比較政策研究

2002.12.11

安藤 正知

 

先日行った北上市調査研究についての簡単な報告

.目的

 経済におけるグローバリゼーションが急速に進展している昨今、産業界ではあらゆる分野で既存ユニットの淘汰・再編成が余儀なくされている。例えば製造業では、中国に代表されるアジア諸国の存在を抜きにして現状を語ることができないまでに世界規模での競争が激化しており、海外への生産拠点の移転にとどまらず、これらの国々のメーカーとの提携が活発に行われ始めている。

 このように、日本経済をとりまく現状はその厳しさを増しているが、これら負荷要因が地方都市に与える影響は非常に大きなものであるといえる。特に東京から遠隔の地に所在し、かつ中核都市となっていない中小都市は、人口減少・高齢化の波にさらされ、またアジアとの競争の下で企業誘致に多くを期待することも出来ず、内発的発展を模索せざるを得ない苦しい状況にある。

 今回は、上記現状にある地方中小都市の中から、産業とりわけ工業の発展に注目して地域振興を進めてきた北上市を対象として、1)行政の地域振興策(工業、商業)、2)工業の現状、3)商店街の現状、4)地域振興に関わる市民活動、について調査を行った。ここでは2)と4)について簡単な報告を行うこととする。

 

1.工業の現状

 北上市は、30年ほど前から積極的に企業誘致を進めており、現在は市内に多くの工業団地を設立するまでになっている。人口も過去10年間増加傾向にあり、行政による工業化促進による地域活性化が奏効しているように見える。今回は、北上市の誘致に呼応する形で彼の地に進出してきた企業2社(A社とB社)と、地元企業として市内の工業団地に移転してきたC社の3社を訪問し、その現状についていろいろと調査を行った。

 訪問したのは、いずれも製造業、特に精密加工に携わる企業であった。誘致企業2社が北上市進出を決めたのは行政の誘致活動以外に親会社並びに関連会社が既に進出していたことが理由に挙げられる。移転後も親企業との親密な関係のもと事業を拡大してきたが、最近10年間は親企業の業績が苦しい中で、厳しい経営を余儀なくされている。その間、多角化あるいは対象分野の拡大を図ってきたが、日本経済全体が不況に見舞われて設備投資が減少している折、なかなか会社を支える屋台骨にまで成長させることができずにいる。また、A社では、急激な製造コスト削減の要求に見舞われ、かつ親企業の海外進出という経営戦略の変更もあって、海外特に中国での生産拠点建設を80年代から90年代にかけて進めてきた。しかしながら、デフレ不況に苦しむ現在、こうした海外拠点を一層拡大していくのか、逆に縮小するのか、といった展望を描くまでには至っていない。海外生産については、既にコスト及び品質の面で十分な域に達していることから、今後は現地での需要を確保することが望まれている。

 一方、地元企業として40年ほど前に創業し、北上市内の工業団地へ移転してきたC社は、早い時期から素材の調達先を国内一本から海外にまで拡げたことが競争力アップにつながり、関連企業の選別という厳しい過程を生き残ることに成功している。現在は台湾および中国で素材の委託生産を行っており、今後もこうした拠点への設備投資を計画している。また、新たにアメリカ市場への進出も開始しており、将来は、日・中・米の3極体制で事業を展開していく戦略を立てている。

 10年以上におよぶ日本経済のデフレ不況により、中小企業のほとんどは、コスト削減要求と関連企業の選別、設備投資の圧縮による競争力低下または業績低迷、金融不安からくる間接資金確保の困難、といった幾重にもわたるマイナス材料に直面しており、北上市の誘致企業もまたその例外ではない。進出当時は優秀な人材を優先的に確保できたというメリットもあったが、それから数十年を経過した現在、親会社との関係以外には北上市進出の利点を積極的には見出せないでいるのもまた事実である。そんな中で、他社との差別化を図れるだけの競争力を何らかの分野で有し、さらに地方立地という「ハンディ」の影響を受けない事業システムを確立する工夫が、各社に求められている。

 地方立地のメリットを生み出す努力は既に、各企業単独、あるいは行政との連携により幾つか試みられている。たとえば産学協同の事業育成や、地元企業との連携などである。企業誘致による雇用創生から一歩進んだ、地場産業の土台を強固にするようなこうした試みが成功すれば、北上市の地域振興に大きく貢献することは間違いない。

 

2.市民活動

 今回の調査のもうひとつの焦点として、中小都市が将来像を模索するなかで、そこに生活する住民たちはどのような形でその意思決定過程に関与しているのか、あるいはその前提として関与しているのか否か、を明らかにすることが挙げられる。どの自治体でも、市民参加あるいは市民との協働というキャッチフレーズが掲げられているが、行政からの働きかけだけでなく、そこでの「生活者」として住民がどう対応しているのかを研究することが目的である。

 北上市では、行政の生活課主導で、市民と行政の協働を考えるワークショップや懇談会が数年前から開催されているが、その活動をサポートする支援団体(NPO法人)が活躍している。以下、この団体からの聞き取り調査の内容をまとめて報告する。

 北上市においても最近は、「NPO」や「市民活動」が報道等に取り上げられる機会が増えているが、実際にはそれらが活動する下地が整い、市民が積極的に活動を行うまでにはまだ至っていない。この団体は、北上市のこうした現状からNPOや市民団体が活動しやすい環境を整える必要性を認識し、中間支援的な機能を有するNPOとして設立されたものである。実際の活動としては、行政からの委託による市民活動の実体調査、あるいは市の総合計画に関するフォーラムやワークショップのコーディネート、まちづくりに関するセミナー開講などが挙げられる。

 市民活動を支援・促進する際に、大きな課題となるのが行政との関わりである。「市民と行政の協働」というテーマを考えるにあたってこの団体が意図したのは、その推進にあたって両者がどのような共通認識を持つことが出来るか、どのようなガイドラインが必要となるのか、たとえば対等なパートナーシップとはどういうことか、事業の分野としてはどういったものがふさわしいのか、その主体がどこにあるのか(どこまでが行政の責任で、どこからが市民なのか)、などについて両者がじっくりと話し合う場を設定することであった。多少時間がかかってもこうした段階を踏むことが、市民と行政の双方にとって初めての経験となる協働事業を始めるのに不可欠なものと考えたからである。話し合いは現在まで2年間続けられており、その間先進地といわれる箕面市や仙台市、横須賀市の調査も行い、ガイドラインの作成が進められている。事業分野についても、こうした話し合いの中で絞込みがなされ、いくつかの案が具体化に向けてスケジュールの検討がなされている。個々の事業については、将来事業効果の検証がしやすいように事前に目標設定とその数値化が行われる予定である。この団体は、このような話し合いにおけるファシリテーターとして重要な役割を果たしてきた。

 また、地域振興に対する市民参加も大切な課題となるが、北上市では、市の基本計画の作成に市民が直接関与しているのが特徴的である。市をいくつかの地域に分けて、それぞれの地域の住民がその特性に合わせて主体的に計画を策定してきた。各地域間で温度差があったこと、今後具体的に計画が遂行される際にさらに地域の声を反映していく必要があること、などの課題はあるものの、全市にわたる「まちづくり懇談会」による意見聴取や、素案を公表し意見を公募する、といったプロセスよりは、身近な問題を基本計画に直接盛り込むことが出来る方法として興味深い。

 中心市街地活性化といったテーマとは異なり、2で述べたような現状を踏まえた北上市の工業振興策策定に市民が直接参画する、という構図はもともと難しいことかもしれないが、一方で現在の市民活動の多くは商工会や青年会議所なども含めた地場企業の経営者が関わっているものであり、その意味では活動自体が地域振興と密接な関係にあるともいえる。今後、市民活動が活発になるにともない、行政と企業を結ぶ第三セクターとしてその役割が大きくなっていくことは間違いなく、そのとき具体的な実施計画を三者間で立てていくことができるか、が課題となるのではないか。

 

3.まとめ

 ここでは、商業についての調査結果は報告していない。北上市でも中心市街地、特にいくつかある商店街の地盤沈下が進んでおり、様々な対応策が議論されているが、有効な手段を見出せ得ないでいる。いろいろな立場からの住民の声を集約して一つの方向性を打ち出すことの難しさが表れている。

 産業都市として順調に地域振興を進めているように見える北上市であるが、現状は工業、商業ともに難しい問題を抱えている。一方で、まちづくりへの市民参加がゆっくりではあるが着実に進行しており、自分たちが直接基本計画に参画するという試みが今後どのように展開していくのか、それが地域の諸問題の解決にどのように貢献していくのか、非常に興味深いところである。というのも、工業への関与ということになると、ぴんとこない点もあるが、商店街の活性化といった課題では、そこでの「生活者」の視点が不可欠であり、行政の対応だけではなく「生活者」自らが行動を起こさなければ真の打開策は見つけられないからである。その地域に存在する多くのしがらみをときほぐす困難さを感じながらも、10年を単位とした取り組みの必要性を考えさせられた。