市町村合併は誰のためにあるのか?

〜栃木県内の事例を参照にして〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001127()

宇都宮大学 中村研究室

共通テーマ班 関谷 恵梨子

佐藤 美佐子

小島 周一郎

 

序章

 現在、市町村合併が国により声高に叫ばれている。国は市町村合併に対してあくまで中立の立場を貫くとしているが、市町村の合併の特例に関する法律(合併特例法)20053月までの時限法で制定し市町村合併において様々な優遇策を打ち出している。しかし、市町村合併で一番恩恵を受けるべきはそこに住む地域住民である。レポートを進めていくうちに、果たして市町村合併は誰のために行われるのだろうかという疑問が生じた。

 本レポートでは、国における市町村合併推進の根拠や市町村合併の動きが進んでいた栃木県栃木市・小山市の合併協議会、そしてまさに今市町村合併が進みつつある栃木県北部地域の現状を調査した上で、市町村合併は果たして誰のためにあるべきか考えていきたい。

 

目次

T、国が挙げる市町村合併推進の根拠

U、栃木県における市町村合併

1、 栃木市・小山市合併協議会の推移と現状

2、 4市町ステップアップ研究会の推移と現状

V、まとめ

 

T、国が挙げる市町村合併推進の根拠

 市町村合併を推進している総務省は、市町村合併が求められる理由として、次のようなことを挙げている。

      地方分権の推進・・・行財政基盤の強化が求められている

      高齢化への対応・・・財政的な負担や高齢者を支えるマンパワーの確保が課題となっている

      多様化する住民ニーズへの対応・・・専門的・高度な能力を有する職員の育成・確保が求められている

      生活圏の広域化への対応・・・行政の広域的な対応が必要、より広い観点からの一体的なまちづくりが求められている

      効率性の向上・・・より効率的な行政運営が求められている

 また、合併のメリットとして次のようなことを挙げている。

      福祉サービスの安定的な供給ができ、充実を図れる

      専門的・高度な能力を持つ職員の確保・育成により、行政サービスが向上する

      公共施設の広範な利用が可能になる

      広域的な視点から、効率的な道路・市街地・施設整備、一体的なまちづくりを進められる 

      大型プロジェクトが可能になる

      行政経費が節約され、少ない経費でより高い水準の行政サービスが可能になる

      地域のイメージアップにつながる

このようなメリットを挙げた上で、市町村の自主的な合併が円滑に行われるよう、合併特例法に基づいた支援策が用意されている。大まかに以下のものがある。

      合併後のまちづくりのための財政措置

      合併後の財源の保障

      議員の定数・任期の特例

しかし、合併特例法は2005331日までの時限法である。この期限までに市町村合併を実現させるよう、働きかけを進めている。

 

 行政の効率化が図れるなど、市町村合併が実現することによってメリットがあることは総務省の合併理由から分かった。しかし、国が進めようとしている市町村合併は、行政運営や事業の効率化、サービス提供の充実が重視されており、住民自身が合併の必要性を感じるとは思えない。

 そこで市町村合併の現状を知るため、合併の話が進み法定協議会まで設置されたが結局失敗した地域と、現在まさに市町村合併の動きが具体化している地域の2点を調査することにした。

 

U、栃木県における市町村合併

 現在栃木県内で市町村合併が進展しているのは、実際に法定協議会が設置されている県南部地域の栃木市・小山市、そして佐野市・田沼町・葛生町の2地域。また、協議会の設置までは進展していないが研究会を設置し、公務員同士の連携を深めている県北部地域の「4市町(黒磯市、塩原町、那須町、西那須野町)ステップアップ研究会」などの動きがある。しかし、「栃木市・小山市合併協議会」は現在無期限の休止状態にある。

 

1、栃木市・小山市合併協議会の推移と現状

 「栃木市・小山市合併協議会」は19983月に小山青年会議所を中心に、合併特例法に基づく住民発議が小山市に提出される事により設置された、法定協議会である。小山青年会議所は以下のような理由から、栃木市と小山市との合併を考えていた。

      国は大きな財政赤字を抱えており、さらに今後は超高齢化に伴う医療費の増大、少子化による税収の減少が予測され更なる財政赤字、財政危機が深刻になっていく事が予測される

      権限や財源について全く自立出来ていない地方自治体の現状

      これからの「地域の生き残り」がかかっている地方分権時代の到来

→人口30万人以上の中核都市を形成する必要性

 

 栃木市・小山市における市町村合併の進展状況は以下の通りである。

年月

 

19977

合併協議会設置請求書が小山市に提出

19983

合併協議会を設置することについて、小山市と栃木市の市議会定例会において議決

19987

第一回栃木市・小山市合併協議会開催(以降四回実施)

19998

栃木市・小山市合併に関する市民アンケート調査を実施

20006

第六回栃木市・小山市合併協議会開催

(栃木市・小山市合併協議会の今後の進むべき方向について協議し、それぞれの広域圏の合併を検討すべきとして、広域合併の方向性が出るまで当分の間一時中断を決定)

 (出典:『栃木市・小山市合併協議会に関わる経過』より作成)

※但し年号を西暦に改めた

 

このように、「栃木市・小山市合併協議会」は現在無期限の休止状態になっている。なぜこのような状況になっているのか小山市役所で話を伺ってきた。

調査日:20011012

調査方法:聞き取り調査

場所:小山市役所

回答者:企画財政部企画調整課 総務調整担当主任

・栃木市との合併について、どう思ったか?

――小山市としては、栃木市との合併はまったく考えたことはなかった。青年会議所の動きは、唐突なものだった。

 

・合併協議会をどのように位置づけていたのか?

――合併に向けて話を詰めていくのではなく、あくまでも合併の是非を問うものと考えていた。

 

・市民に対しては、どのような広報活動を行ったのか?市民の反応は?

――小山市の広報に合併協議会についての情報を載せた。市民の反応は、アンケートの回収率の悪さから見てもわかるように、関心が無いと言っていい。合併協議会の休止に対しての問い合わせや抗議はまったくなかった。

 

・市町村合併そのものについてはどう考えているか?

――行政の効率化は図れるが、住民に恩恵があるかどうかということに対しては疑問を感じる。国はマニュアルを作ってその通りに合併を進めていこうと考えているが、現実にはそのようにうまくはいかない。また、都心と田舎の合併は違うものだ。さらに、合併をした場合、中心部と周辺部の格差をなくすためにも結局はお金がかかる。市の中心部に何かを作れば、周辺の人のために交通手段を整備しなければならないなど、合併に伴って付随するものが多くなる。現場と机上のギャップを感じる。

 

話を伺って、行政としては住民発議を中心になって行った青年会議所の進め方に疑問を持っていて、そもそも栃木市との合併に関しては消極的だと感じた。また、国の市町村合併の進め方に関して実際に行う現場の職員は疑問を持っているようにも感じた。

ところで、伺った内容にあるアンケートとは19998月に実施した「栃木市・小山市合併に関する市民アンケート調査」の事である。このアンケート調査は1999810日に実施された。両市民それぞれ1500人が調査対象であり、回収率はそれぞれ37.46(回収件数:1124)であった。アンケートの質問の一つに以下のような項目があった。

「栃木市と小山市の合併についてどのように考えていますか?」

 

栃木市(562人)

小山市(562人)

合計(1,124人)

合併することが望ましい

84人(14.9%)

103人(18.3%)

187人(16.6%)

どちらかというと合併することが望ましい

94人(16.7%)

74人(13.2%)

168人(14.9%)

合併することは望ましくない

86人(15.3%)

81人(14.4%)

167人(14.9%)

どちらかというと合併することは望ましくない

97人(17.3%)

114人(20.3%)

211人(18.8%)

広域圏の市町村との問題処理が前提である

99人(17.6%)

77人(13.7%)

176人(15.7%)

わからない

84人(14.9%)

106人(18.8%)

190人(16.9%)

その他

8人(1.5%)

6人(1.1%)

14人(1.2%)

無回答

10人(1.8%)

1人(0.2%)

11人(1.0%)

(出典:『広報小山199911月号』より作成)

 

また、次の図は上の表の両市民合計部分を円グラフにまとめたものである。

このアンケート調査から言えることは、

      アンケート調査自体の回収率(37.46)が悪い。

      合併賛成派(合併することが望ましい」、「どちらかというと合併することが望ましい」)と反対派(合併することは望ましくない」、「どちらかというと合併することは望ましくない」)の回答率が両市民合計で考えると賛成派/反対派(31.5%/33.7%)と拮抗しており、また「広域圏の市町村との問題処理が前提である」という回答も15%あまり占めている。

 アンケート調査の解答項目の中に「広域圏の市町村との問題処理が前提である」とあるが、これは栃木県庁HPの「一部事務組合及び協議会の設置状況」によると、栃木市は大平町、都賀町、岩舟町、藤岡町、西方町と広域市町村圏[1]を形成し栃木地区広域行政事務組合等を運営している。一方、小山市は南河内町、国分寺町、野木町と広域市町村圏を形成し小山広域保健衛生組合や小山地区広域行政推進協議会等を運営している。このため、両市民の間でも栃木市・小山市それぞれと合併するよりもまず周辺の町との合併を先にすべきだと考えている人もいるのではないか。

 このように、アンケート調査の結果を見る限りでも、回収率の低さから両市民の合併そのものへの関心の低さが窺える。つまり、住民に対する事前の周知活動に問題があったのではないかということが考えられる。

また、そもそも住民の50分の1の署名が住民発議に十分な数であるのか、住民の本当の意思であるのかいう疑問点も残る。

 

そこで住民発議を提出した青年会議所の当時の理事長にEメールで質問した。

調査方法:Eメールでの質問

回答者:小山青年会議所の元理事長(合併協議会設置請求者)

・なぜ、合併を進めようとしたのか?広域行政圏など種々の問題が考えられるが?

――小山青年会議所は、小山市の将来を北関東の中核都市と位置づけ、都市政策や地方分権に関する勉強会を開催してきた。その目的達成の一つの手段として広域的なまちづくりを理念とし、合併問題に取り組んだ。

最初は広域行政を実施している野木、国分寺、南河内との13町をエリアとする新都市構想を打ち上げ、そのエリアで人口30万人を想定した。次に、栃木市、大平町を含めた24町のトライアングル構想へと発展した。合併特例法が施行され、将来を見据え、最初に栃木市をパートナーとして住民発議に踏み切った。唐突には見えるが、住民発議の本質は合併を強力に推進することではなく、地方行政の将来あるべき姿をシミュレートし、住民に情報の開示を行い、問題提起を促し、その結果として合併の是非を問うものであると理解していた。

 

・青年会議所が実際に行った活動は?小山市への働きかけ、栃木市や栃木青年会議所との連携は?

――小山市へは当時の市長はもとより、市議会議員の各会派の代表者に働きかけ、コンセンサスを得ることができた。栃木市へは栃木青年会議所の協力を取り付け、同時に発議は無理でも、各界、各層への根回しをお願いした。

 

・市民への広報活動はどのように行っていたのか?(資料や勉強会等)それに対する、市民の反応は?

――合併に関する講演会、パネルディスカッション、全世帯への広報資料の配布、合併後の姿を立体的な地図に記した模型の展示など、青年会議所の力の限界ともいえる活動を行ってきた。

市民の意識に関しては、自分自身に直接降りかかる恐れのある不利益に対する抗議反対運動には積極的であるが、将来予測される問題に対する事前の対策や運動には極めて無関心である現実に直面せざるを得なかった。

 

・住民発議において、50分の1という署名の数は十分であると考えるか?

――署名の数については様々な考え方がある。テクニックを駆使して住民の60%以上の署名を集めることは、全国どの市町村であっても可能。少なくとも過去の合併に関する住民発議を実施した組織なら簡単なこと。

 

・住民発議は、住民の本当の意思を反映しているのか?

――必ずしも、住民の意思は反映しているとはいえない。

 

・合併協議会設置の際における住民発議の署名はどのように集めたのか?イベント会場で署名を集めたという話があるが?

――我々は、法定必要数以上の署名を集める予定はなかった。理由は、通常の署名と住民発議の署名は似て非なるものだから。なぜなら、自筆で署名、自ら捺印はもちろんのこととして、発議に対する十分な趣旨説明のうえ理解してもらう必要があったから。つまり、11、フェイス・トゥ・フェイスで一人の署名をもらうのに、約30分程かかる。市民に十分な理解をしてもらったうえで署名をもらうのと、通り一遍の説明だけで組織力や政治力にものをいわせて集める署名は、その重みはまったく違うものではないか?

イベント会場での署名は、関係協力団体や合併運動の協力者個人がほとんど。発議の署名というよりは、PR啓蒙活動が中心であった。見ず知らずの市民に説明をして署名をもらったケースはほとんどない。まして住民発議の署名には捺印も必要なため、イベント会場に偶然居合わせた不特定多数の人に対して署名と捺印を求めるのは不可能だ。

 

・現在、合併協議会は無期限休止という状態になっているが、そのことについてどう考えるか? 今後は、どのような展開がされるべきだと思うか?

――小山市と栃木市の合併協議会は、極めて無意味なものだったと思う。議論らしい議論はされず、栃木と小山の合併は時期尚早だったということで片付いているが、実は地方行政の将来あるべき姿を協議できていなかった。

今後は、国政レベルでの抜本的な地方分権(補助金や地方交付税の廃止と税制改革、許認可等の事務、権限移譲)が実施されない限り、栃木県南部地域での合併は難しいように思う。

 

 青年会議所は合併に関する講演会、パネルディスカッション、全世帯への広報資料の配布、合併後の姿を立体的な地図に記した模型の展示を行い住民の合併への関心を高めようとしたことは分かったが、結果的に見ればアンケート回収率からも分かるように住民の関心は高まらなかったと言わざるを得ない。小山市と栃木市の合併は、中核都市の形成という目的があった。しかし、両市のつながりが弱いということもあり、住民の関心が高まらず、合併には至らなかった。現在は、それぞれの広域市町村圏での合併についての研究を進めようとしている。

 

2、4市町ステップアップ研究会の推移と現状

 「4市町ステップアップ研究会」は、20016月に設置された。この研究会は、栃木県北部の黒磯市、那須町、西那須野町、塩原町で構成されており、構成市町の担当職員が中心となって研究を行っている。設置の目的は、「構成市町の合併をも視野に入れた将来像を研究し、その果実を構成市町の住民に広く明らかにし、13町域の将来像に関する世論を喚起することをもって、構成市町が共にステップアップすること」である。

 栃木県が合併推進要綱で挙げた合併パターンには、この4市町での組合せは示されてはいない。しかし、この4市町は様々な行政課題を共有し、密接な関係にあることから、それぞれの自治体の将来を見据えた上で、この4市町での研究会が設置された。

 

4市町ステップアップ研究会」の進展状況は以下の通りである。

年月

 

20015

黒磯市、那須町、西那須野町、塩原町の13町でまちづくり合同勉強会発足

20016

第1回ステップアップ研究会(以降2回実施)

20017

黒磯市広報にて研究会の設置・理由について住民に告知(以降他町でも合併関連の様々な情報を広報を通じて住民に提供)

20018

黒磯市、市町村合併関係黒磯市民アンケート調査票発送

(2000件発送、回収率:81/回収件数:1614)

20019

那須町にて合併に関する講演会開催

 (出典:『市町村合併に関する調査事項』より作成)

※但し年号を西暦に改めた

 

4市町ステップアップ研究会」としては、今後月一度のペースで開催し、合併に関する情報に対して広報や講演会を通じ住民に周知させ、さらに各市町で異なる行政手続きの問題(例えば、ゴミの収集方法の違いや手続き料金の違い等)を話し合う部門別のワーキンググループを発足させていく方針である。

 

私たちは「4市町ステップアップ研究会」の現状を調査するために、黒磯市役所で話を伺った。

調査日:20011026

調査方法:聞き取り調査

場所:黒磯市役所

回答者:黒磯市役所総務部企画課 課長補佐

・なぜ、4市町(黒磯市、那須町、西那須野町、塩原町)で研究会を発足したのか。栃木県が策定した「栃木県市町村合併推進要綱」において示されている「合併パターン」では、この4市町での合併パターンは示されていない。他にも隣接している大田原市などは?

――県が示すような7市町(上記4市町に加えて、大田原市、黒羽町、湯津上村)では、大きくなりすぎて、逆に行政の効率が悪くなる。面積や地形的な問題も考慮に入れなければ効率化は図れない。また、この4市町には行政的(観光、畜産、広域行政等)・地域的共通点がある。現在、黒羽町と湯津上村ではそれぞれ勉強会が行われている。

 

・「4市町ステップアップ研究会」は今後何を目指していくのか。合併を目指しているのか。

――現在のところ、ステップアップ研究会は「合併ありき」を前提としていない。合併は住民主体で判断すべきであり、行政は住民が合併の必要性の有無を判断する情報を十分に提供しなければならない。そのためにも、合併のメリット・デメリットを研究する。

なぜ合併しなければならないのか、必要性があるのかという疑問はある。地方の自治体において内的なサービス等については、合併は必要ないと感じるところもある。

 

・住民への情報提供はどのように考えている(行った)のか。住民の反応はどうだったのか。

――共通の情報を提供することが重要である。4市町で同じような内容で、合併に関する説明を広報に掲載した。また、説明会や地域懇談会も行う。黒磯市では827日に市民にアンケートを行った。その回収率は81%と非常に高い数字を示している。アンケートも、いつ聞くか、ということも大切。いきなり聞いてみるのか、十分に周知してから聞くのかも考慮しなければならない。

 

・市町村合併そのものについてどう考えているか。

――合併することでスケールが大きくなることのメリットは考えられる。条例制定などには、その分野の専門的知識が必要となる。そのとき、小さな役所では、専門家を確保することが難しい。合併すれば、職員規模が大きくなり、専門職を増やすことができる。広域行政では十分でないこともある。広域行政は、首長のどこに投資するかなどの意識が違ったり、首長それぞれの思惑があると難しくなる。また、行政規模の拡大に伴う「顔の見えない行政」も必要であると考える。町・村役場など小さな役所では、職員・住民はお互いに顔見知りであるということも多い。何か問題が起こったときや、施策を実施するときなど、誰がやったかということはすぐに知れ渡り、気まずい思いをすることも多い。それに2005年までにしなければ、特例法による「アメ」もなくなってしまう。

しかし、国は市町村合併を進める前に財源の配分をきちんとすべきではないか。国によるメニューで、そのまま決まった通りに使わせるのではなく、それぞれの自治体が使い方を工夫できるようにすべきである。例えば、国は、中心市街地活性化計画を支援するといっている。だが、中心市街地だけが活性化されることになってはそこに人口が集中してしまい、逆に不利益が高じる。それなら今のままでいいと地方は考えるようになる。地方を自立させ、自分たちでの工夫でやらせてみる。それでうまくいかなかったときはそれぞれがどうすべきかを考え、小さな自治体が自分たちではやっていけない、合併が必要だと考えたとき、合併すればよいのではないだろうか。

 

話を伺って、小山市役所での聞き取り同様に国が考えている事と現場の考え方の違いを感じた。市町村が自分たちで自立してみて、もしそれが不可能なら手段を考えてみるという話が印象的だった。「4市町ステップアップ研究会」は現在のところ、「合併ありき」を前提としていない。これは、研究会を立ち上げた黒磯市長が、「合併は住民主体で判断すべきである。行政には住民が合併の必要性について判断する情報を提供する責務がある。合併には人口規模とともに面積、地形、歴史性、自然環境、交通網等の合併後における一体感の醸成に必要不可欠な要素がある。合併特例法(20053月までの時限立法)の適用を受ける合併を進めるためには、200212月までに、関係市町村の意向が明確に示されることが必要である。」という姿勢にたっているためである。

 また研究会は、合併が住民主体で判断されるべきであるという考えに基づき、住民への広報活動を積極的に行っている。そして、合併に対する考え方に差が出ないように、4市町が共通の情報を住民に提供している。その成果が、黒磯市が20018月に実施したアンケートの回収率の高さに表れているのではないか。また、アンケート調査においても全体の約72%の人が市町村合併に関して容認的な考え方を持っているという結果[2]だった。

 

V、まとめ

国の市町村合併の方針、そして栃木県における市町村合併の現状を調べて感じたことは、以下のようなことである。

・国が進めようとしている合併は必ずしも現場の市町村が望んでいるわけではない

栃木県内の2地域を調査してみて、机上()と現場(市町村)の違いを最も強く感じた。地域事情も規模も、自治体によって様々であり、全国一律に同じやり方、同じペースで国が示すマニュアル通りに合併が進むはずはない。また都市の合併と地方の合併を同様のものとして考える事に違和感(行政区域の広さの問題や交通網の整備状況の違い)を持った。現在進められている合併は、現場を見ずに決めたという机上のものであると言わざるを得ないのではないか。

・合併の意図(メリット)が分かりにくい

 国は様々な理由で市町村合併の必要性を説き、合併することで多くのメリットがあると言っているが、地域住民には合併することで具体的に何が変わるのか見えてこないのではないか。

・住民の市町村合併への関心が低い

普段からつながりが薄いからということもあるだろうが、小山と栃木の合併アンケートに対する地域住民の関心はあまりにも低いと言わざるを得ない。これは、行政による住民への情報提供不足が要因として挙げられるのではないか。しかし、住民自身も自分たちのまちの将来を積極的に考えるべきでもあるはずではないか。

 

 以上のような疑問点を総務省にぶつけてみたところ、以下のような回答があった。

調査方法:Eメールでの質問

回答者:総務省自治行政局行政体制整備室

・国(総務省)が推進しようとしている市町村合併と実際合併を行う現場の市町村の合併に関する温度差を感じました。現在、市町村では合併に関する協議会や研究会などの動きが活発になっています。ただ、私たちが調べたある研究会では合併ありきを前提とせず、そこに住む地域住民に様々な合併に関する情報提供を行い判断してもらうと考えているようです。また、今の国からの交付税や補助金で決まった通りにやらせるのではなく、今の財源の配分を変え、市町村自身が使い方を工夫できるようにすべきと言われていました。自分たちの工夫でやらせてみて、それがうまくいかなかった時にはそれぞれの自治体がどうすべきか考え、合併が必要と感じた時は合併する、という考えです。そういう考え方に対してどう思われますか?

――総務省では、市町村合併を推進していますが、合併ありきではなく、住民の方々に議論して頂き、最終的に判断してもらうのが適当だと考えます。ですから、合併に関する研究会で、はじめから最終目標を合併に決めるのではなく、情報提供・交換が行われるのはよいと思います。

また、地方交付税、補助金に関しては、配分のために、市町村でその使いみちすべてを独自で考えることが理想であることは間違いありませんが、現在の財源と人的資源で可能であるかといったとき、残念ながら可能ではないと考えております。

 

・総務省は合併のメリットをホームページなどで色々書いていますが、市町村は全国様々な場所にあり、またその規模も都市から田舎まで多種多様です。全国一概にメリットを示す事は出来ないと思うのですが、どう思われますか?例えば、合併することで類似施設の無駄が無くなるとありますが、確かに交通網が発達している都市部では有効的かもしれませんが、田舎では合併し、施設を作ってもそこまでの交通アクセスが無いと思います。その場合、その施設までのアクセスを新たに整備する状況が新たに生じると思うのですが。

――これは、合併によって新たな施設を作るという意味だけではなく、合併のメリットとして、「既存の施設が近くても、現時点は違う自治体のものであるため、利用できない」といったものが利用できるようになる、という意味です。ですから、アクセスはよくなる場合も多いという考えです。

また逆に、個別の自治体が経費的にはなかなか行えなかった、現存の施設へのアクセス整備が、合併することで全体の経費に余裕ができるため、その分で整備の充実に充てられるようになる、という場合も出てくると思います。

 

・前述の質問に付随しますが、総務省では様々な理由で市町村合併の必要性を説き、合併することで多くのメリットがあると言われていますが、その合併メリットは行政運営や事業の効率化、サービス提供の充実を視点としていて、合併することで何が変わるのかということが住民の視点ではいまいち見えてきません。その点、どうお考えでしょうか?

――当方としては、「行政運営や事業の効率化、サービス提供の充実」が、すなわち合併の住民に対するメリットだと考えております。それを住民の方の身近な問題として感じていただくために、次の質問回答にもつながりますが、啓発活動を行っているところであります。

 

・住民の市町村合併に関する関心が低いと思われます。行政もHPや広報で合併に関する情報を提供していると思われますが、住民への関心は高まっていないのが現状だと思います。ある合併協議会が行った、合併に関するアンケート調査の回収率は38%でした。半分以下の回収率では住民の考えを知る事は難しいと思います。総務省としては住民の関心の低さについてどう思われているのですか?またそれに関する対応はどのようにお考えですか?

――現在、全47都道府県で市町村合併推進リレーシンポジウムを開催中であり、どの会場でも盛況です。また、総務省の職員が、合併に関心の高い地域に出向き、講演するといったことも、毎日のように行われています。確かに、合併に関する研究会、合併協議会が設置されていても、実際は住民の方々の関心が低いところもあるでしょうが、これについては引き続き(合併ありき、という意味ではなく)啓発活動を行っているところです。

 

・住民が合併を行いたいと考えた時に住民発議制度がありますが、もし発議制度を利用して議会に付議しても、議会がそれに関して反対すれば現状では合併が進展しません。それでは住民の意見が合併に反映されないのではないでしょうか?その点、総務省としてはどうお考えですか?また新たな法制化(例えば合併に関し住民投票を行いその結果を反映させるような制度)を行う考えなどはありますか?

――これに関しては現在、「市町村の合併の特例に関する法律」の改正案を国会に提出し、審議が行われているところです。合併協議会設置の住民発議が議会で否決された場合、その市町村の住民の6分の1以上の署名で住民投票の直接請求ができ、その住民投票の結果、過半数の賛成で、議会の議決に代わり合併協議会の設置ができること、などが含まれます。     

改正案の内容は、総務省ホームページに掲載しています。

http://www.soumu.go.jp/gapei/kaiseian.html

 

 総務省からの回答を受け取って感じた事は以下の通りである。

      総務省は「合併ありきではなく、住民の方々に議論して頂き、最終的に判断してもらうのが適当だと考えている」と回答しているが、合併特例法やリレーシンポジウムの内容から考えてみても合併を押し付けている感は否めない。

      合併により「行政運営や事業の効率化、サービス提供の充実」が住民に対するメリットとして挙げられているが、やはり住民の視点から考えるといまいち見えてこない。

      リレーシンポジウムや講演などの啓発活動を行っているが、現状としては多くの住民が合併に関心を持つのにつながっているとは言えないのではないか。つまり現状のままの啓発活動では効果が見えてこないのではないか。

      「市町村の合併の特例に関する法律」の改正案では、たとえ議会が否決をしても住民の6分の1の直接請求で合併協議会設置請求の住民投票が出来、その過半数の賛成で合併協議会設置請求が可決されたものとみなすことが出来る。しかし、どちらかの議会で設置請求が可決されないと住民投票の直接請求を行うことが出来ないのは何故なのか疑問が残る(→例えばどちらの議会で否決された場合でも直接請求が出来るようにすべきではないか)

 

市町村合併は誰のため、何のために行うのか?市町村合併によってその恩恵を受けるべきは地域住民である。

合併は、あくまで市町村の自主的な取り組みを前提にしているものの、実際は国主導のもと「アメとムチ」によって「合併ありき」で進んでいるように感じる。財政支援策を示しながらも、期限をつけて合併を急かすやり方からは、合併は結局国の都合で進められているのだとしか思えない。国の財政が大変だから地方を「自立」させて国の負担を減らすことが目的というのでは、住民は納得できないはずである。それにもかかわらず、国は「アメ」をぶら下げ地方はそれに飛びつくというのでは、たとえ合併が実現したとしても、住民のためになるとは思えない。確かに、規模や権限が小さい自治体では、今後さらに高度化・複雑化する行政需要に対応していくことは難しい。だからこそ合併が必要だという言い分も分からないではないが、現実には合併の動きはそう多くはない。これはやはり合併の必要性や重要性を市町村が計りきれていないからであり、国のやり方にただ従うことはできないと考えているからではないだろうか。合併特例法による財政支援(アメ)も結局は一時的なものである。措置を受ける期間内に新たな自治体としてほんとうに自立できるのか、期間を過ぎた後はどうなるのかといった不安も少なからずあるのではないだろうか。合併して現状よりも良くなるのかどうかが分からない。良くなるという保障はどこにもないし、国にも県にもそれは保障できない。このような状態では合併に積極的になれなくて当然である。

市町村合併で地方分権、地方の自立を実現させるというのなら、権限と財源を地方に移譲するべきである。確かに総務省では「現在の財源と人的資源で可能であるかといったとき、残念ながら可能ではない」と考えているが、「市町村でその使いみちすべてを独自で考えることが理想であることは間違い」ないのだから現状の制度を改める必要があるのではないか。財源の移譲よりも先に合併を、というのでは結局地方は自立できない。合併は、必要だと感じた市町村が自主的に取り組み、判断を下すべきである。市町村の自主性に任せていては合併は進まない、というのも事実だろうが、市町村が自分たちの将来を自分たちで考えて議論し、必要ならば行動に移す(合併する)という姿勢を身に付けることも、自立するためには必要ではないだろうか。

市町村合併は、当然行政だけでなく、地域住民にも少なからず影響を与えるに違いない。よって、住民の意思も十分に尊重されるべきではあるが、おそらく住民の多くは実際に自分たちの生活に目に見えて不利益が生じない限り、行政には無関心である。しかし、自分たちの住む地域の将来について関心を持たないのも問題である。我がまちの在り方に対して論議をし、我がまちの将来を住民自身が選び取っていかなければならない。住民が自分たちのまちの将来について十分に話し合うためにも、行政による情報提供が必要である。

そのためには合併するしないにかかわらず、今後のビジョンやサービス・事業内容に至る青写真を描いて市町村の将来像を明確に示すべきである。4市町ステップアップ研究会では、広報で数ヶ月の間合併に関してのさまざまな情報(手続き、一般的なメリット・デメリット、実際にその地域で合併した場合のメリット・デメリット等)を数ページにわたって掲載し、合併を住民自身に考えてもらうための情報提供を行っていた。これが周知活動の最善の方法だとは言い切れないが、黒磯市で実施したアンケート調査の回収率をみても住民の関心を高めるということの成果は認められる。市町村のそのような姿勢は、望ましいサービスとは何か、行政サービスはどうあるべきかを考えるきっかけにもなり、行政と住民が共に市町村を良くするために活動していくことにもつながる。住民が合併について考え、住民のためになる合併を市町村が自主的に進めていくというのが、合併の望ましい進め方ではないだろうか。

 

参考文献及び資料

()小山青年会議所30周年委員会、『社団法人小山青年会議所創立30周年記念誌』、19996

小山市役所、『栃木市・小山市合併協議会に関わる経過』

小山市役所、『広報小山199911月号』、199911

栃木県総務部地方課、一部事務組合及び協議会の設置状況2000年4月

黒磯市役所、『市町村合併に関する調査事項』

黒磯市役所、『4市町ステップアップ研究会の設置理由』

栃木県総務部地方課、『市町村合併 新たな地域づくりへのチャレンジ』

栃木県総務部地方課、『栃木県市町村合併推進要綱』、20011

ぎょうせい、『月刊地方分権20014月号』、20014

読売新聞、『市町村合併72%が容認』、20011119日記事

下野新聞社、(株)ゼンリン、『最新栃木県万能地図』、19984

 

参考HP

総務省HP http://www.soumu.go.jp/

栃木県庁HP http://www.pref.tochigi.jp/



[1] 広域市町村圏

 広域行政の手法の一つで、日常生活圏を形成している都市及び周辺地域の町村が圏域を作り、例えば、消防、ゴミ処理、病院などの広域に渡る事務の共同処理の手法として活用されている制度。

 

[2]黒磯市のアンケート

 「市町村合併についてどのような考えを持っているのか。」の質問に対する、「必要」、「現実的な選択肢」、「止むを得ない」という市町村合併を容認する回答の割合。