比較政策論                          20051025

国際社会研究専攻 MK050109 津田 安希子

 

 

『中国環境問題における日本企業の役割―大連市における日本企業の取組み―』

 

 

問題背景

中国は「環境問題のデパート[1]」と呼ばれるほど、近年その環境の悪化が深刻化している。その背景には、中華人民共和国建国、改革開放政策にかけて中国政府がとっていた、環境を全く省みない経済発展を第一に考えていた政策にある。そのため、環境保護は経済発展の影に隠れてしまい、人々の環境に対する関心も薄かった。したがって中国政府が環境対策に本格的に取り組み始めたのは、80年代になってからであり、その間は全くの野放し状態であった。中国の環境政策は、19799月に全国人民代表大会常務委員会によって、「環境保護法(試行)[2]」が採択されたことを機に、これに基づいて具体的な法律「大気汚染防止法(1987年)」、「水汚染防止法(1984年)」、「森林法(1984年)」、「野生動物保護法(1988年)」、「海洋環境保護法(1982年)」、「環境騒音汚染防止条例(1989年)」など次々と制定されることとなった[3]。こうして80年代にようやく本格始動した環境対策は、建国後30年間の環境破壊のツケを払いつつ、同時に経済発展に伴い新たに発生する環境問題にも対応していかなくてはならないという難題に現在直面している。

中国でも特に深刻視されている大気汚染や酸性雨問題などは、地球規模での影響も懸念されておりもはや中国一国だけの問題ではなくなってきている[4]。さらに、中国が自分自身で解決するには資金的にも技術的にも限界であり、日本をはじめとする先進国の環境技術の移転が必要である。しかし、今後それ以上に、個人11人の環境意識を高めていくことが、汚染防止装置や先進技術の導入以上に大切になってくるのではないか。中国政府が法律をどんなに強化しても、日本や諸外国が環境技術を提供しても、中国国民が環境問題に関心を持ち、中国の環境問題の現状と責任を自覚しない限り、それはイタチごっこで終わってしまう。中国の環境教育は歴史も浅く、受験科目に押され気味でそれほど国民に重要視されていない。しかし、今後の中国の未来を担っていくのは今の子供達であり、このまま環境教育が軽視されていけば中国の環境は取り返しのつかないことになり、中国経済の破綻に繋がる可能性もある。そうならないためにも、教育の現場での環境教育は重要であり、また日本にも技術面の提供だけではなく、環境問題のメカニズムや環境対策の重要性などを伝えるといった人材育成の必要性もある。

 

問題意識

 よって修士論文では、中国の環境問題に対して、技術移転による援助ではなく「個人の環境意識を高揚させる」という視点から、日本企業がどのような民間レベルの環境運動をしていて、その結果どのような影響を中国側に与えたのか、また、そうした環境運動によって受ける日本企業側のメリットなどを考察していく。

 その際に、中国からは東北地方の遼寧省大連市を取り上げる。大連市もまた、他の地域と同じ様に急速な人口増加や工場の増加を原因とした、環境汚染[5]という深刻な問題をかかえていた都市である。しかし、それと同時に他の地域と比べて早い時期から環境問題の深刻さを認識し、経済発展と並行して巨額の資金を投資して、河川汚染政策や積極的な植樹活動など環境保護を促進する都市計画を進めてきた都市でもある。また94年には環境モデル都市として中国政府から初めて認定を受け、またISO14001国家モデル区[6]としても認定されている。そのため、大連市の環境基準は国が定めた基準よりも厳しいものになっており、企業への立ち入り検査も頻繁に入る。そして、基準に満たない企業や工場には勧告や罰則金が課せられ、勧告を受けても改善されない場合は即生産停止命令が下される。また、基準を満たしていると判断された企業にも、定期的に市からの検査が入るようになっている。

さらに、大連市は自身でも環境啓蒙活動を行っており、独自に作った本やパンフレットを使って環境保護の知識を農村部に伝える活動や、2002年には大連市の都市部30ヵ所の繁華街エリアで住民参加型の大規模な環境イベントを開催し、約100万人もの市民が参加している。また、観光地はもちろんのこと、通りや店の前などにも多くのゴミ箱が設置されており、掃除をする専門の人が道端のゴミを拾っていた[7]。そのため、市民の環境意識も比較的高いと言われており、人々はゴミ箱にちゃんと捨てていた。しかし一方で、大通りから少し離れると、大通りのような整備された芝生や植え込みは見られなくなり、ゴミ箱の数も少なくなった。そしてゴミ箱があるにも関わらず道端にゴミを捨てる人の姿も多く、道端にはあちらこちらにゴミが見られた。環境対策が進み、市民の環境意識も高いと言われている大連市でも、温度差が感じられ、まだまだ環境意識高揚の余地はあると思われる。そして、こうした大連市のようなモデル都市での環境改善事業が成功し、経験とノウハウがその他の都市に伝播していくことになれば、全国的な環境保全に大きな弾みがつくことが期待される。よって、大連市を対象都市としてここでの環境運動を考察していく。

 日本企業に関しては、卒業論文「東北振興プロジェクトにおける日本企業の役割」で取り上げた、三洋電機を再び取り上げるつもりである。三洋電機は業界の中でも親中派と呼ばれるほど、中国との関わりが深い企業であり、製造拠点、販売拠点は合わせて54社が置かれている(香港を含む)。特に大連市には機械産業の基盤が整っていたこと、三洋電機と大連市政府が友好関係にあったことから、産業機器を中心に現在までに10社を設立している[8]。また、三洋電機は電機業界の中でも早くからクリーンエネルギーの導入や環境啓蒙に積極的な企業でもあり、中国においてもその省エネルギー技術を導入した空調装置などを製造、販売している。そのキッカケとなったのが、環境保全に取り組む大連市の姿勢に感銘を受けたことにある。さらに三洋電機は環境技術だけではなく、家電のリサイクル推進運動や、植林活動、ゴミ拾い運動、子供達を対象とした環境問題を分かりやすく教える環境教室、地域住民や学生、企業を対象とした環境講義、といった環境教育の推進運動も行っている[9]。中国でも、2001年に大連市で行われた日中間の学生による環境シンポジウム[10]において、その活動に賛同し、協賛企業として参加している。

 よって環境問題に対して強い関心をもっており、かつ大連市との関わりも深いということで三洋電機を対象として、同社の民間レベルの環境運動について考察していくつもりである。

 

 

今考えていること―問題点―

・企業から情報を得られるか。

・私企業が行う、対自治体・対市民の環境教育の実質的な効果にどこまで迫れるのか。

⇒そのためには、自治体の環境政策立案・実施と三洋電機との関係を明らかにする必要がある。(どうやって?)

 

 

 

 

 

 

 

参考文献)

     井植敏『闘うぞ 勝つぞ 幸せをつかむぞ 私の履歴書』日本経済新聞社 2004

     井村英雄『中国の環境問題』東洋経済新聞社 1997

     定方正毅『中国で環境問題にとりくむ』岩波書店 2000

     鈴木幸毅『環境ビジネスの展開』税務経理協会 2003

     中国研究所編『中国の環境問題』新評論 1995

     西平重喜『発展途上国の環境意識 中国・タイの事例』アジア経済研究所 1997

     橋本芳一他『中国の空 日本の森』慶応義塾大学出版会 2004

     読売新聞中国環境問題取材班『中国環境報告 苦悩する大地は甦るのか』日中出版 1999

     李志東『中国の環境保護システム』東洋経済新報社 1999

     和気洋子他『地球温暖化と東アジアの国際協調』慶応義塾大学出版会 2004

 

 

(参考資料)

読売新聞 2005511日付

 

(参考ホームページ)

三洋電機ホームページ http://www.sanyo.co.jp/  2005/09/27

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



[1] 大気汚染、酸性雨、水質汚染、砂漠化、廃棄物問題、地盤沈下など多彩な環境問題が同時に併発している。中でも特に深刻なのが、大気汚染と酸性雨。

[2] 10年間の試行を経て198912月に廃止され、「環境保護法」が全人代常務委員会によって採択された。「環境保護法」は、立法目的、環境保護の基本原則、法律責任などについて明文化した総合基本法。(中国研究所『中国の環境問題』新評論 1995年)

[3] 中国研究所同掲

[4] 酸性雨の原因となる二酸化硫黄の年間排出量(2004年)は、日本の約30倍の約2159万トンで世界最悪の水準(読売新聞 2005511日付)。また、二酸化炭素排出量に関しても、2001年の排出量はアメリカに次いで2位となっている(谷口誠『東アジア共同体』岩波新書 2004年)。

[5] 大連市は工業用水の不足、大気汚染、海産物資源の枯渇などの問題を抱えている。

[6] 「環境マネジメントシステムに関する国家規格」に基づき、環境保護総局などが主要都市の国家レベル経済開発区やハイテク産業開発区、観光地区などを対象に認定している規格。モデル区には環境対策の強化や環境に対する企業行為の規範化、環境保護作業を経済発展のシステムに組み込むことが求められる。

[7] 以前、北京を訪れた際には全く見られなかった光景。

[8] 三洋電機ホームページ http://www.sanyo.co.jp/ 2005/09/27

[9] 三洋電機ホームページ同掲

[10] 両国の学生が大連市において市民の環境意識高揚のために、意見交換、ゴミ拾いやゴミ箱の設置、公園の草刈など環境美化運動を行った。