地方行政論レポート

2000.12.18

都営交通と沿線地域効果−都営地下鉄大江戸線を例として

国際学部国際社会学科

980161Y 齊藤 雅美

 

1.       はじめに

 

今年の4月、私の地元である代々木に都営地下鉄大江戸線が開通した。12月12日には国立競技場から都庁前間の開業により、全線(営業キロとして40.7km)開通を迎えた。都営交通の中でも特に地下鉄は、営団地下鉄に比べ運賃の高いことから今まであまり利用することはなかった。しかし今回の開通により、大江戸線は私の移動手段として大きく役立ちそうである。私のような地域住民にとって、地下鉄が開通したことによってその沿線地域にはどのような影響や、経済効果が生まれてくるのであろうか。東京都によって経営されている公営企業、東京都交通局のホームページを主な資料として、都営交通の役割やサービス、経営状況も併せて検証してみたい。

 

2. 都営交通事業・東京都交通局

@        事業のあらましと経営理念

 

都営交通の始まりは19118月、当時の東京市が東京鉄道鰍買収し、東京市電気局を創設して路面電車(市電)事業と電気供給事業を開始したことによる。都営地下鉄が初めて開通したのは、1960年の地下鉄1号線(浅草線)の浅草橋〜押上間である。1999年度は、都営地下鉄4路線77.2km、都バス118系統、都電1路線12.2kmで、一日あたり約236万人利用客数である。交通事業のほかに、局所有の土地や建物の有効利用や広告事業などの関連事業も行っている。2000年には都営地下鉄全長109kmとなった。

 

都営交通は東京都によって経営されている公営企業である。利用客に信頼され、支持される公営企業をめざして、質の高いサービスの提供し、都民の福祉の向上と世界都市東京にふさわしいまちづくりへの貢献を経営理念としている。このため、時代に即応した事業展開を図り、積極的で効率的な経営を目指し、利用客本位のサービスの創造に挑戦する先導的企業となることを挙げている。「世界都市東京にふさわしい」というのは抽象的なスローガンだけで、具体的な行動指針についてはホームページには載っていないが、営団地下鉄に比べて利用者本位と感じられるサービスには徹底している。

 

A 都営地下鉄のサービス推進

 

交通局はサービス推進本部なるものを設置しており、安全で快適な、常に利用客本位のサービスの改善に取り組んでいる。全職員を対象としてサービス推進研修も実施している。私が都営地下鉄を利用する際、営団地下鉄との違いを大きく感じるのは、駅施設である。地下独特の暗い雰囲気はなく、デパート並に整備されたトイレには感心させられた。利用客を対象とした「満足度調査」の結果が反映され、トイレの改修(バリアフリー化)、清潔を高めるための清掃回数の増加、各駅に垂直移動施設(エスカレーター・エレベーター)の設置されている。大江戸線では37駅中半数以上が他地下鉄線と連結しているため、案内標識や触知案内板も設置している。また阪神・淡路大震災クラスの自身に絶えられる強固な構造となっている駅構内は、地域の特色を生かした個性あるデザインを随所に採り入れ、画一化された営団地下鉄の駅と比べてゆとりが感じられ、大きく評価できる点である。

 

B 経営状況

 

都営交通の経営は、運賃収入によってその経費を賄う独立採算制を原則としている。最近の景気の低迷や週休二日制の定着などの影響より、利用客数の減少し、収入が伸び悩んでいる。一方で膨大な地下鉄建設費の利子負担などにより、きわめて厳しい経営状況にある。交通局の1999年度決算を見てみると、都営交通全事業で利用客数が減少したため、乗車料収入が落ち込み、その他の収益を加えた経常収益は前年度比42億円減の1510億円となった。経常損益は、電気・モノレール・都電事業では黒字を計上しているが、バス・地下鉄事業では赤字を計上している。(資料1参照)しかし、交通局はどのような状況下であろうとも、都営交通としての使命(先述した経営理念)を果たさなければならないと考えており、今後とも輸送サービスの充実や経営の効率化に努めるなど、「安全で 明るく さわやか 未来を目指す都営交通」を合言葉としている。昨年約250億円もの赤字を出しているにもかかわらず、サービスの充実や延伸計画などの事業を勧める都営交通は、本当の意味で利用客のためになっているのであろうか。

 

3.   都営大江戸線・全線開通による影響

@ 大江戸線の計画と歴史

 

常に利用客の本位を掲げている都営交通のあり方、それを考える題材としてこのレポートでは都営大江戸線を取り上げ、その特徴や開通による経済効果から検証していきたいと思う。大江戸線は、20004月以前まで都営12号線と呼ばれていた。12号というのは運輸省の都市交通審議会(現在の運輸政策審議会)で答申された東京12号線のことである。1968年の答申で始めて12号線が新設され、区間は新宿方面〜麻布方面で環状線とすることも検討という内容だった。1974年に東京都が免許を取得したが、オイルショックの影響で財政難となり、着工は凍結された。その後着工のきっかけとなったのは、米軍グランドハイツ跡地に計画された住宅地(光が丘)の建設である。それにより早期着工の要請が相次ぎ、1982年に練馬〜光が丘間の着工が決定し、1991年にめでたく開業を迎えた。

 

大江戸線の歴史は大きく3段階に分かれる。1段階は最初に開業した練馬〜光が丘間、2段階は新宿〜練馬間で1997年に開業、3段階は環状部(都庁前〜両国〜新宿)で200012月に全線開業した。特に3段階・環状部は、建設費があまりにもかかるため、交通局が運営するのではなく、1988年に第三セクターである東京都地下鉄建設株式会社を設立・建設し、完成後に線路施設を譲渡することとなっていた。これは膨大な建設費で運営を妨げる事のないようにするため、近年の新線でよく取られる方法である。当初1997年の開通を目指していたが、建設費が計画の6826億円から9886億円に膨れ上がったため、少しでも運賃収入を得ようと工事の早く進んでいる新宿〜国立競技場間を今年4月に先行開業したが、12月には何とか環状部全面開業を迎えられた。

 

A 大江戸線の特徴

 

大江戸線の一番の特徴は、鉄車輪リニア式ミニ地下鉄ということである。この規格が採用された理由は建設費を低減させるためである。都内の鉄道空白地帯の解消を目的としているので、強く他線との乗り入れもなく、小型規格となっている。リニア式は車輪の摩擦によらず推進力を得られるため急匂配・急カーブが可能となるため、大江戸線はなるべく道路下に建設でき、建設費を抑えるのに役立っている。駅施設も従来の地下鉄に比べスリム化が図られており、改札は1駅1ヶ所で、出入り口も2ヶ所しかない駅が多く見られる。代々木駅も例外ではない。また人件費削減のためワンマン運転となっている。非常時は手動運転だが、ATO(列車自動運転装置)が導入により、乗務員は車内のモニタを見ながらドアの開閉と発車ボタン(安全のため2つある)を押すだけであり、運転士というよりは車掌に近い役割である。混雑時はモニタではなくホームに出て安全確認をしている。サービス面も2章で紹介したバリアフリー化が実現している。

 

大江戸線の起点は都庁前で、上野御徒町・門前中町・六本木とまわり再び都庁前を経由し光が丘に向かう、つまり6の字運転で、環状部とはいえども、山手線のようにぐるぐるまわるのでない。基本的に光が丘からきた電車は新宿・六本木・上野御徒町・都庁前と内回りにとなる。(資料2参照)この特徴的な6文字運転が新地下鉄の名称に大きく関わってくる。路線名は当初、公募の中から選考委員会が検討して「東京環状線」愛称「ゆめもぐら」と決まりかけたが、石原都知事の6の字運転を理由(東京環状線では5文字・都営大江戸線だと6文字)に激怒し、結局は第二候補及び知事お気に入りの「大江戸線」に決まった。「大江戸線」の採用については、「江戸」と呼ばれていた地域をほぼ包み込む線形であることや、江戸時代に形成された歴史のある地域・まちを通過すること、「大」を冠することによって地理的・文化的発展を表現していること等を東京都は理由としてあげている。公募では20位だった大江戸線の採用に対する都民の反応は様々だ。選考委員会の存在意義が無効になったことに対する怒りや、環状運転するわけでもないのに「環状」の名称がつくことに、一存で一蹴した知事への評価の声など、ホームページに寄せられた声は半々で、中には安に6の字運転を決定した交通局の商売っ気を疑う声もあった。

 

B 大江戸線環状部の整備効果

 

大江戸線環状部の開業により、沿線では住宅や業務・商業ビルなどの建設が進み、駅周辺での新たなにぎわいが創出されている。沿線地域での経済効果や大江戸線整備効果をどのようなものと計画として予想されているのか。大江戸線の整備効果は、ホームページでも大々的に紹介されている。大江戸線は、これまで鉄道利用が不便であった地域に便益をもたらし、乗り換えの便利さにより、より早く安い多様なルートを提供している。自動車から地下鉄への転換を促し、その結果温暖化の原因である二酸化炭素の削減も見込んでいる。自動車交通量の削減により、道路混雑の緩和などの便益もある。

 

経済効果として環状部沿線では、開業30年後で居住人口約38,000人、従業人口で約110,000人の人口増加が見込んでおり、その駅周辺でのにぎわいを地域の活性化の支援するとしている。また新宿・上野・浅草・錦糸町・臨海副都心などの各地域相互間の連携を強化するとともに、空洞化が進んでいる居住・生活地域の活性化や、小規模商業地域の育成に寄与している。事例として、都営新宿線篠崎駅周辺の活性化を数値とともに、駅周辺に業務・商業系施設を中心とした立地が促進したことを示している。建設のための投資により、地域経済が活性化し、生産誘発や雇用の創出なども挙げている。

 

4. 考察とまとめ

 

前記した整備効果に対する問題点を提示して考察してみたい。整備効果として大きく掲げているのが、沿線地域のまちづくりの手助けになることである。新宿や臨海部など大きなビルに立ち並ぶ、いわゆる首都東京をイメージさせる地域と、上野・浅草などの昔ながらの風情漂う下町が大江戸線を通して連携していくことへの意義は大きい。東京の良いところは情報がいっぱいで、雇用機会や娯楽施設が豊富というだけではないのだから、下町を訪れやすくなる大江戸線は、東京の二面性を都民以外の人に知ってもらえるいい機会である。私自身下町育ちのため、下町の良さを実際訪れてもらうことでアピールできることは大変うれしい。

 

私がこの点で問題に思うのは、下町は商業規模として小売商店が多く、現在は大規模スーパーチェーンが少ないので、下町と都心が連携することにより、都心から下町に流れる人や、居住していく人たちをターゲットとして大規模店舗等の建設ラッシュになってしまい、小売商店街を圧迫してしまいないかということである。大規模店舗には大型駐車場が付きものだから、近郊の道路渋滞や、環境面にも被害を引き起こしそうである。併せて大型ショッピングビルも建設されれば下町ならではの景観を崩してしまう。小規模商業地域の活性化も重要ではあるが、行政側が先導するようなかたちで、景観条例や大規模店舗規制などをしっかりと設け、下町の良さを守っていくべきである。目先の活性化だけにとらわれた店舗の乱発は何も生まないし、区画街路が整備されないと、災害時も対処できない。国立市では大学通りの景観をめぐって裁判が起きた事例もある。

 

環状部沿線では開業30年後で居住・従業人口の増加を見込んでいるが、その人口増加に伴った社会福祉面の保障や強化策を、開発と同時に行政側は打ち出すべきである。人口が増え事により生活しにくくなってしまうのでは、大江戸線開通自体が地域住民に便益をもたらすどころか、都営交通の言う利用者本位のサービスにはならない。都営交通も人口増加を予想しているのなら、行政側にその対処法を推進させるよう呼びかけるべきであるし、行政側も開通に伴う責務を重要視してほしい。都営交通は整備効果を将来的には具体的な数値(例えば自動車交通量の削減値)も公開・提示してほしい。

 

大江戸線はこれからのまちづくりへ有効な手段として大きな期待をもたらしている。都営交通の利用者本位のサービス精神は他に例のあまりないものだから、赤字でも今後も続けていってほしいものではある。しかし、その赤字部分が経営している東京都の負担となり、都民の生活を圧迫してくるようであれば、本当の意味で利用者のためになっているのであろうか。効果の裏にある負の要素を先延ばしにしないで同時に対処・処置する意識を強くもってほしい。どのような状況下でも都営交通としての経営理念を果たすため、独立採算制の原則を貫いているが、赤字続きの上での開発によってもたらされるサービスを、利用客は本当に支持できるのか。

 

参考ホームページ

1. 東京都庁 http://www.metro.tokyo.jp/index.html

2. 都営大江戸線 http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/go-oedo/index.html

3. 東京都交通局 http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/index.html

4. ゆめもぐら(大江戸線私設ページ)http://www.asahi-net.or.jp/~zq8a-kaz/index.htm

 

(資料1)1999年度東京都通局決算・事業別経常収支内訳(税別)

地下鉄の図

<東京都交通局のページより>

 

(資料2)大江戸線6の字運転の図

 

説明図

<都営大江戸線のページより>