米国の政策形成・決定過程について

mk030115 谷澤寿和

 

政策形成・決定過程の研究の背景

 

 国家の対外政策を考察する際に、何がその国家にとっての目標であるのかという問いに対して答えを出すことは多くの場合必要な作業である。例えば、ブッシュが対イラク戦争において特にフランス・ドイツからの強い否定にもかかわらず断行したことの目標として、ブッシュの言う目標は、主に大量破壊兵器の拡散阻止、そしてサダム・フセインの独裁で非人道的な政権を排除するためであった。一方メディアではブッシュと石油業界のつながりに注目して、目標は石油利権の獲得、拡大であるといわれもしている。

何が目標かを考察する際の一つの手がかりとして、その行為をすることによる利益とは何かに注目することはごく一般的にとられる手段であるように思える。この傾向はすでにアリソンが『決定の本質』において説明している第一モデルに当てはまる。つまり、行為者である国または政府は、合理的かつ単一の政策作成者と考えられ、国または政府は、みずからの目標と目的に照らし合わせて価値を極大化するような選択を行うという前提のもとある行為を分析するというものである。

 しかし、イラク戦争の事例の場合、サダム・フセインの存在と大量破壊兵器開発が米国の安全保障にとってその時点で死活的な脅威であったということを説明できるか、または何らかの国益に基づく合理的な行為であるということを説明できれば、それに越したことはないのだが、実際アリソンが指摘しているようにすべての行為が目標のもとに合理的になされているということはありえない。すでに、イラク戦争に石油利権を取り入れた考え方やネオコンの力の影響に注目した考え方は、政府内問題、特にブッシュ個人とその組織の問題を国家としての決定と関連させなければならない点においてアリソンの第一モデルは適用できないことになる。

 何がなされるべきかについて述べるのであれば、どのような政策が国益としてもっとも効果的であるかという点に注目することは必要なことである。しかし、現在何がなされていて、今後どうなっていきそうなのかについて論述するとき、より重要になってくるであろうことは、ある決定なされた背景、つまり政策形成・決定過程に関する研究である。これはアリソンの第二、第三モデルに基づくものと考えられる。結論的に言えば、アリソンの枠組みを借りるならば、第一から第三までのすべてのモデルを包括した研究がよりよいものとなる。

 ここで、米国の対外政策を題材とするときに、どのような問題を扱うにせよ米国の政策形成・決定過程をある程度理解することは、今後の研究の基礎的部分となり、大きな助けとなることが期待される。

米国における政策形成・決定過程

 

対外政策が決定される過程において、一つの決定がどのようになされるかを考察するとき、それは様々な政府内外のアクターの絡み合いの中で行われるという解釈は、ごく一般的に認められていることであろう。例えば米国の場合、大統領、大統領補佐官を中心としたホワイトハウス・スタッフ、国務省、国防総省、その他その問題にかかわる省庁および行政機関、議会、利益集団、世論、メディア、シンクタンクといったアクター達がその登場人物である。これらのアクター間の複雑な相互作用を政策形成・決定過程において正確に理解することは、特にその政策形成に携わっていない外部のものにとっては非常に困難なことである。実際、その過程で何が行われたかに関する情報量の絶対的な少なさという点ですでに政策形成・決定過程の理解への最大の障害が存在することになる。

しかし、その過程で起こるすべては把握できないとして、推論に頼らざるをえない面も否定できないにしても、情報量の少ない中で最も重要な背景を捉えることは可能であると筆者は考える。それを可能にするのは、最終決定者としての大統領とそのパワー、そして戦後の米国の歴代大統領の多くに共通する一つの性格―大統領の側近たちの重用―に注目することである。すなわち、政策決定の中枢部分により強い関心を示すという方法である。もちろんこれに加え、より多くの情報を入手することでより研究の実証性が増す。

 この方法は、政策形成・決定過程を一般化して捉える際に、それぞれのアクターに大統領に対する影響力に優劣をつけるものである。つまり、大統領が最も力を持っていて、その大統領に次ぐのが主席補佐官や国家安全保障問題担当補佐官などの大統領スタッフ、各省庁、そしてそれらの長である閣僚は大統領スタッフよりも弱い影響度である傾向があり、議会、利益集団、世論そしてマスメディアにいたっては、さらに低く位置付けることになる。

 このような位置付けに対しては、優劣を一般化することの強引さへの批判が当然考えられ、ある個別の問題を取り扱うときには、比較的弱い影響力のアクターについても慎重に考察する必要があり、それがその問題に関するキープレーヤーである可能性も十分考えられる。しかし、アクターの影響力の優劣を一般化するに際して、それなりの根拠が考えられることもまた事実であり、以下、これを大統領とその他のアクターとの関係の中で見ていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

大統領、議会、ホワイトハウス・スタッフ、官僚

 

 大統領とその周辺のアクターとの関係を述べるにあたって、まずは大統領自身の権限について、そして大統領の議会に対する優位性、ホワイトハウス・スタッフの影響力の強さ、最後に官僚の影響力の度合いについて説明していく。

 ウィルソン大統領がかつて次のように述べている。「大統領が保有する外交問題に対するイニシャチブはこれを行使する上でいかなる制限もなく事実上外交問題を完全にコントロールするための大統領権限である」(浅川p18)。具体的には、大統領は行政府の長として各省庁長官を任命・罷免でき、行政権は大統領一人だけに与えられた権限である(合衆国憲法第2条1節1)。また、大統領は陸海空軍三軍の最高司令官でもある(憲法第2条2節1項)。さらに、条約締結権や高級官僚やホワイトハウス・スタッフを任命できる権限(憲法2条2節2項)などを持っている。

 議会は、大統領のこれらの権限を乱用させないためのある一定の役割を持っている。例えば、大統領の拒否権に対して下院、上院の三分の二以上の多数でこれを覆すことができるという点は、米国の三権分立をよく表している。また大統領閣僚その他の政治任命をする際に、議会上院による助言と承認を必要とする。上院の承認の際、担当委員会での過半数の同意、さらに上院本議でも過半数の同意を必要とする。同様に、条約締結に際しても、批准するには上院の三分の二以上の同意が必要となる。このように、大統領の権限は議会によってある程度制限されていると取れる。さらに1970年代、議会はそのスタッフ規模の拡大と議会予算局や技術評価局のように、大統領の政策を分析する立法府の能力を強化する様々な機関を創設した。それにもかかわらず、大統領はこと外交問題に関しては特に議会に対して優位にたっているとみなすことができる。

 第一に、立法府の対外問題に関する知識と政策立案能力が向上しているといっても、議員の性格である国を代表するというよりもむしろ自分の選挙区を代表しているという意識が対外問題への努力を鈍らせ、議員が得ることができる情報量についてもホワイトハウスのそれには到底及ばない。また、大統領は議会の承認を必要とする条約ではなく、承認が不必要で、条約とほぼ同等の効力をもつ行政協定という形をとることができる。議会の宣戦布告の役割についても、国際法上の戦争でなければ、大統領はそれを必要としなくてよいことになる。

 次に、ホワイトハウス・スタッフが強い影響力をもつ理由を説明していくが、これを説明することは同時に官僚機構の欠点や閣僚に対するホワイトハウス・スタッフの優位性という点に着目することになる。

 政治任命という形で、大統領が自分にとって好ましい人物を任命するという点において、それは閣僚にもホワイトハウス・スタッフにも共通することで、一見両者は同等の立場にあるように思えるが、ホワイトハウス・スタッフの優位性として次のような点を上げることができる。第一に、大統領との距離である。これは単純な違いではあるが決定的な差といえるかもしれない。というのは、閣僚がホワイトハウスからは離れた職場で仕事をしているのに対し、ホワイトハウス・スタッフは大統領と同じホワイトハウス内で仕事をしているため、大統領に直接会って話をする機会に恵まれている。ということは、大統領をより説得しやすい立場にいるといえる。この距離の差は地理的には数キロ程度の差かもしれないが、精神的な距離の差は相当あるものと思われる。また、大統領は同じ職場で働くということもあって、より近しい人物をホワイトハウス・スタッフに任命する傾向がある。特に地元のつながりや、選挙戦からのスタッフの重用が目立つ。つまり、任命の時点でホワイトハウス・スタッフは距離的そして心理的に大統領により近く、より大きな影響を与えられる可能性を持っているといえる。

 その他の理由である、官僚組織の問題という面からも閣僚はホワイトハウス・スタッフに劣る。つまり、閣僚は各省庁の長として巨大組織をコントロールし、まとめ上げなければならないため、組織内の調整に大きな労力をかけることになる。一方、ホワイトハウス・スタッフはそのような組織による締め付けからは比較的自由であるといえる。例えば、ニクソン政権時の国家安全保障問題担当大統領補佐官であったキッシンジャーはこのように言っている。「政策決定を小グループの中で処理する理由の一つは、官僚機構がこれほど大きくなりすぎて、内部の士気が深刻な問題になると不人気の政策決定は新聞や議会委員会へのリークといった無茶な手段でつぶされる可能性が強いからである」(浅川p92)

 結論的には、大統領が政策決定者であり、それに助言を与え補佐するのがホワイトハウス・スタッフ、そして決定を実施するのが官僚ということになる。これは決定に対して、責任を負うのは常に大統領だけであり、内閣の連帯責任は法制的にも道義的にも存在しないという背景にも依拠している。

しかし、大統領が閣僚よりも補佐官を中心としたホワイトハウス・スタッフを重用する傾向があるのは確かであるが、過去の政権を考えると大きな力を持った閣僚が存在したことも同様に確かなのである。それはそのときの大統領がどちらを好むかという性格の問題と閣僚個人の力に左右されるものと推測することができる。ここで確実にいえることは、ホワイトハウス・スタッフのほうがより大きな影響力をもちやすい環境にあるということである。政策形成・決定過程を以上のように捉える見方は、まさに大統領が政策決定者としての絶対的な立場にいることの認識から始まり、その大統領を中心に政策決定の中枢にいるアクターに焦点を絞るというものである。

 

 

 

 

 

 

 

ブッシュ政権

 

 以上の政策形成・決定過程の構図を現ブッシュ政権に当てはめてみると、政策決定者としてのブッシュ大統領がまず何よりも重要なアクターであり、米国の対外政策を捉えようとする際に、ブッシュの言動―一般教書演説やウェストポイントにおける演説など―に注目し分析することは有効であるはずである。

 次に、ホワイトハウス・スタッフのほうが閣僚よりも大統領への影響力という点で恵まれているという考え方からすると、次のような考え方ができる。つまり、パウエル国務長官やラムズフェルド国防長官よりも、アンドリュー・カード大統領主席補佐官やライス国家安全保障問題担当大統領補佐官のほうが、ブッシュ大統領に対してより大きな影響力を発揮しやすい環境にある、ということである。そして、一般的に戦時において国務省よりも国防総省のほうが優位にたつという性質を考えると、パウエル国務長官よりもラムズフェルド国防長官のほうが優位にたちやすいことになる。

 しかし、このような順列はあくまでその人物がおかれた環境から導いたものであり、それがそのまま実際であるとは限らない。ここで再度アリソンの理論を借りると、第三モデルに従って、政府内の各プレーヤー間で駆け引きが行われていることになり、その相互作用の結果が行為となる。これに以上の、米国の政権内の構図を考慮すると、その駆け引きの中でより重要な役割を担うプレーヤーが、大統領、ついでホワイトハウス・スタッフということになる。その他のプレーヤーが優位にたつかどうかは、大統領が何を、誰を重視するか、そしてプレーヤー個人の力量という要因に主に左右されると考えられる。ブッシュ政権の対外政策の考察の際の出発点として、以上のような構図が考えられるのであれば、ここに情報量を増やしていくことで、各プレーヤー間の力関係、そして議会、利益集団など、その過程に登場する他のアクターへの考察へと広げていくことができる。

 最後に、留意しておかなければならないであろうことは、ブッシュ政権の対外政策はその時点の米国の対外政策であるのであって、米国の対外政策そのものを考える際には、また慎重にならなければならず、アリソンの第一モデルが再び必要になるであろう、ということである。

 

参考・引用文献

浅川公紀『アメリカ大統領と外交システム』勁草書房 2001

阿部斉 『アメリカ現代政治』東京大学出版会 1986

グレアム・アリソン『決定の本質』中央公論社 1977

小池洋次『政策形成の日米比較』中公新書 1999

村尾英俊『アメリカを理解するためのハンドブック―政治・経済編』鳥影社 2001

吉崎達彦『アメリカの論理』新潮新書 2003