シンクタンクの影響力
mk030115 谷澤寿和
イントロダクション
シンクタンクが政治過程においてどれだけの影響力を持っているかという問題は非常に論争的である。大きな影響力を持っているという考えもあれば、それほどではないという考えも存在する。それへの明確な答えが存在しない理由は、そもそも影響力というものが目には見えないものであり、その大きさを正確に測るということがほとんど不可能だからである。このリサーチペーパーは、確かにシンクタンクは政府の政策に対して影響力を持っているという立場をとっている。しかしどれだけの影響力を持っているかということに言及する事を目的とはせず、どのようにその影響力を行使するのかという点に注目する。この作業を通して最終的にはシンクタンクのなんらかの存在意義についても言及できれば幸いである。
背景
影響力についての説明の前に、シンクタンクとは何か、そしてその一般的な目的を定義する事は有益な事であろう。実際、アメリカには数多くのシンクタンクが存在し、それぞれが違った特徴を持っているということを考慮すると、それを正確に定義することは難しい。それにもかかわらず、シンクタンクはしばしばこのように定義される、「生徒のいない大学」。
シンクタンクによっては、大学とかかわりを持っているものもあれば、政府によって運営されているものもある。例えばランド研究所はそれ自身では自らを独立のシンクタンクとして位置づけているが、その主な依頼主やスポンサーは政府である。もちろん財政的に独立のシンクタンクは存在する。ほとんどのシンクタンクが自らを独立・非利益であることを主張している。これらの主張はまた論争の種になり得る。
第一に、たとえシンクタンクが政府の援助に頼っていなくても、個人や企業による寄付を必要としている。これは、シンクタンクは資金提供者に影響されるということを意味すると考えられる。例えば、シンクタンクは資金提供者によって好まれるような政策を提供しなくてはならないかもしれない。この問題は政治家が抱えるものとなにか似ているように思える。政治家は有権者の支持を得続けなければならない。そのため選挙に勝つことやその地位を維持することがしばしば国をよりよくするという目標よりも重要になってしまいがちである。同様に、シンクタンクにとってよりよい政策を作ることよりも、その組織自体を維持することのほうが大きな関心事となっているかもしれない。
第二に、たとえシンクタンクがその成功を財政的には測らなくても、世論や国の政策形成に影響力を持ちたいはずである。さらに、シンクタンクで働いている専門家の中には、大統領によって政府に登用される者もいる。これは明らかにその個人にとっての利益といえる。ブルッキングス研究所とヘリテッジ財団が出したレポートによるとシンクタンクで働くほとんどの研究者は大統領による任命を好ましく思っている(Brookings 9)。
それにもかかわらず、シンクタンクを定義する際のこれら二つの問題を克服することは可能である。第一に、それぞれのシンクタンクはその特徴を持っている―保守的、中道、急進的、異なる資金源。これは研究者が自分の考えに合うような特徴を持つシンクタンクを選択できることを意味する。もしその研究者が保守的な考えの持ち主ならば、保守的シンクタンクに所属することが自然であろう。多くの異なるシンクタンクの存在は、アイディアの多様性を可能にする。偏ったアイディアが国に広がるかどうかは、シンクタンクの組織の問題ではなく、むしろメディアの問題として考えられる。なぜなら、メディアは多くの異なったシンクタンクの中から誰に記事を書いてもらうか、誰を出演させるかを選ぶことができるからである。これは世論形成に何らかの影響を及ぼす。またどのシンクタンクがメディアに対して影響力を持つかは、現政権の性格に関係する。もしその政権がブッシュ政権のような保守的なものであれば、保守的なシンクタンクがパワーを持つことは自然なことである。
第二に、シンクタンクの目的は世論と政府の政策を形成することであるとみられている。この事実はシンクタンクとして不健全なものではまったくない。政府によって任命された研究者がシンクタンクに所属していたときに考えていた政策を実行しやすいということは確かなことである。またそのシンクタンクの政府に対する影響力が増加する可能性も考えられ、そのシンクタンクにとってはそこから政府職員を輩出することは利益であるかもしれない。さらに、シンクタンクから政府高官が輩出されれば、そのシンクタンクの知名度や評判が広がることが期待される。自らを非利益としているにもかかわらず、そこには確かに利益が存在するということはひとつの問題のように思われるが、この点については、この後の影響力の議論と深く結びついているので、そこで再び触れることにする。
シンクタンクの影響力
シンクタンクがその影響力を行使するにはひとつの大きな要素が必要となる。つまり資金力である。シンクタンクは研究のために有能な専門家を獲得しなければならず、よりよい研究を達成するためには十分な資金が必要となる。ひとつのもっとも重要な資金資源は民間企業や個人による寄付である。例えば、ブルッキングス研究所は4000万ドルの歳入(2002)のうち30%が寄贈されたものである(Brookings Annual)。AEIについては、2360万ドルの歳入(2001)のうち35%が個人からの寄付である(AEI Annual)。このように、いくつかの大きなシンクタンクは豊富な資金を保有している。この資金力は有名なシンクタンクを有名にしているひとつの大きな理由である。
もしもシンクタンクが財政的に政府に依存していたら、政府による締め付けという点においてもはや自由な政策立案はできない。NIRAの調査によると、北米においてシンクタンクの過半数が独立である(表1)。これはほとんどのシンクタンクは自由に政策提案できていることを意味する。
シンクタンクが影響力を行使するには二つの手段がある。ひとつは政府に対して直接的に働きかけることである。政府へのシンクタンクのアドバイスは政府に対して影響力を行使するひとつの方法である。また政府職員としてシンクタンクから引き抜かれることもある。人員を送り込んだシンクタンクは政府に対して影響力をもつことができる。もうひとつの手段は、一般市民に対して働きかけることである。シンクタンクはメディア、出版、ウェブサイト、講演会などを通して世論形成を試みている。世論形成に影響力をもつということは、間接的にではあるが政府に対して影響力をもつことでもある。
誰も実際のところを公にしないことから、政府が本当にシンクタンクのアドバイスを採用しているかどうかを判断することは難しい。しかしながら、シンクタンクが政府に対して何らかの提言を行っているということは事実なのである。例えば、ブッシュ政権に大きな影響力をもっているとされるPNAC(Project for New American Century)は、そのウェブサイトにおいて大統領宛の意見書を公開している(PNAC,July 1,03)。
その影響力には矛盾も存在する。「大統領は中東で何をすべきかを尋ねることはないし、どのように予算のバランスをとるかを尋ねることもない。また政府高官やその下の職員も頻繁には訪ねない(1992:24)」(Stone 106)。しかしながらシンクタンクが政府に対してアドバイスをする機会を持っていることを否定するものはいない。このことは非常に重要な事実である。また、ホワイトハウスが発表した文書の中には、シンクタンクに所属している者によって作成されたものも存在する。2002年9月12日にホワイトハウスによって発表された「A Decade of Defiance and Deception」はCSISというシンクタンクに所属している中東専門家のアンソニー・コーデスマンによって作成されたものであるとされている。彼はホワイトハウスに対して多くの助言をしているとされている(吉崎 72)。
大統領による任命はそのシンクタンクが政府により強いコネクションを持つことを可能にする。政府高官がシンクタンク出身であるということはよくあることである。例えば、「ドナルド・ラムズフェルド国防長官、コンドレーザ・ライス国家安全保障担当補佐官はHooverというシンクタンク出身であり、ディック・チェイニー副大統領はAEIと長く関わっている。また数多くの政府下級職員はかつてシンクタンクで働いていたという経歴を持っている」(Economist)。1997年6月3日のPNACが出した声明には、チェイニー、ラムズフェルド、ウォルフォウィッツなどの署名が並んでいる。彼らは皆現在ブッシュ政権の中心人物である(PNAC)。1998年1月26日のクリントン大統領に宛てた意見書を見てみると、彼らはイラクに対して強硬な姿勢を持つことを要求している。ブッシュ政権になり彼らが政府高官に任命されると、その考えを現実の政策に反映させることとなった。このような状況は、政府とシンクタンクの強い関係とシンクタンクの影響力を証明している。この点において、シンクタンクが政府に対して影響力をもっていることは確かである。
最後に、シンクタンクが人員の政府登用から得る利益の問題を解決しなければならない。大統領は選挙によって選ばれる。つまり市民が大統領を選び、その大統領によって任命された人物は暗黙に市民によって承認されていると信じることが可能である。加えて、この利益は、シンクタンクが金を儲けるという目的をもっているということを意味しない、ということは非常に重要なことである。これらの点において、シンクタンクの正当性はまったく失われない。
シンクタンクは政府だけではなく世論形成にも働きかけている。メディアはよくシンクタンクからの言及を取り上げる。2001年にメディアによって取り上げられたシンクタンクからの言及の数は25,823にのぼる(表2)。一方五年前の1996年においては、14,212であった(表2)。ここで述べたいことはその数の大小でも、世論への影響力の大小でもなく、シンクタンクが世論に影響を与えることができる機会が増加してきているということである。また影響力が増加していることに関して、アベルソンが言うには、「アメリカそして国際コミュニティーを通してシンクタンクの数が上昇しつづけていることに関連して、彼らの影響力が上昇しているということを推測するような傾向が存在するようになるだろう」(Abelson,Nov 2002)。
メディアはどのシンクタンクからの言及を取り上げるかを決められることから、世論形成の重要な要素を占めている。実際、保守系、右翼系シンクタンクのメディアへの寄稿の数は毎年、すべてのシンクタンクからの寄稿の数の50%を占める(表2,3,4)。この傾向はアメリカの一連の保守的な政策を反映しているように思える。シンクタンクはメディアを媒介として世論に対して影響力を行使することが可能なのである。どの情報をメディアが取り上げるかということは、市民がどのような世論を形成するかに大きく影響する。もしメディアからの情報に偏りがあるのならば、市民が他のアイディアを知る機械が減少してしまう。つまり、シンクタンクの世論への影響力はメディアなしには語れないのである。世論形成に影響力をもつために、シンクタンクはメディアとうまく付き合っていかなければならないのである。
シンクタンクが影響力を行使する方法はメディアを通してだけではなく、自らウェブサイトを通してアイディアや情報を提供できる。実際多くのシンクタンクが自らのウェブサイトを持っており、誰でも簡単にアクセスできる。また彼らはしばしば一般公開の講習会を開くし、多くの本や雑誌も出版している。加えて、世論への影響力、将来の影響力を目的とした教育プログラムはシンクタンクの社会、経済、政治政策を導く。このようにシンクタンクは世論への影響力を獲得するための多くのチャンネルを保有している。
アメリカは民主主義国なので、政府と世論への影響力は究極的には同じことである。シンクタンクはその影響力を行使できるような政権を好むだろう。大統領は選挙によって選ばれる。そのプロセスにおいて、シンクタンクは有権者に対して自らのアイディアを示す機会を持つ。そうやって形作られた世論を反映して新しい政権が誕生するということはつまり、世論を形成するということは政府に影響力をもつことにもつながるのである。
結論
このリサーチペーパーは、シンクタンクが様々な方法―アドバイス、政府への登用、メディア、出版、ウェブサイト、教育―を通して政策決定に影響力を発揮しているということを示した。シンクタンクは政策の多様性に貢献しているという点において大きな意義がある。シンクタンクによって影響された政策は、そのその過程にシンクタンクが存在しない政策よりもよりよいものになることが期待できる。なぜなら政府の人間や政治家には多くの足かせ―パワーゲーム、地位の維持、選挙での勝利―があるように思えるからだ。一方シンクタンクは基本的には独立で非利益である。自由な視点からの彼らの考えは政府にとっては有益なものでありうる。またシンクタンクで働く人々は、その分野における専門家である。この事実はシンクタンクの価値を増大させる。彼らが独立、非利益という約束を守りつづける限り、シンクタンクが政府をよりよい方向に持っていくことは可能である。政策に影響を与えるアクターの多様性は政策決定者の選択の幅を広げることを意味する。
Works Cited
1. Abelson, Donald “Think tanks and U.S. foreign policy: an historical view” Electronic Journal of U.S. Department of states Nov 2002 No.3
http://usinfo.state.gov/journals/itps/1102/ijpe/pj73abelson.htm
2. Krugman,Paul “In the think tanks?” New York Times 13 Dec 2000
3. Stone,Dlane Carturing the political imagination, Think tanks and the process Frank Cass&CO.LTD 1996
4. Yoshizaki,Tatsuhiko The logic of the U.S. Shinshou Sinsho 2003
5. AEI Annual Report
http://www.aei.org/about/msgkey.2002120718244790,pageID.53/default.asp
6. Brookings Annual Report http://www.brook.edu/admin/annual_report.htm
7. Lexington “United states: The change of think tanks” The Economist 15 Feb 2003 Vol 366
The Brookings Institution, The Heritage Foundation “Posts of honor: How American’s corporate and civic leaders view presidential appointments” 10 Jun 2001
http://www.appointee.brookings.org/events/januarysurvey.pdf
8. PNAC(Project for the New American Century), Letters and Statements
http://www.newamericancentury.org/lettersstatements.htm
Table 1
http://www.nira.go.jp/ice/nwdtt/idx1/intro.html
Table: Media Citations: Spectrum of Major U.S. Think Tanks Table 2
Think Tank Ideology |
Media Citations 1995 |
Media Citations 1996 |
Media Citations 1997 |
U.S. Conservative or right-leaning |
7792 (51 %) |
7706 (54 %) |
7733 (53 %) |
U.S. Centrist |
6361 (42 %) |
4392 (30 %) |
4623 (32 %) |
U.S. Progressive or left-leaning |
1152 (7 %) |
2177 (15 %) |
2267 (16 %) |
Total |
15305 |
14212 |
14623 |
http://world-information.org/wio/infostructure/100437611704/100438658229?opmode=contents
Number of Media Citations |
||
Number of Media Citations |
2000 |
1999 |
Conservative or Right-Leaning |
11,107 50% |
8,940 52% |
Centrist |
6,634 30% |
5,795 34% |
Progressive or Left-Leaning |
4,471 20% |
2,493 14% |
Total |
22,212 100% |
17,228 100% |
www.fair.org/extra/0108/think_tanks_y2k.html
Think Tank Spectrum, 2001 |
||
Number of Media Citations |
2001 |
post-9/11 |
Conservative or Right-Leaning |
12,390 (48%) |
3,526 (40%) |
Centrist |
9,319 (36%) |
4,355 (49%) |
Progressive or Left-Leaning |
4,114 (16%) |
928 (11%) |
TOTAL |
25,823 (100%) |
8,809 (100%) |