第15章 環境変動と政策立案
1 環境要因群と政策領域
国際政治経済体制の変動―外務省・防衛庁、産業行政官庁(経済産業省・農林水産省・財務省・国土交通省)。厚生労働省、総務省、警察庁などの政策領域は国際基準に拘束
経済成長による所得水準向上、高学歴化、生活水準・生活様式の変化、生活意識の変容―人事院給与勧告、生活保護行政、教育行政、住宅政策・廃棄物処理政策・観光政策、警察行政。基礎的な環境変動予測としての内閣府の経済見通し
人口構成の変動―厚生行政、教育行政、若年人口の減少―学校行政需要の減少。高齢化社会と高齢社会―年金・医療・介護保険関係の経費が急激に増大
人口分布の変動(特に東京一極集中)―全国総合開発計画、公共施設整備、地方自治制度・地方交付税制度
科学技術の進歩発展―研究開発・産業・電気通信・放送・医療・環境保全・廃棄物処理の行政
気象変動・自然災害―農林漁業をめぐる産業・防災・治山治水・港湾・運輸・海上保安の行政。測量と観測により自然環境条件の変動を探知↓
2 環境変動と統計調査
統計調査:社会環境条件の変動を探知してその将来を予測する方法
調査統計:指定統計、承認統計、届出統計(何れも総務大臣に係わる)
指定統計:センサス調査(5年毎の国勢調査・事業所統計調査)と標本調査(毎月の家計調査・労働力調査、毎月勤労統計調査)。業務は自治体に委託、しかし、農林水産省の統計情報事務所(地方出先機関)による統計業務は例外
業務統計:国または自治体の業務の記録から副次的に得られた統計データ
統計情報一般の活用方法:@成績評価情報 A注意喚起情報 B課題解決情報
統計情報の解読方法:@またはAとして活用するために→目標と実績の乖離、時系列変化、国際間比較・自治体間比較→『白書』に集約
調査研究と諮問:Bを収集するために→調査費(概算要求)要求→調査研究委託→学識経験者による研究会を組織→関係各界代表による正規の審議会→答申文案起草→法令案・概算要求案の具体的立案作業
3 行政需要の施策への変換
「対応の基本方針を表明した抽象度の高い政策(policy)を行政サービスの生産・供給の仕組みを設計した施策(program)に分解し、この施策をさらに個別の行政サービスの内容を確定した事業計画(project)にまで具体化する際には、対応すべき課題量(対象集団・対象物の数量およびこれに対して供給すべきサービス量)を推定する作業が必須である」
行政需要:「市場のメカニズムの需要・供給の概念を政治のメカニズムに類推適用」
市場状態把握のための市場力(飽和性。当該の財・サービスを消費しうる市場の規模)、購買力(普及性。新規需要・買換需要・買増需要の購買力)、販売力(占拠性。競争関係にある供給主体間の市場占有率)。しかし、「市場における需要は商品の質量と価格を前提にして顕在化するものであるのに対して、政府の行政サービスに対する需要は無定型」!(市場のような商品と価格を前提にした顕在化なし)→
☆行政需要:人々が政府にその充足を期待する効用。多種多様、相矛盾対立、非定式化。
顕在行政需要と潜在行政需要(政府による行政ニーズとしての認識は別)
☆行政ニーズ:政府の側が行政サービスによって対応すべき課題と認定したもの。
しかし、「行政需要と行政ニーズそれ自体は計量的に測定しがたい」
「課題量の計量が可能になるのは、施策ないし事業計画の目標数値が確定された段階においてである。」→
「現実には行政ニーズの認定とその証左というべき初期的な施策の施行とが同時におこなわれる」→相互循環的に進む=「施策ないしは事業の目標数値が設定されるにいたったときに初めて、この目標水準にまで到達するのに必要な事業量の推定が可能になる。」
論点は新規政策の立案・決定をめぐり、「行政需要を行政ニーズとして認定することの可否」!↓
供給主体の複合構造:行政需要は複合的な対応を要する期待=総合的な行政需要
「行政需要を充足する種々の財・サービスの供給主体をどのように組み合わせるのが妥当かという」問題→
公私の役割分担、民間活力の活用、民間委託の推進
行政需要の制御(行政需要充足の観点とは逆!):@指導・規制による予防方策 A助成・振興による民活方策 B価格操作による減量方策
4 予測と計画(「環境変動の認知と行政サービスの計量化に深く関連」)↓
計画行政:国民所得倍増計画(1960)など
アメリカにおける計画論争(1930〜40年代):計画行政と民主政治の調和は可能か否か?
1)人々の行動の自由に対する制約? 2)権力集中? 3)調整・統合機能の独占? 4)政治家の適応行動を拘束?
計画:計画活動=「未来の人間行動について相互関連性の高い一群の行動案を提案する活動」
「計画は未来の人間行動の提案であり、未来の状況についての一定の予測を前提にしている」
前提となる予測の問題:@数値の固定化が不可避(その後は数値の一人歩き) A計画的制御の有無が曖昧(計画主体の社会事象に対する働きかけの有無) B自己実現的予測・自己否定的予測
測定可能な目標:目的・判定基準の単純化(背後にある諸目的の捨象)。「代替指標の達成それ自体が目的に転化」
「社会事象の複雑さに引き比べて、人間の環境についての認識能力と制御能力はきわめて不完全なものにとどまっている以上、計画は高度に複雑な社会事象を管理可能な形に単純化する作業にならざるをえない」=「計画は考慮に入れるべき多くの要素を敢えて捨象することによって、初めて成立」
総合計画(多数の組織単位の行動を提案。経済計画・国土計画・予算)の構成要件:
@有限資源(経済計画→資本・労働力、国土計画→土地・水、予算→政府財源、を対象に利用配分を計画)
A競合関係の総合性(特に総合的捕捉としての予算)
B制御手段(特に政府の予算編成権。景気調整手段・土地利用規制権も)
C科学性(経済計画。国土計画は構想としての性格)「予算の場合には、財源配分を導く合理的な法則など全く存在せず、もっぱら権力的な査定によって編成」。しかし、絶対的なタイム・リミットあり
総合計画の総合性の限界:社会指標(←経済計画)・社会計画(←国土計画)・貨幣外価値(←予算)の軽視
第16章 日本の中央省庁の意思決定方式(法令と行政規則に焦点!)
1 従来の稟議制論と意思決定方式の類型区分
稟議制:末端職人による文書の起案→起案文書の上位席次者への順次回覧・審議修正→専決権者への上申→専決権者による決裁→事案処理方針の確定
稟議書型:順次回覧決裁型→裁量領域の狭い法規裁量型の許可処分など(日常のルーティン・ワークとして処理されている軽易な事案の決定)
☆持回り決裁型→法令案・通達案・要綱案の立案など、裁量領域の広い便宜裁量型の許認可処分などの重要事案の決定
非稟議書型:予算の概算要求の決定や国会答弁資料(広義の政策)の作成=行政機関にとって最も重要な事案の意思決定
2 順次回覧型の決裁方式(図表16-2参照)
専決権者は局長。起案文書の回議は主管課内部と総務課内部だけ。「局の総務課はいわば局レベルの官房として局長を補佐すべき機関とされていて、局長に上申する文書はすべて総務課の審査を経由すべしとする慣行が確立」。審議官は局長のスタッフ
担当職員による起案→関係者の机上を順次回議→総務課長による代決決裁もあり。
特徴:@決裁権の委譲や、起案者・専決権者の時間的空間的距離の短さ A関係者の個別審議の省略と、当初起案の承認・決裁 B末端の担当職員による実質的な事案の処理方針の決定
3 持回り型の決裁方式
大臣が決裁権者。大臣官房文書課の審査あり。複数の関係課。複数省庁の場合も
第1段階:実質的意思決定過程
主管課は、局の総務課長・審議官・局長、さらには官房の関係課長・官房長・事務次官等(事前の垂直的調整の直接の対象者)の意向を確認した上で、第1次原案を立案→主管課が局の総務課および官房の文書課との協議により関係課を選定→関係課(事前の水平的調整の直接の対象者)の人々を召集して会議を開催
し、主管課による第1次原案の趣旨説明→関係課の質問と意見表示→主管課による第2次案の立案 (この繰り返し、あるいは局の総務課、官房文書課、省庁間の官房文書課同士の調整工作ですべての関係課の疑義が解消されれば)↓
第2段階:形式的意思決定過程
主管課による文章表現の推敲→主管課職員による持回り(承認の押印)。ただし事前調整の相手方以外の関係課が承認を渋る可能性あり。回議順位の変更あり
特徴:@事前の垂直的水平的調整 A事案の実質的決定権者は事務次官・官房長・主管局長 B会議形式による意見調整 C主管課の担当職員による起案は清書行為 D起案文書作成以後の文書処理の日時は要せず
4 日本の中央省庁の意思決定方式
稟議書型意思決定方式の特徴:
1) 法制上の建前と運用上の実態との乖離:「法制上の決定権者(大臣)→専決権者(局長・課長)→代決権者→実質的決定権者というずれ」
2) 会議による集団的意思決定:地位の上下にかかわらず発言の許容と意見採択=職場内研修(on the job trainning=OJT)の場。反面、課・局・省庁単位の意見集約がセクショナリズムを助長。「部内の強い結束が他部門に対する排他意識を強めて」いる。省庁間の合議(あいぎ)
3) 意思決定への官房系統組織の関与:総務課は主管課が局長にアクセスする際の経由機関。官房文書課は主管課が大臣にアクセスする際の関門+官房系統組織は部内調整と部外折衝の役割。「総務課は局長権限の、官房は大臣権限の補佐・代行機関」
4) 最終的には稟議書型の形式的文書処理の実施(階層制構造を下から上へと経由)
稟議制の組織基盤:(稟議制の形成・継続=法制上の建前と運用上の実態との間の乖離は何故か)
1) 帝国大学法学部出身者としての高級官僚の同質性が「決裁権の下部委譲を促し、代決を許し、また政策立案作業をキャリア集団を核とする組織単位の集団的意思決定に委ねることを可能」+キャリア・ノンキャリアの身分制が執務マニュアル(通達や通牒といった行政規則や内規)を生む
2) 専決権限の割付構造(上下の縦の系列の分業構造)の不明確を稟議制が補充
3) 官房系統組織のうちの文書・法令系統組織の発達=各課における法令担当補佐・総括補佐・局における総務課・官房における文書課・内閣官房・内閣法制局につながる系統組織
2001年:副大臣・大臣政務官制度の導入→
大臣・副大臣・大臣政務官が実質的意思決定過程において実質的な決定権者として登場してくる可能性
「複数の副大臣がそれぞれ数局を分担管理するラインとして各省大臣を補佐する仕組みが採用される」可能性も→省庁間の調整が大臣官房間の折衝から担当副大臣間の調整となる可能性。形式的意思決定過程においても、局長決裁の後に担当副大臣決裁を経て大臣官房へという文書の流れの可能性も。