比較政策研究                             04/11/16

                             MK040101 青木雅人

 

近年の難民についての裁判判例

 

1.立証責任

 法[i]の規定が難民認定申請者に対し、訴訟におけるのと同様の意味での立証責任を課したものであって、難民該当性についての立証義務は専ら申請者にあり、この義務が尽くされない限りは、難民認定を受けられないものと解するのは相当ではない。法務大臣においても、難民認定申請者自身の供述や、その提出資料に照らし、必要な範囲での調査を行う義務がある。迫害を受け、あるいは受けるおそれがあることによって母国を出国した者については、必ずしも十分な証拠や証言を携えて出国するわけではなく、深刻な迫害を受けていた者であるほど、それを裏づける証拠の保持は期待できない。よって、法務大臣の名の下に調査することになるが、その際には、調査の対象となっている者が、言語はもちろんのこと、社会、政治、文化的背景を異にする外国人であることや、国籍国における迫害から逃れ、見ず知らずの国において難民申請を行おうとする者は、正常人とは異なる心理状態に置かれていることも少なくないのであって、通常の人間と同様の合理的行動を行うとは限らないことに十分留意すべきである。すなわち、申請者の供述等の検討結果に矛盾や疑問が生じた場合、それが通訳の過程で生じた可能性はないか、言語感覚や常識の違いから生じたものである可能性はないか、難民に特有の心理的混乱や記憶の混乱[ii]によって生じたものではないかといった観点をも考慮した上で、慎重な検討を行う必要がある。このような適正手続を保障することは、国の法的義務である。

 

2.迫害の客観的なおそれ

(@)トルコにおけるクルド人

クルド人側:トルコにおいては、クルド人がその民族的独自性を主張することに反発、嫌悪を感ずる勢力(特に強力な政治的発言権を有する軍部、治安当局)が根強く存在している。左翼革命主義を唱えるPKK(クルド労働者党)が、クルド民主主義を前面に押し出して武力による分離独立闘争を挑んだことから、凄惨な戦いが展開されるようになった。この間、PKKが公務員や政府側に協力的とみなした住民らに対するテロ活動を行ったこともあって、治安部隊側は、PKK構成員はもとより、その支援者、同調者との疑いを抱いた者、クルド人の独立党の政治的発言をした者、さらには人権活動家らに対し、国家保安裁判所による一般犯罪者より過酷な刑罰、あるいは超法規的な逮捕、拘束、拷問、処刑追放などを含む大規模な人権侵害行為を引き起こした。以上のことにより、治安当局から上記のような疑いをかけられた場合には、その者は人権侵害行為の対象とされ、言いがたい肉体的、精神的苦痛を被るおそれが客観的に存在する。

 

国側:1990年代初頭からのトルコにおける民主化の進捗状況から、クルド人であるが故に重大な人権侵害行為を受けるおそれは存在しない。

 

判決:トルコにおいては、民主化が一定程度進展しつつあり、今後もこのような動きは期待できるとはいうものの、本件の各処分時においてクルドの独自性を主張したり、PKKの主張に共感を示すクルド人が、治安当局によって、その人種及び政治的意見を理由として、人権侵害行為を被る客観的なおそれが解消されたとはいえない。

その理由として、@警察官らによる超法規的な人権侵害事件について刑事訴追が行われるようになったが、それは人権侵害事件であることが明白なものに限られ、無罪率が高く、有罪となっても量刑が軽いこと、Aトルコ政府による憲法や反テロリズム法[iii]の改正などの民主化への取り組みも、EU加盟を希望するトルコ政府に対するEU諸国や国連からなどの外圧に負うところが大きいこと、B民主化が進展する以前であっても、トルコの法体系上、拷問や超法規的処罰が許されていたわけではなかったこと、C親クルド政党員や、人権活動家、ジャーナリストに対する人権侵害行為は、減少しつつも依然として報告されていることを挙げている。

 

(A)アフガニスタンにおけるハザラ人

 ハザラ人は、民族的にも宗教的(シーア派)にも少数派であって、多数派であるスンニ派のパシュトゥン人とは対立関係にあった。1992年以降の内戦において、スンニ派のパシュトゥン人勢力によるタリバン政権が、「ハザラ人はシーア派であり、シーア派の人間を殺すことは罪にならない」旨の教令を発し、反タリバンと見られる13歳から70歳までのすべての男性を殺害するよう命じていた。以上のことから、少なくともハザラ人が多数居住している地域においては、ハザラ人であるが故に客観的な理由もなく暴行、拘禁その他の迫害の対象となるおそれが存在する。

 

(B)ミャンマー人

ミャンマーは、国軍幹部から構成される国家法秩序回復評議会(SLORC[iv]による軍事独裁政権である。軍事政権になってから国会は開催されておらず、アウン・サン・スー・チーが書記長を務める国民民主連盟(NLD)所属の議員、支持者らは、拘禁、脅迫、政治活動の妨害を受けている。さらに、20を越える少数民族政党は、政府によって厳しい弾圧や活動制限を受け、政治犯の釈放もすべてNLD関係者で、学生、僧侶、少数民族活動家、他の政党関係者らは1人も釈放されておらず、依然1400名の政治犯が拘束されたままである。また、政治活動家等が一時的に逮捕されて行方不明になるケースや、拷問、家庭生活への干渉が報告されていて、司法機関は行政機関から独立しておらず、公正な裁判も行われていない。以上のことから、ミャンマーでは、大規模で深刻な人権侵害が存在する。

 

3.供述の信憑性

・入国日及び入国経路を偽っていた点

 原告(難民申請者)は、入国日を偽った点については、難民認定を受けるためには本邦に上陸した日から60日以内にその申請をしなければならないと聞いていたからであり、入国経路を偽っていた点については、危険な地域から直接来たという話をしなければ難民認定に不利になると思ったからであり、また密航ブローカーから、難民認定を受けるためには、空路で入国したのではなく海路で入国したと申請した方が有利である旨聞かされていたと述べる。これについて裁判所は、申請者の境遇や心情からすれば理解できないものではなく、これが難民該当性の妨げにはならないとした。

・偽名で申請していた点

 真に難民に該当する者であっても、供述だけでは信用してもらえないという危惧を抱き、あるいは難民と認定してほしいと思うあまり、虚偽の書類等を提出したり、内容を誇張したり虚偽の事情を交えたりして難民申請をすることも十分に考えられる。従って、供述に虚偽や変遷がある場合、そのようにした動機や理由、その後の供述状況等についても十分吟味する必要がある。

※難民該当性の判断は、申請者が迫害を受けるという十分に理由のある恐怖の有無が重要であり、それさえ認められれば、身分事項の真偽は無関係であるというのが国際的水準である。

・細部の矛盾や食い違いについて

 時間の経過に伴う人間の記憶の変容、希薄化が避けがたく、むしろ幾度となく行われた供述の内容が完全に一致することのほうが不自然である。まして不当な抑圧にさらされた者の心理状態に鑑みれば、体験した事実をありのまま第三者に明らかにすることは必ずしも期待できない。枝葉末節における一貫性、整合性の欠如は、根幹部分における信用性を否定する根拠にはならない。また、申請者が入管当局に身柄を拘束された場合、その関係者に対して敵意を抱き、その質問に素直に応じないことも考えられる。

・客観的事実との符合の有無について

 難民の場合、精神的ショックや時間の経過によって、日付、場所、距離、事件や重大な個人的体験までも忘れて去ったり、混乱してしまうことがある。とりわけ、出来事の順序をほとんど覚えていないことが多い。このような混乱は、必ずしも意図的な虚偽とはいえない。

 

4.不法就労目的について

 本国への送金の事実のみから就労目的の入国であると断定することはできない。難民申請者が申請をする際には、その国で生活していく必要性があることから、自分が生計を立てることのできる見込みのある国をできる限り選択した上で難民認定を受けたいと考えることはごく自然である。庇護を求める動機と就労目的が並存するのは当然のことである。入国語調期間にわたって庇護を求めなかったことについては、そのことをもって就労目的とはいえない。出身国で迫害を受け第三国に入国した者が、自分を保護してくれるか否かについて確証を持ち得ないその国の政府に対して積極的に庇護を求めることは、決して容易なことではなく、その国で在留を続けることに何らかの障害が生じて初めて庇護を求めようとすることはむしろ当然のことである。

 

5.難民該当性

 歴史的に形成されてきた民主主義や人権保障の重要性が国際的に広く認識されるようになり、難民条約もこのような認識に基づき締約されていると考えられる以上、その理念を大きく損なうことが明らかな手段、方法による人権侵害行為については、国家の自衛権の発動として是認することはできない。また、政府自体は人権侵害行為を容認しているわけではないとしても、ある社会的集団が国の法令によって確立された基準を尊重せずそのような行為をしている場合に、国家がそれを阻止する効果的な措置を講じていない時は、難民条約上の迫害の存在を肯定できる。

 国側は、人が政治的犯罪を理由として訴追又は処罰の対象となっている場合には、訴追が「政治的意見」に向けられたものか、または政治的な動機による「行為」に向けられたものであるかを区別しなければならず、後者に対する処罰は原則として各国の主権に委ねられるべき事項であって難民条約の対象とはならない、特にテロリズムは強い可罰性を有するから、難民条約上の迫害には当たらないと主張する。しかしながら、テロリズムに直接結びつかない集会やでも等の行為に対して課せられる刑罰が著しく重い場合には、迫害となる。



[i] 出入国管理及び難民認定法61条の21

[ii] 救済を得ようとするあまり迫害の事実を誇張したり、官憲に対する不信感から事実を隠匿しようとしたり、心的外傷後ストレス障害等の影響から前後の供述が整合しない

[iii] 分離主義と関連する表現活動を犯罪と規定し、その処罰は一般犯罪より加重されており、執行猶予も認められない。

[iv] 19971115日に国家平和開発評議会(SPDC)と名称変更。

 

 

参照した判決

1.立証責任

東京地裁平成1549日判決、名古屋地裁平成15925日判決

2.迫害の客観的なおそれ

(@)トルコにおけるクルド人

名古屋地裁平成16415日判決、東京地裁平成16420日判決

(A)アフガニスタンにおけるハザラ人

 広島地裁平成14620日判決、東京地裁平成16226日判決、東京地裁平成16527日判決

(B)ミャンマー人

名古屋地裁平成15925日判決

3.供述の信憑性

広島地裁平成14620日判決、広島高裁平成14920日判決、大阪地裁平成15327日判決、名古屋地裁平成15925日判決、東京地裁平成16226日判決

4.不法就労目的について

 東京地裁平成1438日判決、東京地裁平成16219日判決、東京地裁平成16527日判決

5.難民該当性

 名古屋地裁平成16415日判決、東京地裁平成16420日判決