文化人類学レポート課題「シエラの人々」の書評
000104 板倉世典
現在スペイン語を学んでいる私だが、学ぶなかで、スペインは、イギリス、フランス、ドイツといった国々とは、まったく違う国であることを感じた。文化人類学の視点からあらためてこの国を知りたいと感じてこの本を手に取った。この本は、よく情熱の国、太陽の国と言われるスペインの文化を根底からよく見つめた本である。
読み終えて、なぜだろう、イギリス、アメリカなどよりもずっと近親感を覚えてしまった。それは恐らく、土地への執着と、恥の概念の記述によるものと思う。小さな共同体のなかでよそ者をしっかりと分け、その土地のものは、一生その土地の名を背負う。役人でさえも、厳しすぎて暮らしが成り立たなくなるような規則には目をつぶる。知り合いでない者に対しては冷淡な態度になりがち。どこか一昔前の日本にも見られる光景のように思える。
恥の概念は、情熱とも関わって、男と女の立場に特に見られる。言語の上でもそうだが、男女の区別ははっきりとなされていることが書かれている。タブーではないが慣習化されている仕事の分業、ほとんど家庭外では異性は協力しないなど、あるいは、女性と逆に醜ければ醜いほど美しいとされる男らしさにそれは端的に表されている。それは、闘牛で死んだオスには喝采を浴びせられるのにも言えると記されている。また、結婚が一つの終着点とされ、それ以前の男女交際の一例、「ノビオ」の話も面白い。比較的長い交際のなかで、じっくりと相手を見定める、周りもそれを公認するというのはスペインのイメージにぴったりのものである。このしっかりとした家族、土地、性の関係のなかで、逸脱と考えられるものは恥として受け止められると紹介されている。なるほど、性に関して慎重になるわけだ。
この本はアンダルシア地方の山間の町アルカラを中心に書かれているが、そこに見られる特有の世界も興味深い。そこで目を引いたのが、友人関係についてである。この地方では我々の友人関係の感覚と違い、影響力を示すものとなっている。利害損得が友人関係に左右される。それゆえにお互いは接近しやすく、親密になりやすいというのだ。さらに、すべてのこの地方の社会の基本が、強力な平等意識によるのも面白かった。法も、友人関係も、仕事も、背後には平等意識の下にあった。それが、行政と庶民との溝を生み、さらには共産主義の台頭にまで発展したとも読み取れるのである。当の行政官が外部からやってきて、町のことを知らない状態であってはしょうがないと思うが。
これまでも、一冊の文化人類学の本をじっくりと読むことはなかったが、読み終えて、やはりこの手の本に特有の読みにくさは残った。