2002年サッカーワールドカップキャンプ候補地自治体の課題と展望                    中村祐司(担当教官)

 2000年11月22日にJAWOC(2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会)の理事会で公認キャンプ候補地84ヵ所の認定が承認された。キャンプ候補地とは、日韓共催の2002年ワールドカップ大会において参加国チームが開催前に日本国内でキャンプを張る候補地という意味である。注意しなければならないのは、公認キャンプ候補地はあくまでもJAWOCが候補地として認定し、公認キャンプ候補地推薦リストに掲載されるということであって、候補地の選択は出場チームにあるということである。したがって、リスト以外からキャンプ地が決定することもあり得るということになる。また、候補地の主体は地方自治体を原則としており、申請にあたっても「自治体首長・施設所有者・都道府県サッカー協会の連名で申請がなされた。単純に考えれば韓国との共催のため参加32チーム32カ国の半分16カ国のキャンプ地を日本の84自治体が争うこととなる。仮にキャンプ地が日本に片寄ったとしても実際のキャンプ地となるための競合は避けられない状況にある。それにもかかわらず、なぜ、84もの自治体が手を挙げたのだろうか。そのほとんどが当該地域の活性化を目指しているからである。

 サッカーワールドカップというとどうしても関心の目は実際の試合が行われる競技場に向けられがちである。しかし、考えてみればキャンプ候補地というのは出場国のチームが大会前から長期間にわたって滞在するし、試合会場地のような華やかさはないにしろ、各国報道陣の注目は長期に当該地域に注がれる。確かに地域とチームの交流や練習の公開などは極めて制限されたものになるであろうものの、メディアを通じて全世界に当該地域が発信・宣伝されるといっても過言ではない。この小論ではインターネット上にキャンプ候補地に関するサイトを掲載している地方自治体のうち、新潟県新井市のホームぺージに注目し、キャンプ候補地に関わる掲載内容を整理・把握し、その特徴について考えてみたい。

 新井市は人口約2万9000人で新潟県南西部に位置している日本でも有数の豪雪地帯である。環日本海経済圏と関東経済圏とを結ぶ国道18号線と信越本線が市域を南北に縦断しており、1999年10月には上信越自動車道が全線開通し、北陸新幹線の着工も始まっていると紹介されている。http://www.city.arai.niigata.jp/guide/index.html(2000年12月15日現在。以下同じ)。 その新井市で公認キャンプ地に正式に名乗りを上げたのが1999年8月であった。同年11月には「キャンプを新井へ誘致しよう」と誘致準備委員会主催の公認キャンプ地立候補記念イベントが行われている。同月、「新井誘致実行委員会」の設立総会が開かれ、関係者80人が出席し、活動計画などが審議された。

 2000年4月には「2002年FIFAワールドカップキャンプ新井誘致実行委員会 平成12年度総会」が開催(関係者32人が出席)され、活動計画や予算について審議された。具体的な誘致活動として、「日本語と英語で誘致パンフレットやビデオを作成・配布」「県・日本組織委員会主催によるイベントなどへの参加」「誘致シンポジウム・セミナーの開催」「県と県サッカー協会との共催イベントなど」が挙げられた。また、「市民へのPR活動」と題して、「市内公共施設や商店街を中心に、横断幕などを設置」「サッカー教室や講演会の開催」「参加型体験イベントの開催」「県内外のジュニアの大会を開催」「アルビレックス観戦ツアーの開催」などが掲げられた。 http://www.city.arai.niigata.jp/worldcup_camp/topics/00_4_18.html

 6月にはJAWOCの競技部長らが視察に訪れ、「関係する施設がよくまとまっている。ただし、芝の整備が必要」と評価したとある。「メイン練習場」として「新井総合公園」が紹介され「郊外の丘陵地にあり、周囲を緑に囲まれた静かな環境」にあると宣伝している。「毎年夏には、海外の強豪ユースチームを招いた国際大会が開催」されていることにも触れられ、「過去に行われた大会・合宿」として「サッカー日本代表(U-19)合宿」から「新潟県マスターズ水泳大会」まで26大会が羅列されている。 http://www.city.arai.niigata.jp/worldcup_camp/training/main.html 「屋内練習場」としては「盛田昭夫記念体育館」(雨天練習とトレーニングジム)が紹介され、「バレーボールコート1面の広さのフロアと、20人収容のマシンルームがあり、オリンピック選手育成用に29機種62点のトレーニングマシンが備えて」あると記述されている。http://www.city.arai.niigata.jp/worldcup_camp/training/gym.html 続けて「屋内フットサルコート」として「新井グリーンスポーツセンター」(砂入り人工芝(オムニコート)のフットサルコート)、「オールシーズンプール・体育館」として「水夢ランドあらい」(25メートル6コースの公認プール)と「市営体育館」(バスケットボールコートが1面取れる広さの体育館2棟)、「宿泊施設」として「ホテルINN at ARAI」(1999年オープンのリゾートホテル。148室389人収容可能で、薬草湯、ジャグジー、サウナ、室内プール、フィットネスフロアなどを備える。)、メディア関連施設が掲載されている。

 その他には「5月6月の新井の気象データ」と題して、過去5年間の好天・雨天の割合と気温・温度を簡単にグラフ化している。さらに、以下のように「日本韓国20会場と新井市」では、韓国を開催地とするチームもにらんだ形での画像を提供している。

http://www.city.arai.niigata.jp/worldcup_camp/access/nikkan_map.html

 交通アクセスについても、電車利用、高速バス利用、マイカー利用に分けて路線地図を提供している。最後に「練習会場周辺地図」では、先述のメイン練習場等の利用施設が一目で分かるような地図を掲げている。

 以上のように新井市のキャンプ候補地アピールに関するページを見る限り、施設面、次に交通アクセスを強調した内容となっている。確かにキャンプ地の選択権はチームにあり、チームにとって最も関心の高いのはこの2項目に間違いないであろう。また、今後、日本語以外での紹介もホームページに掲載されていくことが予想される。

 ところで、4月の実行委員会の活動や誘致関連のイベントの紹介は、これをさらに内容豊富なものとしていくことによって市民の関心も高まっていくのであろうか。誘致を望むと否とに関わらず市民の自由な意見を掲示板に載せることで、ネット上における相互コミュニケーションが可能になるのではないだろうか。勝手なアイディアだが、例えばこれを日本語以外の言語にすることで、参加チームの新井市への興味が増すこともあるように思われる。あるいはいくつかの自治体で既に行っているように特定の国に絞って誘致活動を進めていく方が戦略上優位なのであろうか。一口にキャンプ候補地といっても今回取り上げた新井市の場合、開催地である新潟県下の市であることも今後の運動の方向性に影響を及ぼしていくであろう。今後は他の自治体の誘致状況をネット上で把握するだけでもキャンプ候補地の取り組みがおぼろげながら見えてくるようにも思われる。JAWOCの候補地リストにホームページのサイトも掲載されるとすれば、掲載するかしないかは誘致力の決定的な差となって表れてくるであろう。

 最後にキャンプ候補地そのものが皮肉な特質を有していることを指摘しておきたい。出場国チームが当該自治体にキャンプをはる理由はあくまでも本番の試合に備えたコンディション作りのためであって、当該地域の住民や子供達との交流にあるのではない。練習の様子も試合での攻撃・守備パターンが外部に洩れることを防ぐために周囲に幕をはることが常識化している。メディア(報道陣)にしてもあくまでもチームを追いかけるのであって当該地域への関心はチームがコンディション作りに励む土地以上の意味合いは持っていない。こうした考えを押し進めていけば、極端な話、地域の人々とチームとの接触は「ゼロ」ということになる。それでもキャンプ地自治体にとってみれば、ワールドカップ出場チームが滞在したという「名声」を得ることができ、世界に「我が自治体」が発信されるがゆえに誘致活動をぎりぎりまで続けるのである。しかし、本当にそれで終わるのであろうか。前回のフランス大会でもチームによっては地元の人々との交流を前向きに考えていた監督がいたと言われている。逆にチームのコンディションを最良な状態に持っていくためには、キャンプ地自治体の人々とチームが一体になった動き不可欠なのではないだろうか。キャンプ候補地自治体の住民には「隙間」をぬう形でのチーム選手・スタッフとの「インフォーマルな交流」ではなく、自国とは別の物差しで応援できるチームとの相互浸透の工夫を打ち出すことこそが求められているのではないだろうか。

 

紹介ホームページ

http://www.jawoc.or.jp/index_j.htm

「2002 FIFA World Cup Korea/Japan のJapan official site」

2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会(JAWOC)の公式ページ。今回取り上げたキャンプ候補地についても、左欄に「公認キャンプ候補地一覧」と「分布地図」(エクセルファイル)がある。ここからキャンプ候補地のホームページを検索した。同じく左欄の「JAWOC NEWS」をクリックするとやや分かりづらいが、その左上の欄からバックナンバーを読むことができる。                     (中村祐司)