第5章 現代国家の政府体系・中央集権と地方分権
1 中央地方関係の変遷
単一主権国家:日本,フランス,イギリス,スウェーデンなど
[フランスは、国―道(リージョン)―県(デパルトマント)―市町村(コミューン)。イギリスは、都市地域が国―市町村(ディストリクト)、非都市地域が国―県(メトロポリタンカウンティ)―市町村(ディストリクト)―区(パリッシュまたはコミュニティ)]
連邦制国家:ドイツ,スイス,アメリカ合衆国,カナダ,オーストラリアなど。政府間関係は連邦制度(連邦と州・邦・共和国の関係)と地方自治制度(州・邦・共和国と府県・市町村等の関係)
[ドイツ(旧西ドイツ)の都市地域は連邦―邦(ラント)―特別市(Kreisfreie Stadt)。農村地域は連邦―邦―郡(クライス)―町村(ゲマインデ)。アメリカの:都市地域は連邦・州(State)・郡(county)・市町村(municipality)。農村地域は連邦・州・郡]
中央地方関係の変遷:近代国家の成立期には中央集権を志向→政治体制の民主化とともに中央集権体制が緩和。「民主主義の発展と地方自治の発展はほぼ同時並行する形で進行」
しかし,中央政府と地方政府の対立抗争も生じる。「中央政府の議会がその立法権を濫用して地方政府の自治権を恣意的に抑圧するという事態も」(19世紀アメリカがその極限形態)↓
アメリカ州議会による特別立法:州議会共和党勢力が民主党支配下の大都市自治体の自治権を一部剥奪。対応として州憲法に特別法制定の制限・禁止条項→州憲法に地方自治制度の保障条項を設け、州議会の立法権を制約→日本国憲法第8章。しかし,特別法の伝統としての自治憲章制度(Home Rule Charter System。自治体に特別法の発案権あり)は形をかえて存続→日本国憲法第95条(特別法の住民投票)=「地方政府の自治権は国=中央政府から授権されたものとしてではなく、主権者たる国民から直接に授権されたもの」
2 中央地方関係の類型
アングロ・サクソン系諸国:イギリス、英連邦諸国・アメリカ。分権・分離型
ヨーロッパ大陸系諸国 :フランス,イタリア・スペイン・ポルトガル・ラテンアメリカ諸国,ドイツ・オーストリア・オランダ,北欧諸国。集権・融合型
分権型[イギリスは国王と封建諸勢力との対立抗争弱→中央集権的な支配機構の整備不必要。府県の治安判事は無給の名誉職。アメリカは植民地総督による支配機構弱。郡の官職は直接公選]
☆国の地方下部機関が簡素で、これが広域的自治体へ転化。警察権は市町村の所管事項
集権型[フランスは封建諸勢力強。国王による人為的な地方行政区。「内政の総括官庁」としての内務省。県の所掌事務の大半は国の事務。県知事,副知事等は内務官僚団から。市町村の議会と長は公選、しかし,県の官選知事の行政監督下。地方自治の限定]
☆封建時代の地域区分の意図的解体。県は国の地方下部機構。国家警察
分離型:@制限列挙方式=自治体の事務・権限を個別に列挙→その範囲を逸脱した行為は越権行為
A各級政府の行政サービスは相互に分離された形で国民に提供→国の地方出先機関の設置
B「内政の総括官庁」なし→各省別に分立した縦割りルート
融合型:@概括授権方式(概括例示方式):自治体は国の事務に属しないものを処理(国と自治体の事務権限が整然とは区別されず)→各級政府の行政サービスが同一地域内で重複・競合
A国の各省の事務権限は府県(国の地方総合出先機関)を通して執行+国の事務権限の執行を市町村又はその長に委任して執行させる
「自治体として自治事務を執行すると同時に、国の地方下部機構として国からの委任事務の執行にもあたるという、二重の役割を担わされてきた。」
B内務省の設置。内務省→府県知事(官選の内務官僚)→市町村長
自治権の質量:分権・分離型=量小・質高。集権・融合型=量大・質低の可能性・蓋然性。しかし,市町村の面積・人口の規模の大小などの差異
3 福祉国家の中央地方関係
集権型の分権化と分権型の融合化
地方政府の行政活動の膨張:「自治体の行政活動が中央政府のそれを上回る速度で膨張」
@対象集団の規模小→中央省庁。規模大→国の地方出先機関か自治体
A第一線職員の裁量余地狭→中央省庁・地方出先機関。裁量余地広→自治体。☆福祉国家の行政活動は国民個々人を対象にした対人サービス(規模大かつ裁量広)→現代の趨勢は分権化?
新中央集権:中央政府によるナショナル・ミニマムや法令の制定,実施基準としての通達,財源操作→分権化と集権化が同時進行している福祉国家段階の中央地方関係の説明として↓
中央政府と地方政府の相互依存関係:
ロウズの相互依存論:中央政府は立法権限と財源の保有の面で優位,地方政府は組織資源と情報資源の保有の面で優位(イギリスの分権・分離型を念頭)→相互依存関係
アッシュフォードの相互依存論:中央政府と地方政府の間の情報伝達と影響力行使の双方向性、相互依存のルートの多元性に着目(フランスの集権・融合型を念頭)=相互依存関係
第6章 戦後日本の中央地方関係
1 地方制度の変遷史
明治維新時代:1869年の版籍奉還。1871年の廃藩置県(3府302県)。同年の戸籍法制定→戸籍事務の処理体制として区(後の大区)を設置。1872年の太政官布告で大区小区制(小区は旧来の町村単位。旧来の村役人は小区の戸長・副戸長に)
三新法時代:明治維新時代の過剰な中央集権体制の緩和に向け、1878年の郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則=三新法。1880年区町村会法。@府県→郡(地理上の区域。農村部)区(都市部)→町村(旧来の町村) A府県、区、町村は国の行政区画であると同時に自治団体 B府県の判断で町村会の設置可 C戸長(=町村長)は町村会が選任し府県知事が任命 D公選議員からなる府県会の設置
明治憲法時代:1881年国会開設の勅諭、1888年市制町村制、1890年府県制・郡制
@内務省→府県→郡市→区町村の3層
A町村・市についてのみ自治団体であるとともに国の行政区画でもあることを明記。これら自治体の長を国の機関に(機関委任事務制度の法制化)。郡、府県は国の地方行政区画かつ国の地方行政機構
B公選の町村会が町村長(町村会議長を兼任)を選挙(但し選挙権者は25歳以上男子、年2円以上の納入者。2等級選挙)
C一般の市には公選の市会(3等級選挙。市長は市会が推薦する3人の候補者の中から内務大臣が天皇に上奏)。執行機関としての市参事会の存在(市長、助役、名誉職参事会員6名)
「要するに、市の自治権は町村のそれよりも制約」
D東京・京都・大阪の3大都市では、府知事が市長職務、府書記官が助役職
E郡会設置(郡会議員は町村会議員による間接選挙。郡会の議長は官選の郡長。郡参事会)
F府県会の設置(府県会議員は郡会議員・郡参事会員と市会議員・市参事会員による間接選挙。副議決機関としての府県参事会。執行機関としての内務省任命の官選知事は議長を兼ねず)
特徴1:(市)町村の自治を強化。一方で府県の官治団体たる性格の強化
特徴2:集権・融合型
その後、3大都市特例廃止(1898年)、郡会議員と府県会議員の直接公選(1899年)により両者の参事会制も廃止、市参事会制廃止(1911年)、郡制と等級選挙制が廃止(以後、郡は単なる地理的な名称に。1925年の普通平等選挙制度の実施前後)、全ての市長が市会の選挙で選出(1926年市制改正)を経てほぼ安定。しかし、戦時期に一時停止かつ市長村の選任が内務大臣の任命+東京市廃止しこれを東京府に吸収合併して、新たに東京都創設(1943年)
明治憲法時代の地方制度の構造について総括→
地方行政制度:「国の地方行政官庁とされた府県知事・郡長またはこれに準ずる国の地方行政の機関とされた市町村長が国の地方行政区画である府県・郡・市町村において実施する国の地方行政に関する制度」。もとは地方官官制(1886)
地方自治制度:「自治体として承認または創設された市町村・郡・府県などの住民がみずからの区域内において行使する自治権に関する制度」。もとは市制町村制(1888)と府県制、群制(1890)
「地方自治の区画と国の地方行政の区画を合致させる方式」
機関委任事務制度:「国の地方行政官庁である官選の府県知事・郡長を自動的に自治体である府県・郡の長とし、自治体である市町村の長である市町村長を自動的に地方行政官庁に準ずる国の地方行政の機関にする」
新憲法時代:@憲法第8章に地方自治の項目 A都道府県が完全自治体に B知事・市町村長が直接公選に C団体別の法制から地方自治法に一括 D内務省の解体→縦割り行政の分立体制を助長 E市町村所管の自治体警察、公選の市町村教育委員会所管の義務教育行政 F直接参政制度→解職請求、条例制定改廃請求、監査請求など。→「日本の地方制度は、戦前のそれに比べれば、大幅に分権化され、かつまた分離化された」しかし、@概括例示方式 A機関委任事務「自治体を同時に国の地方行政機構とする方式」採用。「知事を初めとする都道府県の執行機関および市町村長を初めとする市町村の執行機関を国の機関とし、自治体の執行機関に『国の事務』の執行を委任する仕組み」 B「広域自治体である都道府県と基礎自治体である市町村の間に上下の指揮監督のヒエラルヒー構造」により、
★「日本の地方自治は今なお集権・融合型の特徴を色濃く残存させている」
2 講和後の地方制度改革(「制度改革の時代」)
都道府県と市町村:機関委任事務方式の活用。教育委員会委員の直接公選の廃止と義務教育学校教員任用事務の都道府県への移管、市町村警察の廃止と都道府県警察の創設など。地方自治法改正(1956年。政令指定都市制度の創設など)
シャープ勧告:国税と地方税の分離、都道府県税と市町村税の分離
地方交付税制度:国税3税(所得税・法人税・酒税)の一定割合を自治体へ配分。国も自治体も同じ対象(所得や消費)に競合して課税→国税と地方税の連動→地方税制に対する国の統制。「歳入の自治」(住民にどれだけの税負担を要求するのかという側面での自治)実践されず。「歳出の自治」(国から獲得した歳入をいかなる行政分野に配分するのかという側面での自治)に専念
「融合型の自治は集権型の自治になりがち」
町村合併:明治初期約7万→1888年市制町村制施行の直前の合併で14,000に→敗戦当時1万弱→1953年以来の合併で3,300弱に減少。自治の量大(地方公務員数や自治体支出)。全公務員約440万人のうちの約325万人が地方公務員
内務省解体:1947年。以後、縦割り行政分立体制の助長→国の地方出先機関・特殊法人・附属施設の濫設傾向や,@機関委任事務の増大 A通達行政の深化 B補助金行政の膨張(新中央集権の現象形態。注意!融合型のさらなる融合化)→両要素により自治体による「地域総合行政」が困難に。縦割り行政の分立傾向への対抗構想として○○
○内政省設置法案(建設省・自治庁と経済企画庁の一部の統合案)× 自治省設置構想× 自治省設置(1960年。自治庁と国家消防本部の統合)○
○道州制構想:1957年に第四次地方制度調査会が道州制案答申(完全自治体の都道府県を廃止し,官治団体を設置→国の地方総合出先機関の復活)×
1960年代以降は「制度運用の時代」に
3 地方自治制度の政治過程
制度改革の政治過程:地方自治制度の基本構造の変革にかかわる争点群。アクターとしての全国知事会・全国都道府県議会議長会・全国市長会・全国市議会議長会・全国町村会・全国町村議会議長会=地方6団体。指定都市事務局、特別区協議会、革新市長会、自治労など。自治省は調整者
制度管理の政治過程:行政資源調達が争点。地方財政計画の策定、地方交付税制度の運用方針の策定、地方税制の改正、定数削減、給与・退職金の適正化など。自治省は自治体の代弁者・擁護者/監督者・統制者
制度運用の政治過程:各省所管の個別の法令と予算の変更をめぐる争点。自治体の事務権限の執行に影響するもの→出先機関・特殊法人の統廃合、機関委任事務の整理または団体事務化、必置規制の緩和、零細補助金の整理、補助金の一般財源化またはメニュー化など。国レベルでは大蔵省・総務庁が、自
治体レベルでは首長・総務系統組織が自治省と共通の認識あり。対して自治体専門部局の職員は本省と共通認識。=「総括官僚」(topcrats)の政策共同体群(policy communities)と「専門官僚」(technocrats)のそれとの対立
4 分権改革の到達点と残された課題
「制度改革の時代」:地方分権一括法の制定公布(1999年。475本の関係法律の一部改正。2000年4月から施行)=第一次分権改革
1993年6月:衆参両院で地方分権推進決議
10月:第三次行革審の最終答申(翌年中に内閣は地方分権推進の大綱方針を決定し、地方分権推進基本法の制定をめざすべきという内容)
1994年12月:地方分権推進の大綱方針を閣議決定
1995年
:地方分権推進法の制定公布。同年7月に地方分権推進委員会の設置
1996年
:地方分権推進委員会、98年にかけて中間報告と第1次〜第4次勧告の提出。
1998年 :政府が地方分権推進計画を作成→地方分権一括法案の国会提出へ
団体自治の拡充方策(事務事業の移譲、関与の縮小廃止)を住民自治の拡充方策よりも優先、さらに関与の縮小廃止に重点→
@通達通知による関与の縮小廃止→機関委任事務制度の全面廃止!→法定受託事務か自治事務かに=「自治体には国の下請け機関として執行する『国の事務』は皆無に」+自治体の法令解釈権の大幅拡大+政府間関係の公正・透明に向けた関与の標準類型や関与の手続ルール、訴訟も可
A機関・職員・資格などにかかわる必置規制の緩和廃止
B補助事業の整理縮小と補助要綱・補助要領による補助条件の緩和
「国と自治体の間の関係を従前の上下・主従の関係から新しい対等・協力の関係に転換していくための方策」
残された課題として、
@「国税と地方税の税源配分を改め自治体の自主財源を充実し、補助金等および地方交付税交付金などの国からの財政移転への依存状態を大幅に緩和する必要」
A「受け皿」論の再検討
B事務事業の移譲に再挑戦(ヨーロッパ地方自治憲章や国際自治体連合(IURA)決議の世界地方自治宣言における補完性の原理に注目)
C法廷受託事務の縮小と自治事務に対する枠づけ・義務づけの緩和
D地方自治法の制度規制に対する緩和(住民投票制度の導入をめぐる論議が焦点)