的に連携し体系的な都市計画を実現している。また都市計画への住民の関与が様々な形態で可能であり、建設法典を初めとする都市法の中で住民参加の意義が明確化されている。

都市を取り巻く様々な問題を解決するための都市政策と都市法の構築とそのシステムの中に住民参加と協議をどう位置づけていくかという理論的で現実的な問題に取り組む際にドイツ都市計画を取り上げ、日本のそれと比較することで得られる示唆と展望は大きな意味があると考える。そして研究の成果が日本のみならず同様の問題を抱えている先進諸国の都市計画にも寄与することを期待する。

 

2.ドイツ都市計画における多様な住民参加形態

第二次世界大戦後、戦前の立法の流れを継承しながら、1960年に連邦建設法(Bundesbaugesetz)が制定された。もともと西ドイツや北欧諸国の都市計画の考え方には、土地利用計画(Flächennutzungsplan=Fプラン)と地区詳細計画(Bebauungsplan=Bプラン)の二つの基本概念に基づいて市町村が実施するという伝統的な仕組みが定着していたが、その法律根拠が連邦建設法である。1976年の連邦建設法の改正により住民参加に関する原則が具体的に条文化された。その重要な点は早期の住民参加にある。住民は計画策定過程においてFプランとBプランを縦覧し、その説明を受けるかたちで参加が保障されている。この住民参加の形態は現在にも受け継がれている。

ドイツ都市計画における住民参加の形態は多様である。制度化されたものでは第1にFプランやBプラン策定の手続きでの直接的な参加がある。第2に住民が都市計画の無効を求める行政訴訟がある。第3に住民投票(Bürgerentscheidがある。これらの項目は以下で詳しく述べる。

一方、制度化されていないものは地域の問題を行政と住民が議論する市民集会(Bürgerversammlung)や自由に意見を交わすことができるラウンドテーブル(Runder Tisch)、市民フォーラム(Bürger Forum)などがあり、各地域で活発に開催されている。また、ここでの「住民」の意味は広い。計画によって実際に影響を受ける可能性がある者のみならず、計画に関心を持つ者も含まれ、その市町村に居住していないものであっても参加が認められる。選挙権の有無やドイツ国籍をもっているかどうかも問題とならない

 

(1)   プラン策定時の住民参加

前述の通り、建設法典はプラン策定時に二段階の住民参加を規定しているが早期の住民参加について「住民は公的な情報を知らされるものとし、意見を表明し、議論を行なう機会を与えられるもの」と規定している(建設法典第3条)。施行の形式・期間は市町村に委ねられているが、市町村の広報や新聞紙上で公示された後に説明会や公聴会や展示会が開かれ、計画の一般的な目標とその影響が市民に伝えられる。単に文書によって情報を提供するだけでは不十分であり、市民が意見を表明し議論ができることが重要なのである。また、この意見聴取のなされる段階は計画の内容が固まっていない段階で行なわれるべきであると定められている。これはかなり進んだ計画においては、市民の意見による変更が困難であるためと考えられる。市民には計画が示される際に、実質的に異なる代替案や情報も示されることになっている。

早期の市民参加の終了後、第二の市民参加が実施される。市町村の広報や新聞紙上などで公示の広告が行なわれ、誰もが計画原案を閲覧でき、提案および異議を申し立てることが可能である。ただし、早期の市民参加の場合のような議論の義務はない。ここでの提案および意義の取り扱いは、建設法典に詳細に規定されている。計画原案が変更、補足される場合にはその原案がもう一度公示される。そのため審査が通るまでに公示と市民参加が何度も繰り返されることがある。

 

(2)   行政訴訟

 

(3)   住民投票

 この制度は長らくバーデン・ヴュルテンベルク州(Baden-Würtenberg)に限られていたが、1990年代に住民投票制度が急速に連邦全土に拡大した。現在では、全16州のうちベルリン州をのぞく15州で市町村レベルでの住民投票が認められている。この制度は各州の法律に従っているため、各州で内容は異なる。例えば、投票結果が成立する要件となる絶対得票率の数値が異なることである。現在、絶対得票率が30%必要な州はバーデン・ヴュルテンベルク州を含めて3つで、大半の州では25%で成立する。バイエルン州(Bayern)では条件が緩く、人口5万人までなら20%、5〜10万人で15%、そして10万人以上の都市では有権者の10%の得票で成立する。また、住民投票の対象もそれぞれである。バイエルン州では2002年に市町村レベルで行なわれた住民投票72件のうち、Fプラン・Bプラン策定関係が19件(264%)、幼稚園・プール・上下水道など公共施設整備関係が20件(167%)、バイパス建設や歩行者ゾーン設置など交通プロジェクト関係が12件(167%)、廃棄物処理関係が8件(111%)、移動通信設備関係が2件(28%)、公共料金関係が2件(28%)、その他が9件(125%)となっており、都市計画は住民投票の重要なテーマである。

 

 



Enquete-Kommission „Zukunft des Bürgerschaftlichen Engagements”Deutscher Bundestag ( Hrsg.) Bürgerschaftliches Engagement und Zivilgesellschaft

建設法典項 

建設法典はBundesrepublik Deutschland “Baugesetzbuch” http://dejure.org/gesetze/BauGBに拠る。

 Die Öffentlichkeit ist möglichst frühzeitig über die allgemeinen Ziele und Zwecke der Planung, sich wesentlich unterscheidende Lösungen, die für die Neugestaltung oder Entwicklung eines Gebiets in Betracht kommen, und die voraussichtlichen Auswirkungen der Planung öffentlich zu unterrichten; ihr ist Gelegenheit zur Äußerung und Erörterung zu geben.

(市民はできる限り早い時期に計画の一般的な目標と目的、地区の再編成あるいは発展で生じた問題の本質的に異なる解決および計画の予測される影響に関して公的な情報を知らされるものとし、意見を表明し、議論を行う機会を与えられるものとする)

 

北畠照躬『ドイツ建設法典の概説 都市計画・都市再開発・都市保存』(住宅新報社)199169項。

 

阿部成治『まちづくりへの住民参加形態としての住民投票のあり方とドイツにおける実態の研究』(福島大学)2004,7頁。

 

 

Mehr Demokratie e.V.,Sieben-Jahresbericht : Bayerischer Bürgerbegehren und Bürgerentscheide, 2003, S 14参照。

 

 

 

注以外の主要参考文献

 

      原田純孝・広渡清吾・吉田克己・戒能通厚・渡辺俊一『現代の都市法 ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ』(財団法人東京大学出版会)1993

 

      http://www.bmvbw.de/  Bundesminister für Raumordnung, Bauwesen und Städtbauドイツ連邦政府省庁(国土計画・土木・都市計画)HP。 最終閲覧日2005/10/21

 

      木佐茂男『豊かさを生む地方自治−ドイツを歩いて考える』(日本評論社)1996