平成151020

「インドネシアにおける大統領制考察」

MK030106  佐々木 哲夫

 

 インドネシア共和国は大統領制を採用している。これは、独立宣言直後に公布され現在も効力を発する1945年インドネシア共和国憲法において、大統領制であることが明記されている(独立戦争後の1949年インドネシア連邦共和国憲法、さらには1950年暫定憲法においても大統領は定められているが、行政府には内閣総理大臣が存在し、1945年憲法下の大統領制とは異なる)。しかし、例えば1966年〜1998年のスハルト期における大統領制と、それ以降現在に至る大統領制では大きく異なる。それでは、スハルト期と現在では、また、スハルト以前のスカルノ期を含め、1945年憲法下でのインドネシアにおける大統領制はどのように変化しているのか。また、大統領制の思想的背景などはどのようなものであるのか。この授業では、インドネシアにおける大統領制の変遷、及びその特徴を考察して行こうと思う。加えて、他国の大統領制や我が国における国政や地方公共団体と比較・考察することによって、インドネシアにおける行政府と立法府の関係、或いはそれらを含めた「権力分立」も考察したい(今後述べるが、インドネシアにおいては「権力分立」ではなく、「権力分配」という方が適切である)。

 

 

【第1次改正前の1945年憲法下でのインドネシアにおける統治の枠組み】

 1999年、インドネシアでは史上初めて憲法改正が行われた。しかし、この改正点をより理解するためには、改正前の憲法上の特徴を抑えておくことが必要だろう。

インドネシアでの主権は、国民に存する。しかし、国民協議会(Majelis Permusyawaratan Rakyat MPR)が全面的にこれを行使する(1945年憲法第1条第2項)。つまり、国民協議会が国民の「化身」となっている。この国民協議会は、国民議会(国会)議員、諸組織代表議員、地方代表議員から構成される。国民協議会では国策大綱策定と、正副大統領選出が行われる。インドネシアにおける大統領は、つまりは国民による直接選挙により選ばれるのではない。それは、先にも述べたとおり、国民協議会が国民の「化身」とみなされているため、その「化身」が正副大統領を選出することにより、正統性を保っている。

さて、1945年憲法第3章では大統領(行政府)の権限について書かれている。第5条では「大統領は国民議会の同意を得て法律を制定する権限をもつ」「大統領は法律を実施するため政令を制定する」と定められている。すなわち、大統領は立法権をも掌握しているということであり、立法府としての国民議会の地位はやや低い。「立法権がもっぱら議会に帰属するという近代立憲主義の確立期に典型的に見られた仕組みとは異な」っている(川村[200244])。ここでは議会によって大統領の権力を抑制するという考えは反映されておらず、議会は「英知に富んだ指導者」である大統領と協議の上、立法権を共有する形を取っている。また、第7条では無制限の再任を許し、第10条では大統領を国軍最高司令官と定めている。また、第12条においては、緊急事態宣言の発令を定めている。しかし緊急事態の定義などは法律によるとしている。このように、大統領には法律、政令などの法律制定権が認められており、行政府の立法府に対する優位性が構造的に規定されている。これは、議会制民主主義、政党政治といった西洋民主主義の否定、さらには「英知に富んだ指導者」大統領による「指導された民主主義」を目指す思想から生まれたものである。また、憲法解説にも「大統領は、国民協議会の下位に位置するなかで、最高の政府機関である」(川村[200244])とされている。

 

1 1945年憲法に規定されているインドネシアの統治機構

(出所)川村晃一著「1945年憲法の政治学」 37

 

これに対し、国民議会に関しては第7章に書かれている。第20条第1項で、「法律はすべて国会の承認を経なければならない」とされ、立法権を認めている。しかし大統領による議会統制に関する規定は次のようなものがある。第21条第2項では「同法律案が国民議会で可決されても大統領の認証が得られない場合、同法律案は同じ会期中の国民議会に再び上程することはできない」とされ、大統領に法案拒否権を付与している。また、第22条第1項においては「緊急の事態において大統領は法律に代わる政令を制定することができる」とされている。ここにおける「緊急の事態」とは、「緊急事態宣言」を出しうる時なのだと考える。緊急事態宣言に関しては、定義が明確に決まっていない。大統領の任意である。つまり、大統領が緊急事態宣言を発令すると、国民議会を無視して立法できることとなる。

しかしその反面、議会による大統領の抑制は全く規定されていない。比較対象として、日本の国政レベルを見てみる(図2参照)。議院内閣制をとる我が国では、行政府の長たる内閣総理大臣は国会議員の中から国会の議決で、指名される(日本国憲法第67条第1項)。その他の国務大臣は、総理大臣が任免する。ただし、国務大臣の過半数は国会議員でなければならない(同第68条)。ゆえに、内閣はその職務において、国会に責任を負う(同第66条第3項)。内閣は、衆議院において内閣不信任決議案が可決された場合、あるいは内閣信任決議案が否決された場合、10日以内に衆議院を解散しない限り、総辞職をしなければならない(同第69条)。また、天皇の国事行為として、衆議院を解散できる(同第7条)。いわゆる「伝家の宝刀」である。国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関であると定められている(同第41条)。行政権は内閣に属すると認められている(同65条)。

 

天 皇

                衆院解散

連帯責任

首班指名

 


内閣不信任決議

衆院解散

(立法)

衆議院

参議院

 

 

 

 

 

 

3 日本の国政における立法と行政の関係略図

(出所)筆者作成

 

国政が議院内閣制を採用しているのに対し、地方レベルでは大統領制に近いシステムをとっている。日本の地方自治においては、行政府の長である都道府県知事は議会解散権を持つ。しかしそれと同時に、議会は知事に対し不信任案提出権を持ち、不信任案が可決された場合あるいは信任案が否決された場合は、10日以内に議会を解散しない限り失職すると規定されている(地方自治法第178条)。

日本においては、国政においても地方自治においても、立法府と行政府の抑制・均衡が制度的に構築されている。いわゆる「チェックアンドバランス」である。

インドネシアと同じ「大統領制」を採用する国の例として、アメリカ合衆国を挙げる。アメリカは厳格な三権分立の上に成り立っている。行政府の長たる大統領には立法権が認められていないため、教書(message)によって政府の基本方針を表明し、連邦議会(上院と下院)に立法化を要請する。大統領には議会で可決された法案への署名をしないことによって、法案成立を阻止できる「法案拒否権」が認められている。しかし、拒否権発動後に差し戻された法案を議会が再審議し、上下院それぞれ出席議員の3分の2以上の賛成で再可決された場合、大統領の署名がなくとも法案は成立する(オーバーライド、override)。また、大統領は行政機関の長である閣僚(各省長官)、連邦裁判所判事などを任命する。

一方、立法府である議会に解散はない。また、上院には大統領を含むすべての合衆国公務員の弾劾権が認められている。ただし、上院議長は副大統領が兼務している。また、閣僚や連邦裁判所判事など、大統領が任命した主要人事の承認などが上院に認められている。

大統領に議会解散権がない点、法案拒否権が認められている点などはインドネシアと似ているが、厳格な三権分立を採用している点、オーバーライドが認められている点、形式的には間接選挙ながら、実質的に大統領直接選挙制となっている点などは、インドネシアの大統領制と異なっている。

それでは、同じ「大統領制」のフランスはどうだろうか。フランスは、「アメリカの大統領制とイギリスの議院内閣制の混合ともいうべき特徴がある」という。大統領には首相や閣僚の任免権、閣議の主催、条約の批准権や非常事態における措置権などを有するとともに、議会解散権も有する。首相の求める政府の信任に対して、議会が不信任決議案を可決した場合、首相は大統領に政府の辞表を提出するとされている(都留他[199729])。

しかし、インドネシアでは行政府と立法府間の抑制と均衡が認められていない。「憲法解説には、国民議会は大統領の行動を監視することができ、大統領が国策に反していると判断した場合には、国民協議会を招集して大統領に責務を報告させることができると規定されている」(川村[200245])が、国民協議会議員の半数以上が大統領派の場合、この規定は全く意味をなしていない。

大統領に関する規定が多いのに対し、国民協議会と国民議会以外の国家機関に関する規定はとても少ない。最高諮問会議に関する第4章はたったの12項のみ。その内容も、日本においては首相の諮問機関的役割で、政府に対する勧告の法的拘束力及び強制力にはなんら言及がなされていない。内閣に関しても、大統領内閣制を定めているのみで、特筆すべき規定はない。司法に関しての条項は、必要最低限に抑えられており、とても少ない。「司法権は最高裁判所および法律で定める他の司法機関がこれを行使する」と定められているのみで、審判制度や司法機構、裁判官の任命方法などは、後で制定する法律に委ねている。憲法解説では、司法府は独立した権力と規定されているが、憲法条文においては違憲立法審査権などが認められておらず、司法府による立法府、行政府へのチェック手段がない。会計検査院に関しても規定は「国の財政についての責任を検査するため、法律に定めるところにより会計検査院を設ける。会計検査院の検査の結果はこれを国会に報告する」とだけ規定されているばかりである。以上のようなことから分かるとおり、それぞれの国家権力機構は、お互いをチェックする手段を持ち合わせていないため、暴走する危険性、とくに大統領による独裁などの危険性が存在する。

 

【今後の予定】

 これからは、スカルノ期における大統領制を調べる。また、憲法改正条文を読み、大統領制に関する改正事項を整理し、どの点がどのように改正されたかを見る。また、大統領制の思想的背景を調べ、なぜスカルノ、スハルト期にみられるように権威主義的な大統領となりえたのか。そういった点を調べて聞きたい。

 

 

【参考文献】

・川村晃一著「1945年憲法の政治学」佐藤百合編『民主化時代のインドネシア』アジア経済研究所 2002

・都留重人他著『政治・経済 新訂版』実教出版 1997

・日本国際問題研究所インドネシア部会編『インドネシア資料集 上 19451959年』日本国際問題研究所 1972

・平井宜雄・青山善充・菅野和夫編集代表『ポケット六法 平成12年版』有斐閣 1999