地方行政論                            澤 ちえり(990131A

「地方公共団体および関係機関の役割と相互連携の実態〜ロシアタンカー流出事故を例として〜」            

1.はじめに

ロシア船籍タンカー「ナホトカ号」の沈没事故により流出した重油は付近の海岸一帯に漂着し、重大な環境被害をもたらした。このような事態は多数のボランティア、官公庁職員、自衛隊員等の献身的な油回収作業により、事故発生から約4ヶ月後にようやく一段落するに至った。しかし、事故後の政府の緊急措置の遅れや地方公共団体が行う漂着油回収の位置付けの不明確さなどの課題が残った。

 

2.ナホトカ号重油流出事故と被害について

 199712日未明、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」(13,157トン、乗組員32人)が荒天のため島根県沖島沖で沈没。積んでいたC重油19,000リットルのうち最終的に6,200リットルが流出した。船体は二つに折れ、船首部分が重油を流出しながら時速約2キロで南東へ漂流し、海潮流や季節風の影響で事故から五日後の7日、流出重油とともに沈没現場から約250キロ離れた福井県三国町の海岸に漂着した。残る船体は、隠岐島の北北東約103キロ地点に重油を大量に積んだまま水没した。重油流出事故としては昭和49年、三菱石油水島製油事故の約7,900トンに次ぐ大規模事故。この事故により、重大な環境被害はもとより、沿岸では岩ノリ等の採介藻漁業や定置網漁業への被害、さらに沖合いでは盛漁期の甘エビ、ズワイガニ等の漁業操業への支障など多大な漁業被害が生じたほか、観光産業でも宿泊客のキャンセル、風評による減収などの被害が生じ、この種の災害としては最大級の被害を被った。

 

3.立場の異なる多数の関係者の存在

 大規模油流出事故の防除活動には、国、地方公共団体、船主、海上災害防止センター、国際油濁補償基金、被災漁業者、住民等の多数の当事者が、それぞれの役割意識の下で参加するが、その際、上述のように、国際的なルールに則って処理される民事事件であるという点を重視する「海側」の当事者と、被害者救済、環境保全等の地域利益の保護を重視する「陸側」の当事者とで、基本的な発想に相違がある。

 また、国においても、油防除には海上保安庁、厚生省、水産省、環境庁、運輸省、建設省等多数の官庁が様様な側面から責任と権限を有しており、ややもすれば縦割りの弊害に陥りやすい分野であると言える。例えば、船舶から流出した油の回収は、海域に浮流している段階では、海防法に基づき海上保安庁長官が管理しているが、油が海岸に漂着すると、廃棄物処理及び清掃に関する法律(廃掃法:厚生省等所管)に基づき都道府県知事が監督する仕組みになっている。

http//:www.pref.ishikawa.jp/bosai/houkoku3.htmより引用)

 このように立場の異なる多数の関係者が存在することから、ロシアタンカー油流出事故のような大規模災害が起こった場合においても、地方自治体が独自の判断で何らかの措置をとることはできない。よって次はこの重油流出事故を、国際問題として、民事事件として、環境問題として、そして地方自治体の立場ということを考えたいと思う。

 

    国際問題として

現在、海洋に関する総合的な対策の体系は、マルポール条約、OPRC条約、民事責任条約、基金条約等の個別条約や、国連海洋法条約によって整備されている。したがって被災国の国内法に則って防災対策をとることはできず、上記のような国際条約の規定範囲内で行うことが前提となる。今回の事故で言えば被災国である日本が、たとえ被害が自国に及ぶ場合であっても、領海外で油を流出した外国船に対して防除措置を命ずることができないということである。

    民事事件として

国内で起こるさまざまな自然災害は誰に責任があるわけではなく、それらに対する対策は国、地方公共団体が責任を持って担うことになる。しかし、今回の重油流出事故は原因者が特定されているため、法制度上は原因者である船主が防除活動の一義的責任を負うこととなる。この場合、国や地方公共団体などの政府側は船主による防除活動の協力者または監督者として活動を行うこととなる。

    環境問題として

大洪水による河川氾濫や土砂崩れなどの自然災害は人為的に復旧活動を行わなければもと通りに回復されないが、重油流出事故の場合、船舶から流れ出た油はある程度までバクテリアによって分解されるなど、自然の復元能力が存在する。これは、人為的な復旧活動を軽減させることになる。実際、国際油濁補償基金は、補償対象となる合理的な油防除方法を判断する際には自然の復元能力を考慮している。

    地方公共団体として

以上見てきた3つの側面は、被害者救済、環境保全等の地元の安全確保を重視する地方公共団体の立場からすると、まったくの机上の空論にしか過ぎず、実際に行う復旧活動とは必ずしも一致するとは限らない。

まず、国際的な諸条約によって講じられた対策は、じっさいに油防除活動をする地方公共団体にとって曖昧である恐れがある。次に、民事事件について言えば、法律上、原因者である船主が防除責任を負うことになっても、今回の事故のように大量の油が広範囲に漂着した場合、船主が処理するには限界があり、地方公共団体の首長が重油回収作業に取り組まざるおえなくなる。そして自然の復元能力についても、実際に時間がたつにつれて回復状況が変化することから予測が困難である。しかし、国際油濁補償基金が補償対象を決定するのはある時点だけを参考にして行われる。

4.まとめ

 ナホトカ号のような重油流出事故は今回が始めてではない。1990年、シベリア船籍の貨物船が京都・経ヶ岬沖の日本海で二つに折れ、900キロリットル以上もの重油を流出した。その際も、強風とうねりで、オイルフェンス張りや油回収が難航し、福井、京都、兵庫に漂着した重油は、回収するのに四ヶ月もかかった。この事故に対する問題点を含む報告書には、悪天候の下での重油回収の措置、初期段階での人員・機材の集中的な投入の必要などが挙げられていた。しかし、ロシアタンカー重油流出事故が似たような条件であったにもかかわらず、結果的には前回と同じ問題点を残している。

 今回提起された問題点、特に地方公共団体と諸機関における役割の不明確についてはそれぞれが自覚しておく必要がある。重油流出事故は非現実的な話ではなく、多くのタンカーが航行する日本海に面した日本国にとってはこれからも十分起こりうることである。住民の立場に最も近い地方公共団体が何もできずオロオロするというのはあってはならない。上記で見てきた数点の側面がたとえ現実的でないとしても目の前にある問題を投げ出すわけにはいかないのだ。地元住民が多大な被害を被ることのないよう国、または加害者との窓口にならなければならない。もしまた重油流出事故が起こった場合に、今回の事故後に出された様々な報告書もまたその場限りのものだったということにならないよう繰り返し確認するということも必要である。。

 

http//:www.pref.ishikawa.jp/bosai/houkoku3.htm「ロシアタンカー流出油防除対策委員会 第一次報告書」

石川県のロシアタンカー流出油防除対策委員会が、ナホトカ号重油流出事故を通して今後の対策を示した報告書の載ったサイト。

http//:www.vcnet.fukui.jp/-fprs/znews108.htn「流出事故ニュース」

ロシアタンカーの重油流出事故について、約5ヶ月間ほぼ毎日事故後の関連ニュースを乗せていたサイト。