地方行政論

「時間分権」をせよ

佐々木 哲夫(k990126

 

私が知事多選問題について関心を持った経緯は、今回の栃木県知事選挙で現職の渡辺文雄氏が5選に挑戦し、新人の福田昭夫氏が「520年は長すぎる。知事任期は312年まで」とする公約を打ち出し、多選が大きくクローズアップされたからである。

まずは知事の権限について整理する。知事とは大まかに分けて二つの顔がある。第一に政治家としての顔である。住民から公選された代表者として、常に住民・地域の利益を最大化する努力に努めなければならない。第二に、行政官・経営者としての顔である。例えば平成10年度栃木県一般会計歳出は全国第24位の86216000万円であり、職員規模は26,000人を率いているのである(資料;『情報・知識imidas2001』集英社)。知事は職員の人事権や財政権、土地利用の許認可権、補助金の支給などを一手に握っている。これらを踏まえた上で以下の文章を読み進めていってもらいたい。

次に、多選禁止反対派の論拠を紹介し、一つずつ私なりの批判をしていく。

《多選禁止反対派の論拠》

★民主主義や憲法が保障する基本的人権(日本国憲法第14条)、公務員の選定権(同第15条)、職業選択の自由(同第22条)との関係

<日本国憲法第14条第1項>

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

<同第15条第1項、および第3項>

・公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

・公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

<同第22条第1項>

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

(出典;『ポケット六法 平成12年度版』編集代表 平井 宜雄・青山 善充・菅野 和夫 有斐閣)

→立候補して知事職を選択するのも自由であり、また、国民には公務員を選定する権利もある。法律で立候補を規制すべきではない。

 

しかし果たして、憲法は無制限に知事多選を認めているのだろうか。確かに地方公務員である知事の選出は我々国民の権利であるが、その選挙が公平に行われているかは疑問である。現職は、日常の行政運営が選挙活動と同じような効果を持ち、これらは自らの政策や功績を自治体の広報誌などを通じて広報でき、なおかつその費用は自治体の広報費用に含まれてしまう。これは選挙の公平さから見ると疑問符がついてしまい、問題がある。故に、任期制限を設け、住民から広く候補者と募るべきである。

 

★それぞれの地域住民の判断に任せれば良い

4年ごとに選挙がやってくるので、無能な人物は落選するはず。リコール制度もあり、法的制限を加える必要はない。

→多選よりも人物本位で判断すべきだ。

→全国的に見ても4期以上の多選知事は少なく、各地域住民によるチェック機構が機能している。

 

 

 

グラフ−T

(参考;全国知事会ホームページ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラフ−U

(参考;栃木県選挙管理委員会ホームページ)

 

 

 

 

 

 

 

グラフ−Tを見てもらいたい。確かに全国47都道府県知事のうち、4期以上の知事は9人しかいない。平均当選回数も2.4回である。では果たして本当に住民によるチェック機構が機能しているのだろうか。そこに私は疑問を投げかけたい。グラフ−Uを見てもらいたい。これは栃木県知事選挙が公選になって以来の、投票率の推移である。これを見れば分かる通り、投票率は低下傾向にある。前回などは史上最低の28.09%である。それでは何故こうした状況が生まれてしまったのか。その原因の一つは、渡辺前知事に対抗馬が存在しなかった事である。過去4回いずれも共産系候補との戦いで、信任投票の色合いが強かった事によるだろう。また、派手さはないが着実な政策で大きな失政もなく、有権者の関心が低かったのだろう。「また今回も渡辺さんか。でも共産系はイヤだし、他に誰もいないから棄権しよう」。大きな罪を犯してはいまいか。

また、有権者は正しい情報をもとに投票しているか、という点も疑問である。情報公開をあまり進めず、自らの政策に不利になる情報は蓋をしてしまうやり方をされると、有権者は本当に正しい判断が出来るか疑問である。

 

★知事からの国会議員転出

→知事の多選を禁止すると、法的に制限された任期を終えた人物による国会議員転出が増え、選挙区内調整が難しくなる。

 

むしろ有能な人物が国政に打って出る事に何の異存があろうか。選挙区内調整は政党内の問題であり、問題のすり替えに等しい。

 

★行政実績を積み重ねてきた手腕に対する有権者の「評価」、また将来への期待

→利益を再優先に考えて行動し、その手腕を有権者は評価して投票しているのだから、有能で有権者から支持されている人物が知事を務め続けるのは悪い事ではなく、むしろ当該自治体にとって有益である。

 

しかし、だからといって長期政権を安易に認めても良いのだろうか。12年以上も行政のトップとして君臨すれば、自ずと知恵や発想も枯渇してしまうものだ、と宮沢弘・元広島県知事は言う。以下、抜粋。(出典;朝日新聞 栃木asahi.comホームページ)

知事とは、絶えず県民の幸せを考えるポストです。毎日全力投球、10年もやればヘトヘトになる。知恵も出尽くして枯渇してしまいますよ。

さらには有力新人の立候補がない場合、4年毎の選挙も信任投票として形骸化し、行政の独善化が進む。この点に関しても、宮沢氏はこう述べている。

長くなればなるほど、自分に不利な情報は耳に入ってこなくなる。取り巻きが耳に入れない様に情報を止めちゃうんだな。だから、入ってくるのは誉め言葉ばかり。そのうちに、「自分しか県政は担えない」なんていう気分になる。

こうして周囲がイエスマンばかりとなり、行政や県民生活の実態が見えてこなくなってしまう恐れがある。

 

★官僚や圧力団体、議会、ロビイストの力が増大

→知事が次から次へと代わるため、地方政治のプロフェッショナルとなれず、地方官僚や(組織型)選挙の際の集票マシンとなる圧力団体、地方政治のもう一つのトップである議会、水面下で政治的取引を行うロビイストらの影響力が強まる。

 

知事の意志が強ければ、いかなる圧力があろうとも屈する事はなく、世論を背景に政策を実行すべきである。官僚や圧力団体の言いなりになるような知事は、有権者の反感を買うだけである。

また、逆にそうして長期政権によってオール与党化が進んだ議会との関係はぬるま湯となり、行政(知事)と立法(議会)間の相互チェック機能は正常に作動しなくなる。更には、人事権や許認可権、予算を一手に握る知事なので、密室・談合政治が生まれやすい。

 

★任期制限は継続的な行政運営を妨げる

→長期的ヴィジョンに立った政策が策定できない。

→目先の利益にとらわれ、本当の地域利益を導く長期プランが立て難い。

 

確かに政策の継続性は重要である。しかし、本当に素晴らしい長期的ビジョンであれば、その後の知事もその路線を継承するはずである。むしろ、その自らが策定した長期ヴィジョンにとらわれるあまり、時代の流れが見えなくなるよりも、新しい風を政策に吹き込ませ、時代に合った政策を実行すべきである。また、継続性を重視するあまり、人事においては人間関係の特定化が進んでしまう。新しい考えを持った人物よりも、今までの政策を着実に実行してきた人物を重用してしまい、側近政治を生みやすい。また、政策や発想が変わらないため、職員の士気の低下も懸念される。

 

《私の意見・主張》

長期にわたる政権は、政策のマンネリ化を生むだけでなく、そのマンネリやダイナミックさを失った政策、偏向する人事などにより、政治的無関心が増長されていく。それこそが多選問題の大きなデメリットではなかろうか。

私は、分権とは3つの側面を持ったものと考える。すなわち「機能」・「地域」・「時間」である。「機能」とは司法・立法・行政の三権分立を表す。「地域」とは中央一極集中を避け、国が持っている権限の一部を地方に移譲する地方分権を進めていく事である。そして「時間」。これこそが、一人、或いは少数の人物による独裁政、少数寡頭政を防ぐものであり、私が述べてきた知事多選問題の根本にあるものである。しかし多選下においてオール与党化が進んだ議会と知事との関係では、本来のチェックアンドバランスを欠き、「機能」分権の観点からも不健全である。すなわち、議会が知事の政策を追認する機関となってしまい、議会が形骸化してしまうのだ。

また、312年はなぜか。それは、就任1年目で行政や地域の現状を学び、2年目にして初めて政策を打ち出せる環境が整う。また、10ヶ年計画などの長期的展望に立った政策を打ち出し、実施するためにも12年が適当である。しかし16年になると、今まで述べてきたような弊害が生まれてしまうため、不適当である。

以上のような事から、私は多選禁止を主張する。

なお、世論の強い支持を受けた知事が増えると、地方分権が進んでしまう、という地方分権消極派による多選禁止反対派の意見は、インターネット上には見当たらなかったので、今回は省略した。

 

 

[参考ホームページ]

栃木県ホームページ

栃木県に関する資料が揃っており、今の県政が一目で分かる。栃木県の観光情報も載っており、自らの故郷の素晴らしさを再確認できる。また、知事へ直接メールを送る事も出来る。ただ、統計資料がやや手薄なのが残念である。

 

栃木県選挙管理委員会

知事選などの選挙結果やデータが豊富である。選挙に関する資料を読み込むには、まずは必見のページである。その他にも、選挙に関するQ&Aや、投票日の一日など、選挙に関する基本が分かるようになっている。

 

朝日新聞 栃木asahi.com

栃木県に関する情報や特集が組まれている。特に、宮沢弘・元広島県知事へのインタビューは、多選禁止に言及しており、その他にも知事選直前においての情報は多かった。

 

全国知事会ホームページ

全国の知事に関する情報はもとより、各都道府県歴代知事の一覧もあり、なかなかに興味深い。また、知事会としての提言もまとめられて掲載されているので、顔の見えづらい地方政治の、貴重な情報源の一つである。

 

下野新聞

栃木県内唯一の地方紙。知事選に関する情報はもちろん豊富で、非常によくまとまっている。また、県内各地の地域情報も掲載されており、全世界どこからでも郷土の情報を取り入れる事が出来る。

 

松下政経塾ホームページ

故・松下幸之助氏が創設した研究所。ここの門下からは数多くの国会議員や都道府県議が輩出されている。また、塾生の研究も盛んで、塾報などを通じて数多くの提言や研究を発表している。またその研究分野は幅広く、調査資料を集めている時は是非一度覗いてみたいページである。

 

[参考文献]

『ポケット六法 平成12年度版』編集代表 平井 宜雄・青山 善充・菅野 和夫 有斐閣

『情報・知識imidas2001』集英社