2002年10月30日/篠崎 雄司
国の構造改革としての市町村合併問題について
―市町村合併は地方自治の問題か―
1.問題の背景
(1)国の市町村合併推進策
・近年,国(政府)は現在ある約3,200の市町村数を数年後に1,000程度にすることを目標に市町村合併を推進している。
・しかし,過去15年間(1987〜2002年)において市町村合併の成立は23件にすぎず,これは年間1.6件のペースで,政府の掛け声とは裏腹に,合併は遅々として進まない。
・このため,政府は,2005年をタイムリミットとする合併特例法を制定し,合併した(努力した?)市町村には,地方交付税を一定期間手厚く交付する一方,合併しない(努力しない?)市町村には,将来的に減額する措置を採ることにより,なんとか合併を推進しようとしている。また,住民による合併議論がしやすいように,住民発議による合併協議会の設置要件も緩和している。
(2)県の市町村合併推進策
・県は,上記の国の合併推進策を受け,2000年,全国一斉に,当該都道府県の市町村合併パターンを作成した。栃木県の場合,ここでのパターンは一つだけでなく,一つの市町村で複数の組み合わせがある。しかし,ここで示されたものに市町村への拘束力は全くなく,あくまでも議論の参考資料に過ぎない。
・また,住民向け啓発活動や独自に合併奨励補助金を設置するなどの動きもある。
(3)市町村の市町村合併問題への取組
・市町村は,国の合併推進策を無視するわけにもいかず,また,将来の地方交付税の減額を避けるために,役所内や広域市町村圏内に研究会を設置し,合併問題の研究を進めるとともに,住民への意向調査などを実施し,合併する場合の最適な組み合わせを模索している。
・また,住民への意向調査にあたっては,合併によるメリット,デメリットを示すことで理解の促進を図っている。
この結果,市町村合併の研究や協議は全国的に進みつつあるものの,実際に合併が成立する見込みはあまり芳しくないのが実情のようである。
2.問題提起の趣旨と研究の視点
(1)市町村合併が進まない原因の指摘
上記1にあるように,国,県,そして一部市町村の思惑とは裏腹に,市町村合併は実現化が進んでない。
この原因としては,次のようなことが挙げられると思われる。
@メリット・デメリット論では限界があること ⇒ 最適都市規模論と合併基準の欠如
・住民に市町村合併のメリット・デメリットを示す場合,一般論としてのそれが示される一方,具体的な相手(パートナー)が存在する場合,現在の住民サービスの水準と負担額が合併によりどのように変化するかを示す場合が多い。
・合併により,一定のスケール・メリットは働くが,現在の住民サービスの水準と負担額がどのように変化するかを論じる場合,一般に財政力が豊かでサービス水準が上の市町村が損をすることになる。
・これをもって,当該市町村との合併はよくないという評価,判断をするのは利己的過ぎると思われる。当該市町村の住民としての受益という視点ではなく,国民として適正な市町村の規模はどうあるべきか,すなわち,国と地方の政府間関係を適正化した上で,様々な住民サービスやその負担を最適にする最適都市規模論の視点が欠如しているのである。
・しかし,これを各市町村及びその住民に課すのは現状では厳しく,国がある程度示すべきである。
A市町村合併が地方分権の文脈で語られていること ⇒ 国の構造改革という認識の欠如
・市町村合併問題は,国がこれを積極的に推進しようとしても,地方分権推進委員会をはじめ多くの分権推進者により,「地方自治の問題であるから,国からの強制ではなく,当該住民によって議論し決定されること」とされてきた。
・この意見は,国も県も尊重してきたが,この大義名分を守ることが,結果として,市町村合併の成立を遅らせてきたのではないか。
・その市町村の総意として「合併をしない宣言」をした場合,地方交付税(普通交付税)の交付団体であれば,当該市町村の財源は当該市町村以外の国民からの負担に頼ることを考えると,決して合併問題は当該市町村の自治の問題だけではないはずである。
・@で述べたように,市町村合併を進める際には,国と地方の政府間関係を適正化した上で最適都市規模論が示され,それにより,国民たる市町村民の負担(税金)と受益が最適になるはずである。そして,この市町村合併問題と並行して,国と県の本来のあるべき規模,役割が整理され,地方分権(権限と財源の地方自治体への移譲)が進み,その結果,国,地方を合せて「スリムでスマートな政府」に収斂するはずである。
・これは結局,市町村合併問題は,自治の問題だけではなく,国の構造改革上の問題であることを示している。財政構造改革においては,公共事業や特殊法人改革などとともに,地方交付税改革が焦点となっているが,国,地方を合せて「スリムでスマートな政府」を進めれば,各市町村毎にフルセット型で類似施設を建設したりすることや,県と市町村の重複行政などが是正され,国,県,市町村がスリム化し,国民的視点から見て,かなり財政の効率化が図られ,地方交付税の削減が可能になるはずである。
(2)研究の視点
上記(1)の指摘に基づき,下記の視角に基づき研究を進め,国の構造改革を基軸とした市町村合併に至るシナリオを作成することとしたい。
【基本的な考え方】
地方分権時代にふさわしい国と地方の政府間関係,すなわち地方ができることは極力地方が行うことを基本に,それぞれの管轄範囲とそれに伴う権限の移譲が適正化されていない今日の状況では,市町村合併は単に地方自治の問題ではなく,国の構造改革の対象となる問題である。
したがって,地方分権の時代とは言え,構造改革の過渡期である今日においては,市町村合併問題はある程度国が主導的に進めることが必要であり,むしろ,その方が,真の地方自治の実現への近道になるはずである。
【研究のポイント】
@国と地方の政府間関係の考察
地方分権推進委員会は2000年の地方分権一括法の成立により,次の新たな組織(地方分権推進会議)に移行し,さらなる分権化を推進しているが,地方の再三の要望にもかかわらず,求めているレベルまでの分権は進んでいない。今後の分権の課題を整理しながら,国,県,市町村のあるべき姿を考察する。
A最適都市規模論の考察
全国の市町村においては,住民サービスの質と量が均一ではないので,ここでは,財政統計等により,マクロ分析により最適都市規模を模索する。参考文献として,吉村弘著「最適都市規模」(東洋経済新報社,1999年)を用いる。
B国主導の “昭和の大合併”の検証と分析
昭和20年代に実施した大胆な国主導の市町村合併を検証しながら,そこでの問題点と効果を分析する。
C国主導の“平成の大合併”の可能性の考察
上記@〜Bを踏まえ,国の構造改革としての市町村合併を国主導で行う方策の実現可能性について考察する。
市町村数の変遷と明治・昭和の大合併の特徴
(総務省ホームページよりhttp://www.soumu.go.jo/gappei/gappei2.html)
年月 |
市 |
町 |
村 |
計 |
備考 |
明治21年 |
− |
(71,314) |
71,314 |
|
|
「明治の大合併」 近代的地方自治制度である「市制町村制」の施行に伴い、行政上の目的(教育、徴税、土木、救済、戸籍の事務処理)に合った規模と自治体としての町村の単位(江戸時代から引き継がれた自然集落)との隔たりをなくすために、町村合併標準提示(明21. 6.13. 内務大臣訓令第352号)に基づき、約300〜500戸を標準規模として全国的に行われた町村合併。結果として、町村数は約5分の1に。 |
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22年 |
39 |
(15,820) |
15,859 |
市制町村制施行(明22. 4. 1) (明21. 4.17 法律第 1号) |
|
大正11年 |
91 |
1,242 |
10,982 |
12,315 |
|
昭和20年10月 |
205 |
1,797 |
8,518 |
10,520 |
|
昭和22年 8月 |
210 |
1,784 |
8,511 |
10,505 |
地方自治法施行(昭22. 5. 3 法律第67号) |
28年10月 |
286 |
1,966 |
7,616 |
9,868 |
町村合併促進法施行(昭28.10. 1 法律第 258号) |
戦後、新制中学校の設置管理、市町村消防や自治体警察の創設の事務、社会福祉、保健衛生関係の新しい事務が市町村の事務とされ、行政事務の能率的処理のためには規模の合理化が必要とされた。昭和28年の町村合併促進法(第3条「町村はおおむね、8000人以上の住民を有するのを標準」)及びこれに続く昭和31年の新市町村建設促進法により、「町村数を約3分の1に減少することを目途」とする町村合併促進基本計画(昭28.10.30 閣議決定)の達成を図ったもの。約8000人という数字は、新制中学校1校を効率的に設置管理していくために必要と考えられた人口。昭和28年から昭和36年までに、市町村数はほぼ3分の1に。 |
|||||
31年 4月 |
495 |
1,870 |
2,303 |
4,668 |
新市町村建設促進法施行 (昭31. 6.30 法律第 164号) |
31年 9月 |
498 |
1,903 |
1,574 |
3,975 |
町村合併促進法失効(昭31. 9.30) |
36年 6月 |
556 |
1,935 |
981 |
3,472 |
新市町村建設促進法一部失効(昭36. 6.29) |
37年10月 |
558 |
1,982 |
913 |
3,453 |
市の合併の特例に関する法律施行 (昭37. 5.10 法律第 118号) |
40年 4月 |
560 |
2,005 |
827 |
3,392 |
市町村の合併の特例に関する法律施行 (昭40. 3.29 法律第 6号) |
50年 4月 |
643 |
1,974 |
640 |
3,257 |
市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律施行(昭50. 3.28 法律第 5号) |
60年 4月 |
651 |
2,001 |
601 |
3,253 |
市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律施行(昭60. 3.30 法律第14号) |
平成7年 4月 |
663 |
1,994 |
577 |
3,234 |
市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律施行(平 7. 3.29 法律第50号) |
11年 4月 |
671 |
1,990 |
568 |
3,229 |
地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律一部施行 (平11. 7.16 法律第87号) |
14年 4月 |
675 |
1,981 |
562 |
3,218 |
地方自治法等の一部を改正する法律 (平14. 3.30 法律第4号) |