平成19年度前期

行政学演習

 

2007年7月9日

テーマ:教育問題

 

現代教育改革の在り方

〜現状とこれから〜

 

 

明田 直哉

太田 真理子

昆 卓也

 

 

 

 

目次

 

第1章       現代教育の問題点・・・昆

(1)   はじめに

(2)   問題意識の所在

 

第2章 ゆとり教育と学力低下論争・・・明田

 (1)学力低下論争

 (2)ゆとり教育

 (3)ゆとり教育が学力低下の原因か

 

第3章 教育の収入格差問題・・・太田

 (1)収入格差

 (2)公立・私立の教育費の比較

 (3)子どもにかかる養育費問題

 (4)公立学校における新たな動き

 

第4章 教育の地域格差問題・・・昆

 (1)義務教育の機会均等性

 (2)教育予算格差について

 (3)都市と田舎の教育機会格差について

 (4)格差是正のために

 

第5章 宇都宮大学教育実践総合センター、遠藤忠教授とのインタビュー・・・明田

 (1)学力低下とゆとり教育について

 (2)教育格差について

 (3)現在の日本の教育の問題点

 (4)今後の教育改革の課題

 

第6章 考察とまとめ・・・明田・太田・昆

 (1)問題点の総括

 (2)今後の教育改革はどうあるべきか

 

 

 

 

 

 

 

第1章 現代教育の問題点

 

(1)はじめに

 小中学生のいじめ問題、犯罪の低年齢化、少子化、学力低下問題、モラル・ハザードやモンスター・ペアレンツ、更には英語学習の必要性までもが叫ばれる今日この頃、子どもや教育に関わる問題は多様化・深刻化してきている。

近年の急速なグローバル化・情報化は、社会や経済構造だけでなく、教育においても様々な格差問題を生み、国際社会だけでなく大人と子供の間でもボーダーレス化を促したかのように思われる。結局のところ、現在物議を醸している様々な教育問題は、現代日本が抱える社会問題の派生に因るところが大きい。

2006年に誕生した安部政権は、その改革理念の柱のひとつに教育を挙げ、知識人・教育経験者から成る教育再生会議を組織した。英語教育の必修化や国立大学改革、教員免許更新制など、多くの改革が現在進められている。これらの教育改革は本当に期待できるものなのであろうか。今後の教育はどうあるべきなのか。

 

(2)問題の所在

 今回我々は、研究の大きな軸として二つの教育問題をとりあげた。

 第1に学力低下の問題である。近年、大学生も含む日本人の学力低下が問題視されている。世間一般や政府の見解ではこの原因はゆとり教育による授業時間の削減や教育内容の単純化にあるとされているが、果たして本当に日本人の学力はゆとり教育によって低下したのか、そもそも学力は本当に低下しているのか、考えを深めたい。

 第2に、教育格差の問題である。社会格差の拡大が指摘される現在、教育においても、学力格差や機会格差など、様々な形で格差や二極化が現れている。今回はこの問題を、親の収入格差による公立学校と私立学校の格差と、自治体政策や学校の数・環境などに由来する地域格差の二つに分けて研究を進めたい。

 

 

 

 

 

第2章 学力低下論争とゆとり教育

 

(1)学力低下論争

現在のわが国での学力低下論争の始まりは、1948年にまでさかのぼる。近年のわが国での学力低下論争が本格化したきっかけとなったのは、2003年に実施された、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)という国際的な学力テストで、2000年に実施されたときよりも日本の順位が低下したことが明らかになったことである。これ見ると、すべての分野での平均得点が低下しており、数学においては同順位を守っているものの、読解力と自然科学について、特に読解力についてはその低下の幅が大きい。そして総計を見てみると、前回の1位から4位にまで低下している。

PISAの成績の推移[1]

調査

参加国

地域数

読解

数学

自然科学

問題解決

総計

平均得点

順位

平均得点

順位

平均得点

順位

平均得点

順位

平均得点

順位

PISA2000

31

522

8

557

1

550

2

非実施

543

1

PISA2003

40

498

14

534

6

548

2

547

4

532

4

 

しかし、そもそも学力とは何かという議論に、明確な答えは出ていないし、全体的に見れば、順位が下がったといっても依然として上位にある。また、前回の調査よりも参加した国が増えており、学力低下の根拠にはならないとする議論もある。また、国際教育到達度評価学会(IEA)が調査した、TIMSSというもうひとつの国際的な学力テストの結果を見てみると、第一回、第二回には参加していなかったシンガポール、韓国、台湾などが入ってきたため、やや順位が落ちているようにも見えるが、「世界のトップレベル」と言ってさしつかえない結果となっている。

 

TIMSSの成績の推移[2]

 

数学

理科

実施年

参加数

地域数

順位

実施年

参加国

地域数

順位

第1回

1964

12

2

1970

18

1

第2回

1981

20

1

1983

24

2

3

1995

1999

41

38

3

5

1995

1999

41

38

3

4

第4回

2003

46

5

2003

46

6

(2)ゆとり教育

 学力低下の論争と平行して、1990年代ごろから学校内における、いじめや不登校などの新たな教育問題が顕在化するようになった。これに際し、それまでの日本の伝統的な学歴重視の社会的風潮や詰め込み教育が、これらの問題を引き起こしているとの指摘がなされ、1977年から段階的に行われていたゆとり教育政策が急進的に推し進められることになった。ゆとり教育政策の主要なものとして、授業時間数の削減が段階的に行われ、1999年からは完全週休二日制が開始された。これにより、日本の公立校の年間授業時間は534時間にまで削減された。これはOECD諸国の平均の704時間を大きく下回る数値である。削減された授業時間数の中で、教えられる内容も当然削減され、その結果として基礎の質的・量的な不完全習得により、よりいっそうの学力の低下を招いたとする指摘もあり、現在削減された授業時間や授業内容の一部は、元に戻そうとする動きが見られる。完全週休二日制と同時に導入されたものに、総合的な学習の時間があるが、「地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色ある教育活動が行える時間 」「国際理解、情報、環境、福祉・健康など従来の教科をまたがるような課題に関する学習を行える時間」と定義づけされており、その定義の曖昧さもあって、その中で行われる内容に関して学校ごとに差が生まれていることが問題視されている。また、そもそもゆとり教育の推進の発端となった、新たな教育問題の解決には至っていない。

(3)ゆとり教育が学力低下の原因か

 学力低下論争は、1947年にわが国初の学習指導要領が試案として作られたときから常に存在しており、ゆとり教育が始まった1977年にはもう存在していたのであるから、ゆとり教育が学力低下を生み出したとは考えられない。学力低下の論争の中で、「基礎学力の防衛」として「読み・書き・算」の重要性が説かれ、1958年の学習指導要領の改訂が行われて授業時間数が増やされた。しかしながら、「知識偏重」「詰め込み教育」批判の声が上がり、「ゆとりの時間」を設けた1977年の改訂、生活科を設けた1989年の改訂、そして「総合的な学習の時間」を設けた1999年の改訂と、次々と授業時間数の削減が行われたのである。そして現在、再び学力の低下が問題視されるようになっているのである。

こうした流れをみてもわかるように、ゆとり教育の考え方と学力低下論争の二つは、必ずしも表裏一体のものではないのであって、ゆとり教育をやめれば、学力低下論争が終結するという単純なものではないのである。また、何をもって学力とするのかや、本当に学力は低下しているのかという問題についても、いまだ議論の分かれるところである。そんななか、PISAやTIMMSの結果が発表された後、日本はゆとり教育を見直す政策をとっているが、PISAでトップの成績を修めている教育大国フィンランドの教育は、日本で言うところのゆとり教育である。ゆとり教育自体にのみ問題があるとするよりは、この学力低下論争の本質的な部分を明らかにするべきだといえる。また、いじめや不登校などの新たな教育問題については、学力低下論争とは別に議論されるべきである。

 

 

 

 

 

第3章 教育の収入格差問題   

 

(1)収入格差

教育格差の中には親の収入によって子どもに受けさせる教育に差が生じる、いわゆる「収入格差」も関係しているのではないかと考えられる。2002年に公立校の完全週5日制・教育課程の3割削減・総合的な学習の時間の創設という「決定版ゆとり教育」が取り入れられるようになったこの時期に首都圏における私立中学の受験率が2002年に13.9%、04年度には15.2%、06年度には18.0%と年々増加しているという結果も出ている。公立学校の教育が易しすぎるのではないか、その点私立校では高校を併設して中学高校6年間の一貫教育を行っているところが多く、保護者側としてみれば6年間にわたって継続した教育、そして学習指導要領以上の大学受験に向けた徹底したカリキュラムが組まれている環境で教育を受けさせることができるといった考えから私立中学受験率も伸びてきているのだと考えられる。

(2)公立・私立の教育費の比較

親が子どもにより良い環境の中で高い教育を受けさせたと思うのは本望だろう。しかし、そう願っていてもすべての子どもが私立学校での教育を受けることができるのかといったらそういうわけにもいかない。それは教育費の問題が大きく関係してくると考えられるからである。私立学校の教育を受けるには教育費負担の増加もまねく。文部科学省「子どもの学習費調査」によると、小学校以外私立学校に通った場合の幼稚園から高校までの学習費総額(ケース5)は、すべて公立であった場合(ケース1)より約450万円高くなっている。幼稚園から高校まで14年教育費がかかるとすると、年間にして約32万違うことになる。[3]

出典:文部科学省 平成16年度「子どもの学習費調査 」

(3)子どもにかかる養育費問題

また、私立を受験する子どもの多くは進学塾に通い、家庭では多額の通塾費用を負担している。今の時代、学習塾だけでなく子どもに習い事をさせている家庭も少なくない。ベネッセ教育情報サイトによると、習い事をしている小学生は85%にまで上るという結果が出ている。習い事をするのにも当然費用がかかる。

ベネッセ教育情報サイトのこども一人あたりの習い事にかかる費用はどのくらいになるか(1ヵ月)という問いには5.00010.000円を中心に、その前後に金額をかけている家庭が多いことがわかった。[4]習い事をすることでその分野の何かを習得することが可能となり、より高いレベルに上がるために努力をして一歩ずつステップを踏んでいくことなど、習い事を通して学ぶことはたくさんある。しかし、現実問題、習い事をするのにもそれなりの費用がかかるという問題を避けて通ることはできない。

このような多額の教育費を負担するためには相応の所得が必要となる。子ども未来財団の調査によれば、家庭の所得が多いほど養育費の負担は高くなっていることが明らかになっている。負担能力があればあるほど、子どもの養育費を増やし、その結果負担感が増加していると考えられる。所得が多い家庭はそれだけ費用をかけることができ、子どもの教育に対して関心が強く、教育費にもそれなりの費用が投資できるのだと考えられる。

子どもの教育に費用がかかるのは仕方のないことだが、親の所得(経済力)によって子どもが受けられる教育に差が生じるのはやはり問題だと思われる。経済的な理由で私立の学校に通うことができない、学校を選択できない子どもが「ゆとり教育」によって没落したといわれる公立校にしか通えないといった場合に、いかに差のない、平等な教育を受けさせることができるか、教育の「機会の平等」については深刻に考えなければならない課題だと思う。

(4)   公立学校における新たな動き

公立校は没落といわれている中で新たな動きを見せている。その取り組みをいくつか挙げたいと思う。

まず1つ目は学校選択制である。通常、市町村教育委員会によって就学すべき学校を指定されているわけだが、学校選択制は教育委員会に指定される前に保護者の意見を聞き、ある程度保護者の意見を反映する形で子どもが通う学校を決めることができる制度である。学校側もいかにして学校の特色を知ってもらい、生徒を集めるか、そのためには情報発信が鍵となる。2000年度に品川区で導入を始め、各自治体に広がっている。

2つ目は公立の中高一貫教育である。1994年度に始まり、中学と高校6年間を一緒にすることで、高校入試の影響を受けることなくゆとりある学校教育の中で生徒の個性や創造を伸ばすことを目的として導入が開始された。[5]

これらの取り組みにはやはり利点と問題点の両方が持ち上がる。前者においては私立の学校に経済的な理由から通いたくても通えない子どもたちにとって、学校を選択できる機会を与えることができるといった反面、人気校を不人気校とが顕在化し始めているということ。後者においては6年間の計画的で継続的な授業が行うことができ、また学費の面は公立ということで中高一貫教育になってもさほどかからないことがメリットとして挙げることができるだろう。

このようにデメリットの点に関していかにその点を克服していくかが今後、重要なポイントとなるが、このような新たな取り組みは少なからず収入格差にも関係が深いところだといえるだろう。

 

 

 

 

 

 

4章 教育の地域格差問題

 

(1)義務教育の機会均等性

言うまでもなく教育、特に義務教育は全ての人に機会均等であるべきである。しかしながら現在日本では、生まれた地域によって教育環境に差異があり、結果として選択肢や機会が均等とは言えないような状況が多くある。ここではこのような教育環境の地域や自治体による格差について現状をつかみたい。

(2)教育予算格差について

第一に、教育予算の自治体格差が挙げられる。現在、日本の教育予算は自治体間の差が激しい。例えば、学校に配分される修繕費は東京都内だけでも年間十数万〜約二百万円と幅がある。また自治体間の差で見れば、全教員にパソコンが行き渡った自治体もあれば、副校長にすらパソコンが配備されない自治体もあるというのが現状[6]である。

 コンピューター配備に関する例がもうひとつある。近年の情報教育・コンピューター教育の発達により、小学校、中学校などでもパソコンを使った授業を行う学校が急速に増えた。しかし何十台ものパソコンの配備には多額の予算が必要であり、授業に十分な数のパソコンの配備が不可能な学校も多くある。

 文部科学省によると、2006年3月末時点で、公立小、中、高、特別支援学校に導入されている教育用コンピューターの設置台数は1校当たりでは全国平均45.3台。比較的コンピューター配備に積極的な岐阜県などでは100台以上設置している学校もあるが、逆に教育予算が少ない北海道では授業用のコンピューターが1台も無い学校さえある。[7]

これらの例のように教育環境に格差があれば、それは直接教育の質の格差に繋がる。コンピューターを使いこなす技術がどの業種でも基本的な前提になっている現代社会において、義務教育期に充実したコンピューター教育が受けられる生徒と全く受けられない生徒では、その後の進学や就職に大きな差異が生じる。

このように、学校の設備拡充とは教育の質を測る一つの尺度とも言える。この他にも例えば、校舎の建て替えなどについても、財政状況によって予算を確保できないため古い校舎で授業を続ける自治体が多くある。

現在地方財政の問題点となっている自治体の財政予算格差によって、教育支出も自治体によって大きく異なることとなる。財政が苦しい自治体では、自治体負担の学校運営費、光熱費、営繕比などは真っ先に削減対象となるため、前述のような設備の格差が生まれるのである。

特に近年は、「三位一体の改革」による義務教育費の国庫負担制度廃止と一般財源化により、教育費の地域格差が拡大していると指摘される。例えば、これにより教育予算の財源が消費税や住民税に切り替えられ、人口の多い東京都では2000億円の増収が見込まれるのに対し、北海道では175億円の減収が予想されている。[8]

(3)都市と田舎の教育機会格差について

第二に、近年注目される学校選択制と関わって、都市部と過疎地域の教育機会格差を考えたい。

まず私立学校では、前提として学校そのものが経営抜きには成り立たない。そのため、少子化の影響も相まって都市部では学校間で生徒の奪い合いが生じ、生き残りをかけて統合や提携も行われている。制服やカリキュラムなど、生徒にアピールしやすい面で企業努力が必要なのは言うまでもなく、提供される教育の質を保つためには、教師の品質を上げることも重要だと言える。
 こういった傾向は、学校間格差の拡大などの問題点はあるものの、教育の質の向上という観点からはある程度評価できるものである。しかし、こういう状況が公教育にもそのまま当てはまるか、田舎にも当てはまるかと言うと、それは違う。

公立中学からの高校進学になると、下位の生徒は公立高校に行けなくて私学に行く地域もあるし、 私学公立入り乱れてその中から自分の成績に合わせて自由に選べるところもある。 また、学校を選ぼうにも、通学可能な範囲に公立中学が1校だけという地域はいくらでもある。そういった地域ではひとつの学校がその地域の教育をすべて握っている。上も下もない。つまり、地域の子供たちは、全員同じ小学校に通い、全員同じ中学校に上がる。 高校で初めて進路が分かれるが、選択肢は私学と公立それぞれ1校だけだったりする。
 自由に行きたい学校を選べる地域がある一方で、その前提となる選択肢がほとんど無い、あるいは現実的に1校にしか通えない地域もある、という現状は教育機会均等とはかけ離れたものである。[9]

(4)格差是正のために

この他にも教育の地域格差の例として、教員採用率の地域格差などが挙げられる。学校の数が少ない北海道では教員採用倍率が146倍にも上るのに対し、首都圏など学校の多い地域では採用倍率が3倍程度でしかない。これでは明らかに教員の質に差がでるのではないか。

このように、多くの場面で教育機会の地域格差は指摘されている。今後の義務教育改革には、自治体の行政予算の格差や教育への政策格差などの問題とも関わって、これらの教育格差問題の解決が不可欠である。それが将来的には学力自体の格差是正にも繋がるからである。

 

 

 

 

5章 宇都宮大学教育実践総合センター 遠藤忠教授とのインタビュー

 

(1)学力低下とゆとり教育について

 PISA、TIMSSなど国際的な学力テストでの順位は低下しているものの、一貫して高い水準にある。日本は部分的な順位の低下だけを強調する傾向にあるが、これらのデータから見ても、学力全体が低下したとは言い切れない。また、日本の政策は、その原因に関する議論が十分になされないまま、結果や成果ばかりを求めがちである。

 ただし近年、読解力の低下や学力格差の拡大、二極化などの学力問題があることも確かである。

 ゆとり教育の影響もあり、日本の法定授業数は国際的にやや少なく、ここが問題視されることが多いが、実際には授業時間を削ったことが学力低下を招いたとは考えにくい。ちなみに、授業時間数がOECD諸国最低のフィンランドは、国際的な学力テストでトップの成績を修めている。授業時間を増やせば解決するという単純な問題ではなく、原因を探る議論がなされるべきである。

 

(2)教育格差について

 学力格差の問題については、PISAのデータからも証明されている。現在、日本の生徒は上位層と下位層に完全に二極化している。その原因として、日本の伝統的な落第をさせない方針があると指摘されている。フランスやイタリアでは、学力保障の観点から徹底した落第制度を取り入れているが、これらの国の国際的な学力テストでの順位は低い。フィンランドでは希望落第制度によって学力の質を安定させている。こういった実情をふまえつつ、日本の落第制度についても考えられなければならない。

 

(3)現在の日本の教育の問題点

 日本の公財政による初等・中等教育費の対GDP比は国際的に極めて低い。OECDが2000年に行った調査では、GDP比2.7%で26カ国中最下位。私費による教育費を加えた額で見ても、対GDP比は4.6%、24位と低い水準にある。

 また、日本特有の問題点として、成績の悪い生徒も良い生徒も、一般的に多くの生徒が競争に対する大きな不安を抱えている。これは日本にだけ見られる特徴である。

 日本の教育改革は、成果やテストの結果ばかりに注目し、論拠や理論的な原因追及に欠けている。教育再生会議のメンバーに、教育の専門研究者や経験豊富な人物がいないことも疑問である。その中で、現在議論されている、教師の質の低下問題や教員免許更新制の導入案などから見ても、政府の政策は問題の本質をつかめておらず、現状にそぐわないものが多い。

 

(4)今後の教育改革の課題

 今後の日本の教育改革は、数学・理科に見られるバランスの取れた高い学力像は維持しつつも、読解力の低下や学力格差の拡大などの教育問題についての対応も検討していかなければならない。より良い教育改革のためには、教育というシステムの中に、より多くの優秀な人材を投入する以外に方法はないのではないだろうか。今後、日本の教育システムの、直接学力を向上させる機能の他に、学校に対する適応を図ろうとする生活機能を持つというよき伝統を維持しながら、多面的な議論と、人間が健やかに育つことに対する深い洞察と、慎重な議論をふまえて行うべきである。

 

 

 

第6章 考察とまとめ

 

(1)問題点の総括

まず、学力低下問題に関しては、ゆとり教育の考え方自体に弊害があるわけではなく、ゆとり教育をやめれば、学力低下論争が終結するという単純な問題意識ではこの問題は解決しない。教育費に関しては、親の所得(経済力)によって子どもが受けられる教育に差が生じてしまう点が問題である。また、多くの場面で教育機会の地域格差は指摘されている。自治体の行政予算の格差や教育への政策格差などの問題とも関わって、これらの教育格差問題の解決は不可欠なものである。それが将来的には学力自体の格差是正にも繋がるからである。

 

(2)今後の教育改革はどうあるべきか

 以上の如く、現在の教育再生会議や教育改革法案は、問題の現状や根本的な原因の所在を捉えることができておらず、結果としてその内容は問題の改善を期待できるものとは言い難い。また、その政策や制度案は実際的な論拠に乏しいことも指摘されている。例えば遠藤教授のご指摘通り、教育再生会議のメンバーに専門研究者や熟練経験者がいない点など、政府の政策には多くの疑問を禁じえない。

総じて、今後の教育改革においては、いかなる問題に対しても、その原因や背景などに対する十分な議論がなされるべきであると共に、現状に見合った多様な人材登用や教育現場の意見・民意の反映などにより、より偏向性のない公平かつ有効な政策が求められる。

 

 

 

特別付録:参考文献一覧

 

国立教育政策研究所 編 『生きるための知識と技能2 OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 2003年調査国際結果報告書』 ぎょうせい 2004年

尾木直樹 著 『「学力低下」をどうみるか』 日本放送出版協会 2002年

福地誠 著 『教育格差絶望社会』 洋泉社 2006年

森敏昭 著 「学力低下論争と教育心理学」http://www.win-3.com/sake/mori2.htm

文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/

首相官邸ホームページ http://www.kantei.go.jp/

図表で見る教育:OECDインディケータ 2006年版

http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/education/20060912eag.pdf#search='%E5%85%AC%E7%AB%8B%E6%A0%A1%E3%81%AE%E5%B9%B4%E9%96%93%E6%8E%88%E6%A5%AD%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%AF%E5%B9%B3%E5%9D%87%E3%81%A7

朝日ニュースhttp://www.asahi.com/

日本の教育を考える10人委員会 PDFファイル『義務教育の地域格差は国を滅ぼす!!』

藤田英典 著 『義務教育を問い直す』 ちくま新書

『日本の論点2003』 文藝春秋

『日本の論点2007』 同上

和田秀樹 著 『教育格差』 PHP研究所

ベネッセ教育情報サイトhttp://benesse.jp/enquete/050921_2.html

遠藤忠 著 【『教育研修』 20056月増刊号 『確かな学力を育てるカリキュラム・マネジメント』】



[1]国立教育政策研究所 編『生きるための知識と技能2 OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 2003年調査国際結果報告書』 ぎょうせい 2004年

[2]市川伸一 著 『学力低下論争』 ちくま新書 2002年

[4] ベネッセ教育情報サイト http://benesse.jp/blog/20070228/p1.html

 

[5])文部科学省ホームページ

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakko-sentaku/06041014/002.htm

 

[6])朝日ニュースhttp://www.asahi.com/より

 

[7])文部科学省ホームページhttp://www.mext.go.jp/より 

[8])日本の教育を考える10人委員会『義務教育の地域格差は国を滅ぼす!!』より

[9])藤田英典『義務教育を問い直す』より