宇都宮LRT導入に対する分析
−行政と市民の視点の違い−
宇都宮大学国際学部国際社会学科3年
内山佳美 加藤沙織 小島久直
目次
はじめに
第1章 LRTについて(小島久直)
(1)LRTとは
(2)LRTが生まれた背景
(3)LRTに期待される効果
(4)日本でのLRT
第2章 宇都宮市のLRT導入計画について(加藤沙織)
(1)宇都宮市の現状
(2)LRT導入計画
(3)行政のLRT導入推進の詳細
−宇都宮市市役所総合政策部LRT推進室 林 文子さん、
高木時美さんとのインタビューをもとに−
第3章 批判的立場から見る宇都宮LRT(内山佳美)
(1)「LRTを反対する会」について
(2)宇都宮LRTに対する現在の問題点と反対理由
−「LRTを反対する会」代表浅野薫子さん、柴田昇さんとのインタビューをもとに−
第4章
まとめ
はじめに
今回のわれわれのレポートの目的は「宇都宮市におけるLRT導入計画に関する市政と市民の視点の違いから現状を把握すること」である。今現在、宇都宮のLRT計画に関する現状としては市の視点と反対団体や県民の視点は異なり、お互いに異なる部分を争議しているといってよい状況にあると思う。つまりはこの話し合いは平行線となりやすく、今現在においてもその状況は変わらない。しかし計画そのものは確実に動いている部分もあり、今後更なる論争が予想される。
だがこの状況において現状をまとめた資料は存在せず、全体の状況はなかなか見えない。だが混乱が予想されるこの問題において現状の把握は何よりも優先されるものと思う。その状況下で私たちは幸いにも推進側の市にも反対する市民団体の方にも取材をすることで情報をいただくというご厚意にあずかれた。
これらの情報を元に我々なりにまとめて現状を把握できる資料を作り、それを元に考察することで今回の論文としたい。
第1章 LRTについて(小島 久直)
(1) LRTとは
LRTとは「light rail transit」の略であり、訳すると「軽量鉄道輸送」となり、中量輸送としての意味合いとなる。中量交通とはバスのような少量輸送と鉄道のような大量輸送の中間となるものである。つまり、この言葉の定義からいえばLRTとは必ずしも路面電車である必要はないが、現存する交通システムの中では路面電車がもっとも適格であるということでLRT=路面電車としてのイメージがあるのだろう。
そして、LRTと共によく出てくる単語として新交通システム[1]やトランジットモール[2]、パークアンドライド[3]、低床車両[4]といった言葉があるが、LRTとの関連から言えばLRTとはこれらの性格を含む交通システムそのものを指すもので、これらの単語はLRTのシステム中に組み込まれているものである。また、LRTとはこのようにシステムを指すものであり車両を指すものではない。
今回は路面電車としてのLRTを見ていくわけだが、両者とも必ずしも新式の路面電車を示すものではないことを最初に挙げておきたい。
(2) LRTが生まれた背景
LRTの前身となる路面電車自体は1881年にドイツのベルリンで考案され、その後世界に広まっていった。しかし、化石燃料の発見による自動車の普及からバス、自家用自動車に顧客を奪われた路面電車は次第に減少していった。それからは現在も続く自動車社会となっていくわけだが1960年代ごろから次第に増えすぎた自動車による交通渋滞や環境汚染が問題となってきた。そこで、再び路面電車は安価な都市環境改善の策として注目を集めることとなった。
当時路面電車は減少こそしてはいたが、西ドイツは石油輸入に頼らない政策を採ることで化石燃料に頼らない路面電車の存続を続けることとなり、時代にあった路面電車への改良を続けていた。それを元にアメリカが路面電車の再評価として航空宇宙産業の技術者を集めて時代にあった標準車を製作し、78年8月に初のLRTがカナダで誕生することとなった。
こうして信号や停留所などシステムの面でも改良し時代に合わせた路面電車となったLRTは都市を再生するための街づくりの中心たる公共交通を担うものと期待されることとなった。
(3)LRTに期待される効果
LRTにおいてもっとも特徴的なのが単に公共交通としてではなく、まちづくり計画の根幹にできるという政策としての面を備えているということだ。LRT計画と同時に都市区画の整備や道路環境の整備を並行して行っていくことでその街そのものを歩行者に配慮したこれまでの自動車本位の都市でなく、歩行者本位の人間を主眼に置いた都市の建設ができ、その結果大きな問題である都市の空洞化や高齢者社会、環境問題に配慮した都市として再生させることができる。このようにさまざまな問題に対応するために効果を発揮するLRTではあるが、忘れてはいけないのが同時に計画を進めていくことが重要ということだ。
例えば十分な道路整備が行われないままLRTを走らせればそれは従来の路面電車と変わらず、結果自動車の邪魔とされることは明らかである。また、イギリスのシェフィールドでは現実にバスやタクシーのような従来の交通事業者ときちんとした連携が取れずに顧客の取り合いとなり、収入が安定せずに民間へと売却され単なる交通システムに成り下がってしまっている[5]。
つまり、公共交通へと移行できるように下地として交通機関を整備し、都市環境を改善してこそLRTは活きてくる.
(4)日本でのLRT
都市の空洞化が問題となっている日本でも近年都市再生の要としてLRTが注目されている。現在導入されている都市は正確には富山のみだがLRTという形は取らないものの低床車両を路面電車の路線に走らせている例は全国にいくつかある。
これから高齢化社会が進行し、車のみでなく人間を主眼におかなければならなくなる日本の都市においてLRTという選択は間違っていない。ただし前例となりうるものが日本にはほとんど存在せず、その開発はなかなか難しいもののようだ。そして路線から新たに作ることとなる宇都宮のLRT導入計画は後にも述べるが日本において1から作っていく初のLRT導入計画となる。
第2章 宇都宮市のLRT導入計画について(加藤沙織)
(1)宇都宮市の現状
現在宇都宮市は、工業団地が郊外に存在し、福田屋ショッピングセンター、インターパーク、ベルモールといった大型店が郊外に建設され住民居住地が郊外化、従業地が分散化している。そのため、中心市街地の商店街はシャッターが下りているところが多く人通りも少ない。中心市街地が空洞化し活力を失っている状態である。
都市機能の拡散により、公共交通の需要も分散され、利用者減少のためサービスレベルも低下している。現在宇都宮地域では南北方向にはJR宇都宮駅と東武宇都宮駅といった鉄道ネットワークが形成され、そこを中心とした放射方向のバスネットワークによって公共交通網が構成されている。しかし、JR宇都宮線よりも東側の地域は、国道123号線沿線を除いてバスは十分な運行頻度が確保されておらず、利便性は低い。西側のバス路線は、JR宇都宮駅から大通りを経由し、放射線状に広がるネットワークを形成している。大通りを1日に約2000台のバスが通っているが、必ずしも効率的に運行されているというわけではない。(参考:平成15年3月「新交通システム導入基本計画策定調査報告書」)
現在の公共交通の不便さを解消するため、そしてそれを含めた総合的なまちづくりのために、市はLRTという新しい交通システムを宇都宮に建設することを検討している。
(2)LRT導入計画
宇都宮市では平成9年度に「新交通システム検討委員会」が設置され、計画がスタートした。平成11年度から12年度では検討委員会において「新交通システム導入基本方針」を策定、平成13年度から14年度では「新交通システム導入基本計画策定委員会」を設置し、「新交通システム導入基本計画策定調査」を実施。平成15年度から16年度にかけて市民、宇都宮市以外の県央の方々との地域交通まちづくり懇談会やオープンハウス[6]を開催。翌年以降、「新交通システム導入課題検討委員会」を設置し、平成18年度には5回委員会を設けた。現時点では計画は決定しておらず、導入について協議している段階である。
調査結果や委員会の内容などの詳細は省くが、行政が積極的にLRT導入を検討している姿勢が読み取れる。予定されているLRTの基本的導入区間・ルートは、宇都宮テクノポリスセンターからJR宇都宮駅、東武宇都宮駅を通り桜通り十文字までである。このルートは、現在の宇都宮の中心市街地の空洞化の解消と公共交通の利便性の向上をねらったものといえる。行政はLRTを導入することによって、大通りに1本の基幹線を通し、東西の交通網を強化し、そこからバスを連携させ郊外の利用者が中心市街地に来るための足としていくようである。また、LRTの仮ルートには清原工業団地が含まれており、通勤者の車の渋滞を緩和しようというねらいもある。新交通システム導入基本計画策定報告書によると、栃木県の自動車普及率・免許保有率は全国2位。一世帯あたりの自動車保有率は全国4位。宇都宮市のガソリン消費量は全国1位である。この極度に車に依存しすぎている宇都宮において、LRTを設置することによって市民がマイカーから公共交通へ移行してくれたらという期待も市は抱いているようである。
(3)行政のLRT導入推進の詳細
−宇都宮市市役所総合政策部LRT推進室
林 文子さん、高木時美さんとのインタビューをもとに−
より詳しいことを知るために行政とのインタビューを行った。その内容を5点にまとめて以下に記す。
第1に、なぜLRT導入が検討されるようになったのかということであるが、利用者が減少している公共交通を整備するにあたって、少子・高齢化、環境問題に対応する必要性がでてきたことがあげられるという。加えて、宇都宮には東西の基幹公共交通となるものが存在しなかった。この課題を満たし、コンパクトなまちづくりを目指すうえで行政サービスとしてコストパフォーマンスが高い物を考えたとき、地下鉄やモノレールよりも建設予算の安いLRTが有効であろうという結論に至ったという。つまり、市の考えとしてはLRTを作るということは中心市街地の活性化を目指すだけのものではなく、公共交通の基幹としていきたいものであり、現在、公共交通にアクセスできない高齢者・障害者などにアクセスの機会を作り、さらには環境問題に配慮するものでもあるということだ。
第2に、他の交通機関への対応についてである。バス、タクシー、自動車への配慮として、トランジットセンター(バス・LRT共通の停留所)、パークアンドライド(LRTの停留所のそばに駐車場を設け、車からLRTに乗換えがしやすいようにする)を整備する、電停[7]からすぐ近くにバス停があるといった対策をする予定であるそうだ。LRT導入によってバス路線が変わることも予想されるが、バス会社との合意の上で連携していくつもりだという。以上のような対策を検討しているが、まだ導入については協議中の段階であるので、詳細は分からないと述べた。
第3に建設予算についてである。平成13、14年時点では、概算360億円。これはLRT本体と路線、車庫、鬼怒川に新設する橋を合わせた予算でありLRTに付随するもの(トランジットセンターやパークアンドライドなど)への予算は含まれていないとのことである。
第4に採算性についてである。LRT計画は公共交通の利便性向上が主な目的であるが、単に「交通」というよりは、「政策」としての性格が強いという。市民のための公共事業であり感覚としては道路を新設するようなものであるらしい。公設されるものには赤字・黒字という観念はない。したがって、採算性を考えたものにはなっていないという。しかし、銀行からの借り入れなどを考えて、40年で償還[8]できると見込んでいると述べた。
また、今年、「地域公共交通活性化法」[9]が制定されたことにより、公共事業において行政が基本的には整備し、運営は民間の運営会社に委託する「公設・民営方式」が可能になった。LRTの運営手法についても「公設・民営方式」という案が有効である。民間企業との協力体制を視野に入れているということだ。
そして第5に広報規模・方法についてである。行政は、市民にLRTについて正しく理解してもらい、LRT導入について前向きに考えてもらうためにさまざまなアピール活動を行っている。
毎月発行される市の広報誌や年に4回ほど出される政策広報誌にLRTについて載せている。ホームページへLRT導入検討についての情報を掲載している。フランスで実際に使用されているものと同じサイズのLRTの車両の看板をJR宇都宮駅東口に設置している。それから、「フェスタmyうつのみや」[10]などの各種イベントに市民団体「雷都レールとちぎ」と協力してブースを設け、パンフレットを配り説明をするといった活動を行っているとのことだ。また、平成18年度に、市はLRTについての出前講座を20回開きおよそ420人の参加があったという。
LRTのタイムスケジュールや、高齢者・障害者への配慮については、導入された場合には、ピーク時には4分に1本程度走らせるということや、現在のバリアフリー整備と同じレベル(バスの乗り降りと同じレベル)には最低限整備するということを検討しているということであった。しかし今回の取材では、LRT導入自体が決定しているわけではないため全体的に詳細については分からなかった。現在、LRT事業について県では県土整備部交通政策課、市では総合政策部LRT導入推進部が携わっており、今年度からは市が導入の中心を担い、県がそのバックアップをするという形になっている。
昨年度まではLRT導入についての課題検討を行っていたが、今年度、実現に向けた調査を進めるために、新たに2つの組織を6月中に設置する予定である。LRT導入の実現性、成立性を検討する「事業・運営手法の調査」「施設配置計画の調査」などを実施する「LRT導入検討会議」、昨年度の検討結果を踏まえ、市の将来のまちづくりを見据えた公共交通ネットワークの構築を策定する「宇都宮市都市・地域交通戦略策定協議会」である。そして年度内に結論をまとめる予定である。
第3章 批判的立場から見る宇都宮LRT(内山佳美)
(1)「LRTを反対する会」について
「LRTを反対する会」とは、2006年6月の民主党による「LRT勉強会」をきっかけに、宇都宮LRT導入計画の中止を求めて同年10月に発足した団体である。現在は事務局(連合栃木内)・民主党栃木連と共同で活動しているが、今年7月1日には市民団体として独立した。また、関東バスとも連携して反対活動を行っている。
活動内容としては、主に署名活動とチラシのポスティングの2つを行っている。署名は現在38,000人分集まっており、31,000人分は今年2月市へ提出済みであるという。
(2)宇都宮LRTに対する現在の問題点と反対理由
−「LRTを反対する会」代表浅野薫子さん、柴田昇さんとのインタビューをもとに−
宇都宮LRT導入に対する問題点として、私は大きく4つの点に関して分けて説明しようと思う。
第1に挙げられるのは、宇都宮市における財政事情と、LRTの採算性である。
現在、県・宇都宮市はそれぞれ約1兆円・約3000億円の借金を抱えている[11]。LRT導入にはさらに約360億円もの費用がかかる[12]。そのうえ360億円はあくまで車両本体、レール、鬼怒川への橋のみでの予算なのでおそらく全体としてはさらに1000億はかかるのではないかとされている。そして、宇都宮LRTは1日35,000人乗らないと採算が取れないとされているが、現在のバス利用者は20,000人弱[13]というデータもあり、バス利用者全員が乗ったとしても大幅な赤字が予想されるという。また、運営を民間に委託するとしているが、はじめから赤字になるとわかっているLRT運営に対して民間企業は誰も手を挙げないという問題もあるそうだ。
問題点として第2に挙げられるのは、宇都宮市におけるそもそもの必要性である。
浅野さんは以前フランスのオルレアンに住んでいたことがあったそうだ。オルレアンもLRTを取り入れている都市のひとつだが、そこにおいてはメトロなどの他の交通機関によって、交通網が整備されているという前提条件があり、LRTは完全に観光目的であったという。それに比べ、交通格差や立地条件・財政等の決定的違いがある宇都宮市においてLRTは必要なのかと指摘していた。
また、鬼怒橋の渋滞への対策もLRT導入の理由のひとつとされているが、「新しく作るなら自動車が通る道路を作ったほうがより有効なのではないか」、「交通渋滞の原因とされる従業員1万人を抱えるホンダであるが、ホンダ自身はシャトルバスの運行、自転車・バイクでの通勤の推奨により大幅に渋滞への影響を減らしている」、「宇都宮LRTのターゲットのひとつとしている清原工業団地の人たちは、もしLRTができたらというアンケートにおいて10%しか乗ると答えていないが、乗らないものを作ってどうするのか」と柴田さんは話す。
第3に挙げるのが、福祉問題に関してである。
床が低い構造で、お年寄りや体の不自由な方々にとって乗り降りがしやすい低床式によってその交通バリアフリー性をうたっているLRTだが、他の交通機関への乗換えが必要な点から見ると、例えば乗り換えも困難な高齢者や身障者にとっては、自宅そばの停留所から目的地まで乗り換えなしで移動できる低床バスやミニバス、タクシーのほうが利用しやすく、より有効な福祉対策であるのではないかと浅野さんは指摘する。低床式の構造だけならLRTでなくとも取り入れることが可能なバリアフリー政策であるし、乗り換えをしなくてはほとんどの人が目的地まで行けないLRTは本当に有効な福祉政策なのだろうか。LRTなどの華々しい計画の前に、お金のない人・体の不自由な人・一人暮らしのお年寄り等、現在たくさんいる弱い立場にいる人々への支援として、もっとすべきことがたくさんあるのではないかとも話していた。
そして第4に挙げるのは、環境問題に関してである。
愛知万博では燃料電池ハイブリッドバス[14]が運行されるなどしたという例もあり、環境問題に対してはLRTでなくとも現在の技術で対応できるのではないかという。燃料の問題に関していうと、LRTは電気で走るというが、それももとは原子力発電などから得られたものであり、本当に環境にやさしいといえるのか、そして落雷の被害が多い宇都宮市において適しているのかとも指摘していた。
また、もしこの宇都宮LRTが着工したら、その工事によっても近隣の住民あるいは大通りを利用する人々に負担がかかるという問題もあると話していた。
このように「LRTを反対する会」としては、今LRTに莫大なお金をかけるのであれば、少子高齢化に向け、『医療』『福祉』さらには『教育』『子育て』にお金をかけるべきなのではないか、県民の負担を強いる今回のLRT計画には反対だということ、そして、会の真の目的はLRT計画そのものではなく、反対意見を聞こうとしない市政に反対するということのようである。例えば、LRT導入に向けた検討を行う組織「LRT導入検討会議」が発足するにあたり人材を集めているが、事前に論文の提出が求められているため、反対意見を持つ人間は入れなく、はじかれてしまうということがあるという。また、LRTの出前講座においても、都合の悪い質問に対しては答えず、行政が求めている意見にしか答えないということもあったそうだ。行政は多くの人の意見、ひとりひとりの意見ではなく、賛成の人たちの意見のみを聞くという傾向があるのではないかと指摘していた。また、現在「導入への検討中」であるにもかかわらず、市役所に「LRT推進導入室」があるということに関しても、矛盾しているのではないかと指摘していた。また、税金の使い道や、それも含む様々な情報公開も不足についても指摘していた。
以上に挙げた点から見ると、宇都宮LRTはその華やかな表向きの裏には問題点も数多くあることがわかり、慎重に考えていく必要があるといえる。
第4章
まとめ
我々はこの論文で、LRTという新交通システムの役割・可能性を述べた上で、このLRTが現在我々の
暮らす宇都宮に建設が検討されている事実について、行政側からの意見と反対団体「LRTを反対する会」からの意見をまとめた。行政サイドからすると、LRTは現在宇都宮が抱える問題を総括して解決できる政策だと捉えている。予算も市の財政を圧迫するものではなく、LRTは宇都宮で成功すると考えているようである。一方、「LRTを反対する会」サイドからは、そもそも宇都宮は借金を抱えているし、LRT建設は税金の無駄遣いであると指摘する。また、LRT導入に関してはまだまだ問題点も多く、LRTに莫大な費用をかけるより前に医療・福祉さらには教育・子育てなどに対してもっと有効な使い方があるのではないかと述べている。
LRTという交通システムがまちづくりに大きく貢献する可能性があるということや、高齢者や障害者、さらには環境にやさしいとされていることはプラス面と捉えることができる。フランスやドイツで実際に走っているLRTは観光資源として目を引くものであるし、日本でも富山市が、低床式車両に限って言えば高岡市、岡山市、広島市、熊本市などが導入していて注目度も高い。仮に宇都宮にLRTができたとすると、日本初の路線から作ったLRTということになる。(※すでに富山市がLRT〔富山ライトレール〕を導入しているが、富山の場合、元からあった路面電車の路線を使用している。)しかし、本当にLRTは宇都宮に適しているのだろうかという疑問が残る。すでにLRTが都市再構築の起爆剤としての役割を果たしている富山市[15]は、以前から使用していた路面電車の路線を使うことができたし、LRTの建設費用を捻出するために大がかりな行財政改革を行ったという。特に、路面電車に愛着を持ち、LRT建設に好意的であった市民の力が大きかったと考えられる。
宇都宮でのLRT建設において議論されるべきなのは、立地条件が先例と明らかに異なること、第3章で述べた問題点について市民の納得のいく説明を行政がしていないことである。そしてそれらに関する市民の視点と行政の視点が明らかに異なっていることもまた問題である。例えば市民は採算を心配しているが行政側はこの計画において採算性はあまり意識しておらず、その結果市民が重要と主張することと行政の重要と主張することはずれてきて議論の中で平行線となりやすい。
LRTに期待されるまちづくりとはそもそも市民が魅力的と感じるものであらなければならないはずだが現実にはLRTを反対する会が集計した署名に見られるように多くの人が魅力的とは思っていないということが伺える。さらにはこの建設予算が税金である以上はそれを負担する市民の意見を無視してはさらに反感を買うことは明白である。LRTのまちづくりに対する効果は確かなものとは思うが、それを発揮するための土台となる市民の協力がこの状況ではできていない。LRTの効果を存分に発揮し宇都宮の市街地を活性化するためにもまずは市民の声に耳を傾けることから始めるべきであると思う。
〈参考資料〉
・「路面電車とまちづくり」 RACDA編著 学芸出版社 1999
・宇都宮市ホームページ(2007年7月1日アクセス)
http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kotsu/shinkotsu/index.html
・宇都宮市パンフレット「LRTがまちを変える」
・「LRTが京都を救う」土居 靖範、近藤 宏一、榎田 基明共著 つむぎ出版 2004
・「LRTを反対する会」パンフレット
「みなさん、今の宇都宮に路面電車(LRT)を望んでいますか!?」
・新交通システム導入計画策定調査報告書 宇都宮市(H.15.3)
・宇都宮まちづくり推進機構・宇都宮大学地域計画学研究室HP 「LRTがまちを変える」
http://www2.ucan-ltd.co.jp/kikou/lrt/cd/index.html
〈インタビュー・配布資料〉
・宇都宮市市役所総合政策部LRT推進室 林 文子さん、高木時美さん(2007.6.18)
・「LRTを反対する会」代表 浅野薫子さん、柴田昇さん(2007.6.21)
[1]定義として「軌道を利用し従来の電車以外の車両を走らせるもの」。主にモノレールなどの連結型の車両がよく挙げられるが、定義には軌道にバスを走らせるガイドウェイバスも含まれる。
[2] 公共の空間を公共交通と歩行者のみが入れるようにしたもの。LRTにおいては歩行者専用道路にLRTが走っている状態。
[3] 郊外に駐車場を作り、そこに街中へ向かうLRTを利用する人が車を停められるようにすることで市街の車による混雑を防ぐシステム。
[4] これまでの路面電車よりも床が低くホームとの段差が少ないもの。最新のものは地面から30センチほどのところに床があり、ホームから車椅子でも問題なく乗り降りできる。
[5] 「路面電車とまちづくり」p86、l3~9
[6] 宇都宮市が新交通システムの導入に向け、市民との合意形成・市民の意識改革を促進するために、市の施設や都心部の空き店舗等を活用して、パネル展示やビデオ放映等を通じて新交通システムに関する情報提供を行った活動
[7] 市街電車などの停留所
[8] 金銭債務を返済すること
[9]「地域公共交通活性化法」(2007.5.18 成立)
地域公共交通の活性化・再生を通じた魅力ある地方を創出するため、地域公共交通の活性化・再生に関して、市町村を中心とした地域関係者の連携による取組を国が総合的に支援するとともに、地域のニーズに適した新たな形態の旅客運送サービスの導入円滑化を図るための措置。地域公共交通特定事業の内容の軌道運送高度化事業にLRTが想定されている。詳しくは国土交通省HPを参照
[10] 4月1日の「宇都宮市民の日」を記念して、開催される春の一大イベント
[11] 栃木県HP、宇都宮市役所HP
[12] 新交通システム導入計画策定調査報告書 宇都宮市
[13] 宇都宮市生活交通確保プラン−基本方針− 平成18年4月 宇都宮市
[14] 高圧水素ガスを燃料とする燃料電池と2次電池(ニッケル水素電池)を動力源として、モーターを駆動して走行するバス。ガソリン車やディーゼル車とは異なり、二酸化炭素や窒素酸化物などの有害物質を排出することなく、水だけを排出します。こうした環境への配慮ばかりでなく、エネルギー効率が高く、静粛性にも優れているなどの特徴をもつ、 21世紀にふさわしい乗り物として期待されている。
(愛・地球博公式ウェブサイトhttp://www.expo2005.or.jp/jp/より)
[15] 参考:日系ビジネスオンライン 「都市再構築の起爆剤になる富山ライトレール 財政破綻都市と富山市を分け隔てるもの」2007.2.28 鶴岡 弘之