バイオテクノロジーの行方と意味を考える
 

 


                               

                                               初期セミナー 619():板倉、和賀

 

1996年、イギリスでクローン羊ドリーが誕生して以来、バイオテクノロジーがにわかに論争の対象になった。生命に対する倫理問題や、技術の悪用など、これからもますます発展するであろうこの技術には多くの不安要素がある。今日はこのバイオテクノロジーに関して、主として社会科学の面から見た問題を議論しようと思う。バイオテクノロジーといってもその範囲は広いが、今回は近年特に注目されている次の3つについて考えようと思う。

@クローン技術   A遺伝子組み換え食品   Bヒトゲノムの利用

 

1.バイオテクノロジーとはどんなものか

バイオテクノロジー(以下バイテク)は、訳すと生物工学となる。その範囲は極めて広い。話題の遺伝子工学から、微生物が産出する物を用いた抗生物質(ペニシリンなど)、品種改良といった育種技術もまたその範囲に入る。過去の生物学と決定的に違うのは、生物学と物理学、化学を合わせた点にある。以前は生物の発生、成長は神秘的なものとされ、人間はただ、環境を整えることしかできなかった。しかし、生物の構造が理論づけて説明できるようになって分析可能になった結果、遺伝子を操作できるようになった。つまり、生物を内部から変えることができるようになった。以前は神のみぞ可能だった領域に、人類の技術が入り込んだとも言えるだろう。

 

2.バイオテクノロジーの特徴

本質的に遺伝子の構造は人間も大腸菌も同じなので、応用が可能。

生物の一部分を物理的に操作できるが、全体性を損なうこともある。

少しの操作や培養によって、安く大量に生産できるところが長所。

 

3.バイオテクノロジーの総括的問題点

バイテクに関する一致した見解はまだなされていない。倫理観にも差があり、法的規制も確立していない。

即座にではないが、他の生物から人間への応用が比較的容易である。

ある国で禁止されても、政府が弱い国や、法が緩い国などで秘密裏に応用される可能性がある。

実験に失敗した場合の廃棄物処理問題。変な機能を持った生物が実験室外で繁殖すると大変なことになる。また、成功した場合の生物であっても、繁殖してほかの自然生物を減らすことになれば、生態系も壊れる。これがバイオハザードである。

 

4.議論資料

@クローン技術

クローン技術とはどのようなものか……クローンを作る方法は1通りではない。全部で5つの方法がある。その5つとは、「受精卵分離」、「受精卵分割」と、「核移植」を3つに分けた「受精卵割球核移植」、「受精卵内細胞魂核移植」、「体細胞核移植」である。1997年にクローン牛として騒がれたのは、「体細胞核移植」によって生まれたものである。前者4つの方法によって生まれたクローン牛は、子牛同士はコピーであるが、親とは1世代進んだ子牛となる。しかし、後者「体細胞核移植」で生まれた子牛は体細胞を提供したドナーのコピーとなるところに違いがある。歴史的にも意外に古く、カエルのクローンが1962年に作られている。遺伝子の一部を他生物のと取り替えて増殖させ、新しい生物を作ることも1973年に実現している。

「体細胞核移植」の方法

成体の体細胞を採取して培養し、この細胞をドナー細胞とする。受け皿となる卵子は、食肉処理上から調達した卵巣を用いる。この卵巣から採取した未成熟卵子を採取し、成熟するまで培養する。この成熟した卵子の核を取り除き、その中に培養したドナー細胞を注入する。その後電気融合して数日培養した後、受卵牛に移植する。

クローン技術の長所

現在クローン技術は、より良い牛の生産に使われている。親と子が違うクローンの場合、産まれてくる牛の能力も分からなければ、性別も分からない。よって効率が良くない。しかし、体細胞核移植によって生まれたクローンは、ドナーの性質をしっかり受け継ぐため、性別も分かる上に、能力もドナー同等のものが期待できる。体細胞は凍結保存など、扱いが容易なので長期にわたって供用可能である。

技術面の不安要素

  体細胞クローン技術により生まれてくる子牛の遺伝子の正常性、分化した細胞の核のリプロ    

    グラミング機構等がまだ解明されていない。現在の核移植技術は除核した未受精卵子の細胞

    質中に含まれるミトコンドリアにあるDNAの影響、及び細胞質と移植される核との相互作

    用が解明されなければ、、クローン子牛間の相似性はいつまでも正確に評価できない。体細

    胞クローンは受胎率が低く、流産しやすい。分娩直後に呼吸困難を起こす子牛が多い。

    クローンの問題点

まず、問題なのが、受精卵クローン技術を使って生産された牛の肉や生乳が消費者に知らされないまま食卓にあがっていたことである。安全性の認知や表示がないまま新たなる技術が一般生活に入り込んだことになる。大変危険なことだ。業界は安全性を認めている。

次に、おそらくこれが最大の問題だが、倫理観の問題である。遺伝子を直接操作したのではないにせよ、人工の生物が哺乳類にまで登場した。つまりは人間にもほぼ応用が可能になったことを意味する。実際作られた時、単に不気味だという問題ではない。クローン人間の人権はどうなるのか、神秘的な生命を軽んじることにならないか、といった倫理的な問題である。法規制も十分ではない。クローン人間を作ったものは5年以下の懲役となっているが、軽くはないだろうか。また、不妊治療にもクローン技術を使った方法が研究中だ。他人の卵子の核を取り除き、自分の卵子の核を入れて若返りを図ろうというものだ。これもこれからのテーマになりそうである。

問題提起

クローン技術はどこまで認めるべきか。監視はどうするのか。などがあげられます。どうでしょうか。

 

A遺伝子組み換え食品

遺伝子組み換え食品とは何か……病気や害虫に強くしたり、収穫量を増やしたりするため、ほかの生物や品種の遺伝子を組み込んで新しい性質を加えた作物を使った食品。農業の生産性が高まるので注目されている。従来の品種改良をさらに進めたものといえ、すでに除草剤や害虫に強い大豆やトウモロコシなどが大量生産されている。また、遺伝子組み換え作物は自然の植物と混ざらないように勝手に繁殖できないように作られている。よって種を作る能力がない。

    遺伝子組み換え作物の作り方

    遺伝子組換技術とは、生物から役に立つ遺伝子を取り出し、改良しようとする他の生物に    

    取り入れることによって農作物などを短期間で品種改良する技術である。作り方は、まず役

    に立つタンパク質を作り出す遺伝子を見つけて、その遺伝子だけを取り出す。生物から遺伝 

    子を取り出すには、「制限酵素」といわれる特殊な酵素でDNAを切断し、必要な遺伝情報が

    含まれているDNA断片を取り出さねばならない。その際、取り出した遺伝子に別の遺伝子

    が混入することのないよう処置する。次に、取り出したDNA断片を改良したい農作物の細

    胞核の中に取り入れる。細胞核にDNA断片を取り入れるには、主に次の3つの方法を使う。                         

   (a)アグロバクテリウム法……土壌細菌アグロバクテリウムの細胞の中には、「核外遺伝

      子」(プラスミド)が存在するが、このプラスミドには、植物に接触すると自分の遺伝子を

      植物に送り込む性質がある。そこで、この性質を利用し、プラスミドの一部を切り取って、

      その代わりに取り入れたい遺伝子をプラスミドにつなぎあわせた後、そのアグロバクテリ

      ウムを植物内に侵入させて遺伝子を組み入れる。こうすると、役に立つ遺伝子を持ったア

      グロバクテリウムが、改良したい植物内に侵入し、そこに遺伝子を組む込むことができる。

   (b)エレクトロポレーション法……植物細胞の固い細胞壁を酵素で溶かして取り除き、プ 

      ロトプラストと呼ばれる裸の細胞にして、遺伝子が入りやすいようにする。次に、このプ

      ロトプラストに、短時間の電気刺激(電気パレス)をかけて穴をあけ、ここから取り入れた

      DNAの断片を入れる。

   (c)パーティクルガン法……金やタングステンの微粒子に、取り入れたい役に立つ遺伝子

      をまぶし、これを高圧ガスで改良したい植物細胞に打ち込む方法。

    遺伝子組み換え食品に対する意見

  殺虫作用や病気に強い遺伝子を組み込んだ作物が、人体に悪影響を及ぼすのではないか。

  遺伝子組み換え食品の人体や生態系への安全性がまだ確認されていない。

  技術自体が特殊だから、普通の農家は特定企業から種を毎年買わねばならないので、農業支

  配が起こるのではないか。

  人口爆発による食糧対応策にもってこいだ。→食糧問題は南北問題でもあるので、解決に

  は結びつかないという意見もある。

  むやみに農薬を大量散布せずにすむので、健康に良い。

    遺伝子組み換え食品をめぐる最近の動き

  国内の主な開発メーカー6社、消費者の不安を考慮し、食品化を当面見送る。

  生産性とは逆に、健康やうまみといった、消費者に利益のあるような作物を生産しようとい 

  うところもある。また、食品とは無関係の花に応用しようとしている。 

  早稲田大学生協食堂、遺伝子組み換え食材を使わない献立を明示する。

  表示基準作りが難航。2001年の表示義務化を前に、米国の従来と明らかに違う部分だけを    

  表示する案と、日欧等多数国が支持する、わずかな物も含めたすべてを表示する案が対立し  

  ている。

  安全性を検討する、米・EU共同の諮問機関設置を決定。

 

    遺伝子組換食品の安全性の検査

    遺伝子組み換え食品製造者は、厚生省の安全評価指針にしたがって食品の安全性を検査した  

    後、厚生省にその安全性の確認を申請することが来年4月から義務づけられる。厚生省内    

    では専門家、生産者、消費者の代表によって慎重に審議される。また、食品衛生調査会にお   

    いて、人体の健康上の影響が疑われたり、確認されたりした場合は、食品衛生法に基づき、  

    販売停止などの措置がとられる。厚生省の安全性評価指針では、製造された遺伝子組み換え 

    食品と既存の食品との成分を比較し、

      1.タンパク質などの主要食品成分の割合が既存の食品と同程度である。

      2.組み換えにより新たなアレルゲン(アレルギーの原因)が生じていない。

    等が確認されれば、既存の食品と同様に安全と考えている。最終的には厚生大臣が食品衛生 

    調査会の意見を聞いて確認する。

    遺伝子組み換え食品をどう扱えば良いのか

  これが議論の焦点となるところである。現在反対運動はいくつか見られるが、是か否かが      

    消費者ははっきり断定できないので、運動はまだまばらである。また、実際には、現在食べ    

    られているジャガイモの9割はバイテクによって作られたウイルスフリー苗からできたもの  

    である。バイテクが一概に敵だとは言えないだろう。ただ、1つ言えるのは、現在のこの技      

    術で大きく得をしているのは、企業と結びついた農家であるということである。我々には、

    はあっても得はとりたてて大きくない。安全に勝る利益はないのではなかろうか。いかがな

    ものだろう。

    また、こういった事例もある。進む温暖化現象対策として、遺伝子組換によって二酸化炭素

    の吸収量を増やした植物を開発中というものだ。こういったことにこそ技術を使ってほしい。

 

Bヒトゲノムの利用

  ヒトゲノムとは何か……人が持つ遺伝情報の全体。遺伝情報全体をゲノムといい、人間の   

  ゲノムなのでヒトゲノム。染色体に詰め込まれたDNAは4種類の塩基がらせん状に組み    

  合わさってできていて、ヒトゲノムは約30億個の塩基で構成されている。このうち35  

  が遺伝子と考えられる。ヒトゲノム解読とはすべての塩基の配列を読み取る作業で、その次  

  の段階として遺伝子やタンパク質を解析し、病気の原因解明や体質に合った薬の開発につな

  げる研究が進んでいる。つまりは、人間の設計図を読み取って利用しようということだ。

  ヒトゲノム解読の現状

    米国セレナ社が、ほぼ解読を完了したと宣言した。しかし、多くの科学者は精度が低いとし

    て反発し、公的研究所では2003年度が目標としている。

    23個の染色体のうち、2122染色体については解読が完了している。

  ヒトゲノムに関する利点

  どの遺伝子が病気や体質に関わっているかが分かるため、どの薬が最も効きやすいかが分か 

  ったり、遺伝子治療が容易になったりする。その他、多くの分野の基礎研究となる。

  ヒトゲノムに対する問題点

  この分野の研究は、IT革命と並んで、現在もっとも盛んな分野といえる。これからもどん   

  どん研究は進むだろう。しかし、好奇の目からすれば大変面白い分野ではあるが、遺伝子を   

  操作できる技術を持った人類が、果たして悪用しないか心配である。この研究はすべての応

  用の土台となりうるものでもあることを忘れてはならない。つまり、遺伝病の救済から、産

  み分け、果ては自分の寿命まで知り得てしまうのだ。背を高くするとか、目を青くするとか、  

  障害者をこの世から無くしてしまおうといったことも可能になるだろう。これらは倫理観と

  も絡んで大変な問題である。人間を解読することは、人を機械のように捉えることもまた可   

  能である。部品交換の感覚で人体がいじられることはあるべきではないと思うがどうだろう

  か。

 

5.まとめ

    私は科学技術が進んだ現代において、人類の内部の動物的感情を越えて、技術だけが一人   

    歩きしているような気がする。人間以上に技術が力を持ってしまったと思うのである。これ 

    を操るのは人間である以上、まだ抑止はきくが、相当な努力を強いられるのは間違いない。

    こういう言葉を聞いたことがある。「人間は原子力をコントロールすることができるように

    なったと同時に、原子爆弾を作った。」これはバイテクの分野にも言えるのではなかろうか。

    ともあれ、これからもこの分野にはみんなが目をむけ、しっかりと監視せねばならない。規 

    制は厳しすぎるくらいにするべきだ。というのが、私なりの結論である。最後に、多少衝撃

    的なブタの話をはじめ、補足資料を載せるので、参考にしていただきたい。

      

6.参考文献     

   「東京大学公開講座  バイオテクノロジーと社会」                                                      

    東京大学出版局   総301ページ  1987.7.25