比較政策研究                              1/18/2005

                              MK040101 青木雅人

 

難民保護と人権基準

 

 

1.はじめに

 現在、難民条約が難民保護制度の中核を担っているが、実際にこの条約に該当する難民はわずかである。2001年末の難民条約上の難民は2941221人で、UNHCRの支援対象者19783050人の14.9%しか占めていない。これは、1951年の条約採択当時とは、発生地域、数量が大きく変化し、難民条約上の難民の定義には当てはまらない難民が発生するようになったためである。

 このような新たな難民の発生とともに、国際社会は、自発的帰還を主軸とする解決や難民流出の予防、国内避難民をその国内に留めておく政策がとられるようになった。しかし、この取り組みは庇護国の難民条約適用による保護を弱体させるおそれ、難民の封じ込め政策のおそれも指摘されている。

 そこで、難民保護の法的基準を明らかにするために人権条約との関連で考察する。

 

 

2.追放・送還の禁止

拷問等の禁止は、自由権規約7条に定められている。また、この条項を考慮して1984年に拷問禁止条約が採択されている。

 自由権規約7条は、「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない」と規定され、自由権規約4条に規定される公の緊急事態においてさえ、7条義務違反は許されない。加盟国の責務は、7条で禁止される行為に対する必要な措置を通して、すべての人を保護することである。禁止行為の主体は、公的・私的に関わらない。

 難民条約との関連では、加盟国は犯罪人引渡、追放または送還を通じて他国に戻すことにより、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰の危険に個人をさらしてはならない[1]と自由権規約委員会は言及している。また、加盟国は、報告書において、どのような措置を取ったかを示すべきである[2]としている。例えば、タンザニアに対し、自由権規約委員会は、難民が拷問又は他の非人道的取扱いを執行されないまたは受けないことがいったん明らかでなくなった場合、難民は他国へ戻されないと主張した[3]。しかし、7条の違反は、その取扱いの危険が現実のものでなければならない[4]としている。

 拷問禁止条約31項は、「いかなる締約国も、個人を、その者が拷問を受ける危険があると信ずるにたる実質的な理由がある国へ追放し、送還し又は引き渡してはならない」、同条2項は、「このような理由があるかどうかを決定するために、権限のある当局は、適当な場合には、人権の大規模な、重大な又は大量の侵害一貫した形態が関係国に存在するかどうかを含め、すべての関連する事項を考慮する」と規定され、個人通報制度においてこの条項についての審査が多くなされている。「危険があると信ずるにたる実質的な理由」の基準を6つ挙げたい。第1は、申立人が、拷問等を受けている事実が明らかな場合である。Ali Falakaflaki事件では、拷問を受けた過去の経歴があり、後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)を被った著名な活動家である場合、イランへ帰還する場合申立人が拷問を受ける危険があると信じるにたる実質的な理由が存在すると委員会は決定した[5]。第2は、申立人の拷問等のおそれである。申立人が、過去、野党に参加していたため、拘禁され拷問を受けたが、党が現在に政府を形成する同盟の一部である場合、委員会は、申立人の拷問のおそれは、証拠を欠いていると言及している[6]。第3は信憑性である。ただし、信憑性の問題は自動的に委員会が通報を却下する原因とはならない。Khan事件において、難民申請が却下された後に拷問を受けた医療証拠を提出した申立人の信憑性が疑わしいとのカナダの主張に対し、委員会は、これが拷問犠牲者の異常な行動ではないと述べ、カナダは拷問が異教徒に対して広く行われている証拠がないことで、申請者をパキスタンに追放すべきではないと決定した[7]Mutumbo事件で、委員会は、たとえ申立人が証拠としてあげた事実が疑わしい場合でも、危険にさらされないよう確保しなければならないとした[8]。第4は、32項の大規模な、重大な又は大量の侵害を含む一般的人権状況である。委員会は、3条の一般的意見で、当該侵害は、公務員または公的機関に従事する者の同意または黙認または扇動でなされた違反のみを指すと特定し、政府の同意または黙認なく非政府団体が拷問の危険を与えたとされる場合は拷問禁止条約違反とされないとした事例にこの原則は適用されている[9]。しかし、ソマリアのように、国が中央政府を欠き、多くの武装勢力から成り立っている場合、それらの構成員は、公務員または公的機関に従事する者に含まれ得るとした[10]。一般的人権侵害状況は、拷問の危険に関係するが、国家が一般的に人権侵害に従事していることを申立人が立証する必要はない。一般的人権侵害の欠如にもかかわらず、申立人が拷問の個人的危険に直面する場合、その者は国に帰還させられてはならない。第5は、3条の拷問を受ける危険があると信ずるにたる実質的な理由がある国とは、第三国を含むことである。スウェーデンがイラク人の申立人をイラクに戻すのではなくヨルダンへ追放するよう命じたところ、ヨルダンへの追放がイラクに帰還させられる危険があったため、3条違反との判断を下された[11]。第6に、たとえ申立人が難民条約1F(平和に対する犯罪、戦争犯罪、人道に対する犯罪、その他の重大犯罪)により難民の地位の資格がなくなる場合でも、拷問禁止条約は、加盟国が拷問の危険に直面する国に人を帰還させることを禁じている[12]ことである。

 このように、拷問禁止条約3条については、多くの個人通報事例により詳細な検討を行ってきており、難民の地位が終了してもなお個人に対して危険が存在すると判断した場合には3条違反と判断して、難民条約より広範な適用を行っている。

 

 

3.身体の安全及び自由

 自由権規約91項は、「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕されまたは抑留されない。何人も、法律で定める理由及び手続によらない限り、その自由を奪われない」と規定している。この規定は、刑事事件だけでなく出入国管理に関する自由の剥奪にも適用され、庇護申請者や国内避難民の拘禁問題が関連する。逮捕または拘禁によって自由を奪われた者は、裁判所がその拘禁が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその拘禁が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所で手続きを取る権利を有する。また、違法に逮捕されまたは拘禁された者は、賠償を受ける権利を有する。9条1項の「恣意的」とは、不当、不法、法の予見可能性、適正手続の欠如を含んだ広い解釈がされなければならない。

 委員会は、庇護申請者の拘禁がそれ自体恣意的であるという主張を却下しているが、すべての庇護申請者を拘禁することが合法的であるというわけではない。例えば、カンボジアからの難民申請者がオーストラリアに不法に到着した後、4年以上拘禁された事例で、委員会は、91項の意味において、オーストラリアの長期の拘禁が恣意的であるとした[13]

 また、委員会は、日本の拘禁問題に関して次のように述べている。「委員会は、入国手続中の被拘禁者に対する暴力及びセクシャルハラスメントの申立を憂慮する。それは、拘禁の残酷な状況、手錠の使用及び独房における拘禁を含む。入国管理センターに収容された者はそこに6か月以上、場合によっては2年間以上も在留している。委員会は、加盟国が、拘禁状況を審査し、必要な場合、規約7条及び9条の遵守をもたらす措置をとることを勧告する」[14]

 拘禁者の取扱いに関しては、自由権規約7条及び10条が関連する。委員会は一般的意見で7条に言及している。

1に、拘禁場所と認められる公的な場所に収容され、拘禁場所と名称が親戚及び友人を含む関係者が利用可能で接近可能なようにすること、第2に、すべての質問の時間と場所及びすべての出席者の名前が記録され、この情報が司法又は行政手続の目的に利用可能にすること、第3に、加盟国は、拘禁場所に拷問または虐待を加えるために使用されやすい器具を置かないことを確保すること、第4に、医者、弁護士及び家族に迅速かつ定期的アクセスを与えること[15]

自由権規約101項は、「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間固有の尊厳を尊重して、取り扱われる」と規定する。この規定は、加盟国に、自由を奪われた者という地位のために特に脆弱な立場にいるものに対する義務を課し、7条を補完している。

 

 

4.おわりに

 人権条約の発展に伴い、難民条約の解釈は、UNHCRの結論に見られるようにそうした人権基準に基づくことが求められるようになった。23で取り上げた基準に法的拘束力はないが、難民条約35条は国際協力義務を規定し、締約国はUNHCRの条約の適用、解釈監督に便宜を与えることが義務づけられている。また、各種人権条約委員会の勧告や決定も、条約の解釈基準の設定、国家政策の検討を促進し、問題に対する国際社会の対話を促進させる役割を有している。以上から、締約国はそのような勧告に則り、積極的に条約を履行することが求められる。



[1] General Comment No.20, para.9.

[2] Ibid

[3] A/53/40, para.401.

[4] Communication No.692/1996, A.R.J.v.Australia, p.215.

[5] Communication No.89/1997, A/53/44, para.6.5. and 6.7.

[6] Communication No.61/1996, A/53/44, para.11.3.

[7] Communication No.15/1994, A/53/44, p.46.

[8] Communication No.13/1993, A/49/44, para.9.2.

[9] Communication No.83/1997, A/53/44, para.6.5.

[10] Communication No.120/1998, A/54/44, para.6.5.

[11] Communication No.88/1997, A/54/44, p.45.

[12] Communication No.39/1996, A/52/44, p.94.

[13] Communication No.560/1993, A/52/40 Vol.U, p.143.

[14] A/54/40, p.39.

[15] General Comment No.20, para.11.