行政学演習A

                    

 国際学部 国際社会学科 3年

980142  宮田  弘美

 

 

 

≪目次≫

1.はじめに

2.文部省との関わり

3.生涯学習とは

4.今日における生涯学習の法的根拠

5.社会教育との関係

6.関連制度・歴史的な流れ

(1)国際的な動き

(2)国内的な動き

(3)補足(用語解説)

7.現時点での問題点

8.参考文献・出典資料

9.まとめ

  

 

 

*(方向付け)まず初めに、この演習Aでは、「生涯学習の在り方」について、特に国側に重点を置いて、制度や背景など概論的なものを見ていきたい。そして、後期の演習Bでは、生涯学習の中のスポーツ振興について、自治体サイトに注目して調べていきたい。 

 

  

1.はじめに

 

 学習指導要領の変更や、平均寿命の延長によって、私たちは学校や会社以外での私的な時間をより多く持つようになった。週休2日制や定年退職によって、自由に使うことの出来る時間、即ち「余暇」をどう使うかは各人の判断にもよるが、有効で有意義に過ごしていくためには、趣味や生きがいといった自発的・私的なもののほかに、それらを動機付けたり、援助・提供したりするような、いわば行政側のサービスも必要になってくる。さらに、その後の過程として、各人が生涯学習などで身に付けた様々な成果を、生活の中で生かしていく支援体制や、活動の場の開発、情報の提供やコーディネートシステムの整備が求められ、さらにはボランティア活動や地域活動の奨励・評価を行う社会的環境の整備などが要求されてくる。

 地方分権の影響で、それらの政策に対する国の規制はだいぶ減り、自治体独自の政策がかなり自由になってきているが、それは逆に、各自治体の政策能力や力量が問われることも意味する。画一的・均一的な政策から、地域の特色や独自性といった個性を重視した政策は、自治体ごとの格差をもたらす。財政や人材に恵まれた自治体と、そうでないところの「違い」は不可避のものであり、地域によって、住民の受ける行政サービスは、質・量ともに異なってくるだろう。

  こうした背景を踏まえ、「生涯学習」や「スポーツ振興」について各自治体の取り組みを見ていくと、教育委員会が管轄しているので、その点に着目して、国の行政機関、とりわけ文部省を中心に見ていこうと思う。分権社会といわれつつも、国全体で統一して行うことが望ましい政策は、国の事務とされている。各自治体が取り組む前の過程として、国は「生涯学習」という政策に対してどのような方針をもっているのか、どのような経緯があったのか見ていきたい。

 

 

 

2.文部省との関わり

 

 文部本省の組織図を見て、最も印象的だったのは、臨時教育審議会の答申を受けて「生涯学習局」が、その筆頭として新設されたことであり、このことは即ち、現代社会の変化や要望によって、国の行う教育(主に公教育)が「学校教育中心」から「生涯学習中心」へと重点が移り、教育を取り扱う国の機関である文部省の組織構造が改編されたことを意味する。

 ちなみに、文部本省は、大臣官房のほかに、生涯学習局、初等中等教育局、教育助成局、高等教育局、学術国際局、体育局の6局からなる。それ以外には、国立学校や施設・機関等、審議会などが存在する。審議会では、主に、より広い学識経験者を集めて政策や企画を決定する、いわば専門的な作業が行われている。

 「生涯学習局」は、主に、生涯学習に関する施策の企画・調整や、専修学校・各種学校の教育振興、社会教育の振興、大検などを行っている。さらに、その構造を見ていくと、まず、専門的な職員として局長・生涯学習官・社会教育官が置かれている。所轄課は、生涯学習振興課・社会教育課・学習情報課・青少年教育課・男女共同参画学習課の5課があり、それぞれの領域を担当している。この他に、文部大臣の諮問機関で合議制である、生涯学習審議会が重要な役割を果たしている。

 このようなことを考慮した上で、これから生涯学習の歴史や背景、制度のほかに、関連法案やこれまでに出された答申をもとに「生涯学習」について見ていくことにする。

 

<文部省ホームページより抜粋>http://www.monbu.go.jp

 

          

 

 

 

3.生涯学習とは

 

(平成4年7月答申)生涯学習審議会によれば、「生涯学習社会」とは「人々が、生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価されるような社会」と定義され、即ち、学習を通じて自己の能力と可能性を最大限に伸ばし、それぞれに自己実現を図っていく社会であるとされている。

ここでいう自己実現とは、《self−actualization》のことであり、自己の能力や可能性を社会の中で活かしきることを意味する。マズローによれば、「人間の基本的な欲求には、生理的欲求・安全の欲求・所属と愛の欲求・承認の欲求・自己実現の欲求の5つがあり、なかでも自己実現の欲求は、他の下位の欲求が充足された後に出現する、最終段階の欲求である」と位置づけている。

生涯学習の理念は、「いつでも、どこでも、だれでも」学習できることであり、上記のような自己実現のために、学校や社会の学習・教育に関わるシステムを変えていくことでもある。概念としては、学校教育・社会教育・スポーツ活動・文化など、あらゆる学習活動や学習機会を包括し、乳幼児から高齢者に至るまでを含めた、幅広い学習活動にまで及ぶ。

 最近「生涯学習」が取り上げられるようになった背景には、やはり、個人のキャリア開発の意欲や、高齢者の社会参加意欲の影響などが挙げられる。そして、これらの住民の知的欲求やニーズに、自治体が効率よく応えるために、国が中心になって取り組んでいる事業は、以下のようなものがある。

ここでは便宜上、前述した文部省の組織ごとにわけて、その事業を見ていく。

「生涯学習振興課」では、生涯学習の総合的な振興が主眼とされ、民間の教育事業や技能検定、社会通信教育の振興、大学入学資格検定、放送大学、学校開放、公開講座の促進、関係省庁(通産省・労働省等)との連携・協力が行われている。

「社会教育課」では、若者から高齢者に至るまで、多様な学習の機会を提供することが中心になり、成人教育や高齢者教育、PTA活動の振興、社会教育関係職員の養育・研修、施設の施設の整備、団体の育成などを主務としている。

「学習情報課」では、個人学習の援助や教育メディアの利用促進への対応が中心になり、情報提供体制の整備、ネットワーク化への促進、図書館・視聴覚センターの整備、職員研修、映画教材等の選定、関係団体の振興を担当している。

「青少年教育課」では、青少年の育成を主眼として、ふるさと運動やボランティア活動、自然生活体験、青年学級・教室などの学習機会の提供、青年の家・少年自然の家などの整備・充実、指導者育成、団体の振興を行っている。

「男女共同参画学習課(婦人教育課)」では、家庭教育の振興や婦人を対象にした各種学習活動の提供やボランティア活動、国際交流の促進、婦人教育施設の整備・充実、指導者育成や団体育成が行われている。

 

 

 

4.今日における生涯学習の法的根拠

 

「生涯学習」というものは、どのような法律の下で進められているのだろうか。ここでは、その根底にある法律について、大まかな流れを見ていきたい。

教育を受ける権利や学習への権利は、すべての人々の普遍的な権利と考えられ、以下の法律によって保障されている。

 

"憲法第26条"

「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」

"教育基本法・社会教育法"

国民にあらゆる場所と、あらゆる機会において、教育を受ける権利を保障している。

"生涯学習振興法"

1990年6月に制定され、同年7月1日に施行された。この法律の正式名称は、「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」であり、成立の経緯については後述するが、ここではその規定と特徴について簡略に列挙しておく。

規定@生涯学習の振興に資するための都道府県の事業

A都道府県事業の推進体制の整備に関する基準

B地域生涯学習振興基本構想

C国および都道府県における生涯学習審議会に関すること

特徴@都道府県の教育委員会が行う生涯学習振興のための体制の整備に関して、文部大臣が国の基準を定める。

A地域生涯学習振興基本構想に関しては、文部省と通産省の共同管轄(→即ち、教育行政の独自性が少なくなる懸念。)

B国・都道府県・市町村の連携が強化されるとともに、都道府県によっては、知事部局に生涯学習行政が置かれるようになる。

→一般行政から、教育行政の独立が侵害されるおそれがあるほか、首長が選挙によって選ばれるため、教育行政自体が政治の道具にされてしまったり、予算の面で政治的色合いを帯びてしまうおそれがある。)

 

 

 

5.社会教育との関係

 

時代をさかのぼっていくと、少し前までは、現在よく使われている「生涯学習」という言葉よりも、「社会教育」という語の方が広く使われていた。ここでは、その関連をふまえて、「社会教育」についてふれておきたい。

「社会教育」とは、学校以外の場所で行われる教育で、主に成人や青少年を対象にするものと考えられてきた。範囲だけを比べてみても、「生涯学習」は「社会教育」よりも広い人々を対象としていることが分かる。

法的定義は、教育基本法(教基法)・文部省設置法(設置法)・社会教育法(社教法)にあり、「家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育」(教基法第7条)や「学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む)」(社教法第2条)と明記されている。

歴史的な流れを見てみると、まず、1949年に「社会教育法」が制定されたことによって、社会教育に関する国・地方自治体の任務が明確になり、1950年に 「図書館法」が、1951年には「博物館法」がそれぞれ制定され、社会教育関係の法令が整備された。

しかし、後に「生涯教育」や「生涯学習」という考え方が登場すると、社会教育は現在の「生涯学習」に漸次包摂されるようになった。

では次に、「生涯学習」がどのような流れで、どのようにして現れてきたのか、その背景について見ていきたい。

 

 

 

6.関連制度・歴史的な流れ

 

(1)国際的な動き

まず今日の「生涯学習」という概念において、国際機関の1つであるユネスコの果たした役割は大きく、その影響を無視することはできない。ユネスコの説明については、(3)で後述するけれども、ここでは、ユネスコで行われた生涯学 習関連の動きについて見ていく。

1965年にパリで行われた、ユネスコの「第3回成人教育推進国際委員会」 の中の、ラングラン(Lengrand ,P.,1910−)報告がきっかけとなり、各 国は生涯教育(生涯学習)政策を進めるようになった。

1985年に行われた「第4回国際成人教育会議」においては、《学習宣言》が出され、学習権とは、「基本的人権」の1つであり、「学習権なくしては、人間的発達はあり得ない」とされ、全ての人が人間的に成長・発達するための基本的な権利として、国際的にも認識された。学習権の具体的な内容を挙げてみると、@読み書きの権利、A問い続け、深く考える権利、B想像し、創造する権利、C自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利、Dあらゆる手立てを得る権利、E個人的・集団的力量を発達させる権利、の6つがある。

1997年の「第5回国際成人教育会議」で出された《成人の学習に関するハンブルク宣言》によれば、「生涯を通した教育権と学習権の承認は、これまで以上に必要なものになっている」とみなされ、生涯にわたる教育を受ける権利と学習権の重要性を明らかにした。そして、その具体的な内容を、【読み書きの権利、質問し分析する権利、教育機会に接する権利、個人および集団の技術と能力を発達させ生かす権利】と明示した。

1999年に行われたケルンサミットにおいても、主要国が伝統的な工業化社会から知識社会へと移行しつつある中、「このような変化に対応するため、生涯学習によって、経済・社会の発展の基礎を築き、個々人がその発展に貢献し、またその発展から利益を得るための能力を培うことができる」と指摘した≪ケルン憲章≫が採択され、生涯学習の意味が改めて強調された。

  また、2000年4月に行われたG8教育大臣会合の成果をとりまとめた≪議長サマリー≫においても、「今後の知識社会においては、これまでの学習や教授のあり方に根本的な変化が求められており、生涯学習はすべての人にとって高い優先課題であるとともに、生涯学習によって知識社会に完全に参画するための十分な機会を与えることができる」と指摘され、今後の社会における生涯学習の重要性については、国際的な場においても強調されている。

さらに同サマリーは、国際社会の変化や情報化社会の進展についても言及し、「近年における衛星通信、大容量光ファイバー、インターネットなど情報・コミュニケーション技術の飛躍的発展により、生涯学習及び国際理解の手段としての遠隔教育の可能性が大きく拡大している」と指摘している。また、「学習と仕事の両立は、遠隔教育によってはるかに容易になるとともに、情報・コミュニケーション技術は、社会全体に対して、学習機会へのアクセスを拡大することや、児童生徒の理解力・創造力を深めることを可能にする潜在力を持つものであり、教育の内容を豊かにし教育機会提供の方法を変える展望を与えるものである」と考えられている。

これらの影響を受けて、国際標準機関(ISO)では、この「遠隔教育」を推進するための教材等に関する、情報の標準化の取組みを行っている。

 

 

(2)国内的な動き

日本では、まず1971年に中央教育審議会(中教審)が初めて「生涯教育」 という用語を公的に使用し、生涯学習を支援し援助していく教育活動を開始した。続いて1981年には「生涯学習について」の答申を行ない、臨時教育審議会(臨教審)が、教育改革の重要な柱として、生涯学習体系への移行を提言した。(中教審・臨教審については、後述する。)

1985年の臨時教育審議会第1次答申以降、「生涯教育」から「生涯学習」へと、使用する用語が変更になり、人が生涯を通して行う主体的な学習活動として、学習者の立場で、生涯学習の振興を図ろうとする考え方がなされた。

1987年に臨時教育審議会は、「教育改革に関する第4次答申」を行い、その中で、@政策官庁としての機能の強化、A生涯学習体系への移行への積極的対応、B許認可行政と指導助言行政の見直し、C教育委員会の活性化の4つを目標とした。さらに最終答申では、「個性重視の原則」、「生涯学習体系への移行」、「変化への対応」を教育改革の視点として提出した。

1988年には、文部省組織令(組織命)が一部改正され、文部省の機構改革が実施された。生涯学習の施策推進のため、社会教育局を廃止し、前述した生涯学習局を、まさに文部省の筆頭局として新設した。

ちなみに、生涯学習については、文部省のほかに、通産省や労働省も関係し、その政策や行政の振興に重要な機能と役割を果たしている。これらの省との関わり方も、文部省にとっては、1つの課題になっている。

1990年に、中央教育審議会は「生涯学習の基盤整理について」の答申を行い、@国、都道府県、市町村において、生涯学習の各種施策の連絡調整を図る組織の整備、A地域における生涯学習推進の中心機関として都道府県に生涯学習推進センターと、大学・短期大学に生涯学習センターの設置、という2つの方針を打ち出した。さらに、同年6月には、「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律」(生涯学習振興法)が制定され、7月に施行されるに至った。

1991年には、文部省(文部大臣)が、「生涯学習の振興に関するための都道府県の事業の推進体制の整備に関する基準」を制定した。その内容を見てみると、@推進体制の整備、A地域の実情に即した事業の実施、B一体的かつ効果的な事業の実施、C他部局との連携、D地域において生涯学習に資する事業をおこなう機関および団体との連携、E事業の具体的内容、の6つが出された。

1999年には、文部省を中心に、通産省・郵政省・自治省が連携して、高度情報化社会に対応した人材を育成するために、学校を中心とした教育の情報化推進を目的とし、総理直属として設置されたバーチャル・エージェンシー 「教育の情報化プロジェクト」で初等中等教育の情報化の推進が検討され、同年12月にはハード・ソフト両面にわたる施策が報告された。

この報告を踏まえて策定されたミレニアム・プロジェクト「教育の情報化」においては、@平成13年度までにすべての公立学校がインターネットに接続でき、A平成17年度を目標に、すべての学級のあらゆる授業において教員及び生徒がコンピュータ等を活用できる環境を整備すること、などが決定され、公私立学校のコンピュータ整備、校内LANの整備、教員研修の実施、学校教育用コンテンツの開発などが進められることになっている。

 

 

(3)補足(用語解説)

<ユネスコ>

正式名称:国際連合教育科学文化機関(United Nations Educational,Scientific and Cultural Organization)であり、本部はパリにある。設立基本条約は、国際連合教育科学文化機関憲章であり、1946年11月4日に設立された。主要機関には、総会・執行委員会・事務局があり、教育・科学・文化を通じて諸国民の協力を促進し、世界の安全と平和に寄与することが、それ自身の目的であり、活動であるとされている。

 

<中央教育審議会(中教審)>

1952年に、設置された機関であり、文部大臣の諮問に応じ、教育・学術・文化に関する基本的な重要施策について調査・審議し、文部大臣に建議することが任務とされている。我が国の教育改革の基本方針を示している。その主なものとしては、「ゆとりの中で生きる力を育成する」ことや、「心の教育の在り方」、「地方教育行政の在り方」などの答申がある。

 

<臨時教育審議会(臨教審)>

1984年に総理府に設置された、内閣直属の諮問機関であり、「社会の変化及び文化の発展に対応する教育の実現を期して各般にわたる施策に関し必要な改革を図るための基本方針について」の諮問に応じ、調査・審議した。「個性重視の原則」や「生涯学習体系への移行」、「変化への対応」を視点とする最終答申を提出し、今日の教育改革の基本を打ち立てた。

 

 

 

 

7.現時点での問題点

 

まず第一には、生涯学習の振興や質の向上という、元来からの課題がある。@国際化の進展、A急激な社会の変化、B自由時間の増大、C高齢者からの要望、といった要因も考慮した上で、生涯学習推進のための基盤整備や学習機会の拡充が、行政側には求められている。さらに、多様な学習需要に応えるために、生涯学習事業や活動の場の提供が必要になり、優れた指導者の育成や、その他の質の高いサービスの支援が不可欠になっている。

 

第二には、経済停滞や不況による「財政難」の影響で、生涯学習に対する補助金の廃止・削減によって、自治体側では、生涯学習に関する活動・事業の運営ができないという状況におちいる地域も少なくなく、その行政サービスを受ける各個人の側においても、生涯学習に費やす費用の負担が問題になってくる。文部省やNHKが行った調査によれば、個人が民間団体の開く講座に費やす金額(受講料・教費用)は、受講者にとって大きな負担になっていることを指摘している。また社会人の大学・大学院への進学についても、経済的な負担が否定できない。こうした中で、利益を受ける(受けた)人がそれに見合った費用を負担する、あるいは、費用を払った人だけが利益を享受できる、という「受益者負担主義」が横行してしまうと、生涯学習が一部の人のものだけになってしまい、多くの人が、経済的な理由から学習機会を失うことになってしまう。こうした面を考えると、自治体は、財政問題と住民側からの要望という、2つの相反する問題を抱えることになる。

 

第三には、前述した問題と関連するけれども、生涯学習の民営化というものが挙げられる。日本全体をみても、いくつかの自治体では既に行っているところもある。例えば、北九州市では、公民館の施設管理を民間に委託し、館長や職員を嘱託化している。広島県では、県による生涯学習事業の財団化が推進されている。これらのことは、財政赤字という現状から考えると仕方ないかもしれない。しかし、委託化や嘱託化によって生涯学習が有料化・高額化してしまうと、住民の学習意欲が喪失してしまうおそれがある。また、行政責任の希薄化や、学習機会の保障侵害といった問題も生じてくる。

 

第四には、最終的なものとして、各個人が身につけた生涯学習の成果を、社会の中でどのようにして活用していくか、という問題がある。国側では、生涯学習の成果を@「個人のキャリア開発」、A「ボランティア活動」、B「地域社会の発展」の3つの方面で生かしていく考えを打ち出している。それぞれについて細かく見ていくと、以下のようになる。

@の「個人のキャリア開発」では、生涯学習の成果が、企業などにおける採用・人事配置といったものに、必ずしも十分には活かしきれていないというケースを改善するために、企業側の支援体制の整備に努めたり、ホワイトカラーの職業能力制度(ビジネス・キャリア制度)を行っていくなどの姿勢が必要になってくる。人材登録データベースや研修体制の整備にほかに、知識・技術についての客観的な評価や証明も整えていかなければならない。また個人の多様性をふまえ、住民に対して意識啓発を積極化させたり、助言・援助や、実践的研究の実施・成果の提供など、市町村教育委員会を核とした教育支援ネットワークも整えていかなければならない。さらには高等教育機関への社会人受入れ体制の充実や、衛星通信・インターネット、放送大学の整備・拡充なども求められている。

Aの「ボランティア活動」については、まず【自発性・無償性・公共性・先駆性】というボランティアの理念を考慮した上で、あらゆるる年齢層の人々が、学習成果をボランティア活動の中で活かせるような環境整備を図っていくことが早急の課題となっている。そしてボランティア自らの責任を明確にし、ボランティアコーディネーターの配置や、活動についての学習機会を確保していかなければならない。さらには、教員の養成・研修といったカリキュラムに、ボランティア活動の体験を導入していくことが望まれている。一方では、入学試験や採用試験での評価になるという浅はかな考えによって、ボランティア活動への参加が、本来の理念を超えて単なる目的手段になってしまわないように気をつけなければならない。

Bの「地域社会の発展」に関しては、住民参加の場の確保に努めたり、活動に対する社会的評価を促進していくことが求められてくる。例えば、積極的な情報の提供や、交流の場の提供、相談窓口の整備などが挙げられる。そして人々が地域活動や事業への参加を促進し、課題解決やまちづくりを行っていく上で、プラスの要因となり、地域社会の活性化につながるのではないかと考えている。「個人のキャリア開発」にしても、個人が学んだ知識を地域で教えたり普及したりすることで、生涯学習という行政サービスを提供していく際に生じる人材不足の問題も解決するのではないだろうか。さらには、住民同士で教え合い、学び合うといった連携や協力を通して、希薄になりがちな住民間のコミュニケーションの活発化に、少なからず役立っていくと考えられる。

さらに、近年著しく成長したIT産業からも分かるように、情報化によって、これから益々生涯学習に対する行政の取り組み方もハイテク化していくと思われるけれども、そうした変化によって以下のような問題も生じてくる。

(1)人的側面( 情報化を推進する職員・人材が十分でないことや活用されていないこと、さらには情報化に対応した職員を養成するための体制が不十分であることなど。)

(2)設備面(情報通信機器を整備した施設・設備がない、あるいは少ないことなど。)

(3)ネットワークに関する問題( 生涯学習関連施設がネットワーク化されていないことや、運用の仕組みが十分開発されていないこと、あるいは、学習者、ボランティアが情報ネットワークに接続していないため、情報化のメリットを充分に享受できていないことなど。)

(3)ソフト面(情報・コミュニケーション技術を用いた生涯学習用コンテンツが充実していないことや、コンテンツを作成するためのソフトウェアの利用環境が充実していないことなど。)

これらのことをふまえると、自治体は多種多様なニーズに合ったサービスを、どのように提供していくのか、即ち、住民側からの要求と、行政側の提供していくものをどう合わせていくのかということも、根本的な課題となっている。

 

7.参考文献・資料 

*日本生涯教育学会編『生涯学習事典』(東京書籍)1992年

*田原迫龍麿・仙波克也『教育行政の基礎と展開』(コレール社)2000年

*横田洋三『国際機構論』(国際書院)1998年

*文部省ホームページ(生涯学習審議会)【←答申を中心に】

http://www.monbu.go.jp/singi/syogai/00000036

http://www.monbu.go.jp/singi/syogai/00000217

http://www.monbu.go.jp/singi/syogai/00000239

*文部省ホームページ(白書・統計)【←グラフ・表を中心に】

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-1.gif

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-2.gif

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-22.gif

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-23.gif

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-24.gif

http://www.monbu.go.jp/hakusyo/1996jpn/jf1-2-29.gif

http://www.monbu.go.jp/stat/r316/tk0004.html

 

 

8.まとめ

「余暇」をどう過ごすか、と聞かれた時、自分ならどう答えるだろうか。

社会の変化によって、私たちは今、自由に使うことのできる時間をより多く持つようになった。スポーツをする人、旅行に出かける人、買い物に行く人など、それぞれ異なるけれども、最近では、語学や文化・芸術など知的方面に活動の場を求める人も多くなってきた。

各個人が身につけた知識をどう活用していくか、という課題は、個人的に最も興味深い。上手く活用していけば、人材面から見ても、サービスの提供や普及という点にしても効率的であると思う。自己責任による自主的・自発的な活動を尊重し、行政・施設・サークルの受入れ体制を十分にするなどの取り組みが求められていくだろう。

日本における「生涯学習」の政策は、歴史的にはまだ日が浅いけれども、私たちは行政側に頼るというだけではなく、自らも積極的にその活動や普及に参加していくなど、住民参加型の行政を定着させたり、各個人の「学習権」を自らの手で活かしていくといった姿勢も必要になってくるだろう。