大谷石を利用したまちづくり

宇都宮大学 行政学研究室

                         小島久直 中野良美 真玉橋知香

  1. はじめに

宇都宮市中心部から北西に位置する大谷と呼ばれる地域では、古くから大谷石の採掘が行われてきた。大谷石とは大谷地域で採掘される緑色凝灰岩のことで、建築資材として使用されてきた。大正時代には旧帝国ホテルのなどの建築材に利用され、また旧帝国ホテルが関東大震災での倒壊を免れたということもあって注目が集まり、生産量は昭和48年の最盛期には90万tとなった。

しかし70年代後半のオイルショック以降生産量は減少している。また観光客数も同様に減少している。

こうした大谷地域の現状を好転させるため、今回私たちは大谷石の新たな活用を提案していく。

  1. 大谷石と大谷地域の現状

1節 大谷地域の現状

観光客数の低迷している大谷地域において問題なのは、大谷は危険であるという認識が全国的にあるという点である。大谷地域では横坑・残柱式坑内採取方式で採掘が盛んに進められたため、あちこちに地下空洞が残った。空洞の大きさは東京ドーム16杯分といわれ、これほどの規模は全国にも例がない。平成元年にはこの地下空洞が原因で大規模陥没事故が起き、安全面での不安定さを露呈した。事故以来、観光客数は激減し、その後も減少傾向を示している。

しかし採石法によると、採掘事業者に対し掘った穴を埋め戻すという作業は義務付けられておらず、採掘を行った場所に対し2年間しか責任をもたない。またそもそも採掘の許可は県が出していたこともあり、責任の主体がどこにあるのか曖昧で埋め立て等の地下空洞対策についてはあまりめどが立っていない。土砂での埋め立てで多額の費用が必要なため県の動きは鈍く、現在市は特区申請による溶融スラグの埋め立てを推進中であるが、反対の声は多い。

    

  1. 大谷石の利用法

現在宇都宮市において大谷石は塀や蔵に利用されていることが多い。しかし大谷石は様々な性質を持っているため、その他の活用法も見出されている。例えば遠赤外線を放出しているため食物の腐敗の進行や、カビの発生を抑制する効果があり、ワインやハムを熟成させるための倉庫として使用されている。他にも大谷石の耐火性を利用してピザ窯としたり、加工のしやすさから大谷石製のインテリア小物が製作されたりしている。最近では大谷石のあたたかい風合いという持ち味を活かし、建物の外装・内装用のタイルとしても使用されている(写真1)

また、大谷地域では新たな試みとして石と明かりの組み合わせが注目されている。毎年大谷地域で行われている祭りであるフェスタin大谷では、今年から「大谷夢あかり」というイベントが行われた。内容は、大谷景観公園の一枚岩の周りを大谷石製キャンドルスタンドで埋め尽くすというもので、訪れた人に大変好評であった。

このように大谷石は様々な用途がある。しかし多くは塀や蔵のように生活に密着したものとして使われているため石の魅力は見失われやすく、大谷石=日常の風景として認識にとどまっている。


  1. 宇都宮市の取り組み

こうした現状に対し、宇都宮市は大谷と大谷石を積極的に支援している。大谷地域を観光地として再び盛り上げようと、平成16年度には大谷地観光の振興を図ることを目標とした「大谷観光推進基本計画」が策定された。また同年、観光を含めより包括的な地域再生を目標とした「大谷地域文化観光再生計画」を国に対して申請し、認定され支援措置を受けている。大谷地域の地下空洞対策としては、「溶融スラグ特区」申請を引き続き検討していく姿勢を示している。その他にも、大谷石産業販路拡大事業や大谷・多気地区美観事業など、多くの補助を行っている。しかし大谷地域においての観光推進体制を進める市と地域の実情は乖離しているといえる。


  1. 大谷石を利用したまちづくり事業

  1. 政策のねらい

  現在市内において多くの大谷建造物が残っているとはいえ、上述のようにそれらは魅力あるものとして市民に認識されにくいという現状がある。さらに関東圏での大谷石の認知度に関しては、全体で約18%の認知度にとどまっている。以上から、私たちは大谷地域を観光地として県外に発信していく事より先に、まず大谷石の魅力を改めて認識してもらうための事業を市中心部において行うことを提案する。

事業実施により、大谷石の石としての魅力を市民に発見してもらうことを第一の目的とする。同時に公共の場を利用しやすくし、利用者増も目指す。事業の効果として、長期的には大谷観光推進を進める一端となることを期待する。


  1. 事業内容

T 駅西口前田川プロムナードでの大谷石の配置

1.駅西口前田川プロムナードでの大谷石配置のメリット

  田川プロムナードとは、宇都宮駅西口前を流れる田川沿いの散歩道である。宇都宮駅は市内でも非常に多くの人が集まる場所であり、駅西口前は宇都宮の顔とも言える場所である。中心地には東武宇都宮駅も存在するが、利用者数は東部宇都宮駅が約11,000人であるのに対し、宇都宮駅は約36,000人と宇都宮駅の方が多い。宇都宮駅に大谷石を設置できれば、多くの人々の目に触れる機会が増え、効果的に魅力を発信できる。

  また、駅東口では現在整備事業が進行中である。駅東と駅西は距離があるが、この事業によって行き来の時間は短縮される。駅西には商業施設が駅東と比較して多いため、往来の時間短縮により、ビジネスホテルが多い駅東から駅西へと、ホテル宿泊者が流れやすくなると予想される。このことからも宇都宮の駅西口前は、今回の大谷石を人目につく場所に設置し魅力を知ってもらうという目的に適していると判断した。

  

今回の提案では効率よく大谷石を露出することを考慮し、田川プロムナードの中でも特に宮の橋近辺に焦点を当て、以下の3つを提案する。


T.田川プロムナードでの大谷石製照明の配置

U.宮の橋での時計塔の配置

V.宮の橋から田川プロムナードへ続く階段の配置


T.田川プロムナード両岸での大谷石製照明の設置

田川プロムナードにおいて課題のひとつとして夜間に暗いことが挙げられる。プロムナード上には照明が存在しないので、駅前で人通りが多いにもかかわらず夜中に一人で歩くには不安を感じる暗さの場所となっている。

そこで大谷石製の照明を配置することを提案する。大谷石の持つ温かみと光の組み合わせは、先述のフェスタin大谷での大谷夢あかりイベントでも評価が高く、照明の素材として大谷石は適当である。大谷石製照明を両岸に配置することで現状のような不安を感じる場所ではなく、大谷石製照明の明かりによるムードの漂う空間へとプロムナードを変えられる。

配置の間隔については、川辺や橋の上から眺める人々に、連続した照明のある空間の美しさを感じさせる程度が望ましい。具体的には市中心部にあるまちかど広場や宮の橋上の照明を参考に、約3メートルとする。

明るさについては、提案する照明は川の雰囲気にあったものでなおかつ橋の上から視認できるものであればよい。具体的には川岸での照明の標準的な光度である515ルクスとする。

  照明器具の形は川面を眺めながら歩け、かつ大谷石の照明を眺められるように腰より低い程度の高さがよい。具体例としては文化庁「文化芸術による創造のまち」支援事業として行われた「らいとライトコンペティション2006」の奨励賞にある「ARCHI LIGHT(写真2 鈴木昇氏 作)のような形状、高さが今回の提案に適している。


U.宮の橋における時計塔の配置

宮の橋(写真3)は田川の途中にかかる橋であり、立地的にはちょうど宇都宮駅西口前となる。人通りはとても多く、歩き疲れた人がベンチに座りながら話している姿もよく見受けられる。しかしこれといった特徴はなく地味な印象を受ける。そこでシンボルとなるものとして大谷石製の時計塔の配置を提案する。大谷石製の時計塔(写真4)はし中心地を流れる釜川沿いにも存在する。大谷石製時計塔は見た目にも新鮮であり、その新鮮さを宮の橋に持ってくることで橋のシンボルにもなり、多くの人の目に留まることにもなる。さらに、駅周辺付近の歩行者にとって時間を知る手段は日に3回鳴らされる時報のみであるので、駅周辺での利便性を高めるためにも、大谷石製時計塔を設置することは有効である。


V.宮の橋端部から田川プロムナードへの大谷石階段の設置

現在駅周辺から田川プロムナードへと降りる手段は、宮の橋から徒歩2分ほどに存在するコンクリート階段のみである。その階段は歩行者の通行量が多い場所からは遠く、視覚的にも階段を降りた時点では昇るための階段を確認しづらいため、駅周辺を通る人が気軽に降りられないという現状がある。また階段自体の数も少なく、いったんプロムナードへと降りると次に階段を昇るためには3~4分程度歩き続けることになり、面倒な場所という印象を持ちやすいのが現状である。そこで、現在は階段の存在しない宮の橋に田川プロムナードへと続く大谷石製の階段を設置することを提案する。具体的な場所としては写真5の宮の橋東端部を含めた4つの端部となる。宮の橋は先述のように交通量が多いのでこの位置からプロムナードへと降りることができれば、通行人はプロムナードに流れやすくなると予想できる。


以上の3つの提案を複合的に実施することにより、各提案は相乗的に効果を増す。現在宮の橋の東側には大谷石の公衆トイレがあるが、例えばその端向かいに大谷石製の時計塔を設置する。橋からは雰囲気のある大谷石製の照明の光が見え、橋に架かる大谷石の階段からは川沿いに降りることもでき、気軽にゆっくりと光と水の音を楽しむことができるようになる。橋から田川にかけての大谷石製品による一体感のある空間は、市民に憩いの場を提供するだろう。


事業内容U 八幡山公園内日本庭園での大谷石製照明の配置

 1.なぜ八幡山公園内 日本庭園なのか

市中心部にある八幡山公園には約21万uの面積に約860本のソメイヨシノが植えられている。開花時期の4月初めから1週間程度の期間にはさくら祭が催され、毎年5万人以上の人々が訪れており市では最大の花見スポットとなっている。この花見イベントは大谷石を市民に向けてPRする良いチャンスだと考えた。音やにおいなどの受動的でいても感じ取れる刺激を持たない石という素材は、ただ単に配置するだけでは人の意識には入っていきにくいものである。花見という人を惹き付ける要素に大谷石の照明を持ってくることによって、大谷石の存在やその魅力に気づいてもらいやすくなるのではないかと考える。

八幡山公園の花見スポットに隣接する日本庭園は池を中心に構成されている。池の周りには桜やツツジが植樹されており、その日本庭園を望むようにして5基のベンチが設置されている。しかし、日が暮れると周囲の高い外灯がぼんやりとあたりを照らすだけで、池周辺は暗くなり、その外観の美しさは隠れてしまう。また、さくら祭の時期であってもぼんぼりの点灯範囲ではないため池周辺まで積極的に足を運ぶ人は少ない。これではせっかく整備されているのにもったいないという印象を受ける。そこで、大谷石の照明を池周辺に設置することを提案する。


2.事業によって期待される効果

フェスタin 大谷で好評を得た大谷夢あかりイベントに先んじて、石と明かりの組み合わせに注目し成功を収めたイベントがある。香川県高松市の「むれ源平 石あかりロード」である。このイベントは7月末から9月末の約2ヶ月間、源平合戦で那須与一が扇の的を射たという歴史スポットを、約1kmにわたって地元で産出される庵治石で作った照明で照らすというものである。今年で3年目のイベントであるが多くの石屋や地域の各家庭が協力したこともあり、年々来訪者が増え7万人の来訪者を見込むイベントに成長している。このように石と明かりという組み合わせで成功している事例もあり、また大谷夢あかりが好評を得たという事実からも、大谷石の照明を設置した場合もその魅力・評価ともに高いものになると期待できる。

次に、八幡山公園の利用状況をみてみると、平成17年に市によって行われた市民アンケート意識調査から、花見時期の来訪者のうち約4分の1を普段公園を利用しない人が占めていることがわかった。この利用者層が夜間にライトアップされた日本庭園を見て魅力を感じ、花見時期以外にも訪れるようになれば公園全体の利用者も増加する。

また夜間の八幡山公園では全高89mの宇都宮タワーがライトアップされていたり、市の夜景が見渡せる橋(アドベンチャーブリッジ)が架かっていたりするなど、あまり注目されていないがデートスポットとしての魅力も持ち合わせている。池周辺での照明設置は夜間の公園の魅力を増すことになり、これらの周辺施設との魅力と相まって、恋人たちというこれまで利用の少なかった層にとっての憩いの場になることも期待できる。


3.事業実施に当たっての具体的検討

  まず、設置場所である。庭園の池周辺は池の西側のコンクリートの飛び石部分を除いて、全体的にツツジの株や桜、松が植えられている。ところどころにあるツツジが密生していて土部分が見えないところがあるが、そこを除いた場所に設置することとする。しかし、整備された道路などに設置するのとは違い、池周辺は凹凸や設置可能なスペースにばらつきがあるため必ずしも等間隔に配置できるわけではない。光が連続する間隔とスペースを考え検討した結果、設置が見込める場所は池の北側で10箇所、南側で16箇所ほどであった。

次に、どのくらいの光の強さが池の雰囲気や大谷石製照明と合うかを考慮する。照明は、池の雰囲気を壊すものであってはならないと同時に、大谷石の持ち味である温かみを引き出すものでなければならない。照明器具に関しては市内中心地にある宇都宮城址公園内の園路灯を参考にする。宇都宮城址公園にある高さ85cm(光源は高さ65cm)ほどの園路灯の光が、明るすぎず暗すぎず、また遠くからでも光が確認できる程度の光で、大谷石の持ち味を引き出す適当な光の強さだと判断したためである。

照明点灯費については、上記した宇都宮城址公園照明の点灯費を参考にする。点灯時間を八幡山公園内にある宇都宮タワーがライトアップされる時間と同じとした場合、季節によって多少変動するが、冬季の一日約4時間半が最大点灯時間となるため、4時間半で試算する。明るさは上記の照明同様一基あたり30Wで、設置可能な場所すべてに設置するとすれば26箇所となるため、点灯費は4.5h×30W×26×365×11/kw(法人、低圧契約)=約14,100円となる。

最後にデザインと照明費に関して検討する。宇都宮城址公園内では階段など足元を照らすために、一辺約20cmの立方形の小型照明が使用されている。池周辺を照らすのに高さはあまり必要ではないため、今回はこの形を参考にする。自然のものである大谷石の価値相場は昔に比べて10倍以上と言えるほどに上昇しており、15p立方の大きさの照明だと約12,000円という相場になっている。26基設置するとなれば、12,000×26基=312,000円となる。


写真1 大谷石タイルを使用したビル

写真2 鈴木昇氏 作「Archi Light

写真3 宮の橋

写真4 釜川沿い 大谷石製の時計塔

写真5 宮の橋 東端部北側