経済学概論レポート          

 「マネー敗戦」(吉川元忠著・文春新書)を読んでの貨幣の考察

                                                            国際学部国際社会学科

                                                         000104   板倉世典

この本は近代の貨幣の歴史を踏まえながら、1980年代以降の日米の金融を解説した本である。一時は世界のトップ通貨になった円が、どのようにして誕生し、バブル経済を引き起こし、今日の平成不況に至らしめたのか。そして、世界一の債務国アメリカが、現在の経済で、なぜひとり勝ちすることができたのか。これらが、非常に分かりやすく解説されている。この本を読んで、貨幣とはどういうものか、金融とはどんな性格を持つのかについて、若干の考察をしようと思う。

 

1.世界貨幣制度

貨幣の力を広げ、世界通貨にするには、その貨幣を世界に拡散させることが必要である。ポンドは基軸通貨として世界の銀行、工場といわれたイギリスにより、ビクトリア時代、植民地を中心に世界に広げられた。世界恐慌で没落の後はドルが取って代わったが、これも、第二次世界大戦の復興としてのマーシャルプランで、ヨーロッパじゅうにドルを広げたうえ、IMFによっても世界中に行き渡った結果でもある。第二次世界大戦ののち、圧倒的な経済力を誇ったアメリカは金ドル本位制という固定相場制で世界経済を一手に握ったが、これもニクソン・ショック以後変動相場制に移行する。これ以降、世界の基軸通貨はなくなる。そしてアメリカ経済は徐々に後退し、変わって日本が台頭してくるのである。

日本は最後までドルを支えつづけた。投資もほとんどがアメリカとの一本柱となり、世界に広がることはなかった。当時の幼い私から見ても、新聞は良く読んでいたが、円が世界的な通貨であるようにはどうしても見えず、学校で教えられたことはアメリカとの貿易摩擦による日本攻撃と、輸入削減だけであった。ほかの国が出てきた試しはない。

  世界通貨の歴史は同時に、金融の歴史でもある。単なる貿易による、モノのやり取りによる黒字だけでなく、投資による利益、そしてその融資をどううまく利用するか。これも経済のテーマとして次第に重みを増してきた。変動相場制でそれはこれまで以上に戦略性を帯びるようになった。貨幣の流動性の見極めが鍵となったのである。

 

2.日本の台頭からバブルまで

アメリカは84年以降、独自の力でやっていけなくなり、大量の債券を買ったが、その大部分は日本であった。日本はこれ以降、国内では頭打ちになっている投資をアメリカに向け続け、ドルによって運命を共にする。日本の黒字はアメリカが日本の債権で生み出したものによって出るという不思議な状況が生まれた。アメリカの金利の高さが魅力的に映ったのだろう。これでアメリカは一挙に潤った。でははたして、その時日本の投資家、政治家は慎重に先を見越した投資をしていたのだろうか。国内の頭打ちを無視して、実験中のレーガノミックスに求めるのが正解だったのだろうか。いずれにせよ、この日本の姿勢が、金利ただ乗り論と批判を受けることもあった。

ドル高が進むアメリカは、経常赤字の拡大を生み、85年には世界一の債務国に転落してしまう。この非常事態を解決すべく、ドル高是正を試みたのがプラザ合意である。しかし、ドル安が進んだにもかかわらず実際は輸出が増えなかった。それだけドルは不安定でたった。しかし、円が四割下落したのは事実で、バブルの潤いがなくなった後、それは深刻なものとなる。プラザ合意は日本にとって天から降ってきた徳政令となった。日本の予想が甘かったのである。

この後、アメリカの要請により、米・独・日との間で金利調整が行われ、87年、日本の公定歩合が2.5パーセントになった。また、あまりにも進んだドル安が底値感を生みこれから成長するだろうという思いを投機家たちに思わせた。これで、ドル安にも関わらない、アメリカへの資金流入がまたも進む。これはバブル経済を引き起こした。裏には、日本ならではの行政指導もあったとされる。このバブルによってさらに米国債への投機が進むのである。当時、アメリカは日本の投資なしでは立ち行かなくなっていた。完全にアメリカマネー戦略の勝利である。日本は、世界恐慌を怖れることもあり、最後までドルだけを支えつづけ、ヨーロッパ諸国への投資分散を怠った。これが後に平成大不況としてつけが回ってくる。

 

3.平成大不況

現在の経済において日本国民は不況にあえぎつつ、「あのバブルは何だったのか」、「なぜこんな不況になったのか」と問っている。バブルの主因アメリカに強調して下げた金利2.5パーセントを2年3ヶ月も続けたためである。これによって不動産などが、実際はここにありもしないお金でどんどん値が上がり、その勢いで、国内は一気に潤った。まさに「夢」の世界である。日本の地価は、アメリカ全土の4倍にもなった。しかし、90年からは株価が急激に下がったうえ、プラザ合意以降の驚くべき円高によって国内は一気に経済成長が鈍ってしまった。不良債権の山、大型証券の破綻、失業とリストラと散々な金融界。政策も、消費税アップと、特別減税の廃止、単にお決まりのような公共事業の増発と赤字国債の累積、長期化している超低金利政策と、金融政策も散々である。

日本が一時は世界一の力を持ちながら、現在大不況に見舞われているのは、第一によく言われる通り、金融政策のミスによるものである。元々日本にはマネー戦略に乏しいが、この場合も、うまい具合にアメリカの戦略にはまり、ただ漫然とアメリカを信用しつづけてしまったのである。日米運命共同体と、協調の構えを見せつつも距離を保って独自戦略を持った独・マルクとは対照的である。「モノづくりで勝ち、金融で負けた日本」、といわれ、金融政策の貧弱さによって製造輸出部門の利益も不意にした日本。ドル立てで買ったアメリカ国債が、円高ドル安で価値が一時7割、その後は4割も減ってしまえば無理もない。ドル=国際通貨=アメリカ通貨がなせるマジックでもあったとも言える。また、冷戦の終結によって、アメリカの脅威の目が日本にむけられたこと、あまりに生活とかけ離れたバブル経済に疎外感を覚えた日本国民の不信感も、バブル崩壊の要因となった。何といっても不況長期化の原因はアメリカの円高攻勢にある。異常なまでの円高は、完全に日本の黒字をつぶした。しかしながら、超低金利政策による自滅によって、それ以後も、投資はアメリカに向けられつづけている。教科書的金利の操作ではもはや無意味であり、不良債権の処理、健全な金利の引き上げがより早期に行われるべきであった。ここでも日本はマネー操作に失敗している。

  

4.これからの世界経済と円

これからの経済はではどうなっていくのであろうか。私は、今からが大変重要な局面を迎えつつあるのではないかと思っている。依然世界一の債務国アメリカの好況がかげりを見せはじめている。ここ5年ほどはアメリカのひとり勝ちであったが、それももう危うくなるであろう。大統領選挙がいまだ混迷の中にあり、政策、予算の使い道の面で争うブッシュ、ゴア両候補が拮抗したまま新世紀に突入することは、どちらが指名されたにせよ、今までの一本のアメリカとは違うものになるであろうからである。ユーロの動きも注目である。創設当時は世界を引っ張っていくかに見えたユーロも、意外に世界的影響力を持てず、安値が続いている。国民層にもユーロが使われるのを目前にして、アメリカの失速の受け皿となりうるのか、そして、ユーロ導入になお難色を示している英・ポンドをうまく巻き込んでいけるのか、次の基軸通貨の地位を得るのか、非常にこれからの動きが期待される。そして、肝心の円は、このままローカル通貨に成り下がるのか、それともアジアにおいての強力な通貨として飛躍できるのか、 ここ数年間が正念場となるだろう。

 

まとめ

  マネー、経済はまるで生き物のようである。先導相場制に移行して以後、それはより顕著になったといえよう。世界通貨制度が変わると同時に、日本は世界の債権国として名をあげた。しかしながら、それは、時期を見誤った甘い見通しと、戦略もないただの一方通行の投資でしかなかった。結果は無残な結果だけである。貨幣の価値はもはや相対的で、不安定である。今日の100円は明日の100円とは違う。日本の失敗もこの性質によるものである。今となっては精密な分析が可能で、日本がなさねばならなかったこと、してはいけない過ちが随分見えてきている。マネーの戦略はこれからももちろん続くし、世界がいつ大きな変化を迎えるかは分からない。日本がこれから安定した成長を望むのであれば、「マネー敗戦」の原因となったものを一刻も早く検討し、戦略を立てるべきであろう。まして、途上国の台頭著しい今、たいして時間はないものと思われる。ここでも時機を逃してしまうならば、日本は、そして円は、ただ東アジアの一通貨として、落ちぶれる運命にあるだろう。