地域生態学レポート  エコロジカル・デザインの感想文     

                                                       国際学部国際社会学科

                                                        000104   板倉世典

 

テキスト:いきものまちづくり研究会編著『エコロジカル・デザイン』 ぎょうせい

 

選択1  いきものとのふれあいの里づくりと法                   〜土地利用とボランティア式管理の提案〜    礒野弥生

 

選択理由

 理想の里づくり、環境づくりには、土地と利益が強く関係している。人々が自発的に土地を提供し、あるいは利用方法を考えてくれるならばこんないいことはないが、実際には難しいと思われる。そこで、自然環境を保全するためには法の整備は絶対に必要だと考え、この項を選択した。

 

感想

  読んでみると、自然環境の問題には、かなり多くの障壁が存在し、法整備も多方面にわたって必要であることが判った。ただ、その中で最も問題であると感じたのが、住民の反対である。法律は国や自治体を通して発効される性格のものであるが、同時に国や自治体は、住民の利権、生活等も保障しなければならないものである。すなわち、法の制定にも限界があるし、既存の法律との兼ね合いで、制定不可能なものも出てくると思うのである。  住民が、自然にあふれていても、便利さに欠けるところを果たして進んで望むだろうか。中には緑は最低限あればいいという人も当然いるだろうし、自然なんかどうでもいいという人もいるだろう。自然は好きだが、やはり近代的な便利さが捨てられない人もいるだろう。そういった人たちをどうやって納得させられるか、という現実的な問題がある。自治体は、住民の賛成なしでは実行できないので、現に思い切った保全事業ができないところもあるだろう。テレビでACが、いろいろと言っているが、効果はほとんどないだろう。  この項では国が主体で保護事業を計画し、ボランティア団体に管理委託するという提案がなされていた。非常に良いことだと思う。少なくとも、現時点での法律では、民間の力が発揮できないと思う。すべて国が主導するより、民間委託のほうが、環境保護の輪が広がりやすいだろう。国の管理で、広大な地域を見守るのはリスクが大きいことも考えられる。第一、モチベーションに差がありすぎる。

  一番いけないのが、中途半端になるということだろう。今、環境と騒いでいるわりには意外と自治体は何もしなかったり、企業は環境をうたいつつ、新商品をどんどん出して、消費者を煽る。地方では過疎化が進むからと、都市化を進めることが、里山を残そうという声より大きいことが多い。確かに法の必要性は大きいが、それ以上の改革をしていかないと、ずるずるとスローガンだけにとどまる可能性が高い。この項を読むことで自然保全法律の一案はよく分かったが、やはりそれは二次的なものでしかないと、あらためて感じた。

 

 

 

選択2    野原サンクチュアリーの創造

          〜昆虫や鳥たちの住む環境づくりの設計指針〜        養父志乃夫

 

選択理由

  一言に理想的な野原をつくるといっても、全く実感がわかない。そこで、具体的にどのような手法があるのか知りたくて選択した。また、ここまで地形を変え、数も増やした人間が生活を続けていく以上、ある程度人為的に自然を監視、管理して、生態系を動植物に保全してやるというくらいでなければ、自然は残っていかない、という私的な考えもあるので、創造、設計というタイトルにひかれたことも選択した理由の一つである。

 

感想

  一言で言って、この項では、かなり専門的かつ具体的な手法の紹介が続いたので、予備知識に乏しい私には、やや理解が難しかった。野原と言っても、その放置時間によって、いきものも植物も大きく違うというのは驚きだった。今までは、野原といえば、広々とした草原のイメージしかなかったからである。ここでは、草原、湿地、池、小川、すべてをひっくるめて野原としている。すなわち、海、山林を除いたほとんどの地域の生態系保存手法について述べているところだと言えると思った。

  全体では、人間による手入れといきものの移住を待つことの繰り返しであると思うが、

私が特に強く感じたのは、相当に人間の手が入って、管理状態にするということだった。自然を守るイコール手付かずの状態にするという、いきものだけの空間をずっと想像していただけに、ここまで介入すべきものなのかと正直感じた。おそらく、実験観察を続けた上での内容ではあるだろうが、かなり計画的な生態系形成作業だなあという印象である。しかしながら、視点を変えて考え直してみると、前の法問題でも触れたが、もはや生態系は、人間の介入なしに保存はできないことがやはり現実かもしれないのである。100年くらい前ならそれも可能だったとかもしれないが、現代のような社会ではむしろ荒れ地と化して産業廃棄物投棄場になる、あるいはゴルフ場になるのがおちだろう。ここまでしっかりとした手法が開拓されているならば、土地の所有をしっかりさせた上で、見通しの利く生態系形成を行ったほうが安全かつ確実であろうと思う。少し残念で味気ない気はするけれども。

  最後に、もう一つ感じたことがある。それは、基本的かもしれないが、植物が動物を育むということである。よく、あの動物がいなくなった、ということがあるが、それは実は二次的なことで、あの植物がなくなったが先行せねばならないのである。それを人間はあまり気づかないので、動物が減ったことを嘆くのだ。この項で、植物の野原の創造の次に、動物の集まってくる様子がよく載っていたので、このことは実は意外に忘れていることなのかもしれないとふと思い浮かんだ。