医療崩壊をいかにして食い止めるか
〜地域医療包括評価による地域医療の再建〜
宇都宮大学 中村祐司研究室 倉井宏章 郡司寿次 横澤光祐
1. 医療崩壊の現状
1.1 表面化する医療崩壊
今日、「医療崩壊」が全国各地で進み、救急患者のたらい回しや医師の過労死、診療科目の休止や病院の閉鎖が顕在化してきている。
特に救急患者のたらい回しは深刻であり、2007年に奈良で妊婦がたらい回しにされて亡くなるという事故が起きたことを発端に大きな社会問題となった。しかし、2008年にも再び奈良県で妊婦が病院をたらい回しにされた揚句に死産するという事故が起き、首都圏でも同等の問題が起きている。事態はますます深刻化しており、救急患者のたらい回しはもはやレアケースとして片付けられる問題ではない。全国で早急に解決しなければならない問題である。また、診療科の休止や病院の閉鎖も大きな問題である。診療科の休止については、小児科や産科の休止が多い。これは小児科や産科が病院にとって採算性の低い診療科目であることに加えて、訴訟リスクが高いことが原因である。2004年に福島県大野病院で妊婦が帝王切開手術中に死亡する事故が起き、手術を執刀した医師が逮捕されるという事件に発展した。2008年に無罪が確定したが、この事件に代表されるように訴訟リスクというものも医療側にとっては大きな問題である。この事件の後大野病院は産科を休止し、その後も全国の医療機関で産科の休止が相次いだ。
病院の閉鎖については、言うまでもなく医療崩壊における最大の問題であり、病院の閉鎖は地域住民にとっては死活問題に直結する。2008年9月には、千葉県銚子市立総合病院が同病院の慢性的な経営赤字と市の財政難を理由に診療を休止しているが、このような状況は決して銚子市立総合病院に限ったことではない。自治体病院の赤字は全国的に見ても深刻な問題であり、自治体財政が厳しい現状では今後も診療科目の縮小や病院の閉鎖は続くものと推測される。
1.2 医療崩壊の原因
救急患者のたらい回しは救急医療を担う各病院の当直医不足が主な原因であり、医師の過労死は医師不足による激務によって引き起こされる。診療科目の休止や病院の閉鎖についても、該当する診療科目を担当する専門医の不足が診療科の存続を困難にし、患者の受け入れの縮小や診療科の休止を招くことで病院の収入減に繋がり、それが結果的に病院の閉鎖を引き起こす。これらのことから、医療崩壊を引き起こしている最大の原因は深刻な医師不足にある。医師不足はそもそも1980年代から行われてきた医学部定員削減政策に端を発する。2008年にようやく医学部定員増加へ方針が転換されたが、20年以上にわたって医学部定員を減らし続けた一方で、医療はより高度化し、医療ニーズは高まり続けてきた。現在日本の医師数は1000人あたり2.1人と、OECD平均3.1人を大きく下回っているが、20年間以上医学部定員を削減してきたこと、医療の高度化、医療ニーズの高まりによって医師一人当たりの治療範囲が拡大したことなどを考慮すると、医師の絶対数不足を根本的に解決するには数十年単位の時間がかかることが予想される。
1.3 医師確保の難しさ
1.2で述べたように、日本の医療には医師の絶対数不足という問題が存在する。また、それを解決するには非常に長い時間を要することとなる。もちろん、医師の計画的な養成は医療崩壊を止めるためには必要であるが、同じく1.2で述べた通り、医療崩壊の現状は大変深刻であり、医師数の充足を待っている余裕はないのである。
全国的な医師不足の中で、病院にとって新規の医師確保は困難である。特に、当直勤務等の問題から開業医に比べて激務とされている病院勤務医の確保及び流出の防止は各都道府県の政策による助力を以ってしても一向に進まないのが現状である。
1.4 医療連携という解決策
新規の医師確保が困難であり、医師の養成にも長い期間を要することが見込まれている以上、いかに今ある資源を有効に活用するかが重要な視点となってくる。医師不足という状況においていかにして医療崩壊を食い止めるかということは、言い換えればいかに効率的に医療を提供するかということである。
効率的な医療の提供を達成するためには病院、医師、看護師といった医療側のアクターの役割分担をより明確にし、それらを連携させることで効率化を図るという「医療連携」の概念が重要になる。また、医療連携による医療提供体制の確立にあたっては、当然地域や患者、国民による理解、協力が必要であるが、いずれにせよ今後の医療崩壊を考える上では医療連携をいかにして進めるかという論点を避けては通れないだろう。
2 医療費抑制政策の迷走
2.1 医療崩壊を加速させる医療費抑制政策
日本は世界最高水準の乳児死亡率の低さを誇り、平均寿命も世界一である。つまり今日の日本は世界最高レベルの医療を提供しており、その意味では世界でもっとも成功した医療制度を誇る国だと言っても過言ではない。
しかし、日本の医療費は諸外国と比較しても決して高い水準にあるわけではない。 日本の医療費対GDP比は8.2%と、世界一の医療費大国のアメリカと比べ約半分にとどまる。OECD主要7カ国の中では最低であり、OECD加盟30カ国の中でも21位と、国際的に見ても日本の医療費が決して高いわけではなく、世界最高水準の医療を提供していることを考慮すれば、むしろ低い水準にあると言える。
日本の一年間の国民医療費総額は約33兆円(2006年)にものぼり、今後も増加していくことが予想さるが、諸外国と比較すると低い水準にとどまっていることは先に述べた通りである。
しかしながら、1983年の『社会保険旬報』 に、今後も医療費が増加し続ければ医療費が国家財政を圧迫して財政が破綻するという医療費亡国論が掲載されたことを発端に、一貫して医療費抑制政策を行ってきた。1.2で述べた医学部定員削減政策も医療費抑制政策の一環であり、その意味では医療崩壊を引き起こした最大の原因は医療費抑制政策にあるとも言える。
医療費抑制政策は今日でも国家の財政難を背景に続けられており、医療崩壊を加速させる要因となっている。具体的には「診療報酬1」 の引き下げである。診療報酬の引き下げは病院の収入減に直結し、病院経営を圧迫する。診療報酬の引き下げは、日本の財政にとっては歳出削減に繋がるが、病院経営には大きな打撃を与え、病院の閉鎖など医療崩壊を加速させることになるのである。
2.2 経営効率化中心の自治体病院改革
医療費抑制政策は国家の財政難を背景に行われているが、近年、地方自治体の財政も危機的状況にある。自治体病院は全体の9割近くが赤字経営である。自治体病院には、病院を運営する各自治体から、経営赤字を補填するために一般会計から繰入金が支出されることになっている。
しかしながら、地方自治体の財政が厳しい状況を強いられている昨今、一般会計からの自治体病院の経営赤字の補填はますます難しくなってきている。また、全国の自治体病院の累積赤字が2006年度末で1兆8585億円にものぼり、自治体財政を大きく圧迫している。そのため、自治体病院の経営改善が、病院を抱える自治体の喫緊の課題となっている。1.1でも述べたが、千葉県銚子市のように病院を手放すか市の財政を守るかという状況に追い込まれ、病院の休止に踏み切る自治体も出てきている。
そのような状況から2007年12月、総務省により「公立病院改革ガイドライン」が策定された。策定の趣旨は、地域に必要な医療を安定的に供給するために自治体病院経営の効率化を図り、持続可能な病院経営を目指すというものである。このガイドラインにより、自治体病院の経営形態の見直しが進められ、地方独立行政法人化や指定管理者制度の導入、民間譲渡等が経営効率化の手法として提示されている。
3 日本の地域医療の問題点
3.1 自治体病院改革に欠けている視点
自治体病院改革は先に述べた通り「公立病院改革ガイドライン2」に沿って進められており、また、医療費抑制政策として行われている診療報酬の引き下げが病院経営に影響を与えていることにも言及したが、この公立病院改革ガイドラインには診療報酬の引き下げによる自治体病院への影響に関する記載がまったく見られないのである。つまり、国の医療費抑制政策の影響によって自治体病院を含めて医療機関全般の経営が逼迫していることを棚に上げ、経営効率化に重きを置いた病院改革を進めているのである。
もちろん、毎年約9割の自治体病院が赤字を計上している慢性的な赤字体質であることを考慮すれば、自治体病院の無駄を省く経営効率化は当然なされるべきものである。しかしながら自治体病院はその本来の存在意義を考慮すれば、一定のやむを得ない赤字を計上することにある種の正当性が付与されるべきである。地方自治体が病院を設立するということは、採算性から民間病院に担うことが難しくかつ、地域住民に必要な医療を自治体病院が担うという目的があり、その意味では決して営利目的に設立されたわけではない。つまり、自治体病院改革を推進するに当たっては「財務的視点」と同等か、それ以上に「非財務的視点」に注目する必要があるのである。
3.2 自治体病院の役割とは何か
自治体病院が担うべき医療、つまり民間病院が採算性から担うことが困難とされている医療とは具体的に何であるのか。それを考えるにあたっては、自治体病院への一般会計からの「繰り出し基準」を考えるのが妥当である。地方公営企業法17条第2項では繰り出し基準には以下のように定められている。
「第17条の第2項
次に掲げる地方公営企業の経費で政令で定めるものは、地方公共団体の一般会計又は他の特別会計において、出資、長期の貸付け、負担金の支出その他の方法により負担するものとする。
一 その性質上当該地方公営企業の経営に伴う収入をもつて充てることが適当でない経費
二 当該地方公営企業の性質上能率的な経営を行なつてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費 」
具体的には以下の基準と解釈される3。
病院事業に対する繰り出し基準
(1)建設改良に要する経費 (2)へき地医療の確保に要する経費 (3)救急医療に要する経費
(4)附属診療所の運営に要する経費 (5)結核病院・精神病院の運営に要する経費
(6)高度医療等に要する経費 (7)附属看護師養成所経費 (8)保健衛生活動経費
(9)経営基盤強化策に要する経費(@不採算地区病院の運営に要する経費A経営健全化対策に要する経費 等)
要約すると、民間病院が担うことが困難であり、自治体病院が提供すべき医療は、@へき地医療 A救急医療 B高度先進医療 C結核・精神科等の医療 D不採算地区医療の5つに分けられる。
つまり、これら5つの医療分野は政策医療として自治体病院が率先して担わなければならないということである。これらの指標に基づき自治体病院は設立されているわけであるが、当然地域性によって必要とされる病院の形態は異なる。
しかしながら、現実にはその果たすべき役割が必ずしも明確でない自治体病院も多い。民間病院の中にも地域の医療を率先して担うような大規模病院も存在している今日、民間病院との間で明確な役割分担が達成されず、結果的に地域にとって非効率的な医療の提供している自治体病院も少なからず存在する。現状の自治体病院は政策医療の担い手という理由にかこつけて赤字経営を正当化している部分があることは否めない。
限りある医療資源を効率的に提供するにあたっては、当然自治体病院や民間病院がそれぞれの役割を明確にする必要があり、そのためには、単に自治体病院の存続に重きを置いた、経営効率化による自治体病院改革ではなく、地域に必要な医療を把握、提供しているのかといった視点から自治体病院改革を進める必要がある。
3.3 保健医療計画策定の欠点
現在、各都道府県には「保健医療計画」というものが策定されている。これは、1985年の第1次医療法改革によって、都道府県単位での保健医療計画の策定と5年毎の見直しが義務化されたためである。策定の趣旨は以下にまとめられる。
@都道府県ごとの医療圏の設定 A必要病床数を算定 B病院間相互の機能特化と連携の推進 C医師、歯科医師、医療従事者の確保を医療計画として策定することにより、@救急医療A災害時における医療 Bへき地の医療 C周産期医療 D小児医療(救急医療を含む) E都道府県知事が当該都道府県における疾病の発生の状況等に照らして特に必要と認める医療
の確保を図り、医療提供する側、医療を享受する側に起こりうる無秩序を無くすというものである。
日本では患者から医療機関への受診が基本的にフリーアクセスであるが、地域に拘らず等しく医療を受けるためには、都道府県が各々の地域の医療の現状を把握し、効率的な医療提供のために一定の計画的な医療機関の配置が必要である。また、医療計画の推進にあたっては、政策医療が重要な手段であり、自治体病院の協力が欠かせないことは言うまでもない。これらのことから都道府県ごとの保健医療計画策定は医療における無秩序を解消し、また国民が自らの住む都道府県の医療の現状を把握するのに不可欠であると言える。しかしながら、1.1で述べたように現実的には救急患者のたらい回しや病院の閉鎖など、医療における無秩序は全国で発生しており、深刻な状況にある。これらの医療崩壊が保健医療計画の不備によって引き起こされたわけではないが、見直しが5年ごとにしかなされていないということを考慮しても、概ね全国の保健医療計画にたらい回しの現状や病院の閉鎖およびその可能性に関する情報は反映されていない。
また、救急患者の「たらい回し」という表現ひとつとっても、医療機関による悪意ある受け入れ拒否を連想させるとして医療側からの批判がある。実態としては処置困難、ベッド満床による受け入れ不可能な状態を指すが、このようなマスコミ用語が世間一般に普及していること自体が行政によるアカウンタビリティの欠如を露呈しているといっても過言ではない。医療崩壊という国民の生命に直結する最大の問題において、メディアからの情報だけがその実態を知る唯一の手段であるという今日の状況では、国民が医療不信・行政不信に陥ることは致し方ないと言えるのかもしれない。
これらのことは、都道府県が真に把握すべき情報は何なのか、また、県民に向けた説明責任は果たされているのかという大きな問題を投げかけている。
3.4 医療連携による効率化における懸念
1.4で述べたように、実体としての「医療崩壊」に歯止めをかけるためには、医療連携による効率的な医療提供体制の確立が欠かせない。また、一口に医療連携といっても、病院間連携や病院と診療所との連携、地域医療を担う拠点病院から地域の病院への医師派遣、病院の外来への開業医の応援診療などその形態は様々である。実際に医療連携は全国において様々な形で進められており、一定の成果を上げているところも多くある。医療連携の形態について、地域の実情に合った形を見出すことは非常に重要であり、また地域医療を救うために全国各地で自発的な医療連携が行われていることそれ自体は非常に評価すべきことである。しかしながら、現在の医療連携のあり方に懸念が全くないわけではない。診療科を休止にした病院の割合は、日本病院団体協議会が2007年に行った病院経営の現況調査報告によると、2343病院のうち16%にあたる439病院が診療科を休止している。休止した診療科の内訳は産婦人科が71件、小児科が67件と突出して多く、以下精神科34件、耳鼻咽喉科33件と続く。
医療連携によって地域医療の建て直しが図られている一方で、多くの病院が診療科を休止している。産婦人科、小児科の休止が突出しているのはそれらの診療科が全国的に過剰であって、効率化を図るために計画的に減らされているのではない。産婦人科、小児科を担う医師があまりに不足しすぎたために診療科の存続が難しくなり、またそれらの診療科の不採算性が病院経営を圧迫したために休止を余儀なくされたためである。
さらに、今後の自治体病院改革の動向次第によってはさらなる診療科の休止も考えられる。そのような不安定な状態の中で、明確なイニシアチブのないまま医療連携が進められていくことが地域医療のバランスという観点において今後新たな問題を引き起こす可能性は否定できない。医療連携が地域医療存続のために今考え得る最良の手段だからといって、対症療法的に医療連携にすがることは、医療連携の形骸化といった問題に繋がりかねないのである。
3.5医療再建に向けて
日本の地域医療の問題点について整理すると以下のようにまとめられる。
地方の財政難を背景に進められている自治体病院改革は、自治体財政への負担を軽減し、かつ病院の廃止といった事態を防ぐといった観点から病院経営の改善に重点が置かれ、民間委託等も視野に入れられているため、自治体病院が担うべき不採算分野の切捨てが起こり得ないとは言い切れない。現在の自治体病院の中には民間病院との機能的役割分担を達成できていないのにも拘らず、自治体立病院の大義名分にかこつけて慢性的な赤字体質を正当化している部分があるため、そういった意味では自治体病院改革は必要である。しかし、現在の医療崩壊の現状を考えれば、本来は単なる病院存続、財政負担の軽減のための経営改善を改革の根拠に据えるべきではない。自治体病院設立の趣旨に立ち返り、自治体病院が何を担うべきであるか、何を果たしているのか、そして今後何を果たしうるのかといった機能的側面から自治体病院改革を進める必要がある。
また、地域医療の機能を維持、発展するにあたり各都道府県が策定している「保健医療計画」は医療における無秩序解消には非常に重要な役割を果たすものである。しかしながら、救急医療に限って言えば、現状として首都圏、近畿地方を中心に救急患者、妊婦のたらい回しが発生している。また、地域医療を救うため医療連携が各地で行われる一方で病院の閉鎖、診療科の休止が相次ぎ、局面はますます混沌としてきている。そのため、国民の医療不信、行政不信は加速しており、今後も不透明で継ぎ接ぎの医療改革を続けていけば医療崩壊を食い止めることはできないだろう。医療計画に基づく機能的な地域医療の確立を達成するためには国、都道府県、医師会、病院、医師、患者といったあらゆるアクターが足並みを揃えて医療再建に取り組むべきである。そのためには地域医療において都道府県が明確なイニシアチブを握り、医療崩壊の実情と地域医療再建に真に必要な情報とを把握していかなければならない。
4. 地域医療再建のために
4.1 目指すべき地域医療とは
政策を提言するにあたり、まず目指すべき地域医療の姿について述べる。
従来の地域医療はいわゆる「病院完結型医療」中心で成り立っており、診療科の豊富な総合病院で外来、手術、入院、リハビリなどあらゆる治療過程を完結していた。特に地方では自治体病院の多くが総合病院であるという県が多いことからも、交通の便が悪い地域にとっては一つの病院で総合的に診療するという形態が主流であり、またその役を自治体病院が主に担ってきたということがわかる。しかしながら、今日、地域医療を中心的に担うような民間総合病院も出てきているため、効率的な医療の提供に支障をきたしている。まさに「病院完結型医療」からの転換期に差し掛かっているということである。
そこで、医療崩壊の現状、深刻な医師不足の現状を考慮した上で、今後目指すべき医療は「地域完結型医療」である。これは各医療機関の役割分担の推進、連携の強化によって地域を一つの大きな病院とみなし、治療過程を医療機関に分担させることで効率的な医療の提供を図るというものである。
医療連携による診療には切れ目ない医療の提供が求められるため、「地域完結型医療」の確立にあたっては医療機関同士の連携の強化、地域や患者の理解が不可欠である。実際に一部の病院では「地域完結型医療」を理念に掲げ、連携を推進しているが、これまで述べてきたように、バックグラウンドの整備がまったくなされていないのが現状である。
それらの問題意識を踏まえ、いかにして地域完結型医療の確立を円滑に進めるかという観点から包括的な対策を行う必要がある。
4.2 「地域医療包括評価」の構築
4.1から、我々は各都道府県に向けて「地域医療包括評価」を考案した。
都道府県を対象とした理由は、「地域完結型医療」の推進にあたって、各病院への必要な情報の提供、各種の整備が不可欠であり、そのためには各地域の医療崩壊の現状を包括的に把握することが必要だと考えたからである。当然ながら、市町村その他の自治体の協力は欠かせないが、地域医療の再建には各都道府県が明確なイニシアチブを握らなければならない。
「地域医療包括評価」の趣旨は、都道府県が地域医療の現状を、機能面から包括的に評価することで、今の地域医療に何が足りていないのか、また何が必要であるのかを明確にし、地域完結型医療を構築するための基盤を創造するということである。
すなわち、包括評価にあたり、各都道府県が調査・把握すべき事象は以下の通りである。
(1)公立病院だけでなく、民間病院、診療所を含め、あらゆる医療機関を対象とした各診療科の配置状況(2)各医療機関の診療科休止の実態(3)民間病院を含め、医療機関が自発的に行っている医療連携の状況(4)各自治体病院が担っている診療科の近隣の医療機関と重複の有無(5)救急医療、周産期医療におけるたらいまわしの実態と原因究明,
の5項目(指標)である。
(1)について、各診療科の医療を都道府県内のどれだけの医療機関が提供しているのかという情報を、医療機関の立地場所を踏まえて明確にすることが地域医療の実態を把握する第一歩である。(2)について、診療科の休止に関するニュースはメディアを通して目にする機会があるが、各都道府県においてどの診療科がどれだけ休止になったのかを知る機会はない。県民の医療不信解消のためにも診療科休止の情報を把握、公開する必要がある。(3)について、自発的な医療連携の試み自体は非常に評価すべきことである。しかし、先に述べた通り、包括的な視点を持たない医療連携では医療における無秩序を解決できない。効率的な医療連携推進のために都道府県が医療連携の状況を把握し、民間病院、自治体病院の垣根を越えた医療連携に活用すべきである。(4)について、自治体病院と民間病院、あるいは自治体病院同士の非効率的な医療提供の是正のため、過度に狭い範囲において同じ診療科の医療が提供されていないかを調査する必要がある。(5)について、都道府県ごとの救急患者、妊婦のたらい回しの現状は総務省の報道資料「救急搬送における医療機関の受入状況等の実態調査の結果について」で閲覧可能なことから、都道府県はたらい回し状況を把握しているはずである。原因究明については困難を極めることが予想されるが、都道府県がそれらのデータを独自に分析し、県民に公開しなければ、救急医療不安は解消されない。たらい回しの解消には県民の協力が不可欠であるため、まず以ってたらい回しの現状を県民に広く知らせる必要がある。
これら5つの指標を元に、各都道府県が域内の医療を機能的側面から評価を行い、従来の政府主導で行われてきた画一的な医療計画を見直し、都道府県が主体となって不足している医療機能の改善を明確に打ち出した医療計画作りを進めなければならない。特に機能の麻痺が深刻な救急医療の整備については早急に取り組むべきであり、救急を含め政策医療の推進にあたっては、自治体病院の積極的な活用が望まれる。同時に自治体病院単体ではなく、他の医療機関との関係を考慮した地域医療という枠組みの中での自治体病院の役割の再定義が進められるべきであろう。
4.3 透明な医療改革を目指して
現在の不透明で財政再建重視の医療改革のあり方そのものを変え、より透明で機能重視の医療改革を行うには「地域医療包括評価」のようなアプローチが必要である。この「地域医療包括評価」が今日の医療改革に新たな視点を確立することで医療崩壊を食い止め、地域医療の再建に繋がるのではないかと考えている。
参考文献
『都市問題』第97巻,第2号
堀真奈美(2007)「医療供給体制における自治体病院のあり方」『会計検査研究』第36号
事業再生実務家協会公企業体再生委員会編(2007)『地域力の再生 三セク・地域交通・自治体病院の再生モデル』金融財政事情研究会
鈴木厚(2006)『崩壊する日本の医療』秀和システム
日野秀逸(2007)『地域医療最前線 住民のいのちを守る政策と運動』自治体研究社
本田宏(2008)『医療崩壊はこうすれば防げる!』洋泉社
本田宏(2007)『誰が日本の医療を殺すのか 「医療崩壊」の知られざる真実』洋泉社
永田宏(2007)『貧乏人は医者にかかるな! 医師不足が招く医療崩壊』集英社
川渕孝一(2008)『医療再生は可能か』筑摩書房
結城康博(2006)『医療の値段 ―診療報酬と政治―』岩波書店
総務省(2007)『公立病院改革ガイドライン』
総務省(2008)『公立病院に関する財政措置のあり方検討会(第1回)』
1医療保険から各医療機関へ支払われる治療費のこと。治療行為ごとに点数が決められており、それを10倍したもの(一点単価10円)が各医療行為の価格となる。その内容は中央社会保険医療審議会で審議され、原則として2年毎に改定される。
2 公立病院改革の推進にあたり策定されたガイドラインで、「第1 公立病院改革の必要性」、「第2 地方公共団体における公立病院改革プランの策定」、「第3 公立病院改革プランの実施状況の点検・評価・公表」、「第4 公立病院改革に関する財政措置の概要」から構成される。
3小山田惠「自治体病院の役割と改革」『都市問題』第97巻,第2号p61より