2005年度修士論文コメント
中村祐司(2006年2月)
ディーコフ・パーウェル「NPO運営をめぐる事業、組織と社会的評価の研究」を読んで
NPO運営をめぐる現状の課題について、まず理論的考察および一般論を整理・把握した。第1章ではNPO運営の課題、定義、経営形態、企業組織との違いについまとめた。第2章では、NPOに対する評価の側面に焦点を当て、事業評価および組織評価について論じた。
第3章は事例研究として、海外事業型NPOである「日本フォスター・プラン協会」、国内事業型NPOである「アジア学生文化協会」と「化学物質過敏症支援センター」を取り上げ、インタビュ調査にもとづく、個々の組織の運営課題と今後の展望について、考察した。第4章では社会的評価の規準、その実践、実践的「処方箋」の提示を行った。
丁寧な記述でNPO現状の全体像が述べられ、読み手に理解しやすいものとなっている。文献の引用もできるだけ抑え、自分の文章を積み上げていくスタンスは評価できる。事例研究にも積極的に取り組んでいる。しかし、前半は概論的な記述に終始し過ぎた感があり、事例についてもこれを取り上げた理由説明の点などで課題が残った。
また、現実にNPOが直面する諸課題の現実を直視したというよりも、「理念論」「理想論」を追い過ぎたきらいがある。NPO組織についてもその規模や専門能力、正当性、財源など、保有するリソースは様々であるはずで、これをもってNPOの包括的なケーススタディとは言えないという課題も残った。
佐々木哲夫「『インドネシアにおける憲法改正と議会制民主主義』―大統領直接選挙制の成果とその課題―」を読んで
スハルト政権からユドヨノ政権までのインドネシア政治を追う中で、大統領から立法府への権限委譲、イスラム勢力の政治への影響力、大統領直接選挙制がもたらす課題、大統領―議会関係の変容について、豊富な文献を読み込み、現地調査も加えて精緻に分析している。
スハルト政権が、「国民議会議員選挙においては官製の翼賛組織であるゴルカル(中略)へ投票させるようなシステムを構築した」(24頁)という指摘に典型的なように、権力者による国家機構支配の形成過程が実に丁寧に描写されている。まさに「全ての利権はスハルトに通ず」(25頁)である。
ハビビ政権では、政治的自由化や公正な総選挙が目指されたと説明される。「政治3法」(政党法、総選挙法、議会構成法)の制定や大統領の任期制限(2期10年)、さらには「立法府と行政府の分化」(36頁)や大統領直接選挙制の導入に向けた動きが指摘される。
ワヒド政権に至る分析では、総選挙をめぐる詳しい政党行動や選挙データ分析がなされる。ここから当時、経済再建に強い期待を抱く人々の姿を浮き彫りにしている。
そして、イスラム政党の「伸張」過程がその背景も含めて描かれる。この部分のおかげで論文が単線的でなく、複線的・多面的な性格を持つようになっている。さらに、メガワティ就任の過程における議会制民主主義の萌芽も示される。無党派層の多さ、「個人本位」「人気投票型」(87頁)の選挙がはっきりした点も興味深い知見である。雇用問題が重要課題であるのは世界で共通かもしれない。
「インドネシアの政治がハビビ政権期を境に大きく転換」(93頁)され、「その後の政治改革、民主化の道筋をつけた」(同)という知見、また、大統領直接投票に対する高い評価が示される。作成・添付の資料価値も極めて高いものがある。
以上のように、本論文では多くの関係文献や資料を十分に読みこなした上で、インドネシア政治のダイナミズムおよび動態を憲法改正、大統領権限、議会の影響力、行政府―立法府関係といった視点から緻密に描き出すことに成功している。複雑で錯綜する諸事実の羅列を包み込むような、本論文全体を貫く純粋理論の分析枠組み(モデル)が提示されていたならば、さらに論考としての価値を上げたものとなっていたであろう。