長野県知事田中康夫による新県政について

 

日本全国の注目を集めた2000年10月15日の長野県知事選。そこで当選したのは作家・田中康夫氏であった。私は、一長野県民としてその田中康夫新知事について追ってみることにした。

 

略歴

<本名>田中康夫

     作家。日本文芸家協会会員。「政治家評定会議」呼び掛け人。神戸市民投票を実現する会代表。◇一橋大学法学部卒業。軽井沢町長倉。

 

公約

     小二から高校卒業まで人生の一番多感な時を過ごした長野県で、当たり前のことが当たり前に言えるしなやかですがすがしい運動を行いたい。知事室を一階に移し、月に二回予約なしで県民と対話する時間を設ける。県内各地に出かけ、知事の考えを伝え、誰にでも自由に発言してもらう県議会の協力を得て、年一回は各市の議場を借り、多くの県民が審議を聞ける場も持ちたい。現場で県民の思いを聞くことで、一人ひとりの「県民益」を大切にする県政を行う。

 

 

県知事戦への注目集まる

 

・今回の知事選は全国が注目した。それは、作家・田中康夫が出馬するという好奇心からくるものだけではなかった。「市民が支える選挙」「新しい発想の地方自治」「官僚的な県政の打破」・・・。そこに可能性を見出す人が少なくなかったからだ。

 そして、10月15日大きな組織に乗った前副知事・池田典孝氏(58)に、約11万5千票差をつけての完勝。沈黙し、本当の気持ちを奥底にしまっていた人々の変革を求める思いが一気に盛り上がった瞬間であった。「光は信州から全国へ」決して長野だけにとどまらない新しい政治への潮流が生み出されたことによって、希望は全国各地へと広がっていった。

 

 

【新知事誕生。そして新県政の流れ。】

 

・初登庁の挨拶回りの際、藤井世高企業局長による名刺折り曲げ事件があり、波紋を呼んだ。かくして、波乱含みの幕開けとなった田中新県政。その後の様々な指摘や、新案打ち上げをしていく。代表的な問題を挙げ、自分の意見を述べさせて頂くことにする。

 

【県立高校12学区制度廃止について】

 

・田中知事は県立高校12学区制度を廃止し、どの学区からも自由に高校を選べるようにするという12学区制度廃止を呼びかけた。しかし周囲からは「知事は県教育委員会事務局と提携してから慎重に発言して欲しい。」との声や、「受験生の自由と平等とをどう結ぶかは大変に難しい問題であり、各界各層に代表が必要となってくる。通学区制だけに視点を置いても教育全体を議論せねばならない。」等といった意見が飛び出しており、この提案が実現するかどうかについては全く見当がつかなくなっている。

私は、この提案がなされたということニュースで聞き、大変驚いた。なぜなら、長野県の通学区制はここ数年でだいぶ変化してきており、最近では「パーセント条項」という制度が施行され、(各高校の募集定員の10%は他学区からも入学が認められる制度)緩やかに高校選択の自由が受験生に与えられてきたと感じていた矢先の出来事であったからだ。私はこの提案について、良い面と悪い面との2通りの見解を示せるのではないかと考える。

 

まず良い面としては、長野県の教育を根本から洗い直すことが出来るということを挙げたい。現在、長野県は全国的に見て学力の低い県だとされている。その理由の1つとして、生徒達が、学校の設備、環境、進学・就職体制への取り組み等といったものへの満足・不満足からくるものであると最近は言われている。それを解消するために、生徒個人個人が幅広い観点から学校を選べるようになれば、自分の満足のいく環境で、一生懸命に学習が出来るので、各高校間の学力の差も小さくなってくることだろうと私は考える。(学生の自由だけが横行しては本末転倒だが。)

逆に悪い面としては、一気に門戸を開放してしまったときに、今まで教育委員会がやってきたことが水泡に帰してしまうと可能性があるということだ。今まで教育委員会は、様子を見ながら徐々に門戸を広げていくという政策をとってきた。それが功を奏してパーセント条項を利用して高校入学をする者が増え、喜びの声も聞こえるようになった。実際私もその一人であるから、その辺のことは良くわかる。しかし知事の提案が通ってしまった時、様子を見ることは出来ないわけであるから、どのような結果を招くか予想が出来ないので教育委員会も対応に追われることとなるであろう。

とにもかくにも教育問題については簡単に結論は出されない。これから、この問題をどのように進めていくのか。知事の手腕の見せ所である。

 

【公共事業問題について】

 

・田中知事は様々な公共事業問題にも直面している。浅川ダム計画、子供未来センター建設計画、産業廃棄物処理施設問題etc…。たくさんの問題がある。

浅川ダムはすでに本格的な工事が始まっていた。それは住民との対話の末に出た同意に基づいてのダム建設工事であった。しかし、田中知事と住民との対話によって、田中知事は住民の治水問題を第一に考えるということを宣言した為、ダム計画は一時中止となってしまった。しかし、すでに本格工事が始まっていたので受注業者への損害賠償問題が発生するほか、市が建設促進を強く求めており、建設是非を巡って論議が起こりそうである。また、この問題には反対、賛成側がそれぞれの意見を持っており、検討委員会のメンバー起用についての問題も出てきそうである。

また、子供未来センターの建設についても問題を抱えている。建設予定地である上伊那郡南箕輪村では、アカマツ730本、ヒノキ88本が、すでに伐採され、建設に向けて大きな一歩を踏み出していた。また、センター計画に付随して、下水道や観光施設の整備計画も進められていた。しかし、知事はここに来てセンター計画の見直しをするという発言をしてしまった。また宙に浮いてしまった問題がひとつ増えた形となった。

知事が親身になって住民の意見に耳を傾けるというのは、大変に良いことだと私は思う。しかし住民の願いをすべて受け入れようとしたのでは埒があかない。住民の多様な声を効率的に集約した上で、公益性の高い事業を進める仕組みをいかにして作るか。これが、どの問題にも共通して言える田中県政の課題であると言えるのではないか、と私は考える。そしてそれが実現することを願っている。

 

【これからの田中県政について考える。】

 

・田中県政が発足してから2ヶ月(2000年12月16日現在)が経過した。しかし、新聞記事やニュース番組等の様々なところから、ぎこちない会議の雰囲気をどのように改善していくのか、県政に携わる者達との心情的な距離をどのように掌握していくのか、等の声が報じられている。確かにそのような問題も解決して行かねばならないのは今の知事の課題である。が、よく考えてみると、田中氏が知事になる前は、会議の様子や、県庁の人事採用等に着目した記事や報道が我々の目に入ってくることは、まずあり得ないことだった。ちょっとしたことでも報道される今の長野県。これから県職員などの県政に携わる人々は自分の置かれている場所の重大さを自覚した行動をとってくれることだろう。

 田中氏が知事に就任したことのメリットは上記のことだけではない。今まで、保守的で盛り上がりに欠ける県とされていた長野県に、変革をもたらして活気のある県へと導いてくれるのではないだろうか、という希望を我々に与えてくれた。しかし、先日報道されたが、田中知事に向けて、「ジャンパーを着て、野山を駆け巡り、ここはやめるとか言っていれば、人気が出るのは明らか。」と言った、堺屋太一経済企画庁長官のような考えを持っている人も少なくはないだろう。

 私は、田中県政発足からまだ2ヶ月しか経っていない現段階で、田中知事は良いとか悪いとか一概に言うことは出来ない。しかし、田中知事を支持する人もそうでない人も皆、長野県を良くして欲しいという共通の願いを持っているのである。色々、奇抜な案を出して我々に驚きを与えてくれる知事は、必死になって頑張っているのだろう。しかし、今のような「動」ばかりの県政を行っていたのでは、我々もついて行くのに疲れてしまう。時には立ち止まりこれからの長野県を長い目で考える「静」の県政も必要であろう。そしてこの2つがうまくかみ合った時に、躍動感溢れる長野県が生まれるのだと私は考えている。そして、田中知事で良かったと思える日が来ることを願ってやまない。

 

 

【参考ホームページ】http://www.shinmai.co.jp/kensei/