itakurat020715  行政学演習Aレポート

「独立採算制に基づく水道行政の現状と試み」    k000104    板倉世典

 

はじめに  なぜ今水道なのか

 日本において水道はずいぶん前から一般的なものとなった。水道はあまりに身近すぎて意識することが少ない。水道水の味、ミネラルウォーターブームも主要な話題から遠のいている。ではなぜ今水道を論じるのであろうか。私がこのテーマを取り上げたのは水供給の危機にある。地球的規模では水資源の不足が目前に迫っており、水をめぐっての紛争勃発も懸念されている。一方日本国内では水道水への不信感の増大、そして水道が普及したことによってライフラインのもろさが逆に出てきている。水道を運営しているのは原則自治体であるが、これらの問題にまさに直面している。事業の民営化についても動きがある。国内外の状況から、今安全な飲み水としての水道行政を考える意義は少なくない。

 水道水に関する問題は非常に広範囲にわたる。本レポートでは水道水供給の現状と試みに焦点を当てることにする。水道行政は独立採算制という企業的形態と公共の福祉を担う行政形態とを併せ持っている。そこに注目して今回このテーマを設定した。水道事業は基本的に全国レベルで一定の統一性を保っている。そこで今回は在住する宇都宮市水道局の調査から具体的な事例を見ることにした。宇都宮市水道局の事業については2002年6月13日午後5時から約2時間、総務課企画財政係主任である篠ア雄司氏にお話を伺った。

 

 

1.     公共の福祉の側面からの事業

 水道は電気、ガスと並んで人間の生活に欠かせないものである。自治体はすべての国民に安全で低廉な水を提供しなければならない義務がある。ここではその中でもすべての人に供給するという目的からの水道管の拡張とそれに伴う水利権の確保、常に供給できる状態にするための危機管理の2点について述べたい。

 

(1)全戸配布実現への水道管の拡張

 現在の水道普及率は平成12年度末で全国平均96.6%である。平成11年度からは0.2%伸びている[1]。これからも全国民に水道水を供給するために100%を目指して敷設し続けることになるのだが、問題がある。それは1km水道管を敷設しても数戸しか加入できないという状況がよく起こるようになったことである。水道水1㎥当たりのコストは年々増加しており、平成2年で152.66円だったのが、平成12年では182.27円になっている。その増えたコストのほとんどが減価償却費である。当然施設は更新も必要になり、拡張するほど将来的にお金がかかる。11年から12年の間では減価償却費が約2円増えている[2]。このペースで拡張を進めたら相当な額になることは確かである。

 上記のことは経営的に合理性を欠くが、公共の福祉から考えるとやむをえない面もある。しかし、これが既に敷設されている都市部の需要者に負担としてのしかかるのであれば問題があろうと考える。(前掲)篠ア氏にこれについて聞いたところ、企業債を発行し、将来の利用者の料金負担によって返済するという、いわば世代間の公平化によって解決するのだという。この返済期間は30年である。よって都市部の人が建設費を負担しているとはいえないという。また、企業の努力だけでは難しく公共の福祉という面が強いため、平成13年度からは費用の半分を市の税金で対応することとなったそうである。ただ更新費用に関してはまた改めて対策を考える必要があるように思われる。

 水供給の増加に従って必要となるのが水利権の確保である。(前掲)篠ア氏に伺ったところ水利権とは河川の水を取る権利であり、地下水に水利権は存在しない。水利権は水をためるダムを建設することによって得られる。一般的には国であるダムの建設主体に対して水がほしい県、市町村がその建設費を出資する。ダム建設に参画する自治体の負担金は一度国に支払われてから町にお金が補償として支払われる。場合によっては水利権に関するもめごとが発生することも予想される。これに関しては、水利権がほしい自治体の要望量などから必要に応じて水の量を配分したりして調整、話し合いをするので、基本的にもめごとは発生しないという。ただ地下水に関しては水利権がなく、すんなりいかないときもあり、そのときは協定を結んで対処するという。

 

(2)柔軟な自治体間協力による危機管理

 水は一日たりとも欠かすことかできない。井戸水を使わない家庭が大部分を占めており、水を常に供給するのは事業体の使命といってもよい。一番一般的な危機管理は渇水対策かと思われる。日本は梅雨と台風によって降雨量の多くを占めており、年ごとにばらつきがある。渇水も特別珍しいことではない。また、災害が発生した場合にも備える必要がある。危機管理に関して宇都宮市ではさまざまな対策をしている。管理体制はところによりさまざまだと思われるが、ここでは宇都宮市について述べる。以下は(前掲)篠ア氏の説明である。

 他市町村が時期によって慢性的に一定の不足が生じている場合には水源能力に余力があれば計画的に同料金で分水している。災害時や渇水等で一時的に水が不足している場合には無料で給水サービスしている場合が多い。市町村間の水道管を接続して普段は栓をしておき、いざというときに栓を開けて水を供給するという試みも検討している。また、近隣で同規模の都市である川口市、水戸市、前橋市と協定を結んで渇水時、災害時に備えている。自治体間協力とは離れるが、新たな危機ともいえるテロに対しても、浄水場でのテロに備えるよう厚生労働省から通達があった。

 

 

2.     独立採算制という経営体としての努力

独立採算制とは、水道事業の運営を料金によってまかない、外部の税金などに資金を頼らない制度である。このため、水道事業には経営努力が要求され、企業のような事業の合理化、経費節減などの努力が必要となる。水道料金は従って事業を支えるものである。しかし、この料金に関しては需要者の関心が高く、また不満も持ちやすいところでもある。ここでは、需要者が徴収票に従って一方的に支払いがちな水道料金に焦点を当てる。その後いかに料金を低く抑えつつ事業をより優れたものにしていくかという経費節減の方法を追い、さらに近年注目を集めている民営化についても述べて現在の水道経営のあり方を考える。

 

(1)水道料金の決定と格差

 (前掲)篠ア氏によれば、水道料金は全国の水道事業体が加盟している㈳日本水道協会の事務局が研究し、計算法法案を出しており、それを参考に自治体が料金を設定している。ただ、実態として協会の案に従っているところが多いという。

 ㈳日本水道協会が、全国の1953の事業体を対象にした調査によると、平成5年度4月1日現在の全国の1か月あたりの家事用20㎥の水道料金(消費税、メータ使用量を含む)は、最高は宮城県松山町の6180円、最低は山梨県河口湖南水道企業団の690円であり、全国平均は2669円となっている。料金体系で見ると用途別が828事業体(42.8%)、口径別が801事業体(42.4%)、その他が261事業体(13.8%)である[3]

@ あまりに大きい料金格差

水道料金の格差は最高9倍、平均しても2.3倍の格差がある。これは電気、ガスなどのほかの公共料金には見られない水道事業特有の現象である。このような格差の原因は、自然的、地理的要因により、水源の位置、種類、水質の良否などがそれぞれに異なりコストに開きがあるからである。地下水の豊かなところ、ダム建設をしたところなどの減価償却費、企業債支払利息の差として表面化する。水需要は鈍化しているが、過大な設備投資が高料金を招く例もある。水道事業は独立採算制であるので、税金から不足分を補うことはできない。統廃合を進めれば改善がみこめるが、歴史があるだけに容易に実現していない。[4]

A 多様な料金体系

 料金体系は非常に多様である。用途別と口径別、その他と大まかに分類できるが、同じ料金体系の中でも、一定水量まで同一料金である基本料金制、単価が一定の単一従量制、水量の段階ごとに単価が違う段階別料金制、さらに使用すればするほど単価が上がる逓増制、逆の逓減制など種々雑多である。

用途別料金とは、家事用、業務用、浴場用など、使用する側の用途に応じて料金を設定したものである。受益者負担能力に応じて設定されるので、生活用水は低料金となる。料金設定における客観的事実に乏しく、料金格差や用途についての基準があいまいである。

口径別料金とは、引込管や量水器の口径により料金を徴収するものである。管の大小に応じて負担するので個別原価に基づいている。管の口径という事実によって料金格差を設けており、用途別料金よりも客観的であるといえる。しかし完全ではなく、集合住宅の生活用水への配慮が必要である。近年は日本水道協会の勧告によって次第に用途別料金から個別原価主義に立脚した口径別料金に移行する傾向がある[5]

B 減価の配賦、水道料金の構成

 水道の原価は性質別に、需要家費(需要家の存在そのものにかかるもので、検針、調定

〔後述〕、収納業務などにかかる経費)、固定費(減価償却費、支払利息及び維持管理費な

ど販売量に左右されない費用)、変動費(薬品費や動力費など販売量に応じて増減するも

の)に分類される。水道料金は用途別であれ、口径別であれ、その多くが基本料金と従量

料金とから成り立つが、上記の費用を具体的にどの料金とするかを決定するのが、原価の

配賦といわれている。この配賦の方法は事業体によりさまざまだが、一般的に需要家費の

全額と固定費の基本水量相当分を基本料金とし、残りは従量料金とする場合が多い。調定とは、発生した権利内容を調査し、具体的に所属年度、歳入科目、納入すべき金額、納入

義務者等を決する内部的意思決定行為をいう。水道料金に関すれば、算定使用量に誤りがないか、適用する料金に誤りがないか、料金算定期間に誤りがないか、請求する納入義務者に誤りはないか等を調査することである[6]

全体的に水道料金の内容は複雑極まりなく、もっと単純で分かりやすくすべきであるという意見もある。しかし、(前掲)篠ア氏によれば、よりやすく、合理的な料金にするには複雑にならざるを得ないという。また、水質の安全性確保、災害対策・危機管理体制の充実、漏水防止対策の強化、施設老朽化への対策、市民会水道のための不採算地域への水道管整備などやらねばならない財政需要は多く、経営的に厳しい。反面、価格破壊やデフレといわれ物価があまり上昇しない中で、安易に水道料金を上げることは市民の理解が得づらく、経営努力をしながら対応していかなければならないという話であった。

こういったやや複雑な水道料金に対して住民の理解は十分とはおそらく言えないだろう。水の生産への投資をPRすべきであり、水はただという意識からの脱却が必要であると思われる。

 

(2)経費節減、水道料金に関わる事業体の苦労

 事業の効率性を考えるのであれば経費の節減は避けて通れない。需要者に低価格で水を提供するためにも欠かせないことである。私は今回事業合理化と省エネにスポットを当てた。

@     事業合理化による経費節減

前に述べたように水道にかかるコストは年々増大している。事業の合理化はコストダウンへの大きな部分を占めると思われ、また多くの事業体が迫られているものであろう。ところがその内容は事情の差によって事業体ごとに大きく異なると思われる。今回は(前掲)

篠ア氏に宇都宮市の場合を聞いた。それによれば以下のコストダウンを行っていた。

 水道料金を平均20.67%引き上げた平成9年度に、健全経営の確保とさらなる値上げを回避するために平成14年度までの期間で財政構造改革に着手した。その重点項目は、@建設改良事業の見直し、A企業債借入額の抑制、B職員定数の削減、C公共工事建設コストの縮減、D事務事業の見直しの5点である。実績として、@は第6期拡張事業計画を見直して97億円を縮減し、Aは第6期拡張事業計画の見直しと一般会計からの公費導入により100億円を抑制し、Bは平成13年度までに25人の職員を減少させた[7]。また、Cは水道管の埋設位置の見直し(管の深さを1.2m以上にする必要があったのが0.8mでも可能ということになった)などにより4年間で7億円を縮減し、Dは経常経費の削減、民間委託化の推進などにより4年間で2億3千万円余のコスト縮減を図った。他にも日常的に、料金の徴収は下水道料金と同時に行う、工事をガス、電気などと一緒に行えるようスケジュール調整を行うなどして合理化を図っている。

A     省エネ化を進める水道発電

 平成2年度で総電気供給量の1.1%が水道関係で使われている。地球温暖化、あるいは経費節減などを考えれば省エネルギー化が必要であるといえよう。消費電力の多くが浄水場で使われるが、施設の多くが高低差、つまり位置エネルギーを有効利用していない。位置エネルギーはただであり、しかも効果は大きい。

位置エネルギーをさらに有効利用し、省エネを進める方法として余剰の水圧で発電を行う方法がある。水道施設において自然流下により水輸送が行われている管路では、地形的な条件から必要以上の高低差がある場合、余剰水圧が発生する。発電を行うのに有利な条件は、水量が安定しており、量的に豊富であることの2点である。導水、浄水、送水系統ではこれを満たすことが多い。この電力を浄水場などで自家使用する、もしくは電力会社に買ってもらうことで省エネが達成できる。これはすでにいくつかの自治体で実施されており、札幌市水道局藻岩浄水場のケースでは2.1億円をかけて整備し、年間3000万円分を発電している[8]。(前掲)篠ア氏によれば、宇都宮市の場合は研究段階であり、条件が整えば将来実現可能という話であった。発電方法がクリーンであるため、コストにみあえば積極的に導入することを期待したい。

 

 

 

 

(3)近年注目を浴びる民営化と水道事業

  行政が行っている事業の効率化などを目的として、1980年代後半から公営事業の民営化が世界規模で進められてきた。日本でも郵政事業民営化が大きな政策論議を生んでいるが、水道に関しても民営化が問われつつある。水道は元来地域に即して整備され、運営されてきたので、現在の事業形態、理念、運営についてはさまざまであり、国内部でも異なることもよくある。日本では市町村営が原則で都県営もある。欧米では公営と民営が国ごとに異なっている。ただし経営は各国とも独立採算制が原則である[9]

 国外の水道民営化は実はかなり進んでいるところが多い。現在の国際的な水道企業はフランスのビベンディ社、オンデオ社、イギリスのテムズウォーター社などが世界最大手である。特にフランスでは古くから民間委託であったので、企業は経営ノウハウの面での蓄積や実績から早くから世界進出しており、IMFや世銀との関わりも深い。グローバリゼーションの進展によって中進国では通貨危機が起きたが、その際IMFや世銀から経済支援を受ける条件に電気・水道などの公共サービスの民営化があった。このため被支援国では大きく民営化が進んだ。例えばマニラ、ジャカルタ、タイの民営化はこのためのものであり、韓国も民営化を迫られている。オーストラリア、ニュージーランド、アメリカの一部でも財政難から行政改革の一環として民営化が実施されている。民営化の方法は事業運営が民間企業に委ねられる「公設民営化」が主流である。これは委託契約を結ぶ方式と、水道事業体を営利事業体として株式を発行し、株を取得した企業が経営にあたる方式の二つに分けられる。フランス、イギリスの企業は買収を狙って営業活動を強めている。

日本は公債が膨張している中での、少子高齢化を考えると借金から逃れたいという誘惑にかられる状況にある。したがって民営化の必要性もいたるところで耳にするが、旧厚生省は単に経済的側面からだけで水道事業の見直しが検討されていることに危機意識を持ち、98年6月に「水道基本問題検討会」を立ち上げ今後の水道を考えることにした。その結果、水道事業は引き続き「人の飲用に適した水を供給する」ことを任務とすること(ナショナルミニマム)として確定した上で、新たな水源開発は止め、節水型社会を目指すこと。水質基準の強化は避けられないこと。用水供給事業の役割は終了したとの認識に立ち、今後は末端給水までを実施してゆくべきであること。水道事業が全国的にも施設の更新時期を迎えており、一方では水質基準の強化に対応した施設整備も必要になっている中で、事業体の技術基盤・経営基盤を強化する必要があること。そのためには水道事業の広域化は避けられないこと。また水道行政所管としては従来の施策であった「水源開発中心の財政支出を見直し」し、水質検査や施設の整備・更新を中心とした施策に変更してゆく必要があること。水循環系の再構築に向けて行く必要があること等を「最終報告」としてとりまとめ、答申された経過となっている。 この「検討会」がまとめた「最終報告」を基礎に、水道の制度上の課題についての見直しが「水道部会」で論議され、水道法が改正された[10]。これは平成13年7月4日に公布され、平成14年4月1日に施行された。

今回の改正の重点は、@中小の市町村が技術力の高い他市町村等の第三者に包括的に技術業務を委託できるように規定を整備、A水道事業の広域化を促進するため、認可制から届出制へ変更、B利用者の多い自家用の水道で、1日最大給水量が政令で定める基準を超える水道施設を専用水道の定義に追加、C受水槽水道の管理充実、D水道の需要者に対する情報提供の推進、の5点である。ここで逐一改正そのものについて解説することは紙面の都合上避ける。一部この改正は民営化の第一歩であると考えている人もいるが、改正までの経緯を考えると適当でない。私の意見としては、しばらくの間水道民営化は慎重にならざるを得ないと思われる。アメリカのエンロンの経営破たんをはじめとして民間の大手企業への信頼が大きく揺らいでいる。また、水の安全保障という観点からも、人命に直結する水が世界的に不足するという予測を考えると不安要素があまりに大きいと思われる。                                     

(前掲)篠ア氏によれば、宇都宮市水道局の改正への対応はまだ検討中であるという。貯水槽水道への水道事業者の関与については水質の安全確保のため、早急に対応策を決め、法施行となる15年4月から実施していく。経営情報の公開はすぐに取り組めるので早急に実施する。包括的委託や給水区域設定の弾力化・簡素化については適用となるケースがまだ想定されないが、研究はしていきたいとのことであった。また民営化については、浄水場管理などを一部委託しているが、日本には全体を任せられる会社がなく全面委託は難しい。水道事業は敷設する営業エリアも選択するわけには行かないため、これも民間には任せられない。普及率が100%になり、市場が競争状態となって担い手が多数できたときには将来可能になると思われるとの話であった。

 

 

3.     安全性などの確保とPR、信頼醸成等への努力

 水道への不信感はだいぶ前から根強く残っている。安全性が不安、おいしくない、料金が高いなど多くの不満があるようである。こういった住民の不信感、不満を解消していくことも大切なことである。ここでは、公共の福祉と重なる部分もあるが、水の安全性の確保、そして信頼を構築していくための公と民とのかかわりについて述べる

 

(1)市民の健康を守る安全性の確保

@ 安全な飲み水に欠かせない水源の確保 

安全性を確保するのにもっとも早く、効果的な道は水源を守ることである。きれいな水をなるべく手を加えないで供給すれば、おいしさも保たれる。水道事業はもともと地域住民が主役となり、極めてローカルなものとして扱われてきた。国家がリーダーシップを取って水道行政を行ったのはごく最近、1970年以降である。これはもはや地方任せで総合的、統一的取り組みなしには安全で信頼性の高い水道システムは維持できないとの認識からである。その危機感の中心が水質汚濁、環境汚染である[11]

日本ではそれほど深刻な水源の汚染は顕在化していない。しかし、安全性を維持するために自治体のいくつかの試みも始まっている。例えば水道法で野放しになっているゴルフ場、リゾート地建設に対する条例制定などである。ユニークなものでは、愛知県豊田市では水道水源保全基金を開設し、1994年4月から1㎥当たり1円の受益者負担を求めるようになった[12]。(前掲)篠ア氏によれば宇都宮市では、地下水が水源のところでは地元の自治会との相互理解のための協議をしたり、地元自治体に下水道処理の適正化を要請したりしている。河川が水源の場合は流域の自治体間で連絡体制を確立し、水質異常時の連絡、水質検査などの管理体制を強化し、緊急時の対応策の構築とそれによる水源保全を図っている。最近では取水場上流部で産業廃棄物の不法投棄があったが、監視体制や検査体制を強化したことで事故にならずにすんだという。

参考に水道が普及しているヨーロッパの事例を挙げると、水道水源対策の特徴として、導水距離が遠くても良質な水源を求めたり、丁寧な浄水処理を行ったりしている、地下水や湧き水を中心に区域を設定した水源保護を行っている、農業による環境汚染対策と関連して窒素肥料規制や農薬規制の実施が見られる、の3点が挙げられる。ヨーロッパは日本と異なり地下水に主要な水源を求めている[13]

A 安全な水の確実な供給のために急がれる直結給水

 小学校などのある程度大きく高い建物には屋上に大きな水槽があるのが普通で、見慣れた風景である。日本の3階以上の建物のほとんどはまず受水槽を設置して水をため、ポンプでそこから屋上の高置水槽までくみ上げてから配水している。東京都の場合給水量の約半分が受水槽を経由している。しかし、この方式は受水槽内部の清掃が行き届かない、水温が上がる、残留塩素が消失する、異物が混入するなどで衛生面に問題がある。管理責任は設置者にあるが、水質の保持は難しい。事実平成10年度の検査受検率は3.5%にとどまっている[14]。そして省エネの面からも、水道管内の水圧を無駄にしているので好ましくない。これほど受水槽が普及している国はなく、欧米ではむしろ例外である。直結給水は途中でポンプが入って増圧する「直結ポンプ給水」とポンプがない普通のものがある。直結ポンプ給水はまだ日本では認められていない。日本に受水槽が多い理由は、水道の普及が急速に進んでいた当時に、新設の3階建ての建物のためだけに水道の水圧を上げるわけにはいかなかったという仕方のない事情があった。しかし今は当時と異なり明確な理由が存在しない。自治体は3階建てまでの直結給水化を進めている。しかし、それ以上の階は、より高圧にするか、ポンプを導入するかの選択になる。前者は電力量、漏水などを考慮すると好ましくないので「直結ポンプ給水」を採用すべきである。すべての設備更新はすぐには難しいから、当面は受水槽、または高置水槽をバイパスする形がよい[15]。前述水道法改正による受水槽管理の徹底化が今後しっかり行われていくかどうかも注視していかねばならないだろう。ただし、建物の階層に関係なく次の場合には受水槽式給水が必要になる。それは需要者の必要とする水量、水圧が得られない場合。一時に多量の水を必要とする場合。配水管の水圧変動に関わらず、常時一定の水量、水圧を必要とする場合。災害、事故等による配水管の減断水時にも、給水の確保を必要とする場合。薬品を使用する工場など、逆流によって配水管の水質に影響を与える恐れのある場合の5つのケースである[16]

 (前掲)篠ア氏によれば、宇都宮市では平成9年6月から3階以上の建物での12戸以下のところで直結給水が可能と判断し推進しているという。現在3階以上の建物のうち7%に実現している。直結給水化の費用は全額需要者の負担となるので、新築したときでないとわざわざ受水槽を撤去してまで取り付けようという人は少ない。水道局は指導という形で直結給水化を進めているが、あくまで需要者が決める問題であるとしている。さらに上の階にも実現できないか検討しているが、水圧をより上げると古い水道管にダメージを与えて漏水を引き起こすので難しいという。また、何階まで可能にするかは自治体の裁量にゆだねられている。

 

(2)信頼を作り出す公と民とのつながり

 水道は市民の生活と密接につながるため、積極的に意思の疎通を図る努力が必要となる。

水道事業体、主に地方自治体と市民との信頼関係、情報交換が不信感を和らげ、よりよい事業にしていくものと思われる。ここでは宇都宮市を例に民間と水道の関わり方について、民意を反映させるための試みとPR活動を紹介する。

@ 民意を反映させるための試み

 先ほど述べたように水道料金の設定は需給双方の大きな関心事である。そこで、宇都宮市では料金改定にあたって条例により水道料金審議会を設置し、外部の人とともに審議している。この前の審議会では消費者団体や自治会、学識経験者など15人の委員によって構成された。内容は県からの受水費が軽減されたものを将来の設備投資に充てるか、少額でも値下げするかの議論であった。審議の結果原価主義を考慮し、料金値下げとなった。水道モニターも市民から公募し、アンケートや会議、施設見学会等を行っている。他にも新たな試みとして現在(仮称)市水道事業懇話会を開いて広く委員を公募し、水道事業への民意の反映を図っている。

A 水道事業への理解を促すPR活動

 一般市民に広く事業への理解を促すには幅広いPR活動が欠かせない。宇都宮市ではさまざまな活動を行ってPRしていた。文書広報としては、年4回発行する「広報うつのみやの水道」、「広報うつのみや」への掲載、パンフレットの発行、社会科の副読本の作成がある。イベントでは水道週間(全国毎年6月1日〜7日)中の水道施設一日開放、パネル展示、なんでも相談所設置、水道水とボトルウォーターとの飲み比べなどを行っている。ユニークな試みとしては、水道水をペットボトルに詰めた「うつのみや泉水」を作成し、各種イベントで配布している。これらの活動は市民になかなか好評であり、多数の人がイベントに参加している[17]。しかしながら、市が行った調査によれば約25%の市民が水道水に不安感を持っており、これらのPR活動の継続と、さらなる理解促進への工夫が望まれる。

 

 

結論といくつかの今後の課題

 企業体としての重要点、行政体としての重要点をひとくくりに言うことは難しいが、独立採算制の下の公共の福祉の実現はおおむね実現しているように思われる。現在行政に対する目はやや厳しいものがあり、サービスの向上や合理化などに多くの注文が寄せられている。しかし、水道事業に関しては自治体としての独立性も保ちつつ、㈳日本水道協会、または自治体同士の協力によって相当な努力をもって課題を克服しているように思われる。情報開示も積極的である。

 これからの課題としてあげるならば、硬直性を以下に打破していくのか、状況の変化にどれだけ対応していくかであろう。これは市町村レベルにとどまらない。事実、国や県レベルの施策、あるいは調査した宇都宮市では研究中、検討中という言葉が数多く見られた。大切な水を扱う上で軽率な判断は難しいと思われるが、現在水の置かれている諸問題にうまく対処できるかは市民が注視していかねばなるまい。

水をめぐる状況の変化はいろいろある。行政体としては、環境の構成要素として水を捉えた水に関する基本法の必要性、今年は近隣の台湾でも見舞われた国レベルの渇水、水利権確保の前提となるダム建設と自然破壊などがある。こういったことに現在の体制では対処できないとは言い切れないので不用意な発言は避けるが、少なくとも二重、三重の体制が完全に敷かれているかは疑問である。

企業体としては、独立採算制の下、十分水道管の拡張と安全で低廉な水の供給がなされているといってよいだろう。ただし、多くの自治体が水道普及率100パーセントを目前に控えている。これはすなわち水道事業が維持管理の時代に入りつつあることを示している。では、今までの体制のまま次なる段階を迎えるのは好ましいことなのだろうか。私は少なくともよりよい水道を目指したたゆまぬ向上心が大切であるように思う。自治体が事業体であることに今不満を挙げる決定的要素はないし、たとえ民営化を言ったとしても郵政と異なり、任せられる能力のある日本の企業が実在しないのも事実である。水は命綱という側面もある。しかし、民営であれば競争原理を通して、さまざまな料金プランの提供、得られる水の選択、積極的な融資、水道以外の事業体との全面提携など柔軟かつユニークなものが出てきてもおかしくない。行政が今後も民営化せず水道事業を継続するのであれば、民営なら実現できたはずのものに対する見解を示し、今後も事業の向上が見込めるのであれば、積極的な実現に留意することが必要であろう。この面に関して現在致命的な問題が発生しているわけではないので、あとは意識と意欲の問題になると思われる。

最後に、本レポート作成にあたって多大なご協力をいただいた宇都宮市水道局、とくに局総務課の篠ア雄司氏に感謝してレポートを締めることとする。

 

 



[1] 日本水道新聞社ホームページ http://www.suido-gesuido.co.jp/data/water/index.html より要約

 

[2] ㈳日本水道協会ホームページ http://www.jwwa.or.jp/water07.html より要約

 

[3] 自治大学校地方行政研究会監修、金沢市水道事業研究会著『市町村の実務と課題22 水道課』ぎょうせい、1994  第七章 料金(p212〜)から要約

[4] 脚注3に同じ

[5] 脚注3に同じ

[6] 脚注3に同じ

[7] 人員削減は解雇するわけには行かないということで、人事異動による調整によって行われた。

[8] 水道と地球環境を考える研究会編『地球環境時代の水道』技報堂出版、1992  第5章より要約

[9] 小林康彦編著『水道の水質の保全』技報堂出版、1994  p144〜p154より要約

[10] 全日本水道労働組合ホームページ  http://www.zensuido.net/point/seisaku/suidouhou/kaiseiwoukete/index.htm より要約

[11] 脚注9に同じ

[12] 菅原正孝他著『持続可能な水環境政策』技報堂出版、1997  p137〜より要約

[13] 脚注9に同じ

[14] 受検率は、厚生労働省構成関係審議会議事録ホームページ  http://www.mhlw.go.jp/shingi/s0012/s1205-1_c_14.html  より抜粋

[15] 脚注8に同じ

[16] 脚注3『市町村の実務と課題22 水道課』p78より抜粋

[17] 宇都宮市水道局総務課編『宇都宮市水道年報 平成12年度版』宇都宮市水道局、2001 より要約