アメリカ大統領制と政治任命制度

 

mk030115 谷澤寿和

 

前回はアメリカのシンクタンクが国の政策形成に影響力をもっていることを論じた。今回はアメリカでシンクタンクをはじめ多くのサブアクターが政策形成に大きな役割を持てる背景を、アメリカの大統領制と三権分立という視点から論じていく。

前回、政府高官にシンクタンクの研究員が任命されるということについて述べたが、民間から政府高官に登用されるシステムを政治任命制度と呼び、任命を受けた者は被政治任命者と呼ばれる。そして、非政治任命者の受け皿としてシンクタンクの存在を強調したが、その受け皿はシンクタンク以外にも大学、法律事務所、コンサルティング会社、そして議員事務所などが考えられる。

 

 

大統領制

 

大統領制は、厳格な権力分立制をとり、立法府、行政府、司法府の相互の独立性が強い制度である。このタイプの典型であるアメリカを例に取れば、行政府の長である大統領には議会への法案提出権はなく、議会が可決した法案への拒否権を持つだけである。また議会の解散権もない。他方、議会も大統領を指名できず、また弾劾手続き以外では罷免することもできない(『現代政治学』有非閣アルマ)

 

ここで政治任命制度が大統領制のもとで機能しやすい理由を二点上げたい。一つは、議院内閣制との決定的な違いである、内閣が議員から成っていないという点である。日本の議院内閣制が、閣僚の過半数が議員から選ばれなければない一方で(小泉政権は18人中16人が議員から選ばれている)、大統領制にはそのような制約がないため、もともと民間から閣僚を選びやすい土壌が出来上がっている。

二点目は、機能しやすい理由というよりは大統領制を支える上での必要性といったほうがいいかもしれない。大統領制の大きな問題の一つとして、大統領の権力が大きい分独裁に陥る危険性がある。実際大統領制をとっている国家で独裁的な国は途上国を中心によく見られる。アメリカで、その独裁を防ぐための機能としてよく言われていることは、大統領選挙期間が長いということである(半年以上の選挙キャンペーン)。その長い選挙期間を通じて、有権者はじっくりと次期大統領を品定めできるというわけである。この他に筆者は、政治任命制度が大統領の独裁を防ぐ役割をしていると考える。

つまり、民から官へ、官から民へという人的移動によって民間による情報集積能力が格段に増加し、民間による政府、官僚、そして権力へのチェックが機能しやすくなる。さらにそのチェック機能の代表的な役割を持つシンクタンクが何百とあるということを考えれば、政府の政策形成に対し厳しい民間からのチェックが確立していることが伺える。このように大統領制を支えるという意味においても、シンクタンクの役割の大きさや必要性が語れるのである。

 

三権分立:立法府の力

 

アメリカでは議員による政策形成能力、立法能力が高い。一方日本では官僚によって作られた法案を議員が審議する。つまり政策形成においてもっとも大きな影響力をもっているのは官僚であるという体質がある。ではアメリカで議員による政策形成能力が高い理由はどこにあるのだろうか。

ここでは政治任命制度との関わりで議員事務所の人的規模という面に注目したい。日本の議員事務所が数人の秘書を抱えているだけに対して、アメリカの議員事務所は議員のスケジュールを管理する秘書の他に、メディア担当の報道官や、各分野の専門家を有している。つまり議員は各分野のスペシャリストたちに支えられているのである。そして前述したように、議員スタッフも将来、被政治任命者となる可能性を持っており、政府高官を目指す人々の一つの受け皿なのである。

議員事務所が潜在的な被政治任命者の受け皿であるということを考慮すると、立法府の政策能力が日本に比べ格段に高いことも、政治任命制度と無関係ではないのである。

 

 

最後に小池洋次著『政策形成の日米政策比較』を参考に政治任命制度のメリットとデメリットを整理する。

 

メリット

 

1.民間の知識やノウハウを政策形成に生かせる

2.政策の変更が容易になる

3.政策決定のスピードが増す

4.官の情報が民に流れ蓄積される

5.政策決定に幅広い層が関与し、国民の政治参加意識も高まる

6.政策決定の透明性が高まり、腐敗が起こりにくい

7.学界の知的活動がより実践的になる

8.政策の質が向上し、スピードが速まることで、政策形成の国際競争力が高まる

 

 

デメリット

1.政策の継続性が失われやすい

2.猟官運動が激化しやすい

3.秘密の漏洩が起こる

4.政治が官の世界に過剰介入する結果、特定のグループの思惑によって政策が形成され、決定される可能性がある

 

今回の発表では小池洋次『政策形成の日米比較』1999 中公新書 を大きな参考とした。

 

 

前回発表の補足

シンクタンクの資金の出所について、“カネの力でシンクタンクを通じ影響力を行使しようと思っても、できないような風土が米国にはある”(小池洋次 p134)

 

“ほとんどのシンクタンクは・・・24時間のニュース番組の急増によって展開の早まった政策討論に参加するために・・しっかりとした分析よりも、新鮮さが意味を持つようになってしまったのである。・・・シンクタンクは、賞味期限が日・週単位で計られるような仕事をするようになった。” (チャールズ・カプチャン『アメリカ時代の終わり』2003 NHKブックス p70)