比較政策研究    

平成16112日  

MK040114  森澤絵美 

 

 

国際的視点からみた日本の「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」

―女性に対する暴力特別報告者のDVモデル法案報告書と比較して―

 

はじめに

 

 現在、女性に対する暴力は、先進国でも途上国でも発生しており、世界的な人権問題となっている。そもそも「女性に対する暴力」とは、公的生活で起きるか私的生活で起きるかを問わず、性別に基づいて起こる暴力行為であって、女性に対して肉体的・性的・心理的な傷害や苦しみをもたらす行為だけでなく、そのような行為を行うという脅迫等をいうとされ、性犯罪、売買春、DV、セクシュアル・ハラスメントを含む極めて広範な概念として用いられている(1)。そして、そのような女性に対する暴力の撤廃は、国際社会が優先事項の一つとして取り組まなければならない課題の一つとして位置づけられている。実際、1993年に、女性に対する暴力撤廃に向けての国際社会及び各国の責務が明らかにした「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」が採択され、また、1994年、女性に対する暴力を国際的視点から国内の問題まで視野に入れて分析する「女性に対する暴力特別報告者」(2)の地位が創設された。このような女性に対する暴力撤廃に向けた国際的な動きは、国内法にも大きな影響を及ぼしている。そうしたことは、日本も例外ではなく、日本も、国際的な動きに後押しされ、女性に対する暴力を扱う法律を新たに制定したり、法改正を行ったりしている。そうした女性に対する暴力を扱う法律の一つとして、2001年に制定されたのが、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV法)である。この法律が制定されるまで、日本には、同居中の夫・恋人からの暴力の被害者を特別に対象とした法律が存在しなかったので、この法律の制定は、とても画期的だった。しかし、日本のDV法は、様々な問題点を抱えている。そのことは、国内におけるDV法制定にあたっての国際的な基準を示した女性に対する暴力特別報告者の報告書(ドメスティック・バイオレンス モデル法案報告書(E/CN.4/1996/53/Add.2))と比較することで、より明らかになる。

 よって、本文では、まず、各国にDV法制定を促すためそのガイドラインを示した女性に対する暴力特別報告者のドメスティック・バイオレンス モデル法案報告書(E/CN.4/1996/53/Add.2)を分析し、次に、それを参考にして作られた日本のDV法を分析する。そして、最後に、これら二つを比較することで、日本のDV法の不備・課題を指摘する。

 

 

1.女性に対する暴力特別報告者のドメスティック・バイオレンス モデル法案報告書(E/CN.4/1996/53/Add.2)について

 

 ドメスティック・バイオレンス モデル法案報告書(E/CN.4/1996/53/Add.2)は、1996年、ドメスティック・バイオレンス報告書(E/CN.4/1996/53)の添付書として、女性に対する暴力特別報告者が人権委員会に提出したものである。そのDV報告書では、DVが世界的な現象であり、個人的な領域、一般には親密(性的)な関係、血縁または法律上の関係のある個人の間で生じる暴力だということを確認している。そして、国家レベルの勧告として、女性の人権保護において国が積極的な責任を果たすべきということ、暴力被害者を支える病院内での手続きを確立するべきということ、女性に対する暴力に関する警察の権限を定め、その権限に沿って警察官をトレーニングすべきだということ、女性を家族による暴力について教育する法的識字キャンペーンをすべきであるということ、夫(恋人)からの暴力から身体の安全に関する深刻な問題が派生している被害者が国家の保護に頼ることができる仕組みを作り上げるべきということ、夫(恋人)からの暴力のケースでは子供の養育権は女性に認められるべきであり、女性への殴打のケースでは殴打者は面会権を認められるべきではないということ、女性の身の安全を守るための出国を認めるべきということ、公営の住居には夫(恋人)からの暴力の被害者を優先的に入れるべきということ、難民および政治亡命に関する法が夫(恋人)からの暴力を含むジェンダーに基づく迫害の訴えを認めるように拡大されるべきということ、家族による暴力の問題に取り組んでいるNGOと協力したり何らかの形で援助したりすべきということなどが示されている(報告書140142)。

このような勧告をより詳細にし、各国がDV法を制定することにあたってのその法律の最低限の基準というものを示したのが、DVモデル法案報告書である。DVモデル法案報告書では、DV法制定の目的、DVの定義、抗議申し立てのメカニズム、司法官の任務、刑事上の手続き、民事上の手続き、サービスの規定について書かれている。まず、DV法でのDVの定義において、法律は個人間の女性に対する暴力や家庭での女性に対する暴力がDVを構成するということを明白にすべきということ、DV法の範囲内に入る関係は妻、同居人、前妻、パートナー、恋人、女性親族、女性の家政婦を含むべきということ、国は全ての女性の保護に対して障害となる宗教・文化的慣行を許すべきではないということ、国は外国人女性にも同様の保護を適用すべきということ、DVは家庭内の女性に対する家族によるジェンダーに基づいた肉体的・精神的・性的虐待の全ての行為をいうとされるべきことなど、法の基盤づくりで考慮すべきことについて、書かれている。次に、被害者などからの申し立てにあたって、法は、警察にDV被害を訴え、裁判をおこすことができるようにするために、被害者、DV発見者、家族や被害者の親近者、国・民間医療サービス提供者、DV支援センターについて規定すべきだとし、申し立ての受理の際の警察官の義務について示している。そして、司法官の義務として、加害者の一方的な一時的拘束命令や、保護命令を出すことで、被害者の安全を確保すべきとし、そうした命令の内容の指針が示されている。また、DV被害への対応・予防などに関してのサービスとして、被害者の家から医療センター・シェルターへの輸送、即座の医療処置、緊急法的カウンセリングといった緊急サービスと、DV被害者及び加害者の長期の更正サービスの提供、官・民及び地方・国家のサービスやプログラムと協力したサービスの提供といった非緊急サービス、警察官の訓練、司法官の訓練、カウンセラーの訓練について提示されている。

このように、DVモデル法案報告書では、DV法制定にあたっての最低限考慮すべき基準が示されているが、その規定は、各国家機関の役割やDV関係者への支援体制など詳細かつ的確に書かれている。従って、ここで示されたガイドラインを参考に、DVに関する国内法を各国が制定することは、DVの予防及び撤廃に向け、とても有効なことであるように思われる。

 

 

2.日本の「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV法)について

 

 日本のDV法は、2001年、女性に対する暴力を根絶しようと努めている国際社会における取り組みに応じて、それまで、配偶者からの暴力が犯罪となる行為であるにもかかわらず被害者の救済が必ずしも十分に行われてこなかったこと、また、配偶者からの暴力の被害者が多くの場合女性であり、その配偶者による暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を行うことが個人の尊厳を害し男女平等実現の妨げになっていること、このような見解から制定されたものである。(DV 前文)この法律は、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護のため、配偶者からの暴力に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制の整備を目的としている。そして、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等についての勘案・検討を行い、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられることとなっている。

DV法の内容をみていくと、まず、第一章では総括として、配偶者からの暴力の定義とその被害者の定義(第1条)について述べられており、「「配偶者からの暴力」とは、配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)からの身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすものをいう」とされ、「この法律において「被害者」とは、配偶者からの暴力を受けた者(配偶者からの暴力を受けた後婚姻を解消したものであって、当該被害者であった者から引き続き生命又は身体に危害を受けるおそれがあるものを含む)をいう」とされている。第二章では、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護のために働く配偶者暴力相談支援センター(都道府県により設置される婦人相談所その他の適切な施設)の業務内容について示されている(第3条〜第5条)。第三章では、被害者の保護における、配偶者からの暴力の発見者、配偶者暴力支援センター、警察官、被害者の保護のための関係機関の果たすべき役割について、書かれている(第6条〜第9条)。第四章では、被害者を加害者からの更なる深刻な暴力から守る保護命令について書かれ、その内容や手続きが細かく示されている(第10条〜第22条)。第五章では、配偶者からの暴力の被害者の人権尊重やその安全の確保及び秘密の保持に十分な配慮を加えるため、DVに関する教育及び啓発の必要性、DVに関する調査研究の推進、DVを防止し被害者の保護を図っている民間団体への国及び地方公共団体による援助などについて示されている(第23条〜第28条)。第六章では、罰則として、保護命令に違反した者の罰則(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)と虚偽ある保護命令の申し立てを行った者に対する罰則(10万円以下の過料)について示されている。

以上から、この法律では、配偶者からの暴力に苦しむ被害者により視点をおき、特に、被害者の生命又は身体に危害が加えられる危険性があるとき、被害者の申し立てにより出される保護命令に、DVに対する最も有効な対応として期待をよせていることが読み取れる。

 

 

3.DVモデル法案報告書と日本のDV法を比較検討することからわかる日本のDV法の課題について

 

 1及び2では、DV法の国際的な基準を示したDVモデル法案報告書とそれを参考にして作られた日本のDV法をそれぞれ分析してきたわけだが、それらを比較してみると、日本のDV法の不備が明らかになる。よって、ここでは、DVモデル法案報告書と日本のDV法を比較することでみえてくる日本のDV法の課題を指摘する。

 第一に、DVの定義についてである。DVモデル法案報告書では、DVは、肉体的・性的暴力から精神的暴力に及ぶものとされているが、日本のDV法では、暴力を「身体的暴力」として整理している。やはり、身体的暴力と精神的暴力の区別することは、DVの被害状況の実態に即しているはいえないので、精神的暴力も含むように見直すべきである。また同時に、配偶者による性的暴力といったものへの特別な考慮も求められるであろう。(3)

 第二に、保護命令についてである。DVモデル法案報告書では、保護命令の対象として、DVの被害者(妻、同居人、前妻、パートナー、恋人、女性親族、女性の家政婦)、親族、福祉労働者、DV被害者を援助する人を挙げている。しかし、日本のDV法では、保護命令の対象を、配偶者、及び婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者に限定し、DV被害をうけやすい元配偶者といったDVモデル法案報告書では対象として含まれた人まで及んでいない。そして、接近禁止命令に関しても、DVモデル法案報告書では規制されている被害者の子供に対するつきまとい等が、日本のDV法では述べられておらず、「被害者本人へのつきまとい等」に限定されている。それに、DVモデル法案報告書では、裁判所から保護命令が出されると、被害者の医療費、カウンセリング費用、シェルター費用が加害者により支払われるとされているが、日本のDV法ではこのことに関する規定が特におかれていない。つまり、保護命令を申し立てるほど深刻である被害者の状況把握が不十分であり、被害者の金銭的負担を考慮していないといえる。また、DVモデル法案報告書では、裁判所により出される命令として、保護命令のほかに、一方的な一時的拘束命令があり、保護命令より簡単な手続きで一時的に被害者を守る制度がおかれている。しかし、日本のDV法では、司法の対応を保護命令に限っている。このように、日本の保護命令にはまだ課題が多く、司法部によるDVへの対応の見直しが必要であるということがわかる。(4)

 第三に、加害者の更正についてである。日本のDV法では、被害者の更正により重点が置かれ、加害者の更正についてはほとんどふれられていない。実際、公的な機関において、配偶者からの暴力の加害者を対象にした集団プログラムといったものは、実施されていない(5)。やはり、加害者の更正もDVの防止には不可欠なことなので、DVモデル法案報告書で明白に加害者への更正サービス提供について示されているように、日本のDV法も、被害者だけでなく加害者への更正サービス提供についても明白な規定をおくことで、公的機関のより積極的な加害者への対応をあおるべきである。

 以上より、DVモデル法案報告書と日本のDV法を比較することで、国際的に求められている最低限の基準をいくつか満たしていない日本のDV法の問題点が明らかになった。日本が、女性に対する暴力撤廃を目指す国際的な動きに立ち遅れないようにするためにも、DV法の問題点を国内の運用状況から指摘するだけでなく、DVモデル法案報告書といった国際的な基準から比較検討するという観点からも日本のDV法を捉えなおし、よりよく改正していくべきである。

 

 

おわりに

 

 本文では、日本のDV法を、女性に対する暴力特別報告者のドメスティック・バイオレンス モデル法案報告書と比較するということに的をしぼり、その比較から読み取れる日本のDV法の問題点を指摘した。確かに、こうした本文中で示した問題点以外にも、実際この法律を運用してみることで明らかになった問題点もいくつかある。このような指摘を参考に、現在、DV法改正案が提出されており、今まで一般に指摘されてきた問題点の改善といったものも、いくつかみられる。しかし、加害者更生や子供の位置づけなど、まださらに検討される必要がある問題点はいくつか残ったままである。よって、今後、国際的な目標である女性に対する暴力撤廃を実現させるためにも、より広い観点からの日本のDV法のさらなる分析、そしてより有意義な改革といったことが望まれる。

 

 

 

 

 

 

Note

(1)国際女性の地位協会編『女性関連法データブック』有斐閣,1998年、p.191p.192

(2)女性に対する暴力特別報告者とは、1994年、1993年の「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」(国連総会決議48104)をうけ、人権委員会決議199445により、創設された機関である。家庭における暴力、共同体における暴力、国家による暴力、それらの撤廃を主な任務とし、毎年の人権委員会に女性に対する暴力についての報告書を提出することとなっている。そして、人権問題がある国への訪問・調査、人権問題があるとされる国への通達の送信、被害者から個人的に報告を受けたり建設的対話に参加したりすることを行っている。また、2003年には、人権委員会決議200345によって、その任務が拡大され、女性の健康を考慮にいれるようになっただけでなく、女性に対する暴力撤廃のため、国家に対してより対策を促すようになった。女性に対する暴力特別報告者の活動は、暴力の一形態の分析から各国で発生するより具体的な暴力の分析まで、幅広いものとなっており、女性に対する暴力を国際的な問題として捉え国際社会全体で考えていく流れを作り出したといえる。

(3)男女共同参画会議 女性に対する暴力に関する専門調査会『配偶者暴力防止法の施行状況等について』2003

(4)Ibid

(5)Ibid